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春をはじめよう。

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春をはじめよう。

リアクション


●Take us alive

 ぽかぽか暖かな春の午後は眠いものだ。
 それが、分厚い辞典を何冊も置いて、法学の勉強をしているとあればなおさらだ。
 だから、リア・レオニス(りあ・れおにす)がうたた寝していても、誰がそれを責められよう。
 彼の勉強にも理由はある。
 現在、リアは主に、世界崩壊を食い止める手掛りを探してニルヴァーナを探索している。しかし先日、ある理由があり、一時的とはいえ急遽パラミタに戻っていた。
 せっかく戻っているのだ。彼は合い間の日々に座学を進めようと思い、教科書や法全書をめくってるのだった。内政の事務的な部分でも愛する人の手助けになりたいから……というこの気持ち、わかってもらえるだろうか。
 とはいえ、だ。
「樹形図みたいに施行規則とか細則とかあって絡み合ってて、わけが分らん!」
 最初の一時間でもう迷宮入り、
「パラミタの法は日本のに似てるらしいけど、なんで! こんなに! 多いんだ!!」
 パラミタの複雑な歴史を考えれば致し方ないところかもしれないが、それにしても、嫌がらせとしか思えない内容だった。これは厳しい。読むほどに頭がぐちゃぐちゃになっていく。
 かくて、春の午後という好条件(?)も揃い、めでたく彼は爆発轟沈したのであった。
「んあ? ……テニス?」
 揺り起こされたリアは寝ぼけ眼をこすって、レムテネル・オービス(れむてねる・おーびす)、そしてザイン・ミネラウバ(ざいん・みねらうば)の姿をしげしげと眺めた。
 寝ぼけての発言ではない。実際、二人はテニスウェアにラケット、ボールを手にして立っていたのである。
「リアのの気持ちは認めてるし頑張りも知っていますが……、あまり根を詰めると体を壊してしまいます。ただでさえ、ニルヴァーナでは激務の日々だったのですから。ですので……」
 とレムテネルは恭しく説明しようとするが、ザインは彼をおしのけ、もっと単刀直入に言った。
「レムと二人でテニスでもしようかと思ったが、二人だと休憩する暇ないだろ? だから三人目としてお前も来い!」
「いや、俺は……」
 と逃れようとするも、
「まあまあそう言わずに」
 とレムが彼の左腕をつかみ、
「リアの健康のこともちょっと、まあ、ほんのちょっとは考えているがな……基本は自分のためだぞ。言っとくが。とにかく来い!」
 ザインが彼の右腕を掴んだ。
 かくて、ずるずると連れられていく。
(「ああ…心配かけたのか」)
 リアはもう、抵抗しなかった。
 いっちょ、やるか。
 かくて、芝の緑もまばゆい好天のテニスコートにて、彼ら三人のテニス合戦が始まったのである。
 薔薇の学舎にはしっかりしたコートが用意されているので、空いている一角で彼らはゲームを始めた。
「まあ、軽くやりましょうか。軽くね」
 と言いながら、レムのサーブがいきなり、芝をえぐり剃刀のように空気を切り裂く必殺サーブだったのはどうしたものだろうか。
「そうそう。別になにか賭けてるわけでもないんだ。楽しんでやろうぜ」
 と言いながらザインがその殺人サーブを、見ているリアも鳥肌が立つくらいの鋭さで叩き返したのもどうしたものだろうか。ガコン! と凄い音がした。
「薔薇学らしく、美しく参りましょう」
「へっ、軽く揉んでやるよ」
 口調は軽いが試合は凄い。互いに砲撃を食らわすようなラリー、鉄板すら撃ち抜きそうなスマッシュ、閃光ののレシーブ等々、なんとも超人クラスの試合が繰り広げられていった。
 さすがに消耗してレムテネルがコートから出ると、今度はリアの出番となる。
「テニスは紳士のスポーツだ。ま、俺も薔薇学の所属として、少々はたしなんでいるつもりだ」
 リアはすらりとラケットを抜いた。
 無論、彼の『少々』も相当のものだった。
 まずサーブからして雷鳴のようだ。駆け抜けるボールは稲妻と化し、ザインがぎりぎりで受けると腕がへし折れるほどの衝撃が伝わってきた。
「純粋に楽しむ気になってくれたようだな! ……それでいい!」
 観客からどよめきが巻き起こった。元イエニチェリ、現ロイヤルガードということでどうしても注目されるリアだ。その上、露払いよろしくレムとザインがあれほどの激闘を繰り広げたのである。すでにコートの周囲には黒山の人だかりができていた。
 レムは苦笑していた。注目を集めたくて始めたわけではないのだが。しかしその一方で、
「なんでこんなに人が集まってんだ?」
 ザインはオーディエンスだらけになっている理由に、まったく気づいていなかったりする。
「……まあいいか、ほら!」
 ザインは虎の如く逆襲した。無論、リアの力量はこれに勝るとも劣らない。虎と虎の戦いのように白熱した試合展開となった。しかし当人たちは本気の戦いというより、むしろじゃれ合っているつもりなのである。
 ザインが敗れ今度はレムテネルに、といった具合で数試合楽しんで、三人とも心地良い疲労に包まれた頃、
「さて、この辺りにしてコーヒー休憩にでもしませんか」
 レムが提案して、一旦お開きとなった。
 このとき、何気なくリアが言った。
「ありがとう」
 と。
 ほんの短い言葉ながら、そこに込められた意味を、レムもザインも知っている。
「気付いていたのですか……」
 レムはやはり、短く返すにとどめ、そういったさりげないやりとりが得意ではないザインは、リアをひっかむとその頭を乱暴に撫でたのである。
「んなの言葉にしなくても分るっちゅーの!」