校長室
学生たちの休日9
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★ ★ ★ 「お義父さん、遅いなあ……」 イルミンスールの森の一画、小高い崖の手前の少し開けた場所で、マリオン・フリード(まりおん・ふりーど)がつぶやいた。 ここは、ルイ・フリード(るい・ふりーど)とマリオン・フリードが使っている訓練場だ。 今日は、マリオン・フリードがどこまでできるようになったのか評価してくれることになっている。この試練を乗り越えたら、ルイ・フリードとともに数々の冒険につけていってもらえる約束になっているのだ。これを張り切らずにいられるだろうか。ルイ・フリードと一緒にいられる時間が増えるのだから……。 「お義父さんが来るまで、少しでも訓練しておこう」 マリオン・フリードが、超感覚で周囲の気配を探った。 戦いの場合は、敵を早く見つけた方が有利だ。 「何か違う氣はと……!!」 研ぎ澄ました感覚を、湧き水が大地に染み込んでいくように周囲へと広げていく。まだまだ均一でもないし、どこか特化したものでもない。だが、その感覚を撥ね飛ばすような氣が突然無防備になっていたマリオン・フリードの感覚をひっぱたいた。あまりに乱暴な、あまりに猛々しい、そして不快な……。 それが本物の殺気だとは、マリオン・フリードはまだ知るよしもない。それは、臭気に例えるならば、耐えがたい不快な臭いだ。五感を通じて、明らかに不愉快な氣がこちらを圧倒する。 「誰!」 マリオン・フリードの声に、微かに枯れ葉を踏みしだく音が聞こえた。超感覚でなければ、聞きとることのできない微かな音だ。即座に、マリオン・フリードが煙幕ファンデーションを周囲に振りまいて姿を消した。 「……同時にしびれ粉か。音がしたからと言って、反射的に攻撃をするとはな。いい反応だが、単純すぎて予測するのも馬鹿らしい」 マリオン・フリードがしびれ粉を撒いた方向とはまったく別の方向に身を潜めながら、八神 誠一(やがみ・せいいち)がつぶやいた。ルイ・フリードに頼まれて、今日はマリオン・フリードの相手をしにやってきたのだ。 隠形の術で姿を隠したマリオン・フリードは、手にしたかぎ爪に毒を塗って攻撃に備えた。 「それで隠れたつもりか」 木立の間から人影が飛び出してくる。 「負けない……!」 マリオン・フリードが、疾風迅雷で飛び出した。さっと、八神誠一の腕をイーグルフェイクでかすめる。わざとかすり傷にとどめて、敵を油断させる作戦だ。大した傷ではないと敵が安心するころには、毒が回り始めている。 だが、手応えがなかった。それでころか、浅く割いたはずの八神誠一の腕が陽炎のようにゆらぎ、そしてその姿が消えてしまった。 「ミラージュ!?」 「御名答♪」 状況判断のために一瞬止まったマリオン・フリードの眼前に、忽然と八神誠一が現れた。 「うわっ!」 あわてて、マリオン・フリードが攻撃する。それもまた、幻影であった。 「あーらら、一方的じゃねえか」 小高い崖の上から下での戦いを見下ろしながら、シャロン・クレイン(しゃろん・くれいん)が言った。 「なあに、まだまだいけますよ」 隣に仁王立ちになったルイ・フリードが言った。 今日の訓練は、ルイ・フリードが八神誠一に頼んだものだ。それも、実戦レベルで。だから、戦いに一切の妥協はない。もともと、本物の戦いで敵が妥協してくれるはずがない。そんな場所に行くルイ・フリードに、マリオン・フリードはついていきたいと願っているのだ。それがどれだけ危険なことであるのか、ルイ・フリードは伝える言葉は持ち合わせてはいなかった。言葉では伝えられない。ならば、痛みで伝えるしかない。それが、不器用なルイ・フリードの出した答えだったのだ。 「ここらが正念場ですね」 八神誠一のミラージュに翻弄されつつも、善戦しているかに見えるマリオン・フリードを見守りながらルイ・フリードが言った。 だが、少しずつ、本物の八神誠一がマリオン・フリードを追い詰めつつある。 「闇雲に戦っても、お義父さんの横には立てないよね」 無駄に動いて体力を消耗することを避けて、マリオン・フリードが身構えた。 八神誠一が迫る。 マリオン・フリードが腕を振った。細く白い粉がたなびく。それを乱すことなく、八神誠一が突っ込んできた。マリオン・フリードがそれを無視する。 煙幕ファンデーションを撒いて、幻影か実体かを判別したのだ。 「少しは考えたかな……」 八神誠一が、本格的な攻撃をしに突っ込んできた。その人数は四人。菱形の陣形を組んで突っ込んでくる。はたして、どれが本物の八神誠一なのであろうか。 マリオン・フリードが、煙幕ファンデーションを投げた。薄くたなびく煙幕の中を、前衛の三人が乱しもせずに進む。実体は、一番後ろだ。 「もらったよ!」 幻影を無視して本物の八神誠一にむかって、マリオン・フリードが突っ込もうとした。だが、先頭の八神誠一の幻影に突っ込んだとたん、顔面を何かがおおった。 「な、なあに!?」 幻影の中に物質化された竜騎士の面に顔面から突っ込んで、マリオン・フリードが瞬間視界をふさがれて止まった。その瞬間、腹部に鋭い痛みが走る。 疾風突きで、八神誠一が散華を突き立てたのだ。 すっと、マリオン・フリードを貫いた傷口から、突き入れたときと寸分違わぬ軌道で八神誠一が細刃の刀を引き抜いた。鮮血が迸り、マリオン・フリードが倒れる。 「痛い、痛い、痛い!!」 初めて本気でその身を切られ、マリオン・フリードが地面の上で傷口をかかえて呻いた。 「もう動いていいぞ」 「いらぬ、世話でしたよ」 奈落の鉄鎖を解いてもらったルイ・フリードが、シャロン・クレインの乗る小型飛空艇の後ろに飛び乗った。感情にまかせて飛び出していかないように、シャロン・クレインに動きを封じられていたのだ。 すぐさま、下に降りてルイ・フリードがマリオン・フリードに駆け寄る。 失血のショックで、マリオン・フリードは気を失っていた。 「急所は綺麗に外したはずだ。早く連れていけ」 「人に刀ぶっさしておいて、よく言うな」 シャロン・クレインが、小型飛空艇アルバトロスにマリオン・フリードを運び込むと、八神誠一とルイ・フリードも乗せて急いで発進した。