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亡き城主のための叙事詩 前編

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亡き城主のための叙事詩 前編

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 荒い息を吐きながら、隠者の従士は誠一に至近距離でしびれ粉を放った。
 しびれ粉を吸い込んでしまった誠一の動きが鈍くなる。その隙に隠者の従士は散華の刃を抜き、誠一から逃げ切った。
 そして、印を結び隠形の術を発動しようとしたが、飛来してくる三本の矢に中止させられる。
 まだ動く左腕を振るい、一本の矢を弾く。が、それは幻影。本当の矢は隠者の従士の胴体に突き刺さった。

「――もう終わりにしましょう、隠者の従士」

 矢を放った本人であるルビーは幻惑の弓の弦を引き絞り、隠者の従士に言い放つ。
 その傍には、まだ傷をあまり負っていない契約者たちが四人。絶望に近い感情が隠者の従士を襲った、が。

「……まだ」

 隠者の従士はまだ動く左腕でクナイを構えた。
 風前の灯のような命。だが、燃え尽きようとする火ほど、身の程より大きな火を灯すものだ。
 隠者の従士はそう思い、呟く。

「……まだ、わたしは、あの人に」

 隠者の従士がキッと目を細め、契約者たちを睨む。

「まだ、何も返せてないんだぁぁ!!」

 感情を剥きだしの咆哮をあげ、血まみれの身体を以前よりも早く動かし、隠者の従士は駆けた。
 その気迫を感じ、生命の危険を感じたベルクは素早く赤の魔法陣を描く。魔力を込めて光り輝く魔法陣は燃え盛る炎を生み出す。

「ヴォルテックファイアァァ!」

 ベルクの紅の魔眼により威力を倍増した炎の渦は、隠者の従士に向けて寸分の狂いもなく飛翔する。
 が、隠者の従士はより一層の加速でかわした。それはベルクが想定しないほどの超加速。つまり、先ほどよりも一段と速い速度。
 火炎を背景に隠者の従士の凶刃はすでにベルクの首に、その刀身の冷気が皮膚で感じられる間合いにまで迫っていた。

「させねぇよ……!」

 行動予測と歴戦の立ち回り、果てには奇構機『フリューゲルブリッツ』を使用して、切がベルクと隠者の従士の間に身を割り込む。
 が、隠者の従士はそれを読んでいたのだろうか、一刀七刃の刀身に触れる直前、クナイは止まり代わりに裂帛の気合がこもった渾身の蹴りを切に浴びせた。
 直撃すれば二度と立ち上がれないような一撃。切の身体がくの字に曲がる。呼吸も出来ないほどの激痛が身体を駆け巡る。僅かに動きの止まった切に、隠者の従士はクナイを振り下ろそうとして。

「切さん、下がってください!」

 朱鷺が裂神吹雪を手裏剣の形状にして、隠者の従士に向けて飛翔させた。
 隠者の従士はそれを確認するやいな、クナイを振り下ろすのを止めて大きく後退。
 そこにフレンディスが分身の術で残像を四対作り上げ、忍刀・霞月を構え、隠者の従士に迫った。

「お覚悟を……!」

 フレンディスの残像のうちの一体が、隠者の従士に近づくとともに消えた。
 ほとんど視覚できない速度で切り払われたのだ。そして、また一体。

「魔障覆滅!」

 フレンディスは残り二体の残像を上手く扱い、隠者の従士の懐に潜り込むと目にも留まらぬ早業で五連続の斬撃を放つ。
 が、その全てをことごとく左腕一本で受けきり、最後の攻撃を受け止めると同時に身体を軸にして周りの残像を一掃した。

「な――!?」

 これにはフレンディスは驚きを隠せなかった。
 身体の速度もあがったが、それよりも洗練された剣術により一層磨きがかかっている。
 隠者の従士のフレンディス目掛けてクナイを振るう。フレンディスもこれを受け切るが押されていく。
 見えない速度の剣戟が繰り広げられた。やがて、フレンディスの忍刀・霞月が弾かれ、致命的な隙が生まれた。

「これで、終わり……ッ!」

 隠者の従士はフレンディスの首を掻き切ろうと、クナイを構えた。
 しかし、それよりも早く――。

「間に、合ったか……」

 動き出そうとした隠者の従士の首元に、鋭い刃が触れる。
 切が背後から一刀七刃を向けているからだった。隠者の従士は驚愕し、目を見開け、振り返る。

「あの蹴りを受けて、まだ動けるんですか……!?」

 その隠者の従士に、切は苦痛で顔を歪めながら言い放つ。

「ああ。フレンディスが時間を稼いでくれてるうちに、ルビーに治療してもらった。
 ……正直、立っているのがやっとだけどねぇ」

 切はフレンディスに良くやった、という代わりにウインクする。
 フレンディスは小さく頷き、忍刀・霞月を隠者の従士に向けて構えた。

「だけど、残念でしたね。さっきのでトドメを刺さなかったのは致命的なミスです。
 ……今なら、こんな包囲網ぐらい、破れます」

 隠者の従士は左腕のクナイを構え、この包囲網を破ろうとした。が、切の不可解な言葉によりその行動は止まった。

「ほら、ワイってば引き立て役だからさ? いいところは仲間に譲らないとねぇ」
「何を言っているんですか……?」

 その台詞が気にかかり問いかけた隠者の従士の質問に、代わりにフレンディスが答えた。

「……一分」

 フレンディスは顔を引き締め、言葉を紡ぐ。

「私たちが朱鷺さんに頼まれた、従士さんを足止めする時間です」

 切とフレンディス、二人の声が重なり、力強く言い放った。

「「これで、届く」」

 静寂に包まれた戦場に、二人の声が同時に反響する。

「「朱鷺さんの陰陽術が――!」」

 闇夜に浮かび上がる左目の六芒星。紙吹雪は朱鷺の身体を中心として舞い上がる。
 杖の先端から発せられるのは邪を浄化する眩い光。伝説上の英雄と同じ仕草で放たれる、悪霊祓いの術。その技の名は――。

「悪霊退散!」

 二人が離脱すると同時に、膨大な聖なる光が、隠者の従士を埋め尽くした。

 ――――――――――

 隠者の従士が目を覚ますころ、戦っていた契約者たちは、刻命城に向かったのかその場から消えていた。
 隠者の従士が自分の身体に目を落とすと、血まみれになっていた部分には綺麗に包帯が巻かれ、魔法を唱えてくれたのか傷口はいくぶんか塞がっていた。

「負けてしまいましたか……」

 隠者の従士は小さくそう呟くと、普段では考えられない力を出した反動か、動くことの出来ない身体のまま空を見上げた。
 相変わらず霧は濃い。遮られた明かりはこの孤島に光を照らしてくれることはないが、隠者の従士の心にかかった深い霧は、先ほどの戦いによって少しは晴れた気がしていた。

「……負けたというのに、なんで心はこんなに穏やかなんでしょうね」

 隠者の従士は百年以上感じることがなかった充足を味わいつつ、静かに目を閉じた。