校長室
冬のSSシナリオ
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『新婚たちのお茶会』 クリスマスの少し前。 壁にかけられたカレンダーの今日の日付に赤で丸がついてある。 鼻歌を歌いながら上機嫌で編み物をするのはソラン・ジーバルス(そらん・じーばるす)。大きくなったお腹を時折優しく撫でながら、もうすぐ会える二つの命に思いを馳せる。 「……くしゅっ!」 くしゃみをしてそう経たないうちに後ろからそっとカーディガンをかけられる。 ありがとうと振り向けば、少し困った顔をして立っている夫のハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)の姿があった。 「今日は冷えるから、しっかり温かくしておかないと」 大好きな人の心遣いに、体だけでなく心までぽかぽかしてくる。 「ねぇ、ミリアたちまだかなぁ?」 「もう来るはずだけど――」 噂をすれば。来客を知らせるチャイムが鳴り響く。 元気な声とともに我先にと動き出しそうなソランをしっかりと抑えこんで、ハイコドは玄関へと向かった。 「どうも。お待ちしてました」 玄関先には先輩夫婦の涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)とミリア・フォレスト(みりあ・ふぉれすと)が立っていた。 ほんの数秒しか開けていない入口から冷たい空気が侵入する。外は冷え込んできたようで、ミリアの鼻の頭が少し赤くなっていることからも分かった。 「これ、頼まれてたもの」 「こんなにたくさん、ありがとうございます」 涼介から紙袋を受け取って、中身を確認する。 「寒いところありがとうございました。せっかく来ていただいたし、お二人ともお茶でも飲んで温まっていってくださいよ」 「いや、でも……」 申し訳なさそうにお互いの顔を見つめる涼介とミリア。 「むしろお二人がのんびりしていってくれるとありがたいんです」 ハイコドの妻・ソランは現在妊娠七ヶ月を越えたところで、体のことを考えるとなかなか遠出をすることも出来ない。家に大人しくこもっているため他校の友人と会う機会も少ないので知り合いと話が出来るのがとても嬉しいらしい。そんな時、涼介夫妻が来ると聞いて何日も前から楽しみにしていたのだ。 だからお急ぎでなければ少しお茶でもしながら話をしてもらえればとハイコドが告げれば、二人に断る理由などはなかった。 「そういうことでしたら、おじゃまさせていただきますね」 胸の前で両手をそっと合わせて、にこりと微笑むミリア。 「お久しぶりー!」 ばっと立ち上がってミリアに飛びつきそうなソランを優しく押さえて、ハイコドは二人をリビングへと招き入れる。 リビングは広めに作られており、六人ほど座れるテーブルの他にこたつが置いてあり、お洒落なカウンターキッチンも据付けられていた。ペットの『わたげうさぎ』も暖房器具の横で何羽か丸くなっている。 ハイコドがキッチンからクッキーやパウンドケーキなどの焼き菓子とティーセットを持って戻ってくる。リビングに甘いいい香りが漂い、ソランはますます嬉しそうな表情を浮かべている。 お茶も体に影響がないようにと、ノンカフェインのものをいれ、普段の食生活も以前よりバランスを気づかったものに変えているという。 料理を通しても愛がたくさん伝わってきますねとミリアが言えば、照れながらも椅子の後ろでしっぽを絡めあう。 「そういえば、子どもの名前はもう決まったんですか?」 「あはは……実はまだ決まっていないんだ」 ミリアの言葉に、ソランは少しだけ困った顔で答える。 「考え始めたら、あっちもいいな、こっちもいいなって全然決まらなくて……」 名は体を表す、という言葉もあるほどに、名前というものは重要なものだ。最近では『その名前の有名人が好きだから』といった単純な理由でつける人もいるようだが、やはり生まれてくる子どもにはどうせなら大切な意味を込めて上げたい。親が一番最初に生まれてきた子どもに送るもの。それが名前だと思うからこそ、決めかねていたのだ。 「二人はどういう名前を付けてあげたいんだ?」 涼介の言葉にソランは一瞬ハッとした顔を見せたが、すぐに親の顔になってそっとお腹を守るように手を当てる。 「私はこの子たちが将来この名前で良かった、って言ってくれるような……そんな名前が付けられたらいいなって」 「僕も同じです。候補はいくらでも思いつくけど、この子たちが生まれてきて、二人の顔を見たらぴったりの名前が思い浮かぶ……といいなって」 優しい、親の顔の二人を見ながら、涼介とミリアも温かい空気に包まれるのを感じた。 生まれて来る前に、両親はきっと同じ思いを持っていただろう。そして、今度はそれが自分たちの番となるのだ。これから生まれてくる子が幸せになるように、そんな願いを込めて。 「そういえば、お二人はどうなんです?」 幸せな空気の中口を開いたのはハイコドだった。 「未来から自分たちの子供が来てパートナーになるってどんな感じなんです?」 突然現れた未来人は、自分は涼介とミリアの子どもだという。出会った当初こそにわかには信じがたい話ではあったのだが。 「もちろん最初は驚いたよ。けど、今はその話も信じてるし、親として守ってあげないといけないって気持ちが強いかな」 たまに友人への説明が大変だったりするけどね、と付け加えて笑う涼介。そんな夫の隣でティーカップに反射する自分の顔を見つめながらミリアも微笑む。 「私もどこかであの子が私の子だと、そう信じています。だから私はあの子の本当の母親として出会う日まで、ちゃんとあの子を愛してあげたい」 それはきっと母親になるだろう女性にしか分からないこと。 いつもは守ってあげないと折れてしまいそうだが、今隣にいる女性は、確かにそこに女としての強さを持ち、凛としていた。 「じゃあ、きっと次はミリアたちの番だねっ!」 うふふと楽しそうに笑いながら、パートナーに擦り寄るソラン。 耳まで赤くなったミリアを見ながら、涼介も恥ずかしそうに笑う。