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リアクション
◆その7 呪いの森へようこそ!
少し前に戻る……。
お祭りが静かにおこなれていた頃、モテない非リア充たちが悲しみのあまり死んでいったと言われる、自殺の名所の森で肝試しが行われていた。
リア充を呪う幽霊が出るとか出ないとかの噂があるが、真偽のほどは定かではない。ほとんど知られることがない上に、誰もそれを確かめるほど暇ではないからだ。
「いや、どうやら本当らしいわ……」
暗闇の森の中。懐中電灯で顔の下から照らしながらルシア・ミュー・アルテミス(るしあ・みゅーあるてみす)は言った。参加者たちよりも先に森にやってきて、脅かし役として待ち構えていた彼女は、暇に任せて話し始める。
「全身を真っ黒に塗ってしまう化け物がいるんだって。闇夜を背景に溶け込んで迫ってくる黒ずくめの人たち。ゾンビのように「助けてくれ〜」って弱々しく叫びながら迫ってくる様は亡霊に間違いないわよ」
「……おかしいわね。パイ拓テロの連中の話なら聞いてるんだけど。そいつらじゃないの?」
話を聞きながら首をかしげたのは、肝試しに脅かし役として参加することになったルシアの様子を見に来た、桐生 理知(きりゅう・りち)だった。地球にやってきて怖いもの知らず過ぎるルシアを守るために身を張っていた理知は、同じく暇に任せて懐中電灯で顔の下から照らしながら答えた。
「確かに不気味かもしれないけど、亡霊じゃないんじゃないの? パイ拓の亜種とか……」
「さあ……、でもそれは、初めて会ったら私たちより怖いと思うわ」
「……そうよだね、猫耳に可愛いしっぽつけたルシアちゃんより怖くない生き物がいたら見てみたいものだよ……って、それはお化けの役目になってないよっ」
くわっ、と突っ込んでくる理知にルシアは得意顔で答える。
「猫又って、お化けだったはずだけど。ちゃんとほら、真っ白な浴衣も着てきたし」
「みんな逃げるどころか、近寄ってくるよっ。可愛くて愛でられちゃうよ。もう最初からグダグダだよっ」
「だって、お皿を数えるお化けって、怖いんだもの……私が。井戸の中で待っているとか、耐えられないわよ」
「それがお化けの役目よっ」
「そう言うあなたこそ、着物に下駄の姿がとても可愛いんだけど」
ルシアの台詞に理知は胸を張る。
「リファニーさんの言ってた『燈篭を持った女が下駄の音をカランコロンと響かせながら暗い夜道をやってくる』という役よっ。私、お化けは詳しくないけど、なんか怖いよね、後ろから追ってきたら」
「……灯篭は無理でしょ。提灯に変更ね。……っていうか、いつまでぺちゃくちゃ喋っているのよ。そろそろ、肝試しの参加者来ちゃうわよ」
無駄話に花を咲かせるルシアと理知をたしなめたのは、北月 智緒(きげつ・ちお)だった。彼女は今回、脅かし役として参加していたルシアたちをサポートするために、後方で待機していた。演出からメイクまで全て引き受けたのだが、チョイスがおかしくて全然怖くない。これは大失敗じゃなかろうか、と頭を抱えていたところだった。
「はい、みんな配置について。メイクが怖くならなかったから、あとは演出でごまかすしかないわ」
「ところで、私は全身に経文を書いてくるつもりだったのですが、どうして止められたのか明確な理由を教えてください」
わざわざ図書館から怖い話の載った本を借りてきたリファニー・ウィンポリア(りふぁにー・うぃんぽりあ)は、まじめな顔で智緒に聞く。
「耳なし芳一、怖すぎるでしょう……。あれを読んだあと、耳がなくなるのではないかと、しばらく夜も眠れませんでしたよ。これは勝てる、と思いましたのに……」
「元々寝付き悪いでしょ、あなた。それ以前に、身体中にラクガキしたら後でメイク落とすのが大変よ。リファニーがやっても怖くないし」
大切なルシアやリファニーをイロモノに転落させてはならないと必死の思いの智緒。
「そんな……」
ショックを受けた様子のリファニー。だが、真面目に説明をしてきた。
「ちなみに、『灯篭〜』の話ですけど、どうやら私が聞いたのは『牡丹灯篭』という怪談だったようです。恋に恋して恋愛半ばで死んだ女が、死んだ後も牡丹灯篭を手にして毎晩男の元に通う話だったのですよ。……今で言うヤンデレというやつですね。逃げても幽霊となって追いかけてくるところが怖いとか。そして最後には男も死んでしまうのです、女を追って……。悲しい恋の物語でした」
「だめじゃん。実際に聞いたりしたら怖いんだろうけどさ。ビジュアル的にはパンチ不足よね」
ああ、もうどうしようと夜空を仰ぐ智緒。
気まずい沈黙の中、森がざわめき始める。どうやら、肝試しの参加者がやってきたらしい。
「どこまで怖がらせられるかわからないけど、とにかく頑張ってみよう」
智緒の掛け声で、ルシアたちは配置につくことになった。
○
肝試しの参加者たちは、二人一組で順番に森の中にやってきていた。
お祭り会場でくじを引き、何分かごとに分けて一組ずつ進んでいく。先に入ったほうが早く目的地に辿り着ける気もするが、一応タイムを計っているようなので、まあ順位はつくのだろう。あまり深く考えてはいけないイベントのようだった。
「……」
そして、その夜。冷徹なる剣の花嫁のダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は、珍しくも気まずい思いに駆られていた。
すぐ隣に、ちっとも怖くない猫又(?)らしきお化けがいるのだ。本人は真顔で必死の様子で、脅かす機会を待っている。
これは、驚いてやるべきか否か、判断に迷うところであった。
彼は、この後入ってくる予定の大切なマスターのために、ベルフマントで身を隠し森の中を前もって探索してあった。
脅かし側の配置や仕掛け等を分析し、動きを”行動予想”もして進み、肝試しの仕掛け考察を楽しむ感じだったのだが、なんだか残念なくらいグダグダだった。
(なんだこれ……。脅したいのか笑わせたいのか、どっちだ)
猫又に扮したルシアが爪を研いでいる。可愛らしい付け耳に真っ白な浴衣。なのにどうして鉄の爪を装備しているのだ? 誰かと戦うつもりなのか?
姿の見えないダリルは余程助言をしてやりたくなっていた。
そこへ、美緒を伴ってルカルカ・ルー(るかるか・るー)が暗い森の雰囲気を楽しみながらも恐る恐るやってくる。悪い噂の立つ中、ダリルが姿を消して守るべき女性たち。いや、正確にはルカルカのためではなく、美緒のためだ。
(ルカ……、頼むから驚いてやってくれよ……)
祈るようなダリルの思いと共に、ゾワリ……と猫又に扮したルシアが草むらの陰から転がり出てきた。薄明かりの中、血の滴る(ケチャップ)鉄の爪を装備した両手を突き出しゆっくりと歩いてくる。
「しゃー!」
「……ルシア?」
猫耳をつけたルシアにルカルカが目を丸くした。
「……ルシアじゃないわ。猫又よ……おまえらを食っちゃうために出現したのよ……しゃー!」
「食べていいよ。こっちにおいで猫ちゃん。飴あげるからさ」
ルカルカは、お祭りの屋台で買ってきた綿菓子を差し出す。たくさん買ってきた余りらしい。
「……」
ルシアは少しの間ルカルカと見詰め合っていたが、嬉しそうに綿菓子を受け取ると、なめながら森の奥へと走り去っていった。
「ああ、どこへ行くの、ルシア……?」
ルカルカは呆気に取られて見送る。話す暇も怖がってあげる暇もなかった。
(空気くらい読んでやれよ、ルカ……)
内心脅かし役を応援したくなっていたダリルは、聞こえないように舌打ちする。
「思っていたほど怖くないですわね」
美緒がほっとした様子で言う。もう今日だけで幾多のトラブルに巻き込まれていた美緒はかなりナーバスになっていた。ルカルカが捕まえてやっと肝試しにやってきたくらいだ。もう森の中の雰囲気だけでガクブルで、少しのショックで卒倒しそうだった。
「大丈夫よ。こういうのは仕掛けがあるんだから」
ルカルカは美緒を力づけながら奥へと進んで行く。シーンと静まり返る森の中。お化けが出なくても、十分に迫力があった。
ルカルカは暗視も出来るし殺気看破やイアンナの加護で危険は事前探知をしてはいるが、それはそれとしてドキドキしていた。こういう得体の知れない怖さも悪くはない。
(次のは、ちょっと驚くだろう……)
ダリルはほくそ笑む。
その先に、うっすらと佇む人影があった。
「……」
ルカルカは、見覚えのある相手に少しほっとした。木陰にもたれかかってこっちを見ていたのはリファニーだった。彼女は何の変装もしていない。リファニーは、ルカルカを見つけると、ゆっくりと歩いてくる。
「どうしたの……? ああ、さっきルシアに会ったけど、驚いてあげられなくてごめn」
ズバァァァァッッ!
突如横合いから巨大な鎖がま状の刃物が出現し、リファニーの首を斬り飛ばした。真っ赤なしぶきを吹き散らしながら、首だけがごろりと転がる。
「きゃっ!?」
これはさすがにルカルカも驚いた。美緒と抱きつき硬直する。殺気看破をしていたのだが、そもそも仕掛け道具に意思はないから殺気すらない。仕掛けを教えてくれるはずだったダリルは、草むらでくっくっく……と小さく笑っていた。
巨大な刃物は真っ赤な液体を滴らせながら振り子のように揺れている。その下で首のなくなったリファニーの身体と、恨みがましそうにこちらを見つめたままの彼女の首。
「ああ……」
美緒がショックでぐんにゃりと柔らかくなった。それを支えながら、ルカルカはすぐに気を取り直す。
「な、なるほど……首から下は真っ黒な衣装を着ていたのね……」
その台詞に呼応して、リファニーの首が宙に浮かび上がった。正確には、首から下に背景に溶け込んだ黒い衣装を着て立ち上がっただけだった。倒れている首のない身体はただのダミー人形で、刃物が下りてきたと同時に装着してあった衣装を外し、隠してあった首なし人形を地面に転がしたのだった。赤い液体はトマトジュースの詰まった袋を破いただけらしい。言うは簡単だが、これらを一瞬で見せるには相当の技量が必要だった。仕掛け人はかなりのやり手らしい。ルシアが怖くなかったのも油断させるための演出だったのかもしれない。
「お見事よ。楽しかったわ」
ルカルカは素直に手を叩く。
リファニーは、優雅に一礼すると、首なし人形を引っ張って奥へと去っていった。
さて……虚脱状態の美緒をどうしようか……?
「心配要らないわ。私がついているからね」
ルカルカは、美緒の回復を待ちながら、奥へと進んでいく。深い茂みを踏みしめる足音だけが響く様はどんな演出よりも効果的だった。
「次は……、子泣きじじい?」
少し離れたところで薄らぼんやりと浮かび上がるスキンヘッドに、ルカルカはごくりと唾を飲み込んだ。こっちを見ている。そのスキンヘッドの人影はじっとルカルカを睨みつけていた。なんなのだろうか……用心しながら少し近づいたところで。
「なによ、あんただったの?」
ルカルカを睨みつけていたスキンヘッドは、シャンバラ教導団の松嶋 環(まつしま・たまき)だった。えらいことゴツいが最近教導団に入ったばかりで、ルカルカの後輩だ。彼は、軍務で遊んでやれない義妹を夏祭りに連れ出し、休日を利用した家族サービスを行っていたところだった。どうやら、先にこの森に入り込んでいたらしい。
「……」
環はどういうわけか、ルカルカの姿を見ると反射的に身構えるが、その袖をパートナーの有栖川 桜(ありすがわ・さくら)が引っ張る。彼女は金髪縦巻きロールの人形のような風貌で、傍にいる環と並ぶと違和感があった。
「次へ行くであります! ……失礼いたします、大尉殿」
桜はルカルカに敬礼をすると、まだルカルカを睨んでいる環を強引に引き連れて奥へと入っていく。
「?」
なんだったのだろう? ルカルカは首をかしげる。あの風貌では、暗闇であったら下手な幽霊よりも怖かった。しかも森の奥からでもまだ睨んでるし。
「ん……?」
ようやく美緒が正気を取り戻した。今のスキンヘッドを間近で見なくて良かったと小さく苦笑しながら、ルカルカは言う。
「怖かったら無理しなくてもいいのよ。帰ろうか……?」
「も、申し訳ありません。お手間を取らせたようです。もう大丈夫ですわ」
シャキッと気合を入れて美緒は目を見開く。その彼女がゾクリと背筋を伸ばした。
ガサゴソと草を掻き分け、何かがこちらにやってくる。
「……!」
低い唸り声とらんらんと光る目。……ただの野良犬だった。
「ああ、これはもうだめね。医務室へ行こう……」
ルカルカはため息をついた。
美緒は、また放心していた……。
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