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リアクション
05:地下牢ティータイム
地下牢、と聞くと、まず連想するのは何だろうか。
じめじめと暗く、空気の淀んだ、絶望と孤独に満ちた場所。
あるいは、退廃に満ちた陰惨な空間。
いずれにせよ、あまりお世話にはなりたくない場所である。
本来なら、だ。
しかし。
「いやあ、美味しいお茶ですねぇ」
そんな、地下牢にあるまじきエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)ののんびりした声が響いた。
「ありがとうございます」
それに続いて淡々とした女性の声や、少女たちの楽しげな声が重なる。
「本当に。このダージリン、香りが凄く良いですね」
そういって未憂がうっとりと紅茶を堪能していれば、頬張ったケーキに、リンの顔が満面の笑みになる。
「ケーキ、とっても美味しいよーっ」
およそ地下牢で交わされる会話ではないが、それも仕方のないことかもしれない。
落とし穴から落ちてきた彼女たちがいたのは、地下牢とは名ばかりの、豪華なサロンだったのである。
絨毯はふかふかと柔らかく、壁には美しい彫刻や絵画が飾られているし、彼らの座っているのも、良く沈む上等なものだ。地下だというのに何故か暖炉まで設置されたその部屋は、まるで貴族のサロンのようで、およそ遺跡の中の、しかも地下牢と呼ばれるものとは思えない。
隅から隅まで、可笑しな所だらけだが、エッツェルは特に気にする風もなく、サロンを堪能中だ。
「カップと言い、内装と言い、良い趣味ですねぇ」
「ありがとうございます」
「お茶も上品でとても美味しいですよ」
「ありがとうございます」
「あなたの趣味なんですか?」
「いいえ」
にこにこと話しかけるエッツェルに、メイド姿の機晶姫は、機嫌は悪くないのだろうが、そういう性格なのだろうか、淡々と返すばかりだ。軽く苦笑しながらも、ぽふんとソファーを叩き、エッツェルはメイドの女性を手招きした。
「こちらでご一緒しませんか?」
「私はメイドです。お客様にご満足いただけるエスプリは持ち合わせておりませんので」
ご遠慮させていただきます、とやはり頑なである。
とはいえ、エッツェルも簡単にはめげなかった。
「では、客としてお願いしても、駄目なんですかねぇ?」
言い回しを代えてみたが、ほんの少し考える間こそあったものの「メイドの分を越えます」とやはりつれない。だが、もう一押し、をしようとしたところで「ご主人様に叱られてしまいます」と続けた。
「ご主人様?」
それらしき姿は、この場には無いはずだが、と見回すエッツェルに「はい」とメイドは頷く。
「DX様。私達、Dシリーズの頂点に立つお方です」
「その、DXさまはどこにいらっしゃるんですか?」
好奇心のままに、話に入ってきたのは未憂だ。
「ここにはいらっしゃいません」
その物言いからすると、ここ、というのはこの遺跡全体のことをさしているようだ。それでは、この遺跡の主とそのご主人様は別なのだろうか、と首をかしげつつ、未憂は続ける。
「じゃあ、聞いてみても良いですか、ええと……」
「ベータイリナス・D?……今は、ベイナス・ディスリー、と呼ばれております」
「じゃあ、ベイナスさん。このケーキのレシピとかって、教えていただけるんですか?」
「はい」
頷くベイナスに、未憂やリン、そしてプラムの顔がぱあっと明るくなった。
「あ、じゃあこっちのケーキのレシピも教えてもらってよー」
「……あの、こちらのクッキーも……よろしい……ですか?」
口々に言う三人に、律儀に全て応えていくベイナスは、女性同士だから、なのか、彼女の言うメイドの分を越えないおしゃべりであるからなのか、やや打ち解けた風の彼女たちの空気に、さりげなくソファを共にしてるエッツェルは、満足そうにお茶に口をつけるのだった。
一方。
同じサロンの中でも、もう片側のソファの方は微妙な空気が漂っていた。
「もう、やっぱりここにいたね」
迷路を巡っているうちに、もしや、と思ってあえて落とし穴に落ちてみた北都は、案の定そこで寛いでいたリオンの姿に、はあ、と盛大にため息を吐き出した。
「勝手に傍を離れちゃ、駄目じゃないか」
精一杯しかめっ面をして見せたが、肝心のリオンのほうはにこにこと嬉しそうだ。「心配したんだから」から始まり、お説教モードでくどくどと言って聞かせているにも関わらず、その笑みが一向に消える気配が無いので、むう、と北都は頬を膨らませた。
「聞いてるの?」
「はい」
「もし出られなくなっちゃったりしたらどうするつもりだったの」
「大丈夫です」
怒ったような北都の声に、こっくりとリオンは笑った。
「きっと来てくださると思っていましたから」
少しも悪びれもせずにそんなことを言うものだから、はあ、と毒気を抜かれて、かくんと北都は肩を落とした。
そんな彼の肩を、ぽん、と叩く手がひとつ。
「まあ、良かったじゃないですか、こうしてちゃんと会えたのだし」
慰めるように、というより励ますかのように言ったのは浩一だ。
落とし穴から、ほとんど不慮の事故といったレベルで落ちてきてしまって直ぐは、北都のように何度もため息を吐き出していたものだが、ベイナスからお茶やらケーキやらで接待してもらったおかげで、人心地ついて余裕が出来たらしい。
同じく落下してきて、はあと落ち込んだため息を吐き出すロレンツォや陽介たちとソファを同じくしながら「さて」と切り出した。
「反省会といきましょうか」
「いやあ、運が悪かったな」
「運じゃないでしょう」
陽介があっけらかんと言ったのには、ロレンツォからさくっとツッコミが入った。
「思うに、メモに惑わされすぎてしまったんです」
縦読み、という回答が単純すぎると思ったこと自体が、失敗だったのか、それともそもそも単純だという認識が間違っていたのだろうか、いや、言語の不一致がそもそもこの問題の始まりか……と、ぶつぶつと一人で呟き始めるロレンツォに、あーらら……とアリアンナは苦笑した。
「はじまっちゃったわ。もう、まじめなんだから」
「……のネーミングの由来の『バベル』は、言葉が分かたれて各々の意志疎通が困難となり不和がもたらされた、罪深き塔……」
呆れたような息を吐くアリアンナの隣で、ロレンツォの呟きが続いていたが、紅茶を堪能した浩一は、それに苦笑しつつも緩く首を振った。
「どこが一番悪かったか、を考えても意味がありませんよ」
どんなに小さなことでも、悪かったことをひとつひとつ、解析していって、どうすればよかったのか、を考えていきましょう、と、先に落ちてきていた、調査団の新人たちを交えてディスカッションを始める。
そんな、まるでタイプの違う雰囲気のふたつのソファを、こまめに行き来しながら、ベイナスは誰にも見えないようにひっそりと微笑ましげに目を細めていたのだった。
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