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『しあわせ』のオルゴール

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『しあわせ』のオルゴール
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第3章 ひとつの戦い

 ぶるぶると、携帯電話が震えています。
 せっかくの素敵な音楽の邪魔になるので、ちょっと電源を切ってお休みしてもらいましょう。

 足取りも軽く、結崎 綾耶(ゆうざき・あや)は歩いていた。
 終始痛みを感じる体をだましだまし動かしていた綾耶は、教室から流れてくる音楽を聞いた途端、ふっと体が軽くなるのを感じた。
 痛みが、ない。
 それどころか、とても心地いい。
 どうして、とは考えなかった。
 考えなくてもいいと思った。
 理由なんていらない。
 音楽にあわせて踊り出したい。
 くるり、ひらりと体を回転させ、弾む足取りで歩き始める。
(ハッハッハァ! 風に乗り、流れるは惑わしの旋律。偽りの夢想へ誘われた少女は、果たしてどこへ消えたのだろうか……)
 それを影から眺めるのはミスター ジョーカー(みすたー・じょーかー)
 音楽のせいなのか、それとも元からこうなのか。
 ナチュラルハイな笑顔を浮かべたまま、ふらふらと足を進める綾耶から目を離さない。
 離さない、だけ。
 彼はただ見ているだけ……
「あっ、こんにちは。某さん? 違うの? 某さんに、今の私を見てほしいのに……」
 物陰に隠れている人物を目聡く見つけ、声をかける綾耶。
 その人物は驚愕の表情を浮かべ、次に綾耶に襲い掛かってきたが。
 綾耶から、笑顔は消えない。
 そしてジョーカーはただ、見ているだけ……

   ※   ※   ※

「綾耶! くそっ、こっちにもいない」
「携帯も出ないぜ!」
「どうしたの? なんか楽しいコト〜? なななも混ぜてー?」
「あぁ、一緒に楽しく……じゃねえ!」
 教室で、金元 なななと共に子供たちと遊んでいた匿名 某(とくな・なにがし)大谷地 康之(おおやち・やすゆき)
 二人が綾耶がいないことに気づいたのは、彼女がいなくなってから一体どれだけ後だったのだろうか。
 いくら探しても見つからない。
 携帯電話の電源も切っている。
「俺は綾耶を探す。康之は音楽の方を頼む」
「分かった!」
 走っていく某を見送ると、康之は拳を固める。
「くそっ、この音楽……やたら楽しい気分になりやがる。止めろ……止めろっ!」
 がしっ。
 康之が殴ったのは、自分の頬。
「たしか、ついさっきまでオルゴールを持ってた女の子がいたはずだけど……」

   ※   ※   ※

 最初に気づいたのは、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)だった。
 校舎工事のために学校に出入りしていた人物が数人いた。
 その中の一人の男性が、オルゴールの音が聞こえたと同時に、酷く狼狽はじめたことに。
 すぐに相棒のダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)に、テレパシーで伝える。
 その存在に注目したのはルカルカだけではなかった。
 佐々木 八雲(ささき・やくも)も不審な人物に気づき、そっと後をつける。
 男が音のする方向に走りだし、角を曲がった時。
 それは始まった。
 八雲の式神『珠ちゃん』が男の周囲をくるくると舞った。
 男が球ちゃんに気を取られた一瞬の隙をつき、ルカルカが『忍び蚕』を男に投げつける。
 糸に絡まれた男は無我夢中で銃を取り出すと、ルカルカに向ける。
 発砲。
 ルカルカの眉間に銃弾が吸い込まれる。
 男がほくそ笑む。が、次の瞬間その表情は硬直する。
「残念、それはハズレだよん」
 銃弾が命中したはずのルカルカの姿が煙の様に消えてしまった。
 男の背後に人の気配。
 そこに、本物のルカルカがいた。
「はっ!」
 ルカルカの手刀が男の銃を叩き落とす。
 その時には、男の体の自由は完全に封じられていた。
「さあ、そしたらこいつに妖刀を持たせて……」
「ひっ」
「待て」
 笑顔で男を操ろうとするルカルカ。
 それを、八雲が止める。
「どしたの?」
「まずは、こいつを尋問して情報を聞き出そう」
「だ、誰がお前らなんかに……」
「『警告』しよう」
 反論しようとした男に、八雲があるものを見せる。
「君はアスコンドリアの恐ろしさを知らないよね」
 緑色に輝く細胞小器官。
 八雲の手によって、それが男の体にまとわりつく。
「ひ、はひぃいいっ!」
「ほら、手足が勝手に動くでしょ?」

 多少、焦りの為に無駄な誇張はあったものの。
 男は迅速かつ正確に、情報を吐き出した。
 精神に働きかけ、自分の置かれている状況を幸福だと誤認させてしまう装置のこと。
 それを探しているのは、自分も含めて3人の塵殺寺院メンバーだということ。
 今流れている音楽、それこそが、自分たちが探している装置の効果だということ。
「弥十郎が言っていた女の子……スノと言ったか。あの子は、たしかオルゴールを持っていたらしい」
 話を聞いた八雲が呟く。
「それに、今聞いた装置の効果。それも、その子の様子と合致する」
 その表情には焦りの色。
「大変! スノちゃんが危ない!」
 ルカルカは走り出した。