イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

愛を込めて看病を

リアクション公開中!

愛を込めて看病を
愛を込めて看病を 愛を込めて看病を

リアクション

「まさか、あのアイリスが風邪ひくなんてね」
 と、小鳥遊美羽(たかなし・みわ)は言った。
 今日はアイリス・ブルーエアリアル(あいりす・ぶるーえありある)が風邪をひいたと聞いて、お見舞いへ来たのだ。
「うん、瀬蓮もちょっと意外だったの。でも、最近は寒い日が続いてたから」
 高原瀬蓮(たかはら・せれん)はそう言って、窓の外を見た。
 美羽は瀬蓮の視線を追って納得する。
「そっか……今日だって雪だもんね」
 百合園女学院の寮は静かだった。雪が降っているせいだろうか、あまり人気がない。
 二人は仲良く話をしながら、アイリスの部屋へ向かった。

 アイリスは大人しくベッドで休んでいた。
「お見舞いに来たよ、アイリス」
 と、美羽は言う。
「ああ、すまないね。わざわざ来てくれたのか」
「だってアイリスのこと、心配だもん」
 と、瀬蓮。
 アイリスは彼女たちの気持ちを嬉しく思いつつ、身体を起こした。
 美羽と瀬蓮は、ベッドのそばにそれぞれ椅子を置いて座った。
「風邪にはビタミンCと水分を取るのがいいんだよ」
 と、美羽は持ってきた果物の盛り合わせを見せる。蜜柑や苺、キウイなどがたくさんだ。
 そのうちの一つを手にとって、美羽は自慢げに言った。
「ほら、緑色のキウイより甘い、ゴールデンキウイだよ!」
「わぁ、美味しそう!」
 と、瀬蓮は言ったが、すぐに美羽ははっとする。
「そういえば私、キウイの皮ってきれいにむけないんだよね……」
「え、そうなの? じゃあ、瀬蓮がやってあげる!」
 と、瀬蓮がキウイへ手を伸ばしたのを、とっさにアイリスが止めに入る。
「待て、瀬蓮はやめておいた方が良い」
「どうして? アイリスは風邪ひいてるんだから、瀬蓮が……」
「とにかく、やめておけ。美羽、ナイフはあるか?」
 と、アイリスは美羽からキウイを取り上げる。
 世間知らずな瀬蓮に包丁を持たせると、世話が焼けるのは確実だった。彼女は卵をレンジに入れて爆発させるような人なのだ。
 美羽から果物ナイフを受け取ったアイリスは、器用にキウイの皮を剥き始めた。
「わー、さすがアイリス! すごく上手」
「本当だ。すごいね、美羽ちゃん」
 きゃっきゃと楽しそうにする二人を見て、アイリスは何とも言えない気持ちになる。
「さあ、出来たぞ。これは、誰が――」
「もちろん、アイリスが食べてよ」
「え?」
「だって、アイリスのために持ってきたんだもん。ビタミンCを取って、元気になってね」
 と、美羽は笑う。
 その隣で瀬蓮も言った。
「今、風邪をひいてるのはアイリスだもん。瀬蓮たちのことはいいから、食べて」
 にっこりと笑う彼女たち。
 アイリスは手にしたゴールデンキウイを見つめると、にこりと笑った。
「ありがとう、いただくよ」
 世話の焼ける二人組ではあるが、その分だけ優しい心の持ち主でもあった。

   *  *  *

「うぅ……すみません、マスター。学校、休ませちゃいましたね」
 と、一瀬瑞樹(いちのせ・みずき)は薬を飲んだ後で言った。
 神崎輝(かんざき・ひかる)は半ば呆れたようにして笑う。
「他に看病できる人がいないんだから、しょうがないでしょ」
「あうぅ……それはそうなんですけど」
 と、瑞樹はため息をついた。輝は瑞樹を寝かせると、優しく毛布をかけてやる。
「まぁ、早く治してもらわないと困るけどね」
「ですよね……はぁ」
 瑞樹はすっかり落ち込んだ様子だった。風邪をひいて気が弱くなっているせいもあるのだろう。
 輝は立ち上がると、思い出したように言った。
「そういえば、渉さんがお見舞いに来てくれるみたいだよ」
「えっ」
「だから、大人しく寝てないとダメだからね」
 と、輝は薬の後片付けをしてから部屋を出て行く。
 瑞樹は嬉しそうに表情を輝かせ、その時がくるのを、ワクワクしながら待った。

「瑞樹さん、具合はどうですか?」
 と、本名渉(ほんな・わたる)は尋ね、持参してきたものを取りだしてみせる。
「喜ぶかと思って、フルーツの盛り合わせを買ってきたんですが」
「渉君……っ」
 と、瑞樹は嬉しさのあまり、身体を起こした。
 渉は彼女のそばへ歩み寄りながら、部屋まで案内してくれた輝へ問う。
「あの、それで瑞樹さんの具合はどんな感じですか? もしよければ、僕に看病をさせてもらいたいのですが」
「うーん、少しは熱も下がったし……いいでしょう。ぜひ、看病してあげて下さい」
 と、彼らへ背中を向け、そそくさと台所へ消えていく輝。
 部屋に二人きりになると、瑞樹は赤い顔のまま言った。
「あ、あの……来てくれて、ありがとうです」
「いえ、瑞樹さんのことですから。学校も休まれたと聞いて、とても心配だったんです」
「そ、そうだよね……心配かけちゃって、ごめんなさい」
 瑞樹は申し訳なさそうにうつむいたが、渉は優しく微笑んでいた。
「いいんですよ。でも、早く良くなって下さいね」
「……はいっ」
 瑞樹は嬉しくなって、にこっと笑顔を浮かべた。
「そういえば、リンゴ、食べますか? よければ僕が剥きます」
「あ、はい。渉君が剥いてくれるのなら、ぜひ」
 と、瑞樹。
 渉はすぐにフルーツナイフを手にし、リンゴの皮を剥き始めた。
「寝ている間、退屈じゃなかったですか?」
「うーん……マスターがいてくれたから、思ったよりも退屈じゃなかった、かな。渉君も、来てくれるって言うから……ちゃんと、大人しくしてました」
「そうですか。じゃあ、あとはしっかり栄養を取るだけですね。お昼は何か食べましたか?」
「ううん、それがあまり食べられなくて……」
「じゃあ、このリンゴだけでもしっかり食べてもらわないと」
 さくさくとリンゴを剥き終え、渉はそれを一口サイズに切り分けてやった。
「どうぞ、瑞樹さん」
 と、口元にリンゴを差し出され、瑞樹はドギマギしながらも口を開ける。
「ぁ、あーん」
 ぱくり。食べやすいサイズに切られたリンゴは、しゃりしゃりとしていて美味しかった。
「ん、冷えてて美味しい……」
 と、つぶやく瑞樹は、まだ熱があるのか、妙な色気を漂わせていた。
 思いがけずドキッとする渉だが、どうにか気持ちを落ちつかせる。
「二つ目、食べられますか?」
「あ、うん……っ」
 再びリンゴを彼に食べさせてもらい、瑞樹はとても幸せな気分だった。
「あの、瑞樹さん。僕のお願いを、二つほど聞いてもらえませんか?」
「え?」
「その、僕にメンテナンスをさせてほしいんです。最近は寒いですし、風邪をひいてしまわれたので、何か異常があったらと思うと、心配で」
「っ……もちろんです。それで、二つ目は?」
「もうひとつは、風邪が治って体調が良くなったら……瑞樹さんの都合がいい時でいいので、僕と二人きりでデートをしてほしいんです」
 と、渉は頬を赤く染めながら告げた。
「は、はいっ。こちらこそ、っていうか、えーと」
 と、瑞樹はあまりにも嬉しいお願いをされて、恥ずかしさと喜びでいっぱいになる。
「早く風邪、治すから……っ」
「はい。瑞樹さんが元気になるのを、待っています」
 と、渉は安堵した様子で微笑んだ。

   *  *  *

 ベッドで大人しくしているフィアナ・コルト(ふぃあな・こると)を見て、相田なぶら(あいだ・なぶら)は問いかけた。
「何か食べたいものでもある? リンゴでも剥こうか?」
 フィアナはむっとしつつ、うなずいた。
「ええ、リンゴでいいです」
「じゃあ、ちょっと待っててね」
 と、なぶらはさっそく台所へ向かう。
 風邪をひくなど、不覚だった。フィアナは動きたくても動けず、起き上がることさえ苦労するほどだった。風邪というものを甘く見ていたのかもしれない。
 やがてリンゴの乗った皿を手に、なぶらは戻ってきた。
「はい、フィアナ。無理して食べなくてもいいからね」
 と、ベッド脇に置いた棚へことりと皿を置く。
 フィアナは手を伸ばし、一つ取った。いつになく弱っている彼女を見て、なぶらは何だか微笑ましく思えてくる。
「他に食べたいものや飲みたいものがあれば言ってね、フィアナ」
「っ……大丈夫です」
 と、強がるフィアナ。こんな時にもまた、素直になれないのがもどかしい。なぶらには、これ以上ないほどの恩義を感じているはずなのに――。
 リンゴをいくつか食べたところで、フィアナはぼそりと言った。
「しかし、なぶら……普段よりも微妙に優しいのが気に食いません」
「え?」
「そもそも、なぶらは普段からもっと私を労わるべきなのですよ」
 と、顔を隠すように布団へもぐる。
 なぶらはどうしたものかと考えながらも、そっと手を伸ばした。
 フィアナの頭を、布団の上から優しく撫でる。
「……!」
 フィアナは布団から頭を出すと、噛みつくようになぶらへ言った。
「も、もう……っ! 頭撫でるなんて、子どもではないのですよ?」
 しかし、表情は弱々しく、愛らしくさえあった。
「ああ、ごめん」
 と、謝るなぶらだが、フィアナの様子がおかしくて、つい笑ってしまう。
「まぁ、でも……どうしてもって言うのなら、撫でてても良いですよ」
 と、フィアナは視線をそらす。
 なぶらはくすっと笑うと、再び彼女の頭を撫で始めた。――なかなかに可愛い反応だ。いや、三十路近くの女性には失礼か。
「……なぶら、今、失礼なこと考えませんでした?」
「な、何も考えてないよ!?」
「ふぅん、それならいいのですが……ほら、手が止まってますよ」
 フィアナにせがまれて、なぶらは止まっていた手を動かし始める。
 普段ならあり得ないような光景だったが、なぶらはその後、フィアナが眠りに就くまで彼女の頭を撫で続けたのだった。

   *  *  *

 くしゅん、と、御神楽環菜(みかぐら・かんな)はくしゃみをした。
「環菜、風邪ですか?」
 と、夫である御神楽陽太(みかぐら・ようた)は心配そうに問う。朝食の前だった。
「うーん、風邪気味ってところかしら? っ、くしゅん」
「今日は休みましょう、環菜。きっと疲れが出たんですよ」
 鉄道事業や遊覧船事業など、夫婦ともに仕事で忙しくする毎日だ。寒さの厳しくなるこの季節、いつ体調を崩しても不思議はなかった。
「……そうね、悪化させたくはないし」
 と、環菜は陽太の提案を受け入れる。
 今日は仕事を休むことに決め、陽太はパートナーたちへ連絡を入れた。
 それから、椅子に座り込んでいる環菜を振り返る。
 具合が悪そうにしている彼女を見て、陽太は手を伸ばした。彼女の額にぴたっと手をあてると、少し熱っぽいようだった。
「念のため、熱を測ってみたらどうですか?」
 と、陽太はすぐに体温計を取り出してきて、彼女へ差し出す。
「そうね、ありがとう」
 環菜は体温計を受け取ると、すぐに熱を測り始めた。
「……微熱ね」
「一応、ベッドで休んだ方がよさそうですね」
 と、陽太は環菜を立ち上がらせ、肩を抱いて寝室へと連れて行く。
「この機会に、ゆっくりしましょう」
「ええ、そうさせてもらうわ」
 いつも二人で使っているダブルベッドに環菜を寝かせ、毛布をかけてやる。
「何かあれば言ってくださいね、環菜」
「ええ……」
 息をつきながら両目を閉じる環菜。
 陽太はふと思い立つと、静かに寝室を出ていった。

「おかゆを作ったのですが、食べられそうですか?」
「……ええ、いただくわ」
 と、環菜は嬉しそうに微笑みながら、身体を起こした。
 ベッドのそばに椅子を置いて、陽太は腰を降ろす。
 少しドキドキしながら、おかゆをスプーンですくって彼女へ差し出した。
「どうぞ、環菜」
 環菜は少し恥ずかしそうにしながらも、口を開く。
「……うん、美味しいわ」
「それは良かったです」
 と、陽太は安心してにこっと微笑む。
 食後に風邪薬を飲んで、環菜は再びベッドへ横になった。
「そういえば、今日は雪が降っているそうですよ」
「ああ、寒いと思ったらそういうことだったのね」
「今頃はきっと、積もっているんじゃないでしょうか」
「……そうね。明日には綺麗な雪景色になってるのかしら」
 白く幻想的な景色を想像し、陽太と環菜はどちらともなく微笑みを浮かべた。
「そのためにも、今日はゆっくり眠って体調を回復させないといけませんね」
「ええ、そうね」
 陽太はそっと環菜の手を握った。
「はやく良くなってくださいね。愛しています環菜」
 環菜はうなずくと、彼の温もりを感じながら両目を閉じた。

   *  *  *

「変ですね……今朝は何だか、くらくらする感じがいたします…」
 と、フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)はつぶやいた。
 そばにいたパートナーの忍野ポチの助(おしの・ぽちのすけ)へ視線をやって、彼女は言う。
「ポチ、今朝の鍛練はお休みいたしますので、少々早めの朝ご飯にいたしま……?」
 ばたり、フレンディスはその場に倒れこんだ。
「ご主人様、どうしました!?」
 と、ポチの助は慌てて彼女のそばへ寄る。額へ触れてみると、熱があった。
「ものすごい熱、どうすれば……――は、そうだ!」
 ひらめいたポチの助は、すぐに『首輪型携帯電話』を使って、フレンディスのもう一人のパートナーへ連絡を入れた。

「やっと出ましたかエロ吸血鬼! この超優秀なハイテク忍犬の僕が直々に電話かけてやったというのに、出るの遅いですよ!?」
 電話へ出るなり、ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)は苦い顔をした。朝からなんてひどい言われようだ。
「それで、いったい何の――」
「今回、特別に許してやりますので、今すぐご主人様と僕の家に来るのです!」
「はぁ?」
「ご主人様が大変なのです。いいから早くして下さい!」
 と、一方的に通話が切られる。
 ベルクは非常事態らしいと察し、すぐにフレンディスの元へ向かった。

 フレンディスはすぐにベルクによって布団へ寝かせられた。
「いったい、ご主人様はどうしてしまわれたのですか!?」
「いや、風邪だから心配するな。とはいえ、術や薬ですぐ治る訳でもねぇし、数日は大人しく寝てる必要があるけどな」
「か、風邪ですと!?」
 と、ポチの助は吠える。
 するとフレンディスはぼんやりしたまま、二人へ言った。
「ますたー、ぽち? 大丈夫ですよ、忍者さんは風邪にならないと習ったので」
 ベルクは思わずため息をついた。彼女へ毛布をかけてやりつつ、ポチの助へ言う。
「布団で寝てれば治る。完治まで、飯は俺が作るが……ワン公もちったぁ覚えておけ?」
 と、ポチの助を見た。
「そ、そうなのですか。ならば、とっと朝食を作りなさい! ほら、早く!」
 ポチの助はベルクを急かし、二人はすぐに部屋を出た。

 布団の中でうとうとしていたフレンディスは、はっと目を覚ました。
 起きたばかりの時に比べて、意識がはっきりしていた。先ほど、ベルクに布団まで運んでもらったことや、風邪だと言われたことを思い出す。
「……」
 そして彼は今、台所で朝食を作っているのだろう。
 ふいに足音がして、フレンディスはびくっとした。
「フレン、起きてるか? 卵粥を作ったんだが……」
 と、ベルクが中へ入ってくる。
 フレンディスは彼と顔を合わせられず、布団へもぐった。
「そ、そこに置いておいてください……」
「? 分かった、無理はするんじゃねぇぞ」
 ベルクは少し怪訝に思いつつも、彼女の言うとおりにするのだった。