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第12章 コンサートに向けて

「やほー、CY@N、アメ食べる?」
「あっ、ありがとう♪」
 コンサート会場の廊下。
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)はCY@Nの顔を見かけて声をかけた。
 差し出したのは赤い飴。
 ころりと口に入れると、ほんのり広がるイチゴ味。
「大変だったねー、いきなりのお仕事で」
 自分の方こそ忙しい毎日を送っている筈だろうに、ルカルカを労う言葉をかけるCY@Nに思わず苦笑する。
「CY@Nの方こそ、いつもTVで見てるよ。ね、CY@Nはどういう考えで芸能活動、してるのかな?」
「え?」
 怪訝そうな顔で自分の顔を覗き込むCY@Nに、ルカルカは自分の考えを告げる。
「息抜きしたいっていう、KKY108の皆の気持も分かるんだよね。でも、自分の道を逃げちゃうのは迷惑なだけじゃなく、自分も裏切ってる事になると思うんだ」
 ルカルカの言葉に、僅かに考え込む様に口を閉じ俯くCY@N。
 しかし次に顔を上げた時、彼女の顔には強い意志の色が見えた。
「あたしは、ここが全てだったから」
 言葉を選びながら、語る。
「逃げる、なんて考えたこともなかった。がんばる場所も、生きていく場所も、全部ここ。もしどこかに行くことがあったとしても、帰ってくる場所は必ずここなんだって思ってた」
「ん」
「だから……KKY108の皆も、そうなんじゃないかな。逃げたんじゃなくて、少し迷ってるだけなんだって思ってる。きっと、ここに帰ってくるんだって」
「……そっか」
 ルカルカはただ静かに頷く。
 そして、ふいに明るい語調で話題を変えた。
「ところで、CY@Nもたまには息抜きしない? もちろんKKY108の皆みたいにってわけじゃなくって。どっか遊びに行けたらいいねー」
「ん、そうだね」

 ルカルカたちアイドル組が練習をしている間、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は機材室にいた。
 演出担当として、音や光に魔法を交えた演出を提案した彼は、スタッフとその打ち合わせに参加していた。
「それじゃあ、操作は今言った通りなんで。ちょっと俺は外すから、後よろしくな」
「ああ、分かった」
 スタッフが席を外して自分一人になったのを見計らって、ダリルは動いた。
 ダリルはメインのコンピューターからKKY108らの過剰な労働実態をハッキングして、もし違法性があれば社長に待遇改善を要求しようと考えていた。
「む……」
 しかし、機材室のコンピューターには就労事務のデータは入っておらず、またそのデータにリンクもしていない。
「ここからでは、分からないか……仕方ない。ひとまずアイドルの待遇改善のための案だけでも渡すとするか」
 ひとつの策が駄目なら、すぐに次の案。
 草々に頭を切り替えると、待遇改善のための効率化について考えるダリルだった。

「ええっ、駄目なのー!?」
「ああ、君たちはあくまでもKKY108の穴埋めなんだから、彼女たちの歌を歌ってほしい」
 コンサートで、新曲『ラブ・レター』を歌いたいと密かに思っていたラブ・リトルは、KKY108の事務所の社長の言葉に愕然とした。
 同じく自分たちのオリジナル曲を歌おうと思っていた蓮見 朱里(はすみ・しゅり)と、二人組ユニット『プティ・フルール』のピュリア・アルブム(ぴゅりあ・あるぶむ)ハルモニア・エヴァグリーン(はるもにあ・えばぐりーん)も困ったような表情を浮かべる。
「ちょっと待ちなよ!」
 社長の言葉に食って掛かったのは、やはり自分の曲を用意していた緋王 輝夜(ひおう・かぐや)だった。
「要は、盛り上げればいいんだろ? あたしは、この歌で絶対に観客を盛り上げる自信があるぜ。皆だってそうだろ? あたしたちを信じて、観客のためにも歌わせてもらえないか?」
「私たちも、お願いします。前座でいいんです。是非、歌いたい……歌わせてください」
 頭を下げる朱里たち。
「お願い!」
 ラブも懇願する。
「うーん……分かった、君たちに任せるよ」
 輝夜たちの熱意に押され、とうとう社長が折れる。
 わぁ、とアイドルたちの間に歓声が漏れる。
「その代わり、最高の舞台にしてくれ」
「もちろん!」

 コンサートの開始時間は刻一刻と迫っている。
「まだ来ないね……」
 花音が時計を見て、心配そうに呟く。
 846プロの仲間の中で、まだ来ていない面子がいるのだ。
「だ、大丈夫ですよ。きっとコンサートには、皆さん全員で揃います」
「こら、咲耶、余所に気を取られるな! お前にはオリュンポスの顔として『悪の清純派アイドル』となって活躍する義務があるのだ!」
「ひぃいっ!」
 花音の言葉につられて時計を見る咲耶。
 しかし次の瞬間、ハデスの厳しいツッコミにより練習に引き戻される。
「鳳明ちゃんたちの体育祭は大成功だったそうだし、ボクたちも頑張らなきゃね……ん?」
 ばたん。
 控室の扉が勢いよく開いた。
「遅くなって申し訳なかったでございます!」
「今来たじぇーい」
 846プロの仲間、ジーナと衛が飛び込んできた。
「遅いよ! 心配したよー!」
「心配かけやがりまして、申し訳なかったでございます! この馬鹿が途中でポカやらかしまして……」
「げー、じなぽん俺のせいかよ! けど、フリは完全に入ったぜ! これでいつでも行けるぜ!」
「いつでもっていうかもう今から始まるんだよ!」
 開演5分前のベルが鳴り響く。

「はひっ、はじまりますね……」
 ベルの音に、はっと我に返ったのは仁科 響(にしな・ひびき)
 リハーサルの時までは、ひたすら楽しみだった。
 久しぶりの音楽に、心沸き立っていた。
 しかし、ふと覗いてしまった客席。
 自分が経験したことのないたくさんの観客に、その視線に。
 ついつい緊張してしまい、響は茫然自失中だった。
「いよいよ、始まりますねぇ。がんばってください。打倒846プロ(笑)」
「いきなり物騒な事言わないでください」
 冗談めかした佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)の言葉に、ふっと笑いが漏れる。
 響の笑顔を見て、弥十郎はぽんと彼女の肩に手を置く。
「あれだけダンスの練習をしたんですから。がんばってきなっせ」
「ん……」
 その声は、不思議と響の心に染み入る。
「たとえヘルプでも、皆、君を見に来てる。どんなに人数が違っても、そこは箱と同じでしょ。さあ」
 背中を押す。
「女の子女の子してきなっせ♪」