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絶望の禁書迷宮  救助編

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絶望の禁書迷宮  救助編

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第8章 神殿

 霧深い森の中。――なのだが。
「鉄心、やっぱりですよ! 上から見るとよく分かります!」
 源 鉄心(みなもと・てっしん)は、ヴァルキリーのパートナー・ティー・ティー(てぃー・てぃー)が上空から降らせてくる言葉を聞きながら、これから先の行動について思案していた。
 鷹勢の精神の保護を最優先に行動するつもりで森に入ったのだが、霧深い森の中を、何の道標もなく歩き回っても相手も移動しているのでなかなか見つからない。時折ティーが上空から【嵐の使い手】で霧を吹き飛ばして、近くの様子を見てくれるのだが、この幻想空間の主が生み出すきりだからなのか、吹き飛ばしてもすぐに霧はもやもやと湧いて視界を隠してしまうのである。
 だが、ここにきて、その霧が最初より薄くなってきたような気がしていた。ティーも今空に上がって、森の俯瞰図を見てその事実を確認したところであった。
(理由は分からんが、それならここにいるすべての人間の視界が最初よりきくようになってるってことだ。他の誰かがすでに鷹勢さんを保護しているかも知れんな。いやそれだったらいいが、例の魔導師連中に先を越されてたりしたら……)
「鉄心! 何か来ましたよっ!」
 ティーの声にハッとして、辺りを見回す。何か、光の玉ふわふわとが近づいてくるのが見え、身構えた。だが殺気看破には引っかかってこなかった、と思い至ったのと、薄れかけた霧の中から現れた人影が驚いたように立ちすくんだのとは、ほぼ同時だった。
「! あ、あのすみませんっ」
「え、あぁ、いやこっちこそ……」
 現れたのはリース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)であった。彼女の上に光の玉が浮かんでいる。リースが光術で作ったもので、道行きを照らすランプ代わりのものだった。同じ目的の契約者であると見て、鉄心はほっと構えを解いた。彼女の後から、ナディム・ガーランド(なでぃむ・がーらんど)も出てきた。
「あ、あの、杠さんは、見つかったんでしょうか……」
「いや、俺たちも探してるんだけど、まだ見てない。見つかったっていう連絡も入ってないようだが……」
 鉄心のパートナーのイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)は書庫入口にいて、鉄心からの連絡を受ける係ということに(本人は不承不承だが)なっている。もしも、この森に入っている他の契約者から有益な情報があって、それがテレパシーや精神感応で書庫にいるメンバーに伝えられたら、逆に彼女からその連絡が来るだろう。少なくともその情報伝達では、彼が見つかったという知らせはない。見つけても外部への連絡手段がないだけだという可能性ももちろんあるが。
「あの、私も杠さんを探してるんですけど……ご一緒に……行動させて貰えませんか……? あの、その、何が起こるか分からないですし、人数が多い方、安全だと思うので……」
 引っ込み思案のリースは、どもりながらも精一杯に勇気を出して申し出た。
「そりゃあまぁ、別にいいけど」
「リース! 姫さんはどうするんだ!?」
 ナディムが勢い込んで尋ねると、リースは一層おろおろしたようで、
「あ、えと……どうしよう、レラちゃんがいるからすぐに追いついてくると思ったんだけど……」
「どうかしたのか?」
「あ、は、はい、私のその、お友だ……あ、パートナーが、こっちに来て……はぐれちゃって」
「おいおい大丈夫なのか?」
「レラ……あ、その『賢狼』がいるので、多分……でも、セリーナさん、車椅子だから、木の根に引っかかってたりしたら……」
「ティー! 聞こえてただろ、それっぽい人見つかんないか!?」
 下方からいきなり話を投げられ、慌てつつティーは再び、森を上から見回した。
「……あ! 狼みたいな動物が走ってるのが見えました!」

「あ、リースちゃん。来てくれたのね」
 森の中の径から逸れた、木の影にセリーナ・ペクテイリス(せりーな・ぺくていりす)はいた。車椅子に座ったまま、のどかに微笑んでいる。リースはほっとして駆け寄った。続けてナディムも。
「姫さん! よかったホッとしたぜ」
「セリーナさん! 怪我はないですか?」
「大丈夫よ、そこのくぼみで車が上がらなくなっちゃったから、ここでじっとしてたわ。レラちゃんが見つけてくれたのね」
「あ、いえ、この方々も……」
 そう言って、リースは一緒に来た鉄心とティーを紹介し、いきさつを手短に話した。
「まぁ、リースちゃんがお世話になりました」
「え? あの、いや別に……」
「(セ、セリーナさんを探すのにお世話になったんだけど……)。とにかく、よかったです……危ない目に、遭いませんでしたか?」
「大丈夫よ。黒い影の人たちが時々、そこの道を通ってったけど」
「セ、セリーナさん! 危なかったですよ〜! 金色の枝を、持った影でしたか?」
「いいえ、持ってなかったわ。皆、この道をね、あっちからこっちへ」
 そう言って、セリーナは目の前の道を、リース達が来た方を指差し、自分の目の前をよぎってさらに森の奥へと続く道を指差した。
「皆が皆、同じ方向に歩いていったの。あっちに何か、あるのかな?」


 同じ頃。
「どうなってやがんだ……!?」
 柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は、パートナーの高機動型戦車 ドーラ(こうきどうがたせんしゃ・どーら)に乗り、眉を顰めて苛立たしげ呟いた。
 恭也は、めい子の遺骸を『石の学派』から奪還するために、この森に突入した。生きている者は騙した上に見捨て、死者を勝手にどこかへ持ち去るという、魂を冒涜する行為が決して許せなかった。
 『賢狼』を使い、その足取りを追った。だが、思うように追跡できていない。理由は、『石の学派』メンバーが、ここに入った際に散り散りになってしまっていたからだ。一つ足取りを見つけて追うと、やがてその連中が他の契約者に戦い負けて捕縛されているところに出くわす。胸糞悪い行為をするテロリスト魔導師達が捕縛されているのは大いに結構だが、それを二、三回繰り返して、かなりの数の魔導師が捕まっているのを確認しているのに、未だにめい子が見つかっていない。
 何かおかしい、と、怒りで苛立つ頭を少しだけ冷静にシフトチェンジして、恭也は考え始めていた。
(奴ら、どうやって死者を運んでいるんだ)
 仮にも成人女性の体なら、たとえ小柄で痩せていたとしても、大きさも重さもそこそこはあるはずだろう。大人の男性でも、一人でそれを運ぶのは大変だ。やってやれなくないだろうが長時間は無理だ。だが何人かで運んでいるのだとしたら目立つし、契約者たちに出くわしてもとっさに対応できるとは思えない。要するに、捕まるなら真っ先に捕まっていてもおかしくないのではないか。
「マスター、誰かがいるようであります。契約者のようであります」
 ドーラの電子音声に我に返ると、前より幾分か薄くなった気がする霧の中を、走っていく人影が見えた。
 それは紫月 唯斗(しづき・ゆいと)であった。

 唯斗は森に入ってから、『石の学派』を殲滅し、めい子の遺骸を奪還するために、幻影と戦いながら進んできた。鷹勢の精神の救出、肉体の救助には、他の仲間が動いている。『石の学派』を殲滅させることにより魔道書の不安の種を取り除くことで、この幻想空間は解除してもらうつもりだった。
 そうして学派メンバーを探し、追ってきた彼は、とんでもないものを見たのだ。
(どうすればいい!?)
 戦うことは恐れない。だが、これは、単純に戦うだけでは済まないパターンだ。
 取り敢えずすぐには仕掛けず、移動する「彼ら」を追った。
「おい、何かあったのか?」
 そこに、恭也とドーラが追いついてきた。唯斗は二人になるべく静かにするよう注意し、自分が追っている道の先を指差した。
「!?」
 黒フードの男が一人。そして、その男とともに歩いているのは――
 御宮 めい子だ。

「まさか……生きていたのか!?」
 そして敵と一緒に歩いているということは、まさか……恭也の頭がぐるぐると回りだしたが、
「俺も一瞬は、嫌なことを考えたけど……それなら鷹勢にロスト現象が起こるはずはない。よく見てください」
 唯斗が冷静な声で言い、それに促されて恭也は目を凝らした。
 めい子は変に足を引きずるような、不自然な歩き方をしている。道を折れた時に一瞬顔が見えたが、生気がなく、目はどこにも焦点が合っていない。
「おそらく――あの男の死体操作かと」
 唯斗の言葉に、恭也は愕然とした。それから、前よりももっと強い怒りが込み上げてきた。あれを見た時に唯斗がそうだったように。
「バカにしやがって……どこまで死者を冒涜するつもりだ!!」
 大声を上げたわけではないが、二人の激しい怒りが目に見えぬ力となって空気を打ったかのように、男が弾かれたように振り返った。
 気付かれた。戦うしかない、と得物を構えて飛び出した二人だったが、突然フードの男と彼らとの間に、めい子がふらりと割って入った。
「!?」
 二人が怯んだ一瞬の隙に、男は逃げ出した。めい子も逃走した。追おうとした二人を、魔法の雷が襲う。間一髪避けたが、その隙に二人の姿は霧の向こうに消えていた。
「……何のつもりで死んだ人間を運び出したのか、これではっきりしたな……!」
 誰に言うともなく、唯斗が呟いた。怒りに声を戦慄かせて。
 それが目的のすべてかどうかは知らないが、少なくとも……己に危機が及んだ際に盾代わりに使う、生ける屍という扱いか。
「許さねえぞ、あいつら……!」
 三人は、逃げた男とめい子を追って、敢然と駆け出した。


「いい加減にウンとかスンとか言いなさいですの!!」
 地下書庫入口では、イコナ・ユア・クックブックが騒ぎ出していた。
 鉄心と一緒に行きたかったのに連絡係という名の留守番を言いつけられ、説得する人々の間で何ができるわけでもなくうろちょろしていたが、説得は進まない中で、何もやることのない自分を自分で持て余し……
「暗いですの、陰気ですの、辛気臭いですのっ!!」
 鬱屈が無反応の魔道書達に向かった、という形でプチ爆発を起こしていた。
「そんなに人間が信用できないなら、……!?」
 そんな時、鉄心からテレパシーが入ったのだった。
(……森の中の、影が集まる場所……?)
 何か分かるかと聞かれても、自分は分からないとしか答えるしかなかった。
(取り敢えず、エリザベートさんに話して、訊いてみますわ)
 癇癪を忘れて、イコナはそそくさとエリザベートのもとに向かった。

「幻影が一か所に向かう? ですかぁ?」
 武尊や彩羽とのやりとりで若干ぐったりしていたエリザベートは、イコナの話を聞いて首をひねった。
 イコナ以外に、パートナーが幻想空間に入っていてテレパシー等でやり取りをしている佐々木 八雲やロア・キープセイクから、森の様子については多少聞いていた。
「金の枝……森……うーん……」
 それらがキーワードになり、何かが浮かびそうな気がする。エリザベートは顔をしかめた。
(『ネミ』」)
 思い出したその言葉。

「……多分、神殿ですぅ」
「神殿?」
「森の中には、神殿のようなものがあると思いますぅ。建物がなかったとしても、祭壇とか、何か神に祈る場所があるはずですぅ」
「そこに行くと、何かあるんでしょうか?」
「分からないですぅ。けど、それがあるなら間違いなく、何らかの形で幻想空間のキーポイントになっているはずですぅ!」

 エリザベートのこの結論に、イコナら、中にいるパートナーに情報を伝えられる契約者たちが動いた。