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リアクション
【五章】赤壁の戦い 後
「お〜、よく燃えているでありますよ〜」
長江からやや離れた高台の木の上に、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)の姿があった。
吹雪は大木の丈夫そうな枝にすわり、炎を上げる船団を眺めていた。
そして持参していた弁当を広げ、のんびりと食べ始める。
「船の積荷に油をかけていたのね。本当によく燃えているわ」
コルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)が木の幹にもたれ、広い戦場を見渡して呟いた。
「曹操軍の船の上で暴れているのは黄蓋ね。彼は投降するふりをして船を近づけたのよね。しかもそれを敵軍に信じさせるために、わざと周瑜を怒らせて罰を受けた。まあこれは周瑜と二人で考えた策だったらしいけど、敵軍の密偵は黄蓋が周瑜を憎んでいると信じてしまった」
「そんなにころっと騙されるような奴は密偵に向いてないでありますな。そいつは処刑であります」
軽い口調でそんなことを言い出す吹雪。
「その前に焼け死んでそうね。炎の勢いが凄いわ。船に乗っていた兵士は全滅かしらね」
「船から飛び降りても鎧が重くて溺れている兵士もいるであります。脱げば良かったのでは?」
「いきなり燃える船が突撃してきて大慌てでしょうし、そんなこと考えている余裕も無かったんじゃない?」
二人はのんびりと会話を続ける。
彼女達は曹操軍の兵士達を薙ぎ払っていた黄蓋が流れ矢に当たり、河へと落ちるのを目撃した。
「おーここで黄蓋殿脱落かー?」
吹雪がまるで実況するかのように声を張り上げる。
「ああ、そういえば黄蓋はこの後、流れ矢に当たって船から転落。そして味方の兵に助けられるけど、黄蓋だと気づいてもらえなくて厠に置いていかれるんだったわ」
「不憫でありますな〜。せっかく火計を頑張ったのにそれはあんまりでありますよ〜」
コルセアの解説に、脳天気な声で吹雪が答える。
「まあそのうち仲間が気付いてくれるはずだし、気にしなくてもいいかしらね」
コルセアは黄蓋から視線を外すと、持っていたおにぎりを一口。吹雪は既に弁当を食べ終わり、足をぶらぶらさせながら燃える戦場を眺めていた。
陸の陣営は騒然としていた。東南の風に煽られ燃え移った炎が、物資、騎馬、人間、あらゆるものを飲み込んでいく。
曹操はすぐに脱出を試みる。しかし陸から攻める劉備軍や周瑜、黄蓋らの追っ手に阻まれ、なかなか抜け出せずにいた。
「させんっ!!」
曹操に切りかかろうとした劉備軍の兵士を、龍滅鬼 廉(りゅうめき・れん)が斬り捨てる。
「はあっ!」
曹操は馬を走らせると、敵兵の群れを抜けだす。追おうとする敵兵の前に、廉、陳宮 公台(ちんきゅう・こうだい)、桜屋敷 愛(さくらやしき・あい)が立ち塞がった。
「まったく、酷い有様ですな」
陳宮が呟く。彼の言うとおり、曹操軍は今や総崩れ。兵達は次々と逃げ出し、又は倒されていった。
未だ燃え続ける曹操の船団へと目をやる。
「……なるほど、こうして負けたのですか」
陳宮は現代で、『赤壁の戦いで曹操が敗走する』という歴史を聞いたものの、信じられずにいた。
だが現に今、曹操軍は黄蓋らの火計により見事なまでの大敗を喫している。
「火計を行ったのは周瑜と黄蓋だったか。周瑜は孔明には及ばないもののかなりの策士だったと聞いたな」
廉は敵兵の攻撃を受け流しつつ答える。そのまま敵兵の死角に入り込むと、妖刀紅桜・魁を一閃、敵を切り伏せた。
離れて戦う愛が驚きを隠せない声で話しかける。
「兵の数は圧倒的にこちらが有利でしたのに、こうも逆転するとは……その周瑜という方は本当に賢い将軍なのですね」
「劉備、孫権の軍にはどちらも名軍師がいた。しかし曹操軍にだけは彼らと並ぶほどの知力を持った者がいない。これはかなりのハンデだったでしょうな」
愛を援護する陳宮が、溜息と共に答える。
愛はその体の小ささを生かし、敵兵の中を機敏に動き回る。素早い動きで攻撃を避けては、できた隙をついて敵兵を一人、また一人とうち倒していった。
陳宮は魔術を使い、遠くから自分達を狙う弓兵の妨害をしている。
「廉殿。火がすぐそこまで迫っています。急ぎこの場を離れましょう」
「ああ、了解だ」
廉が目の前の敵兵を倒し、その場を離れる。その時、廉を追って走り出した陳宮の背に敵兵の罵声が浴びせられた。
「くそっ、待ちやがれ! 女のくせに奇妙な妖術なんぞ使いやがってっ!」
それを聞いた陳宮が足を止め、ゆっくりと振り向く。その顔に素晴らしい笑顔を浮かべて。
「女……とは、私のことですかな?」
「あ? なんだお前おと……」
敵兵は最後まで言葉を発することができなかった。陳宮が持っていた扇を大きく仰ぎ、それにより巻き起こった突風によりその兵士は吹き飛ばされた。
地面を転がる兵士の体は所々凍りついている。
「さあ、早く行きましょうか」
陳宮は倒れる兵士には目もくれず、廉達とともにその場を後にした。
一方、逃走した曹操の元には、未だ大勢の追っ手が迫っていた。
どうやら伏兵がかなり潜んでいたらしく、倒しても倒しても次々と兵が沸いてくるのである。
今もまた、敵の兵団を倒し一息つこうとしたところに、別の兵士達が砂塵を上げて突撃してきていた。
「ここでお別れです、曹操様。どうか天下をお取り下さいませ」
セシル・フォークナー(せしる・ふぉーくなー)はそう言って一歩前へと進み出る。
そして鎧と兜を脱ぎ、身軽な姿に。兜で隠されていた綺麗な金色の髪が露になり、風になびいた。
それを見て曹操は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに馬首を巡らすと「頼む」と一言だけ呟き、そこから走り去る。
セシルは曹操達が離れていくのを肩越しに見つめ、敵兵の足音が大分近づいてきた所で、視線を前へと戻す。
「女一人で何が出来る! 命が惜しくばそこをどけ!!」
敵の騎兵の一喝に、しかしセシルは怯むことなく言い放った。
「ここは通さない。あなた達の相手はこの私よ。さあ、かかってきなさい!!」
セシルの両腕に妖しげな紋章が浮かび上がる。
そして突き出された両腕の間から、身の丈を超える程の巨大な剣が出現した。
敵兵達に動揺が走る。
セシルは大剣を構え、敵の只中へと突撃し敵兵を薙ぎ払う。
たった一人で大勢の騎兵を圧倒するその一騎当千ぶりに、続く追っ手らはたじろぎ、彼女に近づけずに居た。
「曹操様の元へは行かせない!」
その頃、関羽・雲長(かんう・うんちょう)は兵を引き連れ、曹操とは別の道を通っていた。先回りして曹操を待ち伏せするためである。
馬を駆ける関羽の前方に、二人の人物が立ちはだかっていた。
「関羽殿! 貴公に勝負を申し込む!!」
「徐晃か……どういうつもりだ?」
徐 晃(じょ・こう)は曹操軍の紋章が刻まれた大斧を関羽へと突きつける。
「貴公とは今一度戦いたいと思っていたのでござる。敵対する軍に所属しているこの機会に、どうか一戦交えてはくれまいか?」
それを聞いた関羽は豪快に笑う。
「はっはっは!! 良かろう、相手になろうぞ!!」
関羽は連れていた兵士達に先に行くよう指示すると、馬を下り徐晃と対峙する。
「徐晃さん、お気をつけて……」
レジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)は徐晃に『パワーブレス』をかけると、彼らから距離を取る。
「行くぞっ!!」
関羽が青龍偃月刀を構え、徐晃へ突進する。横薙ぎの一撃を徐晃は大斧の刃で受け止める。
金属同士がぶつかり合い、小さな火花が散った。
「はあああっ!!」
関羽は青龍刀を続けざまに振るう。その巨漢から繰り出される一撃は重く、関羽の連撃に徐晃は少しずつ押され始める。
「くっ!」
徐晃は隙を突いて、大斧を振り下ろす。しかし関羽はその一撃を避けると、青龍刀の長い柄を徐晃へ叩きつける。
徐晃は吹っ飛ばされ、地面を転がった。そして起き上がった彼の喉元に青龍刀の刃が突きつけられる。
「今回は私の勝ちだな」
地面に膝を突く徐晃は関羽を真っ直ぐ見つめ、宣言する。
「此度は負けたが……いずれまた貴公を超えてみせる」
「ふははは! そうこなくてはな。その時を楽しみに待っておるぞ」
関羽は徐晃に背を向けると、騎馬に跨りその場を走り去る。
その背を見送る徐晃に、レジーヌは近寄り傷の手当をする。
「かたじけない。拙者のわがままに付き合わせてしまい、すまぬでござる」
「いいえ、そんなことないですよ。負けてしまったけれど、大斧を振るう徐晃さんはかっこよかったです。それを間近で見させてもらえるなんて光栄です」
レジーヌは手当てを終えると、徐晃へ手を差し出す。
徐晃はレジーヌの手を借り立ち上がると、関羽が走り去った方角を長い間見つめていた。
「強いですね、関羽さん」
関羽と徐晃の戦いを、風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)は離れた所から見ていた。
「劉備と義兄弟の契りを交わす程の人物ですからね。彼がいたおかげで多くの策を生かせましたよ」
隣に立つ諸葛亮 孔明(しょかつりょう・こうめい)が笑顔を浮かべる。
二人は関羽が走り去るのを見ると、その後を追った。
「後は関羽殿が曹操を見逃せばこの戦いは終了ですね」
「長いようで短かったですよ。孔明は大活躍でしたね。説得したり策を考えたり、刺客から逃げたりもしてましたね」
「ええ、分かっていた事とはいえ、やはり大変でした。この時代の言葉遣いで話すのも、堅苦しくて意外と疲れますし」
そう言って孔明は溜息をつく。だがその表情は笑顔で、晴れ晴れとしていた。
「まあ、充実した修学旅行になりましたね」
「歴史の変更が起きるんじゃないかと不安でしたが、どうやら何事もなく終わりそうですね」
優斗がそう言った時だった。
彼らの遥か前方から戦いの音が聞こえてくる。
そして暫く馬を走らせると、何者かと戦う関羽の姿が見えてきた。
「まったく破廉恥な格好をしおって! 私の邪魔をするでない!!」
「嫌だね。あんたのその尊大な態度、気に食わないんだよ」
関羽と戦っているのはフィーア・四条(ふぃーあ・しじょう)と于禁 文則(うきん・ぶんそく)であった。
『ゴッドスピード』で加速したフィーアが関羽へと迫る。
突き出された槍を関羽は間一髪避けた。槍の先端が腕を掠り、血が一筋流れる。
「やめないか! 関羽の邪魔をするんじゃない!」
マリウス・リヴァレイ(まりうす・りばぁれい)が氷術をフィーアへ放つ。
地面ごと足が凍りつきフィーアの動きが止まるが、回り込んだ于禁がマリウスへと強烈な蹴りを繰り出した。
マリウスは咄嗟に腕でガードするが、後方に吹っ飛ばされる。
「そっちこそ邪魔すんなよな。俺達は関羽に借りを返させたくないんでね」
「ぐっ!」
蹴り飛ばされたマリウスに優斗が駆け寄る。
「大丈夫ですか?!」
「ああ、たいした怪我じゃない」
優斗がマリウスを助け起こす。孔明が二人の前に立ち、フィーア達を見据える。
「校長から聞いているでしょう? 歴史の変更は不可能ですよ」
孔明の諭すような言葉に、しかしフィーアは飄々とした態度で答える。
「校長は『基本的な歴史は変えられない』って言ってたよね。別に関羽が曹操を見逃すって歴史が変わっても、曹操が生きてりゃ問題ないじゃん。どうせ赤壁の戦いはもう曹操の負け確定だし、少しくらい手出ししても問題はないさ」
「小娘が勝手なことを言いおって!」
関羽の怒声にもフィーアは動じた様子は無い。
曹操はやや離れた位置で関羽の兵達と戦っていた。だが一般兵では曹操を抑えることは出来ず、次々と倒されていく。曹操が逃げだすのも時間の問題だろう。
フィーアが氷を砕き、再び関羽へと攻撃を仕掛ける。
「言っても聞かないようですね。僕が相手をしますよ!」
優斗は二人の間に割り込むと、『超理の波動』でフィーアを吹っ飛ばした。視線はそのままに、背後に居る関羽へ言い放つ。
「ここは僕達に任せて曹操の所へ行って下さい」
「すまぬ、頼んだぞ」
その場を離れようとする関羽に、于禁が迫る。その眼前にマリウスが立ち塞がった。
「どきなよ。もう一度蹴り飛ばされたいのか?」
「さっきは油断したが、今度はそうはいかない」
マリウスは両手を掲げ、眩い閃光を放った。思わず目を覆う于禁に、今度は冷気が襲い掛かる。
于禁は舌打ちすると後ろへ跳躍、マリウスから距離を取った。
「ったく、どいつもこいつも俺の邪魔して……」
于禁は距離を詰めようとするが、連続で繰り出される氷術や雷術により、中々近づけない。
フィーアも優斗達を振り切れずにいた。波動の攻撃を避けては反撃をしたり、関羽の元へ向かおうとするが、孔明の武者人形や機晶犬も邪魔をしてくるためうまく抜け出せない。
彼らが戦っている間に、関羽は曹操の元へと到着。全滅しかけていた味方を助け、曹操の兵士達を次々と打ち倒していく。
だが関羽は突如攻撃の手を止め、「恩義に報いよう」とそれだけを言うと、曹操に道を開けた。
曹操は関羽に深く感謝を述べ、逃走する。
それを見て、優斗と戦っていたフィーアがやれやれ、と肩を竦めた。
「借りを返されたか。ならもうここに用は無いね。于禁、行くよ」
「おぅ」
フィーアと于禁が優斗達に背を向け、ゆっくりと歩き始める。
「ようやく終わったか……」
マリウスはほっと息をつく。そして優斗へ歩み寄り、怪我の治療を行う。
「ただのかすり傷です。放っておけば直りますよ」
「いや、この時代の感染症にでもかかったら大変だ。念には念を入れておかないと」
「確かに、ここは過去の世界でそれも日本では無い。下手をすると現代の医療では対処できない病原菌も生息しているかもしれませんね」
孔明の言葉に顔を引きつらせる優斗。それを見て孔明は「冗談です」と笑いながら言った。
優斗がほっと息をつき、隣ではマリウスも笑っていた。
曹操を見送った関羽が彼らに歩み寄る。
「援軍感謝する。曹操を逃がせなかったらどうしようかと冷や汗をかいたわ。
この体験学習ももうすぐ終わる。やり残したことがあればやってくるといいだろう」
こうして、圧倒的な兵力を誇る曹操軍は一夜のうちに総崩れ。
「赤壁の戦い」は劉備・孫権連合軍の勝利となった。
曹操は何とか落ち延びたものの、この大敗により、彼の天下統一の夢は打ち破られたのだった。
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