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A NewYear Comes!

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A NewYear Comes!

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「――ったくよぉ、てめぇ俺様に珍しく頼み事なんてしてきたから、ようやく俺様の偉大さに気づいたかと思ってたのによぉー! よりにもよってただの荷物持ちとかふざけんなよコラァ!」

 ケルピー・アハイシュケ(けるぴー・あはいしゅけ)が大きな『荷馬車』を引きながら横を歩いてる桐条 隆元(きりじょう・たかもと)へと文句をこぼす。

「こら! そんなこと言うんじゃないわよケルピー!」

 後ろの荷台からマーガレット・アップルリング(まーがれっと・あっぷるりんぐ)の声が飛んできて、桐条は溜息をつく。

「うっせーよマーガレット! そんなに言うならお前も隆元みてぇに降りて歩け! さっきから文句ばっかいいやがってよぉ!」

 先ほどから何回も繰り返されている同じようなやりとりに桐条は少し疲れさえ覚えていた。

「まぁまぁ二人とも、もう少しで着きますから仲良く、ね?」

 荷馬車の荷台に大人しく座ってリース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)が声をかける。
 年末の忙しい時期に桐条がマホロバの御咲屋旅館に手伝いに戻ったので、何か手伝えることはないかと追って来たのだった。しかし手伝えることもないと分かってどうしようかと考えていたところに桐条から声をかけられたのだった。
 旅館ともども桐条が贔屓にしている魚市場から連絡が入り、珍しい魚が揚がったとのことで買い付けに行くことにしたのだ。退屈そうにしていたリースたちが嬉しそうに顔をほころばせたのを思い出す。とはいうものの、手伝いという名目で来てくれたのだがせっかく泊まりに来た客人に仕事をさせる旅館が一体どこにあるものかと、少し悩んだ上でのことだった。それでも何か出来るのならと言ってくれたリースに桐条は胸を撫で下ろしたのだった。

「ところでよぅ、そのアカマンボウってのはどんな魚なんだ?」
「わかんないけど、何か強そうよね。名前的に」

 そんな桐条の悩みなど露ほどにも気にせずにケルピーとマーガレットは楽しそうに会話をしている。

「そうですねぇ、私も詳しくは知らないですしどんなお魚なんでしょう?」
「赤く光ってたりしたらマジチョーカッケーよな!」
「パラミタの魚だったら口から火を吹いたり空飛んだりしそうだよね!」

 想像で不思議な形にどんどんと変えられていくイメージをなんとかせねばと桐条は口を開いた。

「アカマンボウというのはだな、おぬしらが思っているようなそんな奇怪な魚ではないぞ」

 こほんと咳払いを一つして告げれば、隣と後ろから残念そうな声があがる。一体何を期待していたのやら。

 アカマンボウ。別名マンダイとも呼ばれている。マンボウと名前がついてはいるが、実際にマンボウの仲間ではない。全長は二メートルほどで、円盤系の体は左右から押しつぶされたように平たい。確かに体型はマンボウと似ているが、海水魚ではなく深海魚で、リュウグウノツカイに近いとされている魚である。

「えー?! マンボウってついてるのにマンボウの仲間じゃないの?!」
「確かに形は近いな。だが、マンボウと違って尾びれもあるし、ひれと口元が鮮やかな赤になってるのも特徴的だな」

 桐条の博識ぶりに一同から感嘆の言葉が上がる。

「身もマグロみたいな色と味をしておってな、最近はマグロの代用魚としても使われるようになってきておる」
「ってことは、俺様も知らずに食べてることがあるかもしれねーってことかよ?」
「まぁ可能性としてはあるだろうな」
「マジかよ!」

 そうこうしているうちに魚市場へ到着した。なかなか普段くることのない魚市場が物珍しく、リースは辺りをキョロキョロと見回している。水揚げされた魚が並べられているところまでは所狭しと様々な店舗が並んでいた。途中で店からパラミタで獲れた新鮮すぎる魚が空を飛んで逃げようとしていたところを、マーガレットがダンシングエッジを使って風を上手くぶつけて気絶させつかまえ、お礼にと魚を何匹かいただいて荷台へ積み込もうとした際にまた逃げ出してはつかまえて、と一騒動あったのだが、ついに噂のアカマンボウとご対面となった。

「うっひょー! かっけーじゃんか!」

 綺麗な赤のヒレと銀色に輝くボディ。体表もグラデーションがかかったようにうっすら赤く色づいていてとても鮮やかだ。横たえられた魚はリースやマーガレットよりも大きく、持ち上げるにも一人ではとても動かせないほどの重さだった。
 運搬などの際に魚を入れる一般的な発泡スチロールなどの規格に合わないため、専門に漁獲されることはないのだが、たまにマグロに混じって獲れることがあるくらいらしい。
 氷がぎっしりとつまった大きな木箱にアカマンボウが横たえられ、ケルピーが引く荷馬車へと乗せられていく。
 帰り道はケルピーも木箱をこぼさないようにどこか慎重に歩いているせいか、来る時よりも大人しい。

「よし、今日のメニューはこれで決まりだな。これくらいなら上客の人数的にもちょうどいいだろう」
「え、あたしたちは食べられないの?!」

 完全に夕飯の買出しの感覚で調達に来ていたマーガレットが声を上げる。自分たちが食べるために買いに来たのだと勘違いしていた彼女は、初めて口にしようとしていた食べ物が食べられないかもしれないと分かってショックを受けていたようだった。

「まぁまぁマーガレット、他の魚もいろいろもらったし、そんなに気にすることないですよ」

 目に見えてしょんぼりしだしたマーガレット。普段から元気な彼女がこんなに落ち込む姿をなかなか見ることはできない。

「……しょうがない。少しだけならもらえるように料理長に掛け合ってみるとしよう」
「本当?!」

 桐条の言葉にパッと顔を上げ、ついさっきとは打って変わって嬉しそうに歩き出す。
 初めからそのつもりだったなどとは口にも態度にも出さない桐条だったが、リースには何となく分かっていた。

「楽しみだね、リース」
「そうですね」

 ふふっと笑って、四人でまた旅館への道をゆっくりと歩いていくのだった。