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桜封比翼・ツバサとジュナ 第三話~これが私の絆~

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桜封比翼・ツバサとジュナ 第三話~これが私の絆~

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■新たなる一歩の決断
 葦原明倫館、空き教室。現在この場所は“魔吸桜対策本部”と銘打たれた作戦会議室として使われており、天翔 翼(あまかけ・つばさ)仙道院 樹菜(せんどういん・じゅな)を始めとした、作戦に参加する契約者たちの姿があった。
 祠へいち早く向かったはずの翼と樹菜がなぜここにいるのか。それは至極単純であり、祠周辺を防衛するかのように一個中隊はあるであろうツタの化け物――“桜の精”がひしめく姿……そして魔力と生命力の吸われる量が多く、まともに戦おうとすると頭数が少なく、今の状態では危険と判断。翼と樹菜は明倫館まで戻ってきたわけである。
 圧倒的な戦力差……そして何より、父が魔吸桜に操られたまま行方不明という状況に加え、魔吸桜の対応という重大な決定を下さねばならないという心境に、樹菜は沈んだ表情でいた。そして翼も、諦めに近い悔しさによって重い雰囲気となっている。
 二人の間、そして対策本部に流れる重苦しい空気……それを打ち破ったのは、リーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が翼にかけた言葉であった。
「――始める前から諦めては何もできませんわ」
「そうだよ、いつもの元気な翼はどこいったの?」
 リーブラは優しくもしっかりと、美羽はできるだけ明るく翼へ声をかけていく。だが、声をかけられた当人は重苦しい雰囲気のままだ。
「あ……リーブラさん、美羽……」
「翼さんたちはまだあれだけの数を相手にしたことがないから、そんな雰囲気になるのもわかりますけれど……少なくとも、わたくしたちは諦めているつもりはありませんわよ?」
 その言葉に惹かれ、翼は契約者たちを見渡す。誰一人として、諦めた雰囲気を見せる者はいない。むしろ、話を聞いてより気合を入れている者がほとんどだ。
「あれだけの数だったら、ここにいるみんなで十分対応できるよ。あれ以上の数なんて、いくらでも相手にしてるし問題ない!」
「翼さんだって本当はわかってるはず。だからこそ、翼さんは一人でパラミタに来たのでしょう? ……その勇気を忘れないで。そして、それを樹菜さんにも分けてあげてくださいな」
 ……リーブラからのその言葉に、翼はハッと気づく。そうだ、私は“絆”の力を諦めず信じたから今ここにいる……!
「――二人とも、ありがとう!」
 翼はリーブラと美羽にお礼を言うと、すぐに樹菜へ言葉をかける。彼女らしい、考えるよりも先に行動の原理がプラスに働いたようだ。
「樹菜、あれだけの相手でも私たちにはたくさんの仲間がついてる。一緒に協力していけば祠も――お父さんのこともきっと何とかなるよ!」
 その言葉を聞いてか、樹菜は沈んでいた表情を翼へと向ける。最初は沈痛したままであったが、翼が優しくも熱い声を何度か投げかけたことによって、次第に気持ちが引き締まっていくのを感じていた。
「――そうですね。確かにあの数を私と翼だけでどうにかしよう、と焦っていたのかもしれません」
 今は他に考えるべきことがある。樹菜はすぐに沈んでいた気持ちを押し込み、切り替えていくと……手紙に書かれていた魔吸桜への対応を考える。そこへ、シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)が二人へ話しかけてきた。
「翼、樹菜……これはお前らの戦いだ。お前らがどういう決着をつけるのか、じっくり考えてからでいいから聞かせてくれ」
「……はい」
「可能不可能はまだ気にすんな、二人が決めたらオレたちはそれを実現するための作戦を全力で考えるさ。だから、二人が納得する決着をしっかりと考えるんだ」
 教育実習生とはいえ、一人の教師としての言葉に二人は強く頷く。
 しかしまだ未熟な二人にとって、重大な決断というのは迷いを生んでしまうものらしい。特に二人はそれぞれ『“鍵の欠片”を奪われてしまった』『人質にならなかったらこのような事態には……』と責任を感じてしまっている部分もある。それを見抜いたのかどうかはわからないが……そんな二人へ、佐野 和輝(さの・かずき)が声をかける。
「……まさかとは思うが、この事態を自分たちの責任と感じてるんじゃないよな?」
「……実を言うと」
 思わぬ言葉に、翼は苦笑いを浮かべる。樹菜も同じような苦笑を浮かべており、それを見た和輝はやれやれとため息をついた。
「いつ、誰が、お前たちの責任だと言った? そんなことに時間を喰われるくらいなら、この事態を終わらせる手段を早く決めておけ。さっきバイナリスタも言っていたが、手段さえ決めたら後は俺たちで何とかする」
 わざと大げさに二人の頭――特に樹菜のほうを念入りに……大きく撫でたりし、二人にマイナス面の思考をさせないよう気を紛らわせてあげる和輝。その効果があったかどうかはわからないが、少なくとも二人の表情は幾分か和らいではいるようだ。
「――むー、なんだかんだでずっと樹菜に付き添ってるし!」
 翼たちから少し離れた場所で、和輝の様子を見ていたアニス・パラス(あにす・ぱらす)。その隣には禁書 『ダンタリオンの書』(きしょ・だんたりおんのしょ)松永 久秀(まつなが・ひさひで)もいる。
「まぁ、樹菜とアニスは色々と――」
「あーもー!! どうせ樹菜とアニスは似ているって言いたいんでしょ! だったら今は似ているでいいよもう! だからこの戦いをさっさと終わらせて、どこが似ているのかじっくり話し合う!」
 ……おそらくは平行線をたどる話し合いになるだろう。ダンタリオンの書はそんなことを一つ思いながら、久秀のほうへ視線を変える。
「報告された状況を見る限り、面白いことになってるわね〜……本来なら傍観して楽しみたいところだけど、そうもいかないわよね」
「当たり前だ。こちらから攻め入る以上、翼と樹菜にも危険が及ぶ。そのためにも私たちがしっかりと護衛をしないとな」
 今回、和輝たちのポジションは主に樹菜の護衛である。この作戦がどう転ぶにせよ、鍵となるのは翼と樹菜の二人だという予感が和輝たちにはあるらしい。
「本当はギリギリまで猫被って、“色々”と楽しみたかったけど……私の玩具に手を出そうものなら、容赦をするつもりはないわ」
「樹菜から色々話を聞きたいのだ、ほどほどにな」
 翼と樹菜の二人で色々と遊びたかった様子の久秀に、ダンタリオンの書は一応釘を刺しておく。効果があるかどうかはまったくわからないが。
(ともかく――イレギュラーがあったとはいえ、概ね私の予想通りに事が進んだか。ここから先は翼と樹菜を始め、この場にいる奴ら次第……お人好しの和輝ほどではないが、最後まで付き合わせてもらおう)
 周囲を改めて見回しながら、ダンタリオンの書はそう思い、これからの顛末を眺めゆくのであった。

 『再封印』か、『浄化』か。
 仙道院家の血筋を引く者として、決めねばならぬ魔吸桜への対応。どちらを選択するにしても仲間たちが背負う苦労は同等と思われ、樹菜はどちらが正しい選択か決めかねているようだった。
「樹菜、どっちにするのか決まった?」
 そこへ話しかけてきたのは、樹菜にサポートの重要性を指導したコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)だった。樹菜はその問いに対し、首を横に振って返答する。
「いえ、まだなんです……どちらが仙道院家としてやるべきことなのか、どちらが人としてやるべきことなのか、その判断に迷ってまして」
「仙道院家として、か……。――樹菜、封印はいつか破られるものだと思う。だからこそ、魔吸桜を浄化することができれば仙道院家としての使命――というよりは因縁かな……を終わらせることができるんじゃないかな」
「使命を……なくす、ですか」
 ……考えてみたこともなかった、と少し驚きの表情を見せている樹菜。アドバイスになったかな、とコハクは笑みを見せると、ちょうど美羽に呼ばれその場を離れていった。
 コハクが離れた後、樹菜は考える。魔吸桜の封印が仙道院家の因果だとするならば、なぜお父様は手紙に『浄化』の字を書き示したのか……? それは自らが魔吸桜の魔力に支配されたことによってその魔力を理解し、浄化をするという選択肢が生まれたからではないのだろうか?
 確かめる手段は今は存在しない。だが、お父様が限りある意思と命を賭して書いたことを信じようと樹菜は決めた。親と子、その“絆”を信じようと。
「――皆さん、集まってもらえますか? 魔吸桜への対応をお知らせしたいと思います」
 意思を固めた樹菜は契約者たちを自分の元へと呼ぶ。集まったのを見計らうと、樹菜は魔吸桜への対応を静かに……そして確かに口にしていく。
「このたびの魔吸桜への対応ですが、浄化の方向で進めていきたいと思います。理由は二つ、まず一つは永きに渡る仙道院家の因果を断ち切り、新たな一歩へ進まんとするため。もう一つ、お父様の手紙に書かれていた『浄化』の字は、おそらく私たちでも十分に浄化できるものと考えて書かれたのでしょう。でなければ、当の昔に浄化されていたはずです。……浄化の手段はまだわかりませんが、皆さんと一緒ならきっと何とかなると予感します。なので――私はお父様が私たちの“絆”の力を信じてくれた意思、因果を断ち切ってくれるであろうという意思を尊重し、今回の作戦の最終目標を『魔吸桜の浄化』に定めたいと思います」
 凛とした決定。僅かな静寂の後、契約者それぞれから肯定の意を示す返事が返ってくる。どうやら浄化のほうがいいという考えが多かったようだ。
「よし、そうと決まればすぐに作戦を練るぞ!」
 立場上からか、再び契約者たちのまとめ役となったシリウスは皆を集め、作戦会議を開始する。魔吸桜の浄化のため、少しでも早く儀式が行われているという祠へ向かうべく、その作戦手順を練り上げていく。
「魔吸桜か……空京であのツタの化け物を見た時にもしかして、とは思ったけど」
 作戦会議の中、サビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)がぽつりと呟くと、翼と樹菜の肩へポンッと手を置いていく。
「これは高くつくかなぁ……これは報酬として、終わったら翼のクレープ、みんなにおごってもらうよ?」
「――もちろん! これだけの大掛かりな作戦だもの、店長に頼んで一日お店貸し切りにしてもらうから安心して!」
 サビクの言葉に力強く頷く翼。翼がかけられたその言葉には、遠回しに“死ぬな”という意味が込められており、翼はそれを感じ取っていた。もちろん、死ぬつもりは毛頭ない……!
「樹菜、絶対に成功させよう。これは私が望んだ……“絆”を守る戦いなんだから」
「はい――もちろんです。パラミタの……翼の、私の“絆”を守るため。そして……仙道院家の新たな一歩を踏むために」


 ――翼たちが魔吸桜に対しての作戦を練っていたその頃。魔吸桜が封じられた祠にも何名かの人影が見受けられた。
「外は随分と大がかりだな……戦争でもやろうって勢いじゃないか」
 外の様子をチラリと見た鹿島 ヒロユキ(かじま・ひろゆき)は、魔吸桜の封印を解く儀式を執り行っている中心人物であり、知り合いであるカルベラ・マーソンへ話しかける。カルベラは自身の武器であるクナイに付着した樹菜の乾いた血を“鍵の欠片”に触れさせながら、ヒロユキへ返答する。
「思ったより時間がかかりそうね、あれだけの数を出してとにかく時間稼ぎをしなきゃならないわ。――そういやヒロユキ、レフとライの二人から連絡はあったかい?」
「ああ、さっき連絡があったよ。どうやら連中は浄化の方向で動こうとしてるんだってさ」
「そうかい。――あんたたち、さっきも言ったと思うけど指定したラインを越えちゃだめだからね。越えたら一切の責任は持たないよ」
 カルベラは短く返事し、この場にいる協力者たちへ注意喚起をすると、再び儀式に集中しだす。その様子を見やったヒロユキは、もう一度外の様子に視線を向けた。
(――カルベラが儀式をやってようが、操られているどうこうは関係ない。契約者たちが浄化のために動くってんなら……俺もちょっとばかし悪人やらせてもらおうじゃないか。そのためにも、時間稼ぎをさせてもらわないとな)
 レフとライに諜報役として動いてもらい、明倫館にいる契約者たちの動きを探らせ、ヒロユキがその中継役となる。そのおかげでカルベラがなぜこんなことになっているのかをかいつまんで知り得たようだが……ヒロユキにはそんなことは関係なかった。ただ、カルベラの知り合いだから。カルベラの目的を果たしてもらうために、ヒロユキはこちら側に付く。その表情に、迷いはなかった。
「ハデス様! こっちのほうの作業は完了しました!」
「うむ、なら次はあっちのほうを頼んだぞ!」
「了解です!」
 ――その一方では、ドクター・ハデス(どくたー・はです)が『要塞化』と、部下であるヘスティア・ウルカヌス(へすてぃあ・うるかぬす)アルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)を使って戦場となるであろう祠周辺をあれやこれやと改修していた。テキパキとした指示を送れるのは『優れた指揮官』たるセンスからだろうか。
「こら、そこの雇われ傭兵! ただでさえ人手が足りないのだから手伝え! 今ならオリュンポスの戦闘員として登用を考えてやってもいいぞ?」
「私はカルベラに雇われた身なんで。前金ももらってるし、それ以外の仕事は遠慮させてもらうわ」
 人手が足りないからか、日向 茜(ひなた・あかね)にも声をかけるハデスだったが、断られてしまった。仕方なく部下の二人をこき下ろす形で『要塞化』を進めていく。
「HAHAHAHAHAHA! だったら私が手伝ってもいいんだよ!? 私に任せておけば万事解決!」
「……アレックスさん、あんな中小組織に自己アピールはしなくても報酬外の作業になってしまいますわ。わたくしたちの目的はあくまでも儀式の邪魔立てをする侵入者を排除すること。それ以外のことは自粛していただきませんと」
「中小組織とは失敬な! 悪の秘密結社オリュンポスは機動要塞持ってるそこそこ大きい組織だ!」
 アレックス・ヘヴィガード(あれっくす・へう゛ぃがーど)が自己アピールしている様子に、クレア・スプライト(くれあ・すぷらいと)が毒舌を交えた注意を促す。ハデスもその毒舌を聞いていたのか、すぐに訂正をしていくがクレアはすでに聞いていないようだった。
「……早く終わらせたいですわね、今回の仕事」
「そうだけど、前金もらっている以上、報酬分の仕事はきっかりとしないとね。でもどうにも怪しいし、様子見ながらかも」
 カルベラが自前の金で雇った傭兵、それが茜たちの今回の立ち位置であるのだが、様子からしてきな臭いと感じてはいるようだ。しかし前金をもらっている以上、下手な真似は打てないため、しばらくは様子見の方向で行くつもりらしい。
「にしても、あの……オリュンポスだっけ? あの人たちはお金で雇われてる様子ないよね。なんでここにいるんだろ?」
 茜のそんな疑問に対し、手持無沙汰らしいハデスが眼鏡のズレを直しながらポーズを取って説明しだした。……茜はすでに面倒そうな表情をしている。
「フハハハ、説明しよう! ここに封印されているのは魔吸桜と呼ばれる生命力と魔力を吸い取るという桜の大樹だ。我らオリュンポスは実に興味深く思ってな、今回カルベラによる魔吸桜の開封の儀式を援護するべく協力を申し出たのだ!」
「あー……そうなんだ」
「いつもより気怠く感じてはいないか? それが魔吸桜が生命力と魔力を吸収している確かな証拠だ。今は封印が中途半端に解けている状態だから多少気怠い程度で済んでいるが、完全に封印が解ければもっと気怠くなるだろう。そして、封印が解けた時こそ我らオリュンポスの手によって魔吸桜を奪取し、オリュンポスのために研究するのだ! フハハハハハハハ!」
 確かに力の抜けるような感覚を覚えているが、それは決してハデスの野望を聞いたからではない。ハデスの説明の通り、魔吸桜が復活しかけているため生命力と魔力がじわじわ吸われているのだ。そんな中でもハデスは実に元気そうではある。
 あまり関わらないほうが幸せかも、と直感で感じた茜はここで話を切り上げて、周囲の様子を見渡していく。これからここへ契約者たちが攻め入ってくる。そうなれば茜たちもカルベラを守るため、動くことになるであろう。
(……理由次第じゃ、そのまま通そう。教導団の厄介にはなりたくないし)
 そんなことを思う、茜であった。そして、ハデスもまたカルベラの様子に思うところはあれど、自らの目的のため動いていくのだった……。