リアクション
* * * (あれ、ルシェン? それにドクトルさんも……何してたんだろ?) 朝斗は店から出ていく二人の姿を目撃した。気にはなるが、後でルシェンに直接聞けばいいだろう。こちらはこちらでやることがあるのだから。 「いらっしゃいませー! あ、風紀委員のみんなだ。巡回お疲れさま」 「そちらもバイトお疲れさまだ、ヴェロニカ。今日の授業は?」 風紀委員長のルージュ・ベルモントが、フロアに出てきたヴェロニカ・シュルツ(べろにか・しゅるつ)に尋ねた。 「今日は午前中だけだよ。セラも、もうすぐ来るはず」 「あいやー、精が出るネー。生徒会の仕事とアルバイト、大変そうネ」 委員長補佐の黄 鈴麗だ。そんな彼女の呟きに、ヴェロニカが軽く微笑む。 「まあ確かに大変だけど、どっちも楽しいから大丈夫だよ。それじゃ、案内するね」 ヴェロニカの案内で、朝斗たちは席に座った。 「……まあ今日は僕たち、非番なんだけどね」 とはいえ午前に授業があった関係で、いつも通りの黒制服だ。ルージュは相変わらずのセーラー服風アレンジ、鈴麗はチャイナドレス風アレンジである。こうして見ると、鈴麗は双子の妹、鈴鈴そのものだ。 「俺たちの場合、連休中も仕事はあるからな。こうやってゆっくりできる時間はゆっくりするに限る」 「そんなこと言って、普段は非番の日も何かしなきゃ気が済まない癖にぃ」 「黙れ、リンレイ」 ルージュが鈴麗を睨めつけた。 「もーベルちゃん、そんな怒らないで欲しいネ」 「怒ってない。それに、休みが潰れる大半の原因はお前だろうが」 鈴麗が素知らぬふりをして笑う。彼女の方は何かとルージュにちょっかいを出しているが、ルージュの方はどうにも気に入らない――というより、複雑な心境のようだ。 「まあまあ二人とも」 朝斗は二人をいさめた。二か月前からこんなやり取りを見続けていれば、対処にも慣れるというものである。 「そういえば、二人はパートナー契約してるわけじゃないんだよね?」 表面的には、二人はパートナー同士ということになっている。そうすれば、鈴麗が学院に在籍している本当の理由に触れられずに済むからだ。 「当たり前ヨ。ただの人間のまま『契約者』を倒すって楽しみがなくなるの、ごめんネ」 「コイツに身も心も縛られるのは勘弁だ」 そんなことを口にしながらも、二人は一緒にいることが多い。なお、そのことを指摘してルージュに「ツンデレ」などと言うと頑に否定する。 「はは、そうだよね……。 それとルージュさん、ずっと気になってたんだけど、その細長い包みは何?」 「ああ、これか」 ルージュがその中から取り出したのは、一見すると日本刀であった。だが、刀の形状をしてはいるものの、刃が一切ついていない。 「賢吾の奴に、能力の制御の練習になると勧められてな。見ての通りこのままだと何も切れないが、熱を加えることで物を切れるようになる。ヒートマチェットと同じようなものだと思えばいい」 単に近距離でも炎を使えるようにするだけでなく、七聖 賢吾から古流剣術を学び、かつて鈴鈴から学んだ格闘術と合わせることによって、苦手な近接戦を克服しようとしているようだ。 「お前も一度自分の戦闘スタイルを見直した方がいい。身の丈に合わない技を使ってばかりだと、無駄に体力を使うぞ」 4月から超能力科に転科したこともあり、ルージュと組手をする機会が多くなった。普段は軽い運動のつもりで臨んでいるが、相手は真剣に彼の戦い方を分析していたようだ。 「たとえば、リンリンの真空波。お前はロケットシューズを使って勢いをつけて繰り出していたようだが……あれでは身体への負担が大きいばかりか、アイツの半分の力も出せない。まあリンリンは達人の域に入っている武術の使い手だ。だから自在に使えたといっていい。とはいえ、身体の重心の移動、基本的な『武術における』蹴りの動きをマスターすれば、今よりずっと負担は減るだろう。もちろん、威力も増す。リンリンの半分くらいまでにはな」 「レイからもちょっと言わせてもらうヨ。他の人の劣化版にしかならないようなら、無理に使う必要はないネ。でも、それがどういうものか知ってるっていうのはひとつのチャンス」 鈴麗が続けた。 「それを自分が最大限生かせるようにアレンジすればいいネ。相手が元の技を知っていたとしても意表をつけるっていう利点があるヨ。レイも、そうやって『契約者を倒す』ためだけにお師匠様から教わった技を磨いてきたネ」 ふと朝斗の頭に、ずっと引っ掛かっていたものがよぎった。 「ねえ、鈴麗さん。前からずっと引っ掛かってたんだけど、お師匠様ってのは藍(ラン)老師って人なんだよね」 「そうネ。四年前、リンがいなくなってすぐに死んじゃったけど」 「初めて会った時、『今のお師匠様から禁止されてた』って言ってたけど、ここに来る前も誰かに師事してたのかな?」 「まさか、レイのお師匠様は後にも先にも一人だけネ」 ああ、と鈴麗が納得したように手を叩いた。 「それ、『今の、お師匠様から禁止されてた』って意味ネ。今の、ってのは直前に使った殺気当てのこと。いやー、日本語って難しいネ」 「僕の勘違いだったってわけか。てっきり……」 「レイは縛られるのが嫌いネ。人の下につくなんて虫唾が走るヨ」 だから、常に対等な関係で仕事を請け負う便利屋を始めたらしい。 「で、そのお前の肩書は委員長補佐なわけだが」 「肩書ではそうだけど、ベルちゃんは友達ネ。それに、こうしてこの学院にいるのはそういう依頼内容だからネ」 いつの間にかルージュの後ろに回り込み、鈴麗が彼女に抱きついていた。ルージュが静かに鈴麗を振り払う。 「ま、でも友達のよしみであさにゃんにゃんにはちょっとしたことを教えてあげるネ」 「ちょっとしたこと……ってなんか妙な呼ばれ方をした気がするんだけど!?」 「んー、なんかにゃんにゃん、小柄でなんか猫っぽいからヨ。ネコ耳とか似合いそうネ」 「待って、名前の原型なくなってるから!」 「リンレイ、朝斗で遊ぶのはその辺にしとけ。それに、海京にいればいつか見る機会が来る」 「にゃー」 「こっちが猫になった!」 双子の妹のことも知っている朝斗だが、なんだかんだでしっかりしてた妹とは違い、姉の方は天真爛漫で自由奔放な性格だ。 気を取り直して、鈴麗が口を開いた。 「ただの人間のまま契約者を葬る術を身につけているのは、レイだけじゃないネ。なかには『ただの人間相手には無力だけど、契約者相手には絶対の力を持つ』っていうのもいる。 パラミタでは地球の常識が通用しないように、地球ではパラミタの常識が通用しないということを頭の中に入れておくよろし」 それ以上、鈴麗は語らなかった。 「あやめの意図はそこにあるんだろうな。契約者であるがゆえの隙をつく者が現れても対処できるように、リンレイをこの学院に引き入れた」 海京警察の契約者は一般人をなめている節がある。それもあり、現風紀委員は卒業後も海京の治安維持活動ができるよう、海京警察に委員の受け入れの打診を行っている最中だ。 「なんにせよ海京に残るのであれば、俺たちはこの一年間だけじゃなくこの先も、この街を守ることを考えていかなきゃな。お前はどうするんだ、朝斗?」 「まだ考え中だよ。超能力科に転科したばかりだしね。単位次第ではもう一年いるかもしれないし」 知りすぎてしまった身としては、この学院が悲劇を繰り返すことのないよう密かに支えていければなとは思う。まだ新体制は始まったばかり、これからが肝心なのだ。 「おはようございます!」 フロアにセラ・ナイチンゲール(せら・ないちんげーる)が出てきた。この時間からシフトインのようだ。 「あら、いらっしゃい」 朝斗たち風紀委員のテーブルに彼女が近づいてきた。まじまじと三人を見回す。 「セラさん、どうしました?」 「……うん、これは適任ね」 一人納得したように頷き、奥のスタッフルームへと消えていった。 すぐに何かを持って出てくる。 「今ヴェロニカから聞いたんだけど、三人とも今日は非番なのよね。だったら、ちょっとうちで働いてみないかしら? もちろん、給料は出るわよ」 「ずいぶんと唐突だね」 「マスターがそろそろ制服をリニューアルしたいっていうからいろいろ作ってみたんだけど、いいモデルがいなくてね。三種類あるし、絵になる女の子三人がちょうどいるから頼みたかったんだけど……」 朝斗は自分が女の子としてカウントされている時点で嫌な予感しかしなかった。 「面白そうネ。じゃ、レイはこれ」 レイが選んだのは三種類の中で一番シンプルなエプロンドレスだ。 「俺はいい。こういうのは向いてないからな」 「ダメヨ、そんなのレイが許さないネ。せっかくベルちゃんのフリフリのかわいい姿が見れるのに」 「待て、それを俺に着せる気か!? それだけはやめてくれ! 恥ずかしいから……」 珍しくルージュが動揺している。顔も真っ赤だ。 「えー、聞こえないネ。じゃあレイが着替えさせてあげるヨ」 「待て、ここは店内だ……ってどこへ連れて――」 そのまま二人はスタッフルームへフェードアウトした。 「……ねえ、セラさん。これ、絶対正式採用する気ないよね?」 「あ、それ、前のメイドデーの時のやつよ。やっぱりネタは一つ入れるべきじゃない? それじゃ、これ着て頂戴ね」 おなじみのメイド服である。もちろんネコ耳つき。 (まさかこうも早く伏線が回収されるとは……そして有無を言わせぬセラさんの笑顔) なかなか断りにくい状況だが、今日は勘弁してもらいたかった。 そのため、意を決して断ろうとしたが、 「お前……一人だけ逃げようってんじゃないだろうな?」 ルージュの声だ。そちらを振り返ると、黒髪ぱっつんロングなロリータ美少女がいた。 「ルージュさん、だよね?」 「俺以外の誰がいる?」 これがギャップなのだろうか。あの厳格な風紀委員長が、可憐な乙女に見える。 「似合ってますよ」 「……黙れ」 もはや逃げ場はなかった。 だが、今日はいつもに比べればまだマシだ。自分よりも注目を浴びそうな人がいるのだから。 翌日、風紀委員長が珍しく体調を崩して寮から出れなくなってしまったが、その原因がこのロシアンカフェにあったことを知る者はほとんどいない。 |
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