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漂うカフェ

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 離れた席で、静かな調子でグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)ウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)がテーブルを囲んでコーヒーを飲んでいた。
「いかがですか、グラキエス様、ここの味はお口に合いますか」
「あぁ、エルデネスト。いい香りだな……ウルディカは、どうだ?」
 慇懃なエルデネストの気遣いにやや疲れた笑顔で答え、グラキエスはパートナーの未来人に問いかけた。
 傾けたカップの端に唇を取られていたウルディカは、すぐには答えなかった。やや剣を含んだ瞳で、エルデネストは彼を見つめた。
 やがて、カップのコーヒーを飲みほしてしばらくすると、ウルディカはふっと息をつき、真っ直ぐにグラキエスを見て口を開いた。
「……エンドロア。お前はいつまで、この状態を続ける。
限界を先延ばしにすればするほど、それはより強く、すべてを蝕む。
――俺はそれを止めるために来た」
 カップに伸ばしかけていたグラキエスの指が一瞬震えて、カップの持ち手をはじき、止まった。
 何か細い電流が駆け抜けた後のような、危うい静寂が一瞬落ちた。
「それは――」
 エルデネストが何か言おうと口を開きかけたが、
「俺は、みんなを悲しませるのか……」
 それよりも先に、グラキエスの力ない声が流れ出た。ウルディカは口を閉ざしたままだ。言うつもりのなかった自分の中の決意――災厄の源となりうる彼を、必要とあれば殺す決意があることを、口にしてしまったことに自分で驚きながらも、撤回する必要はないししたところで意味はないと感じ、鉄のような沈黙を守っていた。
「それとも……殺して、しまったのか……?俺が、皆……やはり、俺は、これごと消え」
「グラキエス様、消えてしまれては困ります。貴方は私のものなのですから」
 遮るように、エルデネストが口を挟んだ。
「エルデネスト……」
 エルデネストの手が、グラキエスの方に羽のように軽く、触れた。
「そう、だな……。
 俺はあなたのもの。勝手に消えては、契約違反か……」
「……。それに、悲しまれる必要はありません。結末など、変えてしまえばいい。
 貴方がお望みならば、私はそれを叶えましょう」
 驚いたようにエルデネストを見るグラキエスを見て、ウルディカの胸にもふと、「結末を変える」という言葉が刺さった。
(長い間、俺は、俺の世界を蝕む災厄を捜し続けて来た……
 だがもし、結末を変えられるなら……俺は、それを見届けたい)
 そう、『結果』はこの世界のまだ先、歩む道を変えた先。
「――エンドロア」
 ウルディカは口を開いた。コーヒーの残り香が、まだテーブルを包んでいた。
「お前が違う結末を望むなら、俺も力を貸す」

「ネスティ、何か、怖いよう」
 ブルーセは怯えたような顔で、ショートケーキの皿を持ってネスティの影に隠れて、立ちすくんでしまっていた。
「大丈夫だよ。笑顔で『お待たせしましたぁ!』って言って、持ってけばいいんだって」
「それができないんだもん……」
「駄目だよそんなこと言ってちゃ。お店はいろいろ騒ぎに巻き込まれて大変だったんだよ? ネスティたちが元気に笑顔でお客様をお迎えして働かないと、お客さんどんどん来なくなって、鈴里さんも萱月くんも困っちゃうんだよ? そうさせないために、ネスティたちが頑張らないと!」
「そうだよね……うん、うん、分かった」
「頑張って!」
 ――「お、お待たせ、しましたっ、ショートケーキ……ですぅ」
 ブルーセは勇気を振り絞って、コーディリアの注文の品をテーブルに持っていった。
「あの……」
「……」
「その、悪かった、と……」
「……」
「もう、あんなことは、絶対に言わないので……その……」
 失言をしどろもどろで謝る剛太郎を無視して、殺気すら漂わせて沈黙を守るコーディリアの目の前に、ブルーセは震える手でケーキを置いた。

 厨房でグラスにドリンクを注ぐ鈴里、客の去ったテーブルの食器を片づける萱月。
 二人にはもう、全く変わったところは見られなかった。
「ありがとうございました〜。またいらしてくださいね〜」