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『しあわせ』のオルゴール

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『しあわせ』のオルゴール
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第5章 戦闘

「あっ、いました某さん。もぅ、どこに行ってたんですか。探したんですよ」
「あ、綾耶……」
 探し続けていた恋人、結崎 綾耶が満面の笑みで眼前に現れた。
 しかし匿名 某はその恋人の様子を見て、愕然とした。
「綾耶、どうしたんだ……っ!」
「ずっと、某さんに見せたかったんです。今の私の姿を。ほら、見てください!」
 綾耶は後ろ手に縛られていた。
 更に、黒づくめの男……塵殺寺院の構成員に拳銃を突きつけられていた。
「この親切な人が、私を某さんの所に連れて来てくれたんです。今、私、とても幸せなんです」
「う……動くな! この女がどうなってもいいのか!」
「綾耶……」
 その時動いたのは、某ではなかった。
「あ……さ、殺気……」
 六連 すばる(むづら・すばる)が、『死』の気配を敏感に感知し、パニックに陥ったのだ。
 すばるの手の中に、機関銃が物質化される。
「殺される……そんなの、嫌……!」
 銃口が、男に向けられる。
 綾耶ごと。
「ば、馬鹿やめろ!」
「おい、こっちには人質が……」
 その時、オルゴールの音が止んだ。
 オルゴールが破壊され、効果が止まったのだ。
「え? あ、あ、あ……や、いた、いやぁあああああ!」
「うわあああああああ!」

 ダダダダダダダダダ!

 現実に引き戻された綾耶の悲鳴と、殺気に怯えたすばるの悲鳴、そして機関銃の乱射。
 全てが、同時だった。
「綾耶ぁあっ!」
 某が飛び出した。
 男が機関銃に怯んだ隙をついて、綾耶を抱きしめるようにして奪い返す。
 綾耶は、無傷だった。
 身体だけは。
「アンタちょっと何やってるのよ!」
「……余計な手間をかけさせないでください」
 銃口は、下を向いていた。
 すばるの異変を察知したアルテッツァ・ゾディアックとヴェルディー作曲 レクイエムが、すばるを押さえつけたのだ。
「ヴェル、あとは頼む」
「ええ」
 レクイエムがすばるに清浄化をかけ、正気を取り戻そうとする。
「あ、あれ、わたくし……」
 すばるの瞳に、正気の色が戻る。
「く、くそっ、早くボスの所へ……」
 某たちの意識が綾耶とすばるへ向いている間に、男は逃げ出した。

   ※   ※   ※

「きゃああああ!」
「うわーん!」
 子供たちの声が聞こえる。
 先刻の機関銃で、異変を察知した子供たちが騒ぎ出したのだ。
 屋上から降りてきたスノも、その騒動に巻き込まれる。
「五月蠅い! くそっ、ここまできてブツが無いとは……こうなったらお前らを一人ずつ殺ってでも見つけ出してやる!」
 探し物が見つからない事に業を煮やした黒づくめの男が、教室に乱入してきたのだ。
「あ、あぁ……みんなが……」
 オルゴールが破壊されたショックから未だ立ち直っていないスノは、目の前の惨状に茫然と立ち尽くす。
「俺は、スノちゃんの騎士だ。だからスノちゃんは俺が守る」
 ネクロ・ホーミガこと鬼龍 貴仁がスノを庇うように立つ。
「だがな……その他大勢、スノちゃんを虐めていたような連中を助ける義理はない」
 言い切る貴仁。
 子供たちの間から悲鳴があがる。
「そ、そんな……だめ、助けて。みんなを、助けて……」
 スノが貴仁に縋りつく。
「スノちゃんをいじめてた連中でも?」
「だって……おともだち、だから……」
 スノの必死の訴えに、貴仁の唇が歪む。
「……姫であるスノちゃんの命令だったら、聞かないわけにはいかないな」
 黒づくめの、最後の塵殺寺院の男に向き直る貴仁。
「この子たちは全員、俺が守るぜ!」
 葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)が貴仁の隣に立つ。
「この騎士殿は、ずるい人でありますな」
 相手にしか聞こえない声で、話しかける。
「何のことだ?」
「ネクロ何とかがいなくとも、自分をはじめ大勢の人間が子供たちを守るというのに……」
「まあ、これがひとつのきっかけになればと思ってな」
 吹雪の言葉に小さく苦笑する貴仁。
「さあ、お子たちはこっちへ!」
 吹雪たちが寺院の男を牽制している隙に、ルファン・グルーガが子供たちを誘導する。
 ルファンに従って逃げていく子供たち。
「あたしも、子供たちについてくね!」
 吹雪に光条兵器を渡したセイレム・ホーネット(せいれむ・ほーねっと)も、ルファンの後に続く。
「こっちじゃ!」
 ルファンの指示で、子供たちは校庭に出た。
 見通しは良く、敵が来てもすぐ分かる。
 しかし、敵からもすぐ見える。
 子供たちを守るように立つルファンとセイレム。
「強い人がいっぱいいるから大丈夫だよ」
 セイレムが子供たちを励ます。
 しかし、恐怖は消え難く泣き出す子供たちがたくさんいた。
「みなさん、少しの間、ごめんなさい」
 正気に戻ったすばるが、ヒプノシスをかける。
 子供たちに。
「おい、そこまでせずとも……」
「すみません。これ以上、子供に怖い思いをさせないようにと思いまして」
 ルファンと子供たちに頭を下げるすばる。
 その時には、子供たちはもう眠りについていた。

   ※   ※   ※

「こちら葛城。教室にて塵殺寺院の構成員と対峙中。あ、更に一人増援を確認!」
 塵殺寺院の男から子供を守るように動いていた吹雪は、隙を見て無線機を持つ。
 吹雪の声が、無線を通じて仲間に伝えられる。
 塵殺寺院と戦うべく学校に来ていた面々が、続々と教室に集まってくる。
 黒づくめの男も一人増え、拳銃を持った男が二人。
 先程綾耶を人質にとった男だ。
「ボス。装置の反応が消えました」
「何、どういう事だ!?」
「おそらく、破壊されたのではないかと……」
「ふざけるな! ここまで来て無駄足だったというのか!」
「志方ないですね。諦めなさい」
 言い争う二人の男の前に、志方 綾乃(しかた・あやの)が立つ。
「本当は、あの気持ちの良い音楽の中、あなた方を殺害もとい拘束するつもりだったのですが……破壊されたのでしたら、志方ないですね」
「貴様……!」
「無駄足にはならないよ」
 布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)エレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)も、威圧するように並び立つ。
「だって、あなた達は今ここであたし達に捕まるんだから。ね」
 パートナーのエレノアに向かって微笑む佳奈子。
「ええ。せっかく佳奈子校舎入口を守って侵入者に備えていたのに、もう入り込んでいるなんて……」
 獲物を構える佳奈子とエレノア。
 身構える二人の男に、エレノアの【恐れの歌】が降りかかる。
 更に、佳奈子の【雷術】が炸裂する。
「ぐっ……」
 二手に分かれ走り出す男たち。
「あ、危ない!」
 佳奈子の声。
 一人の男が、綾乃に向かった。
 拳銃を構えている。
 発砲。
 綾乃の体が衝撃で揺れる。
「ははは、これで……む?」
 弾はたしかに綾乃に命中した。
 しかし、綾乃は倒れない。
 綾乃は硬質化した皮膚で、弾を受け止めていたのだ。
「ぐっ……」
 それでもダメージは避けられなかったのだろう。
 綾乃の顔が歪む。
 しかしそれも一瞬。
 次の瞬間には、男に向かって駈け出していた。
 それと同時に、佳奈子の【光術】。
 男の目が眩む。
「はあっ!」
 綾乃の持つルーンの槍が、一閃。
 光が治まった時には、綾乃が、男を組み敷いていた。
「殺しませんよ」
 綾乃が、冷静な声で告げた。
「殺してしまうと、あなたが『英雄』になってしまう恐れがありますからね」

   ※   ※   ※

「はっ、はあっ……あと少しだ……」
 男の手が教室の扉にかかる直前に。
 手と扉の間に、銃撃が走った。
「逃がさないわよ!」
「大人しく、ここで拘束されなさい」
 物陰に身をひそめて機を待っていた、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)だった。
 身構える男に、挑発するようにセレンフィリティは告げる。
「塵殺寺院が弱体化してるって話は本当だったんだ、あんたらみたいなショボい能無ししか送れないんだからさ!」
「な、何だとっ!!」
 セレンフィリティの思惑通り、男はあっさり頭に血が昇り、冷静さを失った。
 銃を構え、セレンフィリティに向かって撃ちまくる。
 弾のひとつがセレンフィリティの頬を掠める。
 赤い筋が一線。
 しかし、彼女の表情は変わらない。
 微笑みすら浮かべ、敵を見据えている。
 セレンフィリティの両手が、すっと男に向けられる。
 その手には、二丁の拳銃。
 銃口が男に向く。
「わっ、うわっ」
 男の足元に、両脇に、銃弾。
 男が弾に気を取られた次の瞬間。
 男の眼前に、セレンフィリティの端正な顔があった。
 顎の下に、拳銃の熱い銃口があった。
「ほら、おしまい」
「セレンたら……私の出番がなかったじゃない」
 一瞬でついた決着に、セレアナが肩を竦めた。

 ヒプノシスで眠らせた男を縛り上げると、セレンフィリティはその襟首を持ち上げ、窓から突き出した。
 子供たちのいる校庭から、よく見えるように。
「ここで弱い者イジメをしている奴ら、よーくご覧? これがお前らの何年後かの姿よ!」
 セレンフィリティの声が学校中に響く。
「う、ぅ……」
「うーん……」
 校庭の子供たちはまだ眠っていたが、何人かが確実に、セレンフィリティの言葉に苦しそうに眉を震わせた。

   ※   ※   ※

 佐々木 八雲とルカルカ・ルーが捕え、情報を聞き出した男。
 布袋 佳奈子とエレノア・グランクルスのサポートの元、志方 綾乃が組み伏せた男。
 そしてセレンフィリティとセレアナが縛り上げた男。
 塵殺寺院の面子は、それで全てだった。

「少数精鋭の探索班、といった具合でありますな」
 吹雪が納得したように一人ごちる。
「ただ、精鋭というには些か実力に問題があったようにも見受けられたが」
 吹雪の言葉に、男たちが歯噛みする。
「テロリストが人並みの権利を保障されると思ってるわけ? 手間省きたいからここで殺しちゃっていいよね?」
「待って」
 銃を構え、男たちから情報を聞き出そうとするセレンフィリティをルカルカが止める。
「もう聞き出すべき情報は全部聞き出せたよ。八雲のおかげで。これ以上、尋問の必要はないよ」
「でも……」
「子供たちは全員無事だったんだもん。いいじゃない」
「そうね。これ以上、学校を惨劇の場にする必要はないわ」
 まだ少し文句がありそうなセレンフィリティだったが、佳奈子とエレノアの言葉にしぶしぶ銃を収める。
「さあ、あとは教導団本部に連絡して任せよう、ね」
 ルカルカの言葉に、全員がほっとしたように頷いた。