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リア充爆発しろ! ~サマー・テロのお知らせ~

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◆その5 ああリア充 


 そんなこんなをしているうちに、お祭りは滞りなく進行していった。
 境内の一角に備えられた特設ステージでは、『ベストカップル・コンテスト』が開催され、お祭りを一通り見終わった見物客たちと、リアルで充実中のカップルたちが集まってきていた。
 皆が興味津々身守る中、マイクを手にステージに上がったのは、このお祭りを警備していた蒼空学園生の高円寺 海(こうえんじ・かい)であった。
 濃紺の浴衣を小粋に羽織った海は、隣で呆気に取られたように立ち尽くしている少女とともに、自己紹介を始める。
「お祭り見物の皆さんこんばんは。俺は、見ての通りの高円寺海だ。今夜の『ベストカップル・コンテスト』の司会を急遽務めることになった。一つよろしく」
「あ、あの、私はどうしてこんなところに……」
 海に助けを求めるように視線を送ったのは、訳のわからぬままにマイクを握らされることになった杜守 柚(ともり・ゆず)だ。清楚な浴衣の似合う柚は、ステージの下から注がれる視線に緊張のあまり身をこわばらせ顔を赤くしていた。
「私たち、お祭りの見回りをしていたはずですよね」
 海との楽しい見回りの一時。ぽわ〜とぼんやりしているうちに起こった急展開についていけなさそうだった。
「その通りだ、柚。だが、考えてみろよ、俺たちが取り締まるべきテロリストたちの目的はなんだ?」
 海は、よくぞ聞いてくれたとばかりに、柚に耳打ちする。
「奴らはカップルを狙っている。闇雲に探し回っても無駄足だ。カップルの集まる場所を重点的に守るのが効率的だろう。そのための、ここだ」
「……で、ですけど。それでしたら周囲を警戒していればいいと思いますけど。どうしてマイクを握っているのですか?」
「……それ以上は詳しく聞くな。人手に困って狩り出されたのだ」
「いやそんな……。よくわからない内輪の話をされても……」
 柚はあきれ返っていたが、すぐに気を取り直した。海と二人でステージに立つ。こんな機会はめったにない。手渡されたシナリオに目を通し、勇気を振り絞って笑顔を浮かべる。
「み、皆さんこんばんは。ともりゆずでしゅっ……って、あうう焦って舌噛んじゃいました……」
 カワイイ! と見物客から歓声が飛んで、柚は益々赤くなった。
「こうえんじきゃいでしゅ……って、あうう焦って舌噛んじゃいました……」
 海は真顔で言った。何の反応もなかった。
「解せぬ……」
「お、落ち込まないで下さい。私は、可愛いと思ってますから、海くんのこと」
 思い切って言ってみた柚の台詞は華麗にスルーされた。さすがは海だ。何事もなく、紹介を続ける。
「ちなみに、審査員はこちら」
 後ろの審査員席でぽつんと座っているのは柚のパートナーの杜守 三月(ともり・みつき)だ。彼も、もうどうにでもなれといった様子で、やけくそ気味に口を開く。
「杜守三月だよ、よろしく。ちなみに、ここにいる僕たち三人は、年齢=彼女彼氏いない歴の非リアなんだ……。なのにリア充カップルの司会と審査員って……何をやっているんだろう、僕たち……」
 机の前に座ったまま頭を抱えてどんよりと俯く三月。
 ざわり、と観客がどよめく。最初からテンション下がりまくりだった。
「そ、そんな悲しげな口調で言わないで下さい、三月ちゃん。涙が出てきそうです……」
 柚はちょっぴり涙目になりながら、海を見やった。彼は、うむと頷き腕を組んで得意げにしている。どうして彼女いないのにそんなに誇らしげなんだろう、彼は。なんか……少し腹立たしい……。
「では、さっそく始めようか。『ベストカップルコンテスト』。まず一番手は……!」
「私たちですっ!」
 柚はまたしても思い切って言ってみた。ステージの上に上がって少々ハイテンションになってしまっている。いや、緊張して真っ赤になって頭が少々のぼせているのか……?
「……」
 三月が黙って10点満点の札を上げた。
「やりました、優勝です。海くんと私、『ベストカップル』です!」
「……」
 スパーンと海は柚の頭を軽くハリセンではたいていた。
「あうう……、ごめんなさい調子に乗りました。……って、どうしてそんな物持ってるんですか、海くん?」
 信じられない眼差しの柚に、海は少し照れた表情になった。
「扇子と間違えて持ってきた」
「なんじゃそりゃー! あほかー!」
 三月が机をバンと叩いてマジ顔で突っ込んでくる。
 ステージを見ていた観客から、大きな笑いが溢れた。



「ねえ、ステージで夫婦漫才やってるよぅ。一緒に出ましょうよ……」
 まず境内のステージへやってきたのは、画家としての才をも併せ持つ師王 アスカ(しおう・あすか)だった。パートナーの蒼灯 鴉(そうひ・からす)とのお祭りデート。
 これまで色々と忙しかったアスカは、これがいい機会と夏の風物詩を満喫しにこのお祭りにやってきていたのだった。なんでも……お祭りのイベントの一環として、ベストカップルコンテストが行われるとか。
 思い切って浴衣も用意してきたしパートナーとの相性もいい。二人はどこに出しても恥ずかしくない、絶妙のカップルだ。これは……勝てる。内心そんな自負があった。
「優勝商品のプライベートビーチ、どんなところでしょうね……」
「いや……、なんだこれ。出場者ほとんどいなくて司会者が喋ってるだけじゃねえか。なんか気の毒になってきたな……」
 鴉が状況を見やっているうちに、アスカは遠慮なくステージへと上がっていた。
「あんさんたち、いいかげんにしなはれ〜。エントリーナンバー1番、アスカと鴉がイワしてもたるさかいに〜」
「……なぜに関西弁?」
「作画風景の新作のためのプライベートビーチを手に入れなあかん。そのためやったらなんでもしたるで〜。お笑いバッチこいやぁ」
「やっぱりお前の第一優先は絵かよ!? って、だから変な関西弁やめい。そういう夫婦漫才じゃないから、これ」
 鴉は突っ込むが、アスカの登場でステージは俄然盛り上がった。
「た、助かりました。海くんにハリセンで八回も叩かれてちょっと幸せな気分に……、いえ涙目になっていたところでした。歓迎します……」
 柚がマイクを向けてくる。
「リア充ですか?」
「もちろんよぅ」
 アスカは微笑む。
「あなたは?」
「……」
「お、おいおい、司会のあの子、泣きそうになってるぞ。大丈夫なのか、これ……?」
「私もリア充じゃなくなったら、泣いちゃいそうだな〜」
「ちょっと待て。本気なのか? なんというか……地味に恥ずかしいのだが……」
 注目の的となった鴉は、突き刺さる好奇の視線に気おされ気味だった。
「優勝したいな〜、ビーチの景色描きたいな〜、ねえ鴉?」
 期待の眼差しで見つめるアスカ。
「頑張ってくれたら一つだけ言う事聞いてあげるから〜!」
「ひ、一つだけ……どんなことでも……」
 アスカの台詞に、鴉はぐいっと息を呑む。
 考えてみるに……。これまで仲間という名の邪魔者に何度妨害されてチャンスを逃してきたか……。だが、優勝して一日プライベートビーチ券が手に入ったら、アスカを独占できる。何者にも侵されない二人きりの時間……。参加、してみるか……。
「……審査員、って一人かよ? 何をやればいい? どんな得点方法になってるんだ?」
「さあ……?」
 鴉の真剣な質問に、三月も真剣に否定する。
「……もうだめだろ、これ」
 半ばやけくそだった。どうせやるなら、人目なんか気にしてられないとばかりに鴉は開き直る。すぅ……と深呼吸をすると、アスカに向き直った。
 真剣に見つめる。それを見つめ返してくるアスカの澄んだ瞳。
 白と桃基調の牡丹柄の可愛い系の浴衣で帯は蝶々結び、襟にはアスカ自信ででフリルにアレンジ、髪には牡丹のコサージュ。そんな姿の目の前の女性がとんでもなくいとおしくなってくる。
「……あ」
 自然と、鴉はアスカの手を取っていた。
「アスカ……一緒に、ビーチに行こうな」
 彼の台詞はそれだけだった。気の利いた文句も歯の浮くような褒め言葉もいらない。本心の込められた純粋な台詞は、どんな演出よりも心に響く。
「……うん」
 はにかみながら頷くアスカ。
 甘い、だが暑苦しくない空気が二人を覆う。
「ただ、それだけ。それだけ伝えたら、俺はもう満足だ」
「私も、満足したよぅ……」
「じゃあ、帰ろうか」
「うん」
 二人は、言葉すら必要のない大切な思いだけを交わすと、もうコンテストなど意味はないとばかりにステージから退場する。鴉はアスカの手を引いて、二人だけの空間が去っていく……。
ごく短いステージ、それで十分だった。過剰な演技はなにも必要なかった。本物のリア充は、衒わない。単純明快簡素な関係、明白だ……。
 見物客も、雰囲気に飲まれシーンと静まり返っていた。
 直後、どっと歓声が沸く。
「……」
 審査員が10点のカードを挙げた。
「参加してくれてありがとう。これを預かっている」
 海が追いかけてきて、アスカに封筒を渡した。中には、商品のプライベートビーチの一日使用券。それも、絶景の観光名所のものだった。
「いいの?」
「実は、何枚もあるんだ。それぞれ違う景勝地のプライベートビーチ券。全員に配ることになっている。カップルに優劣など……存在しない」
「あらら」
「だからといって、二人の価値が下がったわけじゃないことだけは明言しておく。とても素敵な関係だった。お幸せに」
 それだけ言うと、海はすぐにステージに戻っていった。
「なんか、うまくごまかされたみたいねぇ」
 アスカは券を眺めながら言う。
「言ってただろ。俺たちの関係に優劣なんてつけられないって。俺たちは俺たちさ、それでいいじゃないか」
「そうねぇ」
 鴉の台詞にアスカは頷いた。
「じゃあ、行こうか。二人だけで……」
「ええ」
 アスカと鴉は手を取り合い、静かに去っていく……。


「いいなぁ……。うらやましいです……」
 ため息をつく柚に、海は黙って封筒を渡してくる。
「え、私にも?」
「ビーチ券じゃないぞ。肩たたき券。俺の肩を五分だけ叩ける」
「……ありがとうございます。最高のプレゼントです!」
 心底嬉しそうな柚に、三月がたまらず突っ込みを入れる。
「いやちょっと待て! それ騙されてるから。うまく肩叩き役にされてるじゃん」
「何を言ってるんですか、三月ちゃん。海くんの身体を五分間も触れるんですよ、合法的に。それだけで、ご飯三杯はいけそうです!」
 ああ……。と三月は夜空を仰ぐ。これで幸せならいいのかもしれなかった。



「ああ、みんな行ってしまった。なんだかんだ言って、本当の非リア充は俺かもしれない」
 見回り警備に戻っていった海たちに代わってステージに現れたのは、天御柱学院生徒会長の山葉 聡(やまは・さとし)だった。ナンパを自ら禁止するストイックな彼に、当然のことながら恋人などいないのであった。
 彼とて、テロの見回りの一員のはずだったが、海の言ったとおりリア充カップルの登場するこのステージこそ、重要な防御拠点の一つだろう。そういう意味では、任務から外れてはいないのであった。
「司会、俺。審査、俺。来たコレ一人ステージ。割り込めるものなら割り込んでみやがれ!」
 マイク片手に高らかに宣言する聡のノリに、観客たちは楽しげに喝采を送る。
「参加者がいないなら、歌でも歌うぜ! かかってこいや、オラァ!」
「そ、そこまで言うなら、参加してあげようじゃないの。言っておくけど、あなたの一人スピーチを聞きたくないだけで、決して顕示欲に囚われたわけじゃないんだからね、誤解しないでよね」
 勇気を振り絞って舞台に上がってきたのは、恋人と共にお祭りにやってきていた綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)だった。
 去年の秋に恋人として結ばれてから、初めて迎える夏。
 水着はすでに何度も着たし、海もプールも遊びに行った。
 浴衣を着ての夏祭り。青系に花柄の浴衣は、恋人とお揃いだ。
 右手首に金魚すくいの袋を提げて、その手にはとうもろこし。頭にお面を被って、小脇には射的で手に入れた、恋人と一緒の人形を抱えている。
 お祭りを楽しんだテンションそのままで、さゆみはびしりと聡に指を突きつけた。
「私たちのカップルを見て腰を抜かさないことね! 今のうちに10点満点の札を用意しておきなさい」
 さゆみが必要以上に強気なのは、連れの恋人がそれ以上に弱気だったからだ。
「や、やめておきましょう。わたくし、こういうのは苦手ですわ」
 観客から注がれる視線にしり込みしていたのは、さゆみのパートナーにして恋人のアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)だった。さゆみに手を引かれてしぶしぶこのステージに来たものの、自らの関係を他人の前でアピールするには抵抗があるようだ。
 弱腰のアデリーヌを見て取った聡は、奮発させるようにくいっくいっと指で挑発する。
「覚悟を決めな、お嬢さん。大切な関係なんだろう? 恋人であり続けることってな、舞台に上るよりパワーがいるんだぜ……?」
「……あう」
 さゆみにも励まされつつ、アデリーヌはステージに上がった。一度たってしまえばもう開き直れるものだ。彼女は堂々と正面を向く。
「さて、お嬢さん。今夜はお楽しみだったかい?」
 海よりも遥かにスピーチ能力の高い聡は、さゆみにマイクを突きつける。
「おかげさまで。屋台を一通り回って、夏祭りはエンジョイしてきたわ」
「それで、その戦利品か。ずいぶんとウキウキ気分だったみたいだな。ちなみに俺は薄暗い森の中、一人寂しく見回りだったが」
「ご愁傷様。おかげで変な連中にも会わずに、恋人との大切な時間を過ごせたわ。お礼を言っておくわね」
 さゆみは、本心を口にした。
 リア充を狙うテロリストが跋扈しているにもかかわらず、恋人と二人、境内の裏のあの噂の大きな木の下で、改めて愛を誓い合うことができた。誰にも邪魔されなかったのは、聡のような見回りがずっと見張っていてくれたからだ。
 だから、この時間をもっと長く……。
「……」
 さゆみはそっとアデリーヌの手を取っていた。
 指を絡めあって手をつなぐと、恋人の鼓動がドキドキと伝わってくるのがわかった。
「あ……」
 アデリーヌは身を固くする。みんなに見られているという緊張と、この恋の形が変わらないようにと願う一途な思い。
「大丈夫よ」
 さゆみはアデリーヌと目が合うと優しく微笑んだ。
「こうして私の手を握っていて。そして、私のことだけ考えて。人目なんてすぐに気にならなくなるから」
 大切な人の耳にだけ届く小さな声で、さゆみは囁く。
「……」
 アデリーヌはゆっくりと深呼吸をした。身体から固さが抜けると、気分が穏やかになってきて、指先からさゆみのぬくもりが伝わってくるのがはっきりとわかった。
 もう、言葉はいらない。
「ふふ……」
 満ち溢れてくる幸福感に、アデリーヌは柔らかな笑みを浮かべていた。
「……あ、あれ。あれれ……?」
 微笑みながら、彼女の頬を暖かい水滴が伝わり落ちていく。
「お、おかしいです、わね……。こんなに幸せなのに、涙が止まらない……ですわ?」
 そんなアデリーヌを、さゆみはいとおしそうに抱きしめた。
「……!」
 心臓が止まるかと思った。
 繋いでいた手だけではなく、全身に温もりと鼓動が伝わってくる。ふたりは一人になったように、呼吸までがピッタリと合った。
 どれだけそうしていただろう。
 さゆみが気づいた時には、拍手と喝采に包まれていた。
 アデリーヌは真っ赤になって慌てて離れる。
「ふふ……」 
 見詰め合うふたり。
「……参ったねぇ、恋人同士過ぎて嫉妬する気すら起こらねえよ」
 ふたりの空気を邪魔しないように舞台脇に退いていた聡が、空気を読まずに割り込んできた。
「おまえら、ビーチでもどこへでも行きやがれ。末永くお幸せにな」
 プライベートビーチ券を受け取って、さゆみは微笑む。
「祝福してくれてありがとう。あなたにも素敵な恋人ができますように」
「へっ……、孤独に飽きたら考えるとするさ」
 聡の素直な気持ちかもしれなかった。