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リアクション
「と言うわけじゃ」
本隊に合流した刹那は、この先の状況を皆に伝える。丁度その頃、刹那と反対方向を偵察していた鉄心の斥候も戻って来て、概ね同じような内容を伝えた。
「そうか……可能であれば戦闘は避けて迂回したかったんだけど、今は一刻も早く塔にたどり着くのが優先だな」
鉄心の言葉に他の面々も頷く。
道も心許ないこの状況で余計な迂回などしていては、いつ塔にたどり着けるか分かったものでは無い。
一行は下生えを踏み分け、道を作りながら進んでいく。先頭を行くのは鉄心のパートナー、ティー・ティー(てぃー・てぃー)だ。妖精の領土を持ち森の中での活動を得意としているティーは、刹那や斥候からの情報を元に一行を先導するように進んでいく。
少しずつ道が細くなってきた。辺りには、先ほど刹那が無力化した魔物達の姿がちらほら見られる。
「そろそろ来ますね……」
ティーが表情を引き締める。それとほぼ同時、茂みががさごそと音を立てる。
その瞬間にいち早く飛び出したのは、樹月 刀真(きづき・とうま)だ。感じ取った殺気の方向に向かい、駆ける。
素早い身のこなしで、右手の光条兵器を振りかぶり、振り下ろしたその先にはうねうねと蠢く太いツタ。ぎゃああ、と潰れた声で悲鳴が上がる。そちらを振り仰げば、巨大な人食い花が大きな口を開けていた。続いて振り下ろされるツタを空蝉の術で避けると、右手にした黒の剣、左手に持つ白の剣、白黒の双剣を閃かせ、目にも留まらぬ早さの斬撃を繰り出す。
花を落とされた人食い花はドォ、とその場に倒れ伏す。が、その残骸を乗り越えるようにして複数の株が姿を現した。
別の方向には巨大なキノコの傘が複数、ぽこぽことこちらに向かってきているのも見える。人食い花は刀真とそのパートナー達に任せ、鉄心とティーの二人は先を急ぐため、キノコの方へと走った。
先に斬り込むのはティーだ。その華奢な腕からは想像も付かない腕力でもって、槍状になって居るスピアドラゴンを振り回す。
「ごはんですよ!」
ティーの言葉にスピアドラゴンはがば、と顎を開いてみせた。キノコ達が一瞬怯む。
そこへ、ティーの背後から鉄心が魔銃ケルベロスによるトゥルー・グリッドの一撃を叩き込んだ。銃撃の奥義とも言われる強烈な一発は、キノコの一匹を完全に沈黙させる。
しかし、キノコはまだ複数匹いる。ティーは再びスピアドラゴンを振り回し、鉄心もまた、ケルベロスに次の銃弾を装填する。
またその後ろでは、刀真とそのパートナーである漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)、玉藻 前(たまもの・まえ)の三人が人食い花を相手に戦闘を続けていた。
前線で双剣を振るい続ける刀真の後ろで、玉藻は死の風を振りまき花たちを牽制する。
「我が三尾より氷刃がいずる!」
そして、発現させた金毛九尾から放つブリザードで一気に氷漬けにした。そこへ月夜のラスターハンドガンによる一撃と、刀真の振りかざす双剣が決まり、凍ったツタは一気に砕かれる。
しかし人食い花は次から次へと姿を現す。少しでも押し戻して、後続が通るための通路を確保したいところだが、なかなか思うように行かない。
「ええい、キリが無い……こうなれば」
玉藻の目がすう、と細くなり、自慢の九尾が燃え上がる。ファイアストームを放つ構えを取り、燃えさかる炎を従えるよう手を振るう。
眼前で躍る炎に、得も言われぬ高揚感を覚える。自然と目元が加虐的に細くなり、炎の勢いが増した。
「我が――」
「ストーップ!」
轟、と玉藻の手が唸ると同時に、甲高い声が響いた。突然体の自由が利かなくなり、玉藻は言葉を失う。炎の勢いもしゅう、と萎えた。
「な……」
声も上手く出ない。振り向こうとするが首が回らない。なんとか視線だけ声のした方へ向けると、玉藻の背後からレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が現れた。その手にはしびれ粉らしき袋が見える。
「こんなところでそんな術使ったら、森中全部燃えちゃうよー」
めっ、とわざとらしく顔をしかめて見せると、レキはパートナーのミア・マハ(みあ・まは)と共に、玉藻が狙っていた人食い花めがけて走って行く。すれ違いざま、「しびれ粉の効果はすぐ切れるからね!」と言い残して。
その言葉の通り、レキ達が通り過ぎてすぐに玉藻の体は自由を取り戻した。が、こうして諫められてはたと、自分が周囲も見えないほど興奮していたことに気がついて、玉藻はそのままそこに立ち尽くす。
戦闘に興奮するなどいつものこと、誰になんと思われようと平気なつもりでいた。しかし、刀真達の目には、どのように映っているのだろう――
仄かな不安が、玉藻の胸の奥にふっ、と沸き起こる。ほんの、ちょっとした不安だ。それなのに玉藻の足は動かない。目の前に倒すべき敵が居るというのに、手が上がらない。
すっかり身動きが取れなくなってしまった玉藻のもとへ、月夜が心配そうに駆け寄ってくる。
「どうしたの玉ちゃん、何かあった? 元気無いみたいだけど……」
戦闘中のごたごたで、レキとのやりとりは見えて居なかったのだろう。月夜は呆然としている玉藻の正面に回ると、ひょこ、と玉藻の顔を覗き込む。
その表情には、動きを止めてしまった仲間に対する純粋な心配だけが浮かんでいて、玉藻が恐れていたようなもの――例えば、力を振るう者に対する畏怖だとか――は読み取れない。そのことにほっと心が軽くなる。
玉藻は一瞬だけ、優しい笑顔を浮かべた。
それからすぐにいつもの悪戯で高慢な顔に戻って、月夜を腕に抱きしめながらにんまりと笑う。
「元気が無いように見えたか? 月夜が我と閨を共にしてくれれば、すぐに元気になるのだがのう」
「ねっ、ねや……って!?」
調子を取り戻した玉藻の言葉に顔を真っ赤にする月夜。しかし玉藻はお構いなしに、月夜の腰周りをつい、と撫でる。
「もうっ、変な触り方しないでよっ……!」
月夜は玉藻の腕の中で身をよじると、その腕を振り解いて刀真の元へと走り去ってしまった。その背中を眺めながら、玉藻はふふ、と穏やかな笑みを浮かべる。そして再び敵をなぎ払わんと、九つの尾を振りかざす。
一方、玉藻を押さえて飛び出して行ったミア達は、人食い花相手に戦闘を繰り広げていた。
ミアが、鯨形態のホエールアヴァターラ・クラフトに乗り、木と木の間をすり抜けるようにしてツタを避けつつ、バニッシュで花たちを牽制する。
「ボクは食べさせてあげないけど、鉛の弾丸ならいくらでもどうぞ!」
そこへレキが、十二分に狙いを定めたサイドワインダーを放ち、人食い花の退路を断ちつつ口に鉛玉を叩き込む。体内を直接攻撃された人食い花は大きくのたうち、ツタを暴れさせる。
歴戦の中で身につけた防御術でなんとかそれを回避するレキだったが、一本を避けきれなかった。ツタがレキの腰の辺りに巻き付き、高々と掲げられてしまう。
「このっ……!」
しかしレキは慌てず、身をよじると攻撃の態勢を取る。そして、花弁の中心にある、ぱっかり開いた巨大な口にしっかりと狙いを定めると、そこに放り込まれる直前、財天去私をお見舞いする。相手が人、あるいは獣型なら顎を狙うところだが、花なのでそうもいかず、口の付いた周囲を狙った。それでも効果は充分だったようで、ひとたまりもなくのけぞった人食い花は、ぐったりと動かなくなり、レキの体を絡め取っていたツタも力をなくしている。
「やっと一匹か……先は長いのぅ」
ミアがやれやれ、と言った顔で、ホエールアヴァターラ・クラフトの鼻先を次の一匹へと向けた。
鉄心や刀真、レキ達が戦っている間も、ヴォルフを擁する本隊はじりじりと前進を続けている。多少の火の粉は周囲を固める契約者達が打ち払っているが、彼らは今後待ち受けているであろう塔の探索の為、派手な立ち回りは繰り広げられない。ある程度安全が確保されたのを確かめて、少しずつの前進だ。
しかしいかんせん、相手の数が多い。手が回りきらなかったキノコが数匹、一行の行く手に立ちはだかる。
「こうなったら、見ていなさいですの……!」
そこへ、ヴォルフを守る様に飛び出したのは、鉄心のもう一人のパートナー、イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)だ。
すう、と大きく息を吸うと、ひゅうう、と口笛を吹いた。
「どらごんさーん!」
獣を呼び寄せる独特の音色が、森の中に延々とこだまする。
すると程なくして、ドドド……という足音がこちらへ向かってきた。
ドラゴンを呼んだはずなのに足音? とイコナの首がこくりと傾ぐ。しかしこの口笛、残念なことに呼び出す動物は指定出来ない。しかも――
「おおおおん!」
遠吠え一つと共に現れたパラミタ狼は、キノコの前に立ちふさがるどころか、契約者達に向かって牙を剥いた!
そう、この口笛、呼び出した獣が必ずしもこちらに味方してくれるとは限らない。あれえええ、と頭を抱えるイコナの前に飛び出したのは、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)だ。
「ここは俺に任せて、下がってな、お嬢ちゃん!」
「お、お嬢ちゃんじゃないですの!」
顔を真っ赤にするイコナの反論は聞いているのかいないのか、エヴァルトは狼の前に立ちふさがると、大きく口を開けた狼の顎を狙って拳を振るう。カウンターが見事に決まった格好になり、狼はぎゃん、と吠える。
ついでだとばかり、エヴァルトは手にしたワイヤークローを射出すると、キノコの一匹を絡め取り、おりゃ、と振り回す。そしてそのまま、キノコの体を狼にぶつけた。
もふ、とキノコの体から毒の胞子が巻き上がり、それをまともに吸い込んだ狼はその場に倒れ伏す。――ついでに数名の契約者もとばっちりを受けてしゃがみ込んだ。
ひとまず狼は無力化出来た。とばっちりを受けた契約者の毒は、解毒のスキルを持つミアが治療して回る。
「全く、無茶するのぅ」
「……すまん」
治療に当たってくれたミアに、エヴァルトは軽く頭を下げた。
こうして、鉄心達がキノコの群れを、刀真達が人食い花を牽制し、ミア達やエヴァルトが彼らの取りこぼしをフォローするような形で、一行はなんとか森を進んでいく。
しかしちらりと振り向けば、来た道の上は既に魔物達が跋扈している。わざわざ追いかけてきてまで襲ってくるということもなさそうだったが、もう一度此所を通れと言われたら、ほぼ同等の労力を要するだろう。違いは大勢が一度に通った事で道が踏み固められているくらいだ。これで、仮に後から誰かが来ても迷うことだけは無いだろうが。
やがて一行の視界が不意に開けた。
「……ついた……これが……」
ヴォルフが、目の前に現れたそれをじっと見上げる。
そこには、古めかしい塔が不気味に聳えていた。
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