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亡き城主のための叙事詩 前編

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亡き城主のための叙事詩 前編

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 十五章 愚者 後編

「えっとー。お掃除してー。雑草取ってー。お花のタネを植えてー」

 陽気な鼻歌を歌いながら、皆川 陽(みなかわ・よう)は外苑に咲き乱れた花の世話をしていた。
 パートナーのテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)は栽培用のスコップを手に陽を手伝いつつ、ついに耐え切れなくなって陽に質問をぶつけた。

「何故、この状況で庭いじりを!?」
「えー、だって荒れたお庭を見ると心が寂しくならない? 城主さんが生き返った時、庭がさみしいのって悲しいよ」
「それはそうかも……?」

 テディは雑草を抜く作業を止め、辺りを見回した。
 魔都タシガンに伝わる昔話では色とりどりの花が咲き乱れ、とあったが、正直手入れも小まめにしていないのだろう。雑草が好き勝手に生え、荒れ放題だった。
 なので、陽はサイコメトリでありし日のお庭の姿を読み取りながら、できるだけ復元できるように頑張っているのだ。

「お花育てって楽しいよね! ボク大好き! ほらほら、テディも手を止めずに頑張ろう?」
「……イエス・マイ・ロード!」

 二人は丁寧に花畑の手入れを行いつつ、楽しそうに会話を交わす。

「でも、このサイコメトリで読み取ったかぎり、このお花畑のお手入れは全部城主さんがやってたみたいだよー。
 すごく優しい目をしながらお花たちのお世話をしてる。ボクと気があったかもしれないね、話してみたかったなー」
「……少し、よろしいでしょうか?」

 顔と手を泥まみれにしながらにこにこと笑う陽は、不意に背後から声をかけられた。
 陽の笑顔が凍りつき、ゆっくりと振り返る。そこには愚者が立っていた。

「!? 下がって……!」

 テディは栽培用のスコップを黎明槍デイブレイクに持ち替え、陽と愚者の間に身体を割り込む。
 そして、テディはをキッと睨みつけると、愚者は丁寧にお辞儀をした。

「これはこれは、驚かせてしまったようで申し訳ありません。安心してください、敵意はありませんから」
「なら、何の用でここに来た……?」
「花畑の手入れを行う貴方様方がいるのを見つけて不思議に思い参っただけです」

 愚者は目を細め、優しく笑う。その表情を見てテディは黎明槍デイブレイクを下げた。
 愚者は丁寧にお礼を言い、陽に近づく。そして、雑草のなかでたくましく生える一輪の花を見て呟いた。

「……花はいいですよね。強く、儚く、生命の美しさを象徴しています。見ているだけで心が癒される」

 愚者の言葉を聞いた陽は顔をぱっと明るくさせた。

「そうだよね! 花って見ているだけでも楽しいよねー」
「ええ、そうですね。……よろしければ、私に花を一輪いただけないでしょうか?」
「いいよー。愚者さんにあったらボクも渡すつもりだっだし、ちょっと待っててね!」
「ありがとうございます――おや?」

 愚者はこちらに向かってくる気配に気づくと、口を開いた。

「……すいません。少しだけ用事が出来たようです。申し訳ありませんが、また取りに参りますのでそのときに」
「えー、残念だなぁ。じゃあ、いつでも渡せるよう用意しておくね!」

 陽の返事を聞くと愚者は踵を返し、気配がしたほうへ歩いていった。

 ――――――――――

 刻命城の周辺を見回る契約者たちの姿がある。
 その一人、ルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)は物珍しそうに刻命城を見上げ、呟いた。

「タシガンを色々回っていた事はあるが……こんな場所は初めて見る。見事な城だ」
「そうねぇ。いい題材になりそうだわぁ〜♪」

 師王 アスカ(しおう・あすか)は表情を輝かせながら、刻命城を見上げる。
 その様子を見てルーツが心配そうに声をかけた。

「とにかく、その愚者と名乗る者を探して色々聞いてみよう。
 ……頼むからアスカは絵に夢中にならないでくれよ」
「大丈夫よぉ、ちゃんと依頼は全うするから〜」

 のんびりとした口調でそう言うアスカに、ルーツは本当に大丈夫なのか? と心配そうな顔をして、前に歩いていった。
 ルーツが離れるのを見て、アスカが纏う魔鎧のホープ・アトマイス(ほーぷ・あとまいす)が彼女にだけ聞こえる声で話しかける。

「いくらわけの分からない場所で危なそうな奴の探索だからって、何で俺までついてこなきゃ……しかも兄さんまでいるし。
 言っておくけど、俺は絶対に人間の姿にならないからね?」

 ルーツとホープは兄弟なのだが、とある事情で顔を合わしていない。いや、合わせられない。
 ホープが頑なに拒否しているのだ。だから、アスカがほとんど無理やりにホープを連れてきたのだ。
 もちろん、ホープは不満たらたらである。

「そんなことぐらい、分かってるわよぉ」
「なら、いいけどさ。……しっかしその愚者って奴、よっぽどいい性格をしてらっしゃることで……」
「なんでそう思うのぉ?」
「縋るしかなかったのだ……って、それってその剣の効力を知ってるってことじゃん。
 教えてやればいいのに傍観者だから教えないの? 本当に……いい性格してるよ」

 吐き捨てるかのようにそう呟くホープに、アスカはに苦笑いをした。

 三人から少し離れた場所で、アキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)は考えつつ、ホークアイで愚者を探していた。

(舞台が……整い過ぎだよな、こいつは。魔剣の生贄を手っ取り早く集めようってんなら、契約者である必要がねえ。
 ちょっと噂を流せば、トレジャーハンターだの冒険者崩れだのが集まって来るはず。生贄の格ってのが必要なのか、或いは戦い自体が目的の死にたがりか……)

 そう考えつつ、アキュートは目を凝らし、愚者の探索に全力をつくす。
 その隣でパートナーのクリビア・ソウル(くりびあ・そうる)が少し拗ねたように呟いた。

「霧に隠れた古城で、伝え聞く猛者達との戦い……それこそ舞台は整っていると言うのに……」
「まあまあ、いいじゃねぇか」
「アキュートが話をしたい、と言うから我慢しますが、ここを私の舞台にしても一向に構わないんですよ?」
「物騒なこと言うなよな……っと」

 クリビアと会話しつつ、アキュートはこちらに向けて歩いてくる愚者を確認。
 こちらをずっと見据えているところを見ると、どうやら気づいているらしい。
 アキュートはブラックコートで気配を消すのを止め、口元を吊り上げて呟いた。

「どうやら、あちらさんのほうから出向いてくれたみたいだぜ」