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リアクション
●災い転じて……
さて少し時間軸は前後するが、会場外の小高い丘に、花火を見るため集まった姿もあった。
浴衣姿の三人だ。
うち一人の召し物は、黒の生地に銀の帯。ただこの着物、袖が筒で洋服の袖と同じという変わり種。そんなシックな扮装なのは、金の髪ゆたかな神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)だ。
「二人共よく似合ってますよ?」
翡翠がそう言ったとき、最初の花火が夜空を照らした。
「さんきゅ。あ〜でも浴衣、慣れねえから、動きづらいぜ」
これはレイス・アデレイド(れいす・あでれいど)だ。グレーの生地に黒の帯という浴衣である。洋風の顔立ちだがよく似合うし、凛々しい。
あでやかな美女、すなわち柊 美鈴(ひいらぎ・みすず)が、扇子を取り出して口元を隠した。その浴衣は黒地で、山葡萄の葉や実が、赤紫で描いてあるという涼やかな逸品だ。
「そう? 慣れると洋服より、私は、動きやすいのですけどね」
周囲を見回しても誰の姿もない。絶妙のロケーションを選んだようだ。
そうして花火が、上がった。
誰に気兼ねせずとも見られるというのはいいものだ。大輪満開、立ったまま鑑賞する。
まるで黒いガラスで作った万華鏡のように、空の模様は次々と変化した。咲いて咲いて、また咲いて。
とこがその幻惑的な光景に、少し魂を奪われたのかもしれない。空を見上げながら歩いていた翡翠が唐突に転倒したのだ。
あっ、と声を上げることもできなかった。前のめりに倒れて、同じく首を上げていたレイスを押し倒してしまう。
「うわ、すみません。すぐどきますから」
折り重なる状態になったまま翡翠は言うも、
「イテテ、あれ? 今、頬に」
なにかが触れた感触が残った。いや、何かではない。やわらかく瑞々しく温かなその感触は……翡翠の唇だ。これぞ事故接吻、事故チューというやつか!?
その事実を認識するやレイスは頭がショートして、金縛りになってしまった。もうガチガチに。
美鈴も何か言っていたはずだが、翡翠のこの声でレイスは我に返った。
「大丈夫ですか?」
「ああ、オレは、平気だけど、翡翠お前怪我してないか?」
「……平気です」
と自分は二の次にして、翡翠は美鈴の無事も確認した。
「大丈夫ですわ。泥が跳ねて着物汚れましたけど、汚れだけです。二人とも見せてくださいまし」
美鈴はすこし調べて顔を曇らせた。翡翠は捻挫している。ただ石につまづいたのではなく、開発中で段差があった部分を踏み抜いてしまったのだ。
「マスター、応急処置はしますわ。でも、もう戻ってちゃんと治療を受けたほうが良いですわね」
いいながら美鈴は、そっとレイスに近づき、耳打ちした。
「さっき偶然に、マスターあなたの頬にキスしてたわ……本人は、気づいてないけど。でもレイス、 あなたは、一瞬だけど動き止まっていたでしょう?」
「な!? 見ていたのかよ?」
レイスは誤魔化すように咳き込んで、
「翡翠には、言うなよ……」
割と真顔で美鈴の目を見た。
「言うわけないでしょう。まったく……」
この幸せ者、とでも言いたげに溜息して、美鈴は翡翠に肩を貸そうとした。
「いえ、平気ですから」
ところが「力仕事なら俺が」と美鈴に代わってレイスは言った。
「翡翠、お前怪我しているだろう。無理するんじゃねえよ」
「レイス? 歩けますから……」
「却下だ。運んでやるから、大人しくしていろよ。おい、前より軽いが、痩せたか? 大丈夫か」
「……いえ、痩せては、いないんですけど」
レイスは翡翠を抱き上げ、自分の背に負ぶった。
「どうせ夏バテ気味とかなんとかなんだろ。ほら、花火に送られながら帰るとするか」
美鈴の位置からなら、二人の表情がよくわかる。
翡翠は当惑気味の困り顔だ。
でもレイスは、とっても嬉しそうな顔だったりする。
――翡翠、前より軽いが抱き心地最高だし、さっき事故チューだがキスされたし、今日は最高だぜ。
美鈴にはレイスの心の声が聞こえるような気がした。
彼女は、苦笑した。