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リアクション
序 章 琥珀の棺
「アンバー……コフィン?」
事件の始まる少し前――。
黒崎 天音(くろさき・あまね)は、パートナーのブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)より、その名を聞いた。
それまで書斎机に座り、古書に目を通していた天音も、深緑の目を細める。
「続けろ――。」
常に浮かべる微笑の下、顔の前で両手を重ねると【アンバー・コフィン(琥珀の眠り姫)】に関する情報を吸収していく。
特に表情を変えないため、何を考えているのかわからないが、ブルーズの言葉を遮ろうとしない。
つまり、少なくともその噂話は、彼の知的好奇心をくすぐっているのだ。
ブルーズの話が、一通り終わった所で、天音はようやく口を開く。
「タシガン空峡の至宝か……何となく、噂そのままじゃない気がするが気になるな。」
「そうか……。」
「それにしても、『魔の空域』に眠る、アンバー『琥珀の』・コフィン『棺』……。どうして今、この話をしようとした?」
「いや、別に……。頭によぎっただけだ。我ら、龍の乗り手に伝わる伝説をな。」
ブルーズも、思い立ったように話をしたが、特に理由があったわけではない。
琥珀の眠り姫の事が、ふと頭をよぎった――。
ただ、それだけの事。
それを天音は、次の言葉で表した。
「天啓……かもな。」
「天啓?」
天啓とは、お告げのようなものである。
この世には、理(ことわり)だけでは説明できない不思議な現象があり、天音も何度かそれを経験してきていた。
そして、その静寂を切り裂くかのように、一通のメールが着信する。
天音は内容を確認すると、ブルーズにそれを見せた。
「ほら、話をしていれば何とやら。伝説からの招待状だぜ。」
西日の差す部屋の中。
書斎机に持たれかかりながら、天音は静かに笑った。
☆ ☆ ☆
ツァンダの、北に位置する雄大な台地。
タシガン空峡を望むこの地は遮蔽物がないため、どこまでも続く水平線が見渡せ、海風がとても心地よく感じる。
高根沢 理子(たかねざわ・りこ)と、キロス・コンモドゥス(きろす・こんもどぅす)が生徒らに連絡し、作戦決行の日になると、四方よりペガサスや竜が集結してくる。
気流コントロールセンターによる機晶エネルギー、不安定な気流は、乗り物を選ばなければ突破出来ない。
キロスからの忠告である。
(ドラゴンが、これだけ集まると精悍だな。)
鬼院 尋人(きいん・ひろと)は、風で乱れた衣装を整えながら周りを見渡す。
幾多かの冒険もし、知った顔は多いが、尋人の興味は一人の男に注がれていた。
彼と同じドラゴンライダー、キロス・コンモドゥス(きろす・こんもどぅす)である。
シャンバラ教導団が組織された理由である、エリュシオン出身の【龍騎士】。
キロスは、周りに集まった者達に声をかけていた。
「貴様ら。今から【気流コントロールセンター跡】を堕とすぞ。なーに、簡単な事だ。」
(……なんか、違う。)
尋人は、違和感を感じていた。
レッサー・ワイバーンに騎乗し、華々しい戦歴を抱えるキロス。
その鬼神のような噂が、冗談を交えながら話す彼と結びつかない。
無論、普段の行い、イコール実力だとは思ってないし、その様な連中もたくさん知っている。
「何を言っているんだよ、キロっち。」
「キロっち言うな!」
「怒るなよ。キロっちぃ。」
「貴様が、夏來の知り合いじゃなかったらシメてるぞ。呼雪。」
キロスを馴れ馴れしくキロっちと呼ぶ、クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)ら。
キロスはその呼び方が気に入らないらしく、拳を振り上げる。
パシャ! パシャッ!
そして、その雰囲気をさらに悪化させるような、デジタルカメラのフラッシュが襲う。
「おっ、イイ男! 写真撮らせて!」
彼女の名前は、酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)である。
酒杜 陽一(さかもり・よういち)のパートナーだが、何やら邪な考えでキロスの写真を撮っているようだ。
理由を聞いた訳ではないが、その表情が心の中を表している。
「恥ずかしがっちゃダメ! これも蒼空校長として必要な事。歴代校長はみーんなやってるの!」
「散れ! オレは女でも容赦しない。」
キロスは、ギラリと目を光らせた。。
それを見かねた陽一は、ツカツカと素早く移動すると、美由子の写真撮影を止めさせる。
……が、手が滑って、カメラが地面に落ち、壊れてしまった。
美由子は、両手を広げて口惜しがるが、陽一は美由子の髪の毛を掴み、キロスに頭を下げさせた。
「わ、私のカメラが……。」
同じ様に、高根沢 理子(たかねざわ・りこ)の周りにも人が集まっていた。
代王だと分からないよう髪を下ろし、変装した彼女に、次々と声がかかる。
「リコ! リーコ!」
真っ先に声をかけたのは、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)だった。
「美羽! やっぱり来たのね。」
理子は小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)の手を握ると、笑顔を見せた。
理子の『世直し』の影に、美羽はいた。
今回も勿論参加し、理子からフライングポニーを借りると嬉しそうに笑う。
「わたしもお手伝いするよ!」
「理子っち。久し振りだねぇ、ヒラニプラの廃鉱以来かな。」
他の者も、彼女の元に集まってくる。
初めての者もいるだろうが、そこではある程度の概要が話された。
各自はそれらを頭に入れると、己の役割を再確認する。
ここに集まったのは一人だけではないし、互いに協力しなければ解決できない事もあるのだ。
☆ ☆ ☆
だが、それを遠くから見据える、三つの影が存在していた。
光というものは、眩しければ眩しい程、――闇もまた深い闇となる。
「フフ……。」
刃のように大きな一本角の生えたドラゴンには、白衣を翻したドクター・ハデス(どくたー・はです)が乗っていた。
黒崎 天音(くろさき・あまね)と同じ様に、龍の乗り手である部下のアルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)から、【琥珀の眠り姫】の噂を聞いたのだ。
「フハハハ! 我が名は世界征服を企む……、悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクター・ハデス! 琥珀の眠り姫か、面白い! その眠り姫は、キロスより先に我らオリュンポスが手に入れてくれよう!」
ハデスは、眼鏡を中指で抑える独特のポーズで笑っていた。
キロス・コンモドゥス(きろす・こんもどぅす)に、正直、どのような恨みがあるのかは不明である。
……が、彼は暗黒面(ダークサイド)に、囚われているとしか思えなかった。
隣にはレッサーワイバーンで空を飛ぶ、アルテミスとデメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)がいる。
「琥珀の眠り姫、”あんまん・マフィン”! きっと、すっごくおいしいお菓子に違いないよねっ! これは絶対みつけなきゃっ!」
デメテールは無邪気だ。
だが、ドクター・ハデスの恐ろしさは、やがて明らかとなるのであろう。
☆ ☆ ☆
空は――蒼く、果ては見えない。
素敵な空なのに……。
アルティナ・ヴァンス(あるてぃな・う゛ぁんす)は、憂鬱そうに天空を見つめていた。
「たまには空ってのも良いだろ。ティナ。」
「…………。」
主である夜月 鴉(やづき・からす)はそう言っていたが、両翼を失ったアルティナにとっては、苦痛でしかなかった。
飛行の手段を所有していない彼女には、理子がフライングポニーを貸してくれた。
鞍と手綱のついたポニーの身体を撫ぜると、嬉しそうに両翼を羽ばたたせる。
(私は、翼が無いのに……。空が飛べないのに、どうして主は……。)
アルティナは、【氷雪比翼】で翼を広げる鴉を見つめた。
その瞳は、静かで憂いに満ちている。
だが、他の者が飛び立っていく中、この場に残るわけにもいかない。
この地に来た以上は、飛ぶしかないのだ。
「よーし、そろそろ行きましょうか!」
理子は、指を高く伸ばした。
そして、両手で顔を叩くと気合を入れ、ワイルドペガサスに騎乗して飛んだ。
生徒らも、それに続くように空を舞う。
(わぁ……。)
風が身体を突き抜けた。
ポニーが両翼を上下させる度に、空気の膜を一段、また一段と駆け上がる。
手綱を離せば、振るい落とされてしまいそうだ。
だが、大地が小さくなる頃には、その強い抵抗は減少し、前方からの心地の良く強い風が辺りを吹き抜ける。
見渡せば、タシガン空峡が広がっていた。
目的地は気流が荒く、危険だと聞くが、今はとてもそうは思えない。
周囲は、龍や天馬に埋め尽くされ、様々な滑空を楽しんでいる。
(嵐の前の静けさって奴だわね。)
高根沢 理子(たかねざわ・りこ)は遥か遠くに見える、闇を見つめていた。
【気流コントロールセンター跡】は全長100m前後、イコンの機動要塞型の人工衛星である。
そんな中、生徒らは【魔の空域】へと向かってゆく。
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