First Previous |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
13 |
14 |
15 |
16 |
17 |
Next Last
リアクション
stage6 ≪黒鉛のケルベロス≫の脅威
「へくしゅっ!」
突然、下川 忍(しもかわ・しのぶ)が可愛らしいくしゃみを発した。
頭の上のヒメリ・パシュート(ひめり・ぱしゅーと)が心配そうに尋ねる。
「かぜぇ〜?」
「ううん、そんなことはないと思うよ。
誰かがボクの噂でもしてるのかな♪」
「熱があるなら、早めに暖かくして寝たほうがいいよぉ」
「さりげなくボクが熱で可笑しなことを言ってるみたいな発言しないでよ。
……まぁ、早く家に帰って休みたい気持ちはあるんだけどね。でも、その前に崎島さんをどうにかした方がいいよね」
忍の傍では相変わらず崎島 奈月(さきしま・なつき)が≪黒鉛製ケルベロス≫と仲良くなるため、生徒達に攻撃を中止するように訴えていた。
だが、≪黒鉛製ケルベロス≫の方から攻撃をしかけてくる以上、生徒達も戦わないわけにはいかない。
忍はせめて戦闘の邪魔にならないようにと、奈月を≪黒鉛製ケルベロス≫から引き離していた。
綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)は≪黒鉛製ケルベロス≫の隙をついて、捕まっている人々がいれられた牢獄へと近づいた。
「皆さん大丈夫ですか?」
捕まった人々は室内の床に作られた牢獄に閉じ込められれていた。
動けている様子から、取り付けられた首輪が≪シャドウレイヤー≫内での活動を可能にしているからようだ。
たが、その首輪の影響なのか普通にしていても苦しそうな状態だった。
「こんな小さな子まで……ひどい」
捕まっている人の中には老人から小さな子供まで、年齢性別問わず閉じ込められていた。
さゆみは格子を握りしめながら泣き続けている子供に話しかける。
「大丈夫よ。お姉ちゃんがここにいてあげるからね」
優しく微笑むと子供は小さく頷く。
その様子にさゆみの心がポッと暖かくなった。
さゆみの背後に涎を垂らしながら≪黒鉛製ケルベロス≫が近づいてくる。
すると、リスの姿になったアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)が毛を逆立てて≪黒鉛製ケルベロス≫を威嚇する。
「先へは……行かせませんわ」
アデリーヌが≪黒鉛製ケルベロス≫の顔の一つに【火術】を放った。
火が≪黒鉛製ケルベロス≫の顔を真っ赤に包む。
しかし、有効なダメージにはならなかったようで、≪黒鉛製ケルベロス≫は首を振って火は振り払うと、顔をペロリと舌で拭っていた。
「火は無理……」
「だったら氷はどうだ?」
今度はエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が【氷術】で≪黒鉛製ケルベロス≫の首を氷漬けにする。
氷の中に包まれる≪黒鉛製ケルベロス≫の首。
だが、氷は≪黒鉛製ケルベロス≫の体温によってすぐに解けだしてしまう。
「まぁ、火を吐くくらいだから無理な気がしてたけどね」
猫の姿のエースはやれやれといった様子で、両手を上げていた。
すると、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が 本気狩る(マジカル)☆ステッキ を手に駆けてくる。
「だったら、やっぱり叩いた方が早いですよねっ☆」
ステッキを掴む手に力を込める詩穂。
――距離を詰める。
しかし、その動きに気づいた≪黒鉛製ケルベロス≫が詩穂に向かって、三つの首から黒い炎を吐き出した。
「おわっ!? あっちち……」
慌てて飛び退いた詩穂。
服に火の粉が飛び散り、慌てて地面を転がって消化する。
≪黒鉛製ケルベロス≫は三つの首を駆使して周囲を警戒し、生徒達を近づけさせようとはしない。
魔法少女アウストラリス(アイリ・ファンブロウ(あいり・ふぁんぶろう))が≪黒鉛製ケルベロス≫の顔に向けて魔法を放つ。
「私が注意を引きます! 詩穂さんはその隙に攻撃をお願いします!」
「サンキューです! お言葉に甘えて思いっきり殴りに行かせてもらいますよっ☆」
アウストラリスが≪黒鉛製ケルベロス≫をかく乱するために顔面に向けて連続で攻撃を放つ。
だが、三つの頭を相手に一人ではなかなか援護が追いつかない。
羊のマスコットになったエグゼリカ・メレティ(えぐぜりか・めれてぃ)が、抉るように蹄で柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)の頭を押す。
「主、自分達も続きましょう!」
「わかった。わかったからそこだけ抉るのはやめろ! 禿たらどうするんだ!」
必死の訴えに、エグゼリカが押すのをやめる。
恭也は安心して胸を撫で下ろすと、ホルスターに収めていた全ての銃を素早く確認した。
「よし……それじゃあ、全弾撃ち尽くす気で行くぜ!」
恭也が両手に拳銃を握りしめ駆け出す。
≪黒鉛製ケルベロス≫の周囲を走りながら、恭也は弾丸を一つの頭に集中して撃ちつける。
走った場所に大量の薬莢が転がり、乾いた音が鳴り響く。
火薬の匂いを服に染みこませながら、恭也は次から次へとトリガーを引き続けた。
アウストラリスと恭也によって二つの頭の注意が詩穂から逸れる。
その隙に詩穂は残ったもう三つ目の頭に向かって走り出していた。
迎撃するように詩穂へ降り注ぐ燃え盛る黒い炎。
「こんなのでぇぇ!」
詩穂が力強く床を蹴り、飛び上がる。
炎が詩穂を包む。
「詩穂さん!」
――詩穂が炎の中から飛び出した。
服の一部が焦げて軽度の火傷を負いつつも、詩穂は吹きつける炎を抜けて高く――高く舞い上がった。
詩穂は≪黒鉛製ケルベロス≫の頭上へと飛び上がる。
そして本気狩る(マジカル)☆ステッキを握りしめた詩穂は、≪黒鉛製ケルベロス≫の脳天目掛け――。
「入魂一鎚! 本気狩る(まじかる)★クラッシャャャ――!!」
渾身一撃を振り下ろした。
殴られた≪黒鉛製ケルベロス≫の首は水滴のようになって弾け散った。
残された二つの首が悲痛にも似た叫びを上げる。
「もう、やめてよぉぉぉ!」
忍の手を振り払った奈月が、泣きながら地面に着地した詩穂にしがみついてくる。
「詩穂さん、やめてよぉ!
可愛そうだよぉ! わんこ泣いてるんだよぉ!」
「ちょ、ちょっと奈月ちゃん、危ないって……」
困惑をする詩穂。
そこへ≪黒鉛製ケルベロス≫の首のうち一つが、やられた恨みとばかりに詩穂へ牙をむき出しにして迫ってくる。
退避しようとするが、奈月が泣きついていて身動きがとれない。
「リリア!」
「わかってるわよ!」
エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)に急かされてリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)が駆け出す。
リリアがソード・オブ・リリアを取りだす。
「はあああぁぁぁ!!」
気合いと共にリリアが斜めに切り上げる。
仄かなライトグリーンの光を放つ刀身は、するりと≪黒鉛製ケルベロス≫の皮膚を入り込み、詩穂の襲いかかっていた首を刎ねた。
すると、またしても首は水滴状になって空中に舞い散り――水滴が空中え停止した。
「えっ!?」
次の瞬間、停止した黒い水滴が内部から突かれたように激しい動きを見せると、生徒達がほぼ反応する間もなく破裂し無数の針状の物質を撒き散らした。
一番近くで食らったリリアが身体中から血を流して床に倒れる。
「リリア、無事か!?」
エースがリリアに駆け寄る。
露出した腕や太ももから赤い血液が滴り落ちる。
「私は、だいじょ、くぅ……みんな……は?」
痛みを堪えながら、リリアは片目を開けて尋ねていた。
エースが周囲を確認する。
負傷している生徒もいたが、一番近くにいたリリア以外はそれほど大怪我は負っていないようだった。
「大丈夫だ。それほどひどい奴はいないよ」
「そう……よかった。オートガード間に合った……のね」
嬉しそうに笑うリリアに、エースは目を見開いて驚いてた。
リリアは自分が一番危険だとわかっていて、逃げようとはせず咄嗟に援護魔法をかけたのだ。
エースの口元からふっと笑みがこぼれる。
「……リリアらしいよ」
「大丈夫!?」
忍が箒で駆けつけてくる。
「ああ、大丈夫。自分で無茶して死ぬような奴じゃないさ。
だけど、これ以上戦闘は無理だ。一端、安全な位置に――」
「皆さん、あれを!」
アウストラリスが叫ぶ。
指さす方向を見ると、≪黒鉛製ケルベロス≫の残った本体が、先ほどと同じように内部から突き刺すような動きを見せていた。
「まずいな。君、すまないが、リリアを移動させてくれ」
「わかったよ!」
忍はリリアを抱えて、急いで入り口へと向かった。
他の生徒達も≪黒鉛製ケルベロス≫から距離をとっていく。
そんな中、さゆみはその場から動こうとしなかった。
「守らなきゃ! 私が逃げたらこの人達を守る人がいなくなっちゃう!」
足元には捕えられた人達が身を寄せていた。
さゆみは汗ばむ手でヘッドセットの位置を調整し、今にも破裂しそうな≪黒鉛製ケルベロス≫の身体を睨みつけた。
私にこの人達を守ることができるの?
さゆみの首筋を汗が流れる。
その時、足にふかふかした感触が伝わる。
飛び上がりそうなくらい驚いたさゆみが見下ろすと、そこにはリスの姿をしたアデリーヌが身体を寄せていた。
「わたくしも……いますわ」
心臓がドキリとするくらい、アデリーヌの言葉は嬉しいものだった。
緊張が一気に抜けていく。
さゆみは改めて≪黒鉛製ケルベロス≫を見た。
先ほどより動きが速くなり、いよいよのようだ。
さゆみはアデリーヌを重ねた手の上に乗せ、胸の前まで持ち上げた。
「絶対守りぬくわよ!」
「……はい」
さゆみが大きく息を吸い、アデリーヌが魔力を集中させる。
そして≪黒鉛製ケルベロス≫が――破裂する。
飛んでくる無数の針。
さゆみが【咆哮】を、アデリーヌが【火術】を発動させた。
二つの技が混ざり合い。さゆみとアデリーヌを中心に波紋のように広がって炎の盾を作り出す。
針は次々と炎の盾に激突し、形を崩して床に叩きつけられていく。その度に≪黒鉛製ケルベロス≫の身体が徐々に小さくなる。
喉が痛くなってきた。
あと少し……あと少し……
「!?」
針が一つ、炎の盾を抜け、さゆみの頬を掠めた。
「しまった!」
「止めちゃだめ……!」
一瞬、気の緩みで複数の針が炎の盾を抜けていく。
さゆみは慌てて声を張った。
足元から人々の叫び声が聞こえる。
喉が潰れてもいい。だから……持ちこたえて!
一度脆くなった盾はさらに形を崩していき、いくつもの針が抜けていく。
さゆみの身体が傷だらけになる。
そして――最後に残った盾は元の半分もなかった。
「大丈夫!? 怪我は!?」
床にへたり込んださゆみは、格子を掴んで捕らわれた人々に尋ねた。
すると彼らは首を横振って、怪我がないことを伝えてきた。
いくつかの針はさゆみの背後を抜けたが、いずれも彼らに当たることはなかったのだ。
「よかった……」
さゆみは脱力して格子におでこをくっつけた。
ひんやりしていて、心が安らぐようだった。
「待ってて、今落ち着く歌を聞かせてあげるから」
さゆみが笑いかけて優しく歌い始める。
その時――針状になって分解された≪黒鉛製ケルベロス≫が動きを見せた。
それらはまるでそれ自体が意志を持つように三か所に別れて集まると、合体構成して三頭の首がそれぞれの個体となった。
「嘘……」
一頭がピクピクと耳を動かすと、牙をむき出しにしてさゆみを睨みつけてきた。
そして低いうなり声を上げると物凄い勢いで向かってきた。
さゆみは回避をしようとするが、ダメージがひどくうまく立ち上がれなかった。
ドッゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!
その時、壁を突き破って鋼鉄 二十二号(くろがね・にじゅうにごう)が現れる。
二十二号はそのままさゆみを狙ってきた≪黒鉛製ケルベロス≫に体当たりして壁に押し付ける。
「みんな無事だな!」
「二十二号さん! 助かりました……」
二十二号は足を踏ん張って≪黒鉛製ケルベロス≫と力比べをしていた。
するとアウストラリスが叫ぶ。
「さゆみさん! ≪黒鉛製ケルベロス≫はどうやらあなたの歌に反応しているみたいです!
一端そこから逃げてください!」
「だったら、私が……」
アデリーヌが【命のうねり】で足の傷を癒し、さゆみは立ち上がって走れることを確認する。
「……私が囮になる! みんなはその間に対策を!」
さゆみの真っ直ぐな目に、アウストラリスは逡巡していたが、最終的には首肯していた。
「炎もだめ。氷もだめ。物理攻撃は分裂する。
だったら……これはどう!?」
さゆみが囮になっている隙に≪黒鉛製ケルベロス≫の背後から【稲妻の札】で雷を浴びせる詩穂。
すると、他の二頭が液状に変化し、雷を浴びた一頭に集結して元の三つの首を持つ≪黒鉛製ケルベロス≫に戻った。
「うげっ、今度は合体した!?
ま、まぁ、数が減った分だけマシかなぁ?」
苦笑いを浮かべる詩穂だった。
First Previous |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
13 |
14 |
15 |
16 |
17 |
Next Last