イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

愛を込めて看病を

リアクション公開中!

愛を込めて看病を
愛を込めて看病を 愛を込めて看病を

リアクション

「長曾禰さん、風邪ですか?」
 と、九条ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)は尋ねた。
「そうみたいだな。でも、風邪なんて身体を動かしていれば治るだろ」
 と、長曽禰広明(ながそね・ひろあき)は答えて、ごほごほと咳をする。
 それでも無理に働こうとする彼を見て、ジェライザは心配に思った。きっと、ニルヴァーナとシャンバラを往復している疲れが出たのだろう。
「長曾禰さん、無理はなさらないでください。今はきちんと風邪を治さないと」
 と、ジェライザは彼の方へと進み出る。
「大丈夫だって、これくらい……ごほっ」
「いけません。これ以上悪くなる前に、ゆっくり身体を休めて下さい」
 と、ジェライザ。医者である彼女の忠告に、長曾禰は仕事を諦めることにした。

 彼をベッドへ寝かし、ジェライザは暖房の温度を調節した。
 そして乾燥を防ぐために加湿器も用意する。
 室内の環境が十分に整ったところで、ジェライザは長曾禰の体温をはかった。思ったよりも高くない数値だ。これなら大人しく寝ていればじきに治るだろう。
 ジェライザはふと、時計が昼時をさしていることに気がついた。
「長曾禰さん、食欲はありますか?」
 身体を休めることは第一だが、栄養もしっかり取らなくてはならない。
「ん、喉が痛いから、あんまり食べられそうにないな」
 答えた長曾禰の声は、少し掠れていた。
「そうですか……」
 と、ジェライザはうなずいて、鞄から瓶を取り出す。
「こんな時のために、普段作り置きしている『秘薬』、持ってきました」
「秘薬?」
 と、首をかしげる長曾禰。
 ジェライザは瓶の蓋を開けながら説明をした。
「まぁ、秘薬っていうほど大したものじゃありません。賽の目に切った大根をハチミツに漬けておくと、良いシロップが出来上がるんですよ」
 と、瓶の中にスプーンを入れる。
「味も癖がなくて飲みやすいですし、何より咳き止めと喉のケア効果は抜群です!」
 にこっと微笑むジェライザは、さすが医者といった風だった。

   *  *  *

 真っ白な雪景色の中、一風変わった二人組がいた。
 火のついた二本のゴボウをハチマキで頭に縛り付け、身体には「ゴボウジャスティス」とマジックで書かれたダンボールをかぶったレオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)と、クレア・ラントレット(くれあ・らんとれっと)だ。
 風邪の流行する最近、彼女たちは世界人口の半分――つまりは、女性――を救うために活動していた。

 女の子の匂いを嗅ぎつけるなり、レオーナはゴボウ茶の入った魔法瓶を手に駆けていく。
 クレアは彼女を追いつつ、【素敵なマジックショー】を発動させる。
 そしてスポットライトをあてられながら、レオーナは一人の少女の前へ登場した。
「世界人口の半分をこよなく愛す、愛と正義の戦士……ゴボウジャスティス、見参!」
「特に何事も無くただひたすら平穏な日常をこよなく愛す、夢と希望の戦士……ゴボウレインボー見参……」
 と、あとから出てくるクレア。ゴボウ推しのレオーナに連れられて、彼女は無理やり活動に参加させられていた。
 何が起こったのかと戸惑う少女へ、レオーナはさっそく話しかけた。
「風邪をひいた時にはゴボウ茶よ」
「え?」
「ゴボウは中国から薬用として日本に訪れ、西洋でもハーブとして扱われている、風邪によく効く素敵な野菜なのよ」
 と、魔法瓶に入れたゴボウ茶をカップへ注ぎ、差し出す。
「さあ、温かいうちにどうぞ」
 にっこりと微笑むゴボウジャスティス。
 クレアは泣きたい気持ちになりながら、困惑する少女にぺこりと頭を下げるのだった。

   *  *  *

「涼司くん、具合はどうですか?」
 と、病室へ入るなり、山葉加夜(やまは・かや)は尋ねた。
「風邪をひいたって聞きましたけど……」
「ああ、悪いな。大した風邪じゃないから、大丈夫だ」
 と、山葉涼司(やまは・りょうじ)は返す。
「そうですか? でも、あまり顔色が良くないです」
 加夜は涼司のそばへ寄り、ぴたっと彼の額に手を置いた。
「熱があるじゃないですか! 汗はかいてませんか? 着替えを持ってきたので、すぐに替えましょう」
 と、加夜はてきぱきと着替えを取り出す。
 入院生活になってから、涼司はいつも彼女に心配をかけてきた。しかし、今日は今日でひどく心配されているらしい。
 涼司の着替えを手助けする加夜は、真面目な顔をしていた。
「何か欲しいものはありませんか? すぐに買いに行きますよ」
「うーん、今のところは何もないな」
「そうですか……。あ、ちょっと行ってきますね。すぐに戻りますから」
 と、加夜は何か思い立ったのか、部屋の外へ出て行く。

 山葉涼司の妻として、加夜は出来る限りの看病をしたかった。
 しかし、主治医や看護士に「加夜に何か出来ることはないか」と尋ねると、満足のいくような答えはもらえなかった。
「……早く、良くなるといいんですけど」
 ただの風邪だとあなどってはいけない。油断すると、こじらせてしまうことだってあるのだ。
 加夜はため息をつきたい気分だったが、彼の前では笑顔でいなくては、と思い直す。

「ただいまです、涼司くん」
「おう、おかえり。何をしてたんだ?」
「看護士さんたちと少しお話をしてただけですよ」
 と、加夜はベッド脇に椅子を置き、腰を下ろした。
「それより涼司くん、何かあったらすぐに言って下さいね。私はちゃんと、ここにいますから」
 加夜はにこっと微笑み、涼司の毛布をかけ直してやる。
「ありがとう、加夜」
「いえ、涼司くんには早く良くなってもらいたいですから」
 涼司はにこっと笑ったが、すぐに咳き込んだ。
 見ているだけしかできないことを、加夜はもどかしく思う。せめて、風邪が早く良くなるよう、自分に出来ることを――。
「そういえば、風邪って誰かにうつせば治るって言いますよね」
「え? ああ、そんなことも言うな」
「……涼司くん」
 加夜は少し前のめりになると、涼司の唇にちゅっとキスをした。
「加夜、お前に移すのは――」
「いいんです。怪我も風邪も、一日でも早く治る様に願ってます」
 目を丸くした涼司は、彼女の頬に手を添えると、今度は自分から彼女へキスをした。深く、甘く、とろけるほどの愛を込めて。

   *  *  *

 熱を測ったセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は、ぼーっとした様子でつぶやいた。
「いやー、どうりで頭がぼーっとしてるわ、喉が痛いわ、息が苦しいわと思ったけど……」
 体温計が示した数字は39度。立っていること自体が不思議なほどだったが、セレンフィリティは案の定、ふらふらし始めた。
「ありゃ? 足がふらついて、もうらめぇら?」
 と、その場に倒れる。
「……はぁ、まったく」
 と、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は彼女をすんでのところで支え、抱えるように肩へ腕を回す。
 すぐにセレアナは彼女を自室へ連れて行き、看病してやることにした。

 ベッドにセレンフィリティを寝かせ、身体を拭いて、パジャマに着替えさせ、部屋を暖かくし、毛布を余分にかけてやって……。
「……本当に手がかかる娘」
 と、ため息をつくが、セレアナは考え直した。セレンフィリティは元々そういう子なのだ。だからこそ、自分は彼女のことが好きなのだ。
 教導団の冬季訓練を終えてシャワーを浴びて温まったのはいいが、湯冷めするのも構わずゲーセンで太鼓叩いて遊んで、挙句の果てに高熱を出して倒れるような人だからこそ、セレアナは彼女を放っておけないのだ。
 やがて目を覚ましたセレンフィリティは、呆れ顔でこちらを見つめるパートナーに気づいた。ベッドに寝かされた上に、氷枕までされている。
「……あはは」
 やってしまった。適当に笑って誤魔化そうとしたが、セレアナは表情を変えなかった。
「もう一度、熱を測ってみましょうか」
「う、うん……」
 セレアナに助けられながら身体を起こし、再び熱を測ってみる。
「さっきよりはマシになったみたい」
「そう。でもきちんと熱を下げなくちゃね」
 体温計を取り上げたセレアナは、すぐにセレンフィリティをベッドへ寝かせた。
「……そうね」
 と、言いながら、セレンフィリティはベッド脇の棚に置かれたスマホへ手を伸ばす。
「病人は大人しく寝てなさい」
 すかさずセレアナはスマホを取り上げた。
「えー、ただ寝てるだけなんて……」
「風邪をこじらせてもいいの?」
 セレンフィリティは不満げな顔をしたが、言い返すことはしなかった。
 外には雪景色が広がっていた。耳を澄ますと、しんしんという音が聞こえてきそうだ。
「雪……いいなぁ、遊びに行きたい」
「ダメに決まってるでしょ。まだ熱は下がってないんだから」
 と、少し厳しい口調で返すセレアナ。
 セレンフィリティはむっとして文句を言いたくなったが、彼女が心配してくれていることを知っていたため、大人しくすることにした。普段から彼女に迷惑をかけているのは確かだし、今回ばかりは自分が悪い。
 セレンフィリティが大人しくなったのを見て、セレアナはベッド脇の椅子に座ったまま小説を読み始めた。
 しばらくの間、静寂が室内を包む。
 ぱらりとページをめくったセレアナは、ふと名前を呼ばれて振り向いた。
「なに?」
 と、顔を近づけたセレアナを、セレンフィリティはぐいっと引っ張る。
 直後に唇が重なって、セレンフィリティは満足げに微笑んでみせた。まさに、してやったりだ。
「……もう、セレンったら」
 と、セレアナは呆れた声を出しながら、楽しそうに笑うパートナーを見つめた。たまにはこんな風に過ごすのも、悪くはない。

   *  *  *

「あら、佐保先生さん。お見舞いですか?」
 と、高島恵美(たかしま・えみ)は目を丸くした。
「ミーナ殿が風邪をひいたと聞いて……昨日は慣れない修行をしたから、心配になって来たでござる」
 真田佐保(さなだ・さほ)はそう言って、ミーナの寝かされている部屋へ目を向けた。
 恵美はなるほどとうなずいて、佐保へ言う。
「ミーナのためにありがとうございます。それじゃあ、ちょっと頼んでもいいですか?」
「なんでござるか?」
「外は雪が降っているでしょう? だから、早めに買い物へ行っておきたいんです」
 と、恵美は佐保を台所へ案内する。
「ミーナちゃんが起きたら、このおかゆを食べさせてあげてください。あと、こっちがお薬です」
「了解したでござる。拙者に任せるでござる」
「では、よろしくお願いしますね」
 と、恵美はさっさと買い物の仕度を済ませて出て行った。

 かたんと物音がして、ミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)は目を覚ます。
「あ、起こしてしまったでござるか?」
「ん……っ、くちゅん」
 と、くしゃみをするミーナ。しかし、まだ目はうつろだった。
「おなかすいたぁ。おかあさん。おかゆたべたいの……って、佐保先輩です!?」
 気づくなり、がばっと起き上がる。
「ああ、大人しく寝ていないとダメでござるよ。ミーナ殿」
「で、でも、なんで佐保先輩が? 今日は遠出する予定だったはずじゃ……ごほ、ごほっ」
 咳き込んだミーナの背を、佐保は優しく撫でてやる。
「ミーナ殿が風邪をひいたと聞いて、お見舞いに行かないわけにいかなかったでござる」
「佐保先輩……」
「さあ、ちゃんと横になるでござる」
 優しく布団へ寝かせられ、ミーナは嬉しくなった。
「ありがとうです、先輩」
「気にすることないでござる。そうだ、すぐにおかゆを持ってくるでござる」
 と、佐保はにこっと笑ってから台所へ向かった。
 そして温まったおかゆを持ってきてくれる佐保だが、トレイにはもう一つ、皿が載っていた。
「食欲がなかったらと思って、スープを作っておいたでござる」
 それは病人でも食べやすいようにと考えて作られた野菜スープだった。
「わぁ……佐保先輩、ありがとうですぅ! じゃあ、まずはおかゆから食べるですぅ」
「わかったでござる。熱いから、気をつけて――」
「あ、あの……! 先輩の、あーんで食べたいですぅ」
 と、ミーナは少し甘えてみる。
 佐保は少し驚きながらも、彼女の気持ちに応えた。
「いいでござるよ」
 と、スプーンですくったおかゆをミーナの口元まで運んでやる。
 温かいおかゆのせいか、ミーナの身体はほわほわと芯から温まるようだった。
 佐保に作ってもらった野菜スープも一口残らず飲みきる。
「じゃあ、次はお薬でござるね」
 と、佐保は薬と水を持ってきた。副作用で眠くなる薬だ。
 ミーナはあまり薬を飲む気になれなかったが、飲まなければ風邪は治らない。風邪が治らなければ、佐保と一緒に修行をすることも出来ない。
 薬を飲むと、ミーナはぽつりと小さな声でつぶやいた。
「ミーナ、病気になって、先輩がもうミーナと修行しないって思ってたら、いやです」
「え?」
「っ……えぐっ、風邪が治ったら、また一緒に修行します。約束ですよ」
 と、ミーナは珍しく弱気な顔をして言った。
 佐保は彼女の頭を優しく撫でながら、こくりとうなずく。
「大丈夫でござる。また一緒に修行するのを、拙者は楽しみに待っているでござる」
「っ、ひっぐ……佐保先輩」
 彼女の優しさを感じながら、ミーナは再び布団へ横になる。
 佐保は彼女にきちんと毛布をかけてやった。
「あの、佐保先輩……。お見舞い、うれしかった、です……」
 と、ミーナはうつろにつぶやき、やがてすうすうと寝息を立て始めるのだった。