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リアクション
『アニメを広めよう』
「楽しい楽しいアニメの時間だヨ! 魔族のミンナ、これで人間の生活様式を学ぶネ!」
『イナテミス広場』の一角で、ゲルヴィーン・シュラック(げるう゛ぃーん・しゅらっく)が地球、日本産のアニメ上映を始める。興味を持ってやって来た者たちへ、このアングルが最高だとか、この演出がたまらないなどと説明を垂れる。
「……ふむ、今の所、怪しい者は居ないようだな。
ゆる族の件のこともある、今回も唐突だ……これは例の姫子さんとやらが関わっている可能性が高い。
そう簡単に、やらせるわけにはいかんぞ」
上映会の様子を、上空からエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)が監視する。折角開かれた祭をブチ壊しにされるわけにはいかないと目を光らせていると、豊美ちゃんと讃良ちゃんの姿が見えた。
「おや、豊美先生と鵜野さん。これは挨拶くらいはしておくか。
……どうも、お二人もアニメに興味が?」
「エヴァルトさん、こんにちはですー。ええ、人だかりが凄かったので何かと思って来てみたら、讃良ちゃんが見たいとのことでしたのでー」
「うー……おかあさま、よくみえないです」
ぴょん、ぴょんと讃良ちゃんが跳ねてスクリーンを見ようとするが、幼女の背では人だかりを超えて見るのは厳しい。
「エヴァルトさん、讃良ちゃんを肩車してあげてくれませんか?」
「えっ、俺が? ……まあ、そのくらいならいいですけど――」
了承した後で、エヴァルトはしまった、と思い至る。
(これでは俺が、またロリコンと言われてしまうのではないか?)
しかし時既に遅し、あれよあれよとエヴァルトは讃良ちゃんを肩車する。
「すごいです、あのひと、つえからばーんってまほうだしてます」
マジマジと見入る讃良ちゃんの、柔らかく温かな感触を得ながら、エヴァルトは誰かが野暮なツッコミを入れてくれるなと切に願う。
(俺はただ女性に優しくしているだけだ、決してロリコンではないぞ!)
そうこうしている内に一話が終わり、メディアを変えようとしたゲルヴィーンが、ただならぬ気配を感じてビクッ、と身体を震わせる。
「こ、この気配は……! まさかまさか、ここにロノウェ様が居るようなこと、あるわけがないネ」
気のせいということにして、ゲルヴィーンが次の作品の上映を始める――。
「……ふぅん、アニメね……」
何やら興味ありげに呟いて、ロノウェがくるりと背を向け、その場を後にする。
『笑顔をお届け』
「魔穂香さーん、そちらはどうですかー」
「こっちは特に異常ないわね。油断は出来ないけど……このまま無事に終わるんじゃないかって思ってしまうわ」
「そうッスねぇ。ついつい、祭の雰囲気に引き込まれてしまいそうッスよ」
顔を合わせた豊美ちゃんと讃良ちゃん、魔穂香と六兵衛が現状を話し合っている所に、遠野 歌菜(とおの・かな)と月崎 羽純(つきざき・はすみ)が移動式の屋台を曳きながらやって来た。
「皆さん、お疲れさまです! よかったら、お菓子食べてください♪」
言いながら歌菜が羽純に目配せすると、心得た羽純が作ってあったお菓子を『サイコキネシス』で浮かせる。それを歌菜が華麗に操り、一行の手元へ差し上げる。
「まほうしょうじょのおねえさん、ありがとうございます! おしごと、がんばってください!」
ぺこり、とお礼を言って、ぱたぱたと豊美ちゃん達の元へ戻る讃良ちゃんを、歌菜が手を振って見送る。
「あんな風に喜んでくれると、こっちまで嬉しくなるねっ」
「……ああ、そうだな」
歌菜の言葉に羽純も素直に同意し、そして二人は屋台を曳いて、やって来た者達へお菓子と笑顔を振りまく。人間も精霊も、そして魔族に対しても分け隔てなく。
「あなたは、どうしてこのようなことをしているのかしら?」
そんな折、一人の魔族の少女から質問が飛んでくる。きっと彼女には、自分のしていることが不思議に見えるのだろう、そう思いながら歌菜が答える。
「私は魔法少女アイドルですから☆ ……というのもありますけど、私は、魔族の皆さんと分かり合っていくための架橋になりたい。
もう、何もかもが失われていくような争いは、嫌なのです。この街の人達は、かつて争った精霊さんと仲良くすることが出来た。だからきっと、魔族さんとも分かり合える。
私はその、お手伝いがしたい。美味しいお菓子は、種族に関係なく心を溶かすと思うから」
言って歌菜が、少女の元へお菓子を届ける。その様子を見ながら、羽純は表情には出さず心で複雑な胸中を明かす。
(ただ仲良く、というには難しい。魔族を恨む気持ち、複雑な感情があることは否めない。
しかし、歌菜が言うように、もう争いはごめんだ。……魔族は、俺達のことをどう思っているのだろう?)
羽純がそう思うも、お菓子を渡された少女は「……そう」とだけ呟いて、背中を向ける。落胆しかけた羽純の耳に、魔族の少女の微かな声が聞こえる。
「……美味しいお菓子を、ありがとう」
少しだけ軽くなった心で羽純が顔を上げると、笑みを浮かべる歌菜の顔が視界に入った。
「さ、行こっ、羽純くん♪」
「ああ」
羽純が微笑を返す――。
『小さな企み』
「すごいねフブちゃん、お店がいっぱいあるよ!」
鎌田 吹笛(かまた・ふぶえ)の前をメイルーンがはしゃいだ様子で、あっちの店を覗いたかと思えばこっちの店に顔を突っ込む。その楽しげに振る舞うのを吹笛は微笑ましく見守りつつ、通りかかった気の良さそうな人へ、聞きたいことがある、と前置きして『最近ルーレンの周りでよく見かけた人・ルーレンの言動』を尋ねる。
「うーん、特に目立つ人はいなかった、かな? 言動もおかしな所はなかったと思う」
「祭をしたいと言っていた者は居ませんでしたか?」
「俺はよく知らないけど、ただ、こういうことが出来たらいいな、とはルーレン様もそうだし、この街の人は思っていたかもしれない。だからこうやって皆、祭を楽しんでるんだと思う」
立ち去る彼に礼を言って、吹笛は思案する。
(ルーレンさんが自身の意思で決めた事ならば、触らずにいたいものです。……想像するに、明確にはしていなくともお祭りをしたいという意思はあったようですな。
それが、誰かの存在によって膨らまされた。そしてルーレンさんが家督を継ぐ前のノリになり、突然のようにお祭りが始められた)
頭の中で筋書きを想像し、ではどのようにするべきか、と思いかけた所で、吹笛はメイルーンの姿が見えないのに気付く。
「……おや、メイルーンさんはどうしたのでしょう。……まさか、異変を探る側が異変を起こす側に……?」
ともかく見つけなければと、吹笛は足を急ぐ――。
その頃メイルーンは、自分を呼ぶ声の後を追って物陰へ入った。すると微小な存在が寄り集まって、ノーバ・ブルー・カーバンクル(のーば・ぶるーかーばんくる)という一個体を形成する。
「ねえお願い、あたしの存在を内緒のまま、吹笛の気持ちを未知の異界へ行く気になるよう誘導して。全てはこの街を護るためだよ」
相手が自分のこうしたいと思う『未知の異界に行く』気にさえなれば、存在を隠しながらでも契約成立するはず……そう思ったノーバの企みは、しかしメイルーンという精霊にはお見通しだった。
「「パートナーはこの人しかいない!」って強く思ったなら、それをちゃんと伝えればいいんじゃないかな?」
「そ、そうは言っても、「あたししか知らない異界に行こう」って言って聞いてくれるわけないじゃない」
ノーバがなおも食い下がるが、メイルーンはこの件に関しては「ちゃんと姿を見せて、自分の口から言うべきだ」と譲らない。そうこうしている内に話し声を耳にした吹笛が二人の元へやって来た。
「メイルーンさん、ここにいましたか……そちらは?」
「ヤバ! 一度この姿になったら、拡散出来ないんだっけ! あ、えっと、その……あはは……さよならー!」
顔に笑みを貼り付けつつ、ノーバが一目散にその場を駆け去る。
「……メイルーンさん、今の方は?」
「うーんとね、フブちゃんのパートナーになりたいって思ってる人……でいいのかな。あ、悪い人じゃないよ」
なおも話を聞くと、どうやら先程駆け去った人物は最近存在が確認された『ポータラカ人』であるようだった。
「ノーバさん、ですか……」
とりあえず頭の隅に置きつつ、吹笛はメイルーンと共に、怪しい部分はないか探りを入れる――。
『魔法少女として、出来ること』
「ここに来る時にルーレン様に会ったが、ミーミル、どう思ったかい?」
「えっと……どうして前の格好に戻ったんだろう、って思いました」
アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)の問いに、ミーミル・ワルプルギス(みーみる・わるぷるぎす)が思案して答える。頷いたアルツールが、共に付いて歩くヴィオラとネラにも言い聞かせるように、口を開く。
「ルーレン様の変化は誰の目にも明らかだ。しかし、何者かに操られて……とは判然としない。
これは私の想像だが、恐らく、ルーレン様は何者かによって内部に抱えた想いを表出させられたのではないだろうか。ミーミルが見た姿になったのは、それがザンスカール家と言う縛りの無い自由の象徴、つまり自分の気持ちに正直になれる姿だからだ。術によるものか、口車に乗せられたか……ともかく彼女は何らかの方法で抑圧された心を開放されたと言ったところだろう。だから私もそうだし、ミーミルもそうだと思うが、ルーレン様が操られている様なそうでない様な違和感を抱いているのではないかな」
「はい……ルーレンさんからは操られているようなものを感じないんです」
過去に『操られた者』を間近に見たことがあるミーミルは、その時と照らし合わせて今のルーレンがそれとは違う、という結論に至る。
「何者かがルーレン様を変化させた理由として今のところ考えられるのは、十中八九、この場で何か起すための陽動か、変化した彼女を火付け役とした大規模な騒乱の発生かのどちらかだ。
その時に黒幕は必ず現れる。……裏を返せば、それまでは黒幕は私達の知らない所で暗躍しているだろうね」
「あー、なんや、何もできん感じでモヤモヤするなー。うちらで何とかできんやろかー」
ネラの不満気な言葉に、シグルズ・ヴォルスング(しぐるず・う゛ぉるすんぐ)がまあまあ、と宥めた上で発言する。
「現状で取れるのは、状況を良く観察して、祭りの喧騒から離れてコソコソしているとか、騒ぎが起きたとき周囲とは違う動きをしている連中を探すとか、そんなんだろうね。
もしもうまく黒幕を見つけたら、いざとなったら僕もアルツールも居るんだし、事が大きくなる前に自分たちで解決してみるのも経験積む意味で良いんじゃあないかね」
「慌てず騒がず、落ち着いて周りをよく見ろ……ということか。そうだな、何かをしようと焦れば、大事なことを見落としかねない」
「うぅ、ねーさん、無自覚にうちのこと否定しとるでー。でも確かに言う通りやなー。しゃあない、我慢してよーく観察するかー。
……あ、あそこに美味しそうなもん売っとる店があるで」
「ふふ、よく見つけました、というところかしらね。
二人はそこで待ってて、私が付いて行って来るわ」
エヴァ・ブラッケ(えう゛ぁ・ぶらっけ)を一時的な保護者に、三人は目当ての屋台へと足を運ぶ。道すがら、エヴァは伝えておくべきことを口にする。
「今のところは何かあっても危険は低そうだけど、ここは火種の集まっている場所と言う事を忘れては駄目よ? 手に負えないと思ったら、誰かの手を借りたり、時には退く事も考えておいてね。
例えば、こういう場で興奮状態の暴徒が発生した場合、説得は難しいし、武力制圧するにしても相手の数が多ければ、群集が逆上したり恐慌に陥ってしまって、かえって混乱を招いてしまう事もあるから」
「はい、分かりました。無理はしません。私たちは、私たちに出来ることをします」
「うちら魔法少女やしなー。街の平和を護るのがお仕事やで。そういやねーさん、うちが勧めた服、どないした?」
「あ、あれは……! あんな裾の短い服、着れるわけがない……」
「? 何の話です?」
「ねーさんがええカッコしてくれるんやで♪」
「……ネラ、私にはおまえがとても何だ、その……おかしく見えるぞ」
そんなやり取りを交わしつつ、一行はアルツールとシグルズの待つ場所へと戻る――。
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