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<part4 鉄壁>


 アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)は調査団の本隊に先駆けて、一目散に山を登っていた。
 目指すは、七合目辺りにいると噂されるぬりかべ。妖怪の中でも屈指の人気を誇る彼らと仲良くなりたい。戯れたい。そんな切なる願いを胸にアキラは道を急いでいた。
 そしてついに、山の斜面に突如として彼らが現れた。大きな岩の板のような、頑健な風貌の彼らが。大中小、様々なサイズのぬりかべたちが、泰然と立ちはだかる。
「きゃっっほおおおおお! ぬりかべだあああああ!」
 アキラは警戒心など皆無で突進し、一際でっかいぬりかべに抱きつく。皮膚が擦れるのも構わずに頬ずりする。
「んもっ! んっもっもー!」
 ぬりかべは野太い声を上げて、アキラの体にのしかかってきた。
「うおー! これがかの有名な押し潰し攻撃かー!」
 大喜びするアキラ。
 そこへ調査団の本隊が追いつく。
 フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)がぬりかべを指差した。
「マスター、晴明さん見てください! ぬりかべさんがおりますよー。なんだか可愛いですね。本当に倒さないといけないのでしょうか?」
「さあ……?」
 晴明は誠にやる気がない。というより、さっきから周囲を飛び回る蚊の音が気になって仕方がないのだ。
「倒さなきゃいけないに決まってるだろうが! 人が襲われてるんだぜ!?」
 ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)がフレンディスのボケっぷりに呆れ果てた。いつもは戦闘になると本気モードに変わるフレンディスなのに、今日はどうも緊張感がない。
 アキラがぬりかべの下から訴える。
「気にするなー。俺は平気だー。これはスキンシップだー。ここは俺に任せてみんなは先に行けー」
 気分的に平気でも物理的に全然平気じゃないので、その言葉には説得力がなかった。
 横一列に並んだぬりかべ陣に向かって、ベルクが駆け出す。
「行くぜ、フレイ!」
「はあ、頑張ります」
 フレンディスはぽやーんとしたままベルクに同行した。忍刀・霞月でぬりかべの一体に斬りかかるが、相手の体には傷一つ付かない。
「まぁ。私の刀が通用しないとは。……困りましたね。マスター、こういうときはどうしたらいいでしょう?」
「こいつの場合はなー……」
 ベルクは鋭い視線でぬりかべの弱点を見通した。
「……物理攻撃は効きそうにないな。術を使え」
「術は苦手なのですが……。ええと、ぬりかべさんごめんなさい、少々試させていただきます」
 フレンディスはぬりかべに駆け寄るや、敵の表面に稲妻の札を貼って素早く飛び退いた。一応謝ってはいるが遠慮はない。
 稲妻が呼び寄せられ、ぬりかべに墜落する。閃光。轟音。
「んも――――――!!」
 ぬりかべが苦悶の叫びを上げた。
「よし、上出来だ。俺の術も見て学べ! こういう使い方もできるんだぜ!」
 ベルクは自分の背中に漆黒の氷の翼を具現化させる。そしてその一部を、ぬりかべたちに射出した。氷片が雨あられと叩きつけられる。相変わらず傷は与えていないが、当たったところからぬりかべの体が霜を帯びた。


 調査団が戦っているあいだに、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)の小隊は大きく回り込んでぬりかべたちよりも高い場所に移動した。
 吹雪は不敵な表情で眼下を見下ろす。
「物理攻撃が効かないのなら、敵を流し去ってしまうまでであります。ここで土砂崩れを発生させるでありますよ」
「ちょっと、ここで起こしたら味方まで巻き込んじゃうわよ!? 乱戦になってるんだから!」
 コルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)が隊長の無謀な作戦に面食らって意見した。
「多少の犠牲は仕方ないでありますよ。勝利とは犠牲の上に築かれるものであります」
「あなたねえ……」
 呆れるコルセア。
「やれやれ、であるな。それで隊長、我はなにをしたら良いか?」
 鋼鉄 二十二号(くろがね・にじゅうにごう)が命令を待った。
「二十二号は辺りの木に切れ込みを入れて、倒れやすくして欲しいであります。コルセアは機晶爆弾の設置を。さあ、急ぐでありますよ」
「了解」
「しょうがないわね……」
 二十二号とコルセアは吹雪の指示に従って、要所に工作を始める。
 二十二号は驚異的なパワーでカイザーナックルを木の幹にぶつけ、深い裂け目をこしらえた。薄皮一枚で根に繋がっているような危なっかしい木が、次々とできていく。
 吹雪が最も力学的に効果があると判断した位置の木に、コルセアが機晶爆弾を仕掛ける。
 皆、手慣れたものだ。トラップを用いたゲリラ戦は、吹雪が大の得意とする分野だった。
「よし、こんなものでありますね。退避を」
 吹雪たちは爆破ポイントから坂道を駆け上り、百メートルほどの距離を作った。
「爆破!」
 吹雪がリモートスイッチをかちりと押す。
 大音声と共に、木々が吹き飛んだ。
「ふん!」
 そこへさらに二十二号がミサイルを発射する。白い尾を引いて飛ぶミサイル。爆破ポイントへ集中的に叩き込まれ、業火を上げて炸裂する。
 切断された丸太が、崩れた土砂が、雪崩を打って斜面を流れた。
 それに気づいて、戦っていたベルクが刮目する。
「お、おい、フレイ!」
「ふぇ?」
 フレンディスはぽけっとして土砂崩れを眺めた。
「くそっ!」
 ベルクはフレンディスの体を抱き上げ、漆黒の氷翼をはばたかせて戦線を離脱する。
 地上ではぬりかべと調査団の連中が土砂崩れの巻き添えになって悲鳴を上げている。
「あ、ありがとうございます……、マスター」
「お、おう」
 フレンディスのやわらかい感触と、ベルクの顎をくすぐる滑らかな髪に、ベルクは赤面した。

 土砂崩れに呑まれ、斜面を転がっていくアキラ。
 ただでさえさっきからぬりかべに押し潰されていて息が苦しかったのに、今度は上も下も分からぬ状態でゴロゴロ急転落して、脳はパニックである。
 しばらくして、ようやく崩落が収まった。
 アキラは恐る恐る目を開ける。岩盤らしき物の下にいた。這い出てみると、それがぬりかべだというのが判明する。ぬりかべの上には木や岩がいくつも積み重なっている。もしあれが当たっていたら、自分は死んでいたかもしれない。
 そのぬりかべは力なくまぶたを閉じ、身動きもしなかった。
「もしかして……、かばってくれたのか?」
 アキラは懸命にぬりかべの治療を始めた。
 するとやがて、ぬりかべが悪夢から覚めたように目を開き、起き上がる。
「んもっ!」「んももっ!」「んもー!」
 周囲に倒れていたぬりかべが集まり、アキラを胴上げし出す。
「あっはっはっ、なんだよもう! やっぱりいい奴らじゃないか! あはっ!」
 アキラは空中に投げ上げられたり落下したりしながら、楽しくなってきた。持ってきた弁当が潰れていないといいな、と思う。調査なんか放っといて、今からぬりかべたちと食べて歌って踊ろう。
 ぬりかべとすっかり仲良くなったアキラを、調査団の他の契約者たちは当惑したように眺めた。
 それを遥か上方から、吹雪がノクトビジョンで観察する。
「ふーむ、ここの戦闘は終結のようでありますな!」
「大事にならなくて良かったわ……」
 コルセアは胸を撫で下ろしながらつぶやいた。