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悪魔の鏡

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悪魔の鏡
悪魔の鏡 悪魔の鏡

リアクション

「なんか、派手にやってるな。迷惑かけてるの、誰だよ……」
 空京へと遊びに来ていたエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は、買い物さえままならない街の騒ぎに辟易していた。
 無用な混乱を避けるため、極秘裏に事件の捜査が行われていたのだが、すでに隠し切れないほどの混乱が広がっていた。勝手気ままに動き回るドッペルゲンガーとそれに翻弄される本物。収拾がつかなくなってきており、連行された者もいるという。
「早く解決されると良いですね。せっかくの楽しいひと時を乱されては困ります」
 エヴァルトの腕を取ってニッコリと微笑んだのは一緒に街へと遊びに来ていた彼のパートナーだ。
「気になるでしょうけど、私たちは関わらないでおきましょうよ。当事者たちに任せておくのが一番いいと思います」
「あ、ああそうだな」
 いつもより親しく密着してくるパートナーにエヴァルトは戸惑いがちになる。体温が伝わってくるのが照れくさくて正面を向いたまま答えた。
「さあ、行きましょう。二人だけで過ごせるお勧めのスポットを見つけたんです」
「お、おう……」
 エヴァルトは、事件に気を止めるのをやめて歩き始める。ふと、背後に視線に気づいて振り返った。
 パートナーのミュリエル・クロンティリス(みゅりえる・くろんてぃりす)が、むむ〜という目つきで彼を見つめている。
 あれ、だがパートナーはすぐ隣に……。彼女は笑みをたたえたまま聞いてくる。
「……どうかしましたか?」
「……」
 事態を察してエヴァルトはため息をついた。もう一人ミュリエルがいて、多分今引っ付いている方がニセモノ……。
「どこから出てきたんだよ?」
「ずっとお傍におりましたわ」
「離れてくれないかな。ミュリエルがじっとこちらを猜疑のまなざしで見ている」
「あら、私がミュリエルですよ。あちらはニセモノ。騙されてはいけませんわ、エヴァルトさん」
 ミュリエル(偽)はしれっと言って、エヴァルトの手を引く。小悪魔じみた笑顔がとても可愛らしい。ますますエヴァルトに寄り添うミュリエル(偽)。
「デートを続けましょう。堕落させて私に夢中にさせてあげます」
「別に構わないですよ。お兄ちゃんがそんな誘惑に負けるとは思いませんので」
 ミュリエルも、エヴァルトに寄り添った。信頼しきった表情で口調は穏やかなものの、ニセモノが気になるらしくちらちらと視線を投げかける。
「ですが、こうなったからには私たちも無関係じゃないですよね。鏡を探し出して、ニセモノさんにはおうちへ帰ってもらいましょう」
「あらら……、おうちへ帰るのはあなたの方よ。エヴァルトは私が頂くんですもの」
 ミュリエル(偽)は、恋する女の子特有の対抗心に満ち溢れた目つきでミュリエルを見つめた。
「むむ……」
 普段は大人しくて優しいミュリエルも、何か刺激されるものがあったのか、負けじとニセモノ見つめ返す。
「さあ、行きましょう、兄さん」
「あ、ああ……」
 両側から抱きつかれて、エヴァルトは少々戸惑いながら鏡探しに取り掛かる。
 二人の視線がエヴァルトの前でバチバチと火花を散らしているように思える。
 はた迷惑な話だ、と彼は内心でため息をついた。もしかしたら、自分にもニセモノがいてこうしている間にも何か悪事をしでかしているかもしれない。
「……」
 ミュリエル(偽)が、安心して、と魅惑的な笑顔を見せてくる。
 エヴァルトは全然安心できなかった。とても可憐なのだが、何やら邪気を感じる……。
「……」
 どうしたものかと考えていた彼は、ふと足を止めた。今、目の前を通り過ぎて行った人影に目を凝らして唖然とする。自分そっくりの……。
「見つけたー、俺のニセモノ! ってか、なんだ、あれ?」
 密林の奥に住んでそうな部族の住人のような仮面を被り、女の子を追い掛け回している。いや、追い掛け回されているのか? あんな格好をしているだけで恥ずかしいのに、何をやっているんだ……?
「うほ?」
 密林の若者、エヴァルトのニセモノは、葛城吹雪に絡んでいたが、何を思ったか程なく彼女を追う二人の少女に立ち向かっていった。迎え撃つは、戦いに飢えた透乃と陽子だ。
「うきー!」
「邪魔だよ! 瞬殺!」
「待てや、こら!」
 エヴァルトは飛び出していく。自分のニセモノが勝手に喧嘩を売って他人に迷惑をかけるわけには行かない。
「本物キター!」
 透乃は目を輝かせて攻撃してきた。一切容赦はない。道端の自動販売機を叩き壊して一瞬で間合いを詰めた。
「俺まで巻き込むんじゃねぇ!」
 エヴァルトは、ニセモノたちと戦い続ける透乃をかわし、自分のドッペルゲンガーに迫った。
「無問題だよ! それより私の獲物取らないで!」
「これは、俺が片をつける相手だ!」
 エヴァルトは、部族の若者ルックの自分の分身と戦い始める。自分の事だから自分でけりを付けなければ! それを敵と見て取ってか、他のドッペルゲンガーたちも一斉に彼に襲い掛かってきた。
「上等!」
 彼もすぐに、コピーたちは戦闘経験不足と見て取った。特に間合いの取り方とスキルの使い方があまり上手くない。
 いい機会だ。スキルは最後の最後まで封印して戦おう。エヴァルトは自分のニセモノと殴り合いを始めた。
「こちらである」
 テロを手伝っていたパートナーのイングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)の手引きで、吹雪は無事に戦線離脱した。
「助かったであります! 健闘を祈るでありますよ!」
 追っ手から逃れた吹雪は、戦いから離れた場所でビシッと敬礼すると人ごみへと姿を消す。上手い具合に周囲に騒動が巻き起こっている。これはこれで成功だろう。
 そんな彼女の陰謀もつゆ知らず、エヴァルトは自分のニセモノとの戦いに決着をつけるべく、一気に勝負に出た。
 自分だから、やる事は分かっている。時々、相手の予想外のフェイントを折り混ぜながら追い詰める。
「うまいスキルの使い方を教えてやるぜ」
 ある程度ダメージを与えた後は、エヴァルトのスキル攻撃が炸裂する。
「お疲れさん。止めだぜ」
 彼の強烈な延髄へのケリが、ドッペルゲンガーをしとめていた。倒れたニセモノを確保すると、ミュリエルが安心した様子で迎えに来る。
「大変でしたね。少し休んでいきましょう」
 彼女は、そっとエヴァルトの手を取る。
 先ほどのニセモノは透乃たちの戦いに巻き込まれ、倒れていた。もう惑わせる者はいない。
「もっと敵を!」
 ドッペルゲンガーたちを倒し終えてビシリと勝利のポーズを取る透乃たちを尻目に、エヴァルトたちは、また日常へと戻っていく……。