シャンバラ教導団

リアクション

「うわぁ見てみて兄貴！　あのカスタムイコンすごいよ！　あんな脚部パーツみたことないよ！」
「新しい脚部パーツのように見受けられるが……あの手の作りは整備が難しそうだな」
「だからこそいいんじゃない！　……兄貴ももっとこうさ、専用機ってのに憧れないと。男の子なんだし！」
「理由になってないぞ」
　新型カスタムイコンを前にはしゃぐ仁科　姫月（にしな・ひめき）とその様子を内心では微笑みながら外見では表情を崩さないで見守る成田　樹彦（なりた・たつひこ）。
　カスタマイズされた専用イコン機に想いを馳せる姫月とは対照的に、量産機の方が気に入っている樹彦。
　二人の言い分はこうだ。
「やっぱり専用機を持って戦線を支えたいじゃない？　量産機が悪いわけじゃないけど、どうしても状況に追いつかなくなると思うし」
「一の専用機と十の量産機がいて初めて戦線を保てる。それに量産機はコストパフォーマンスや安定性、整備のしやすで優れているしな」
　どちらももっともであり、捨てがたい意見だ。
　そんな二人の前を通り過ぎる委員長っぽい人が一人。
「こらー！　展示品には触らない！」
　前髪パッツンの黒髪を棚引かせて走り去っていった。
「す、すごいねあの子」
「あんな屈強そうな男相手に、よくやる」
「そうなんだが、それがあいつのよさでもあるんだな」
「わっ！　いきなりだれ！？」
「あー悪い悪い。俺はローグ、イコン展示式の企画者さ。楽しんでもらってるようでなによりだ」
　不意に現れたローグに驚いた姫月が樹彦に抱きつく。
「あまり妹を驚かさないでやってほしい」
「悪かった。つい癖で気配を消してたよ。しかし、そうか。姉妹でもそういうのがあるんだな」
「わ、悪い！？」
「いいや。悪くないと思うよ。なんだったら嬢ちゃんが専用機で突撃して、兄貴が量産機でもって援護するなんていうのも、息ピッタリでいいんじゃないか？」
　突然のローグの提案に姫月はまんざらでもない表情を見せる。
「成る程。それはありかも」
「悪くはないな。だがいいのか？　先ほどの連れはもうどこにいるかわからないが……」
「大丈夫だ。これでも追跡は得意なんでね。それじゃ失礼するよ。お邪魔したなお二人さん。時間が許す限り楽しんでいってくれ」
　言い残してローグは去っていく。
「私が専用機でお兄ちゃんが量産機で、一緒に戦って、えへへ〜」
「トリップするのはいいが、いつまで抱きついてるんだ？　さすがに歩きにくい」
「……！？　べべべつにトリップなんてしないし抱きついてないし！　あ、兄貴のバカ！」
　ばっと離れて悪態をつき、そのまま姫月まで走り去っていった。
「俺は追跡が得意ではないんだが……まあいいか」
　むくれた妹兼彼女を追って兄貴with彼氏が姫月の後を追うのだった。

　兄貴が、追跡者が、妹を、委員長肌を追っているイコン展示式場にはまだまだ来場している契約者がいる。
　その二人とは桐生　理知（きりゅう・りち）と辻永　翔（つじなが・しょう）のことに他ならないのだが……。
「イコン見てたら翔くんと離れ離れになっていたよー！　どうしてー！？」
　ほんとうに、どうしてこうなったのか順を追って説明しよう。

〜十分前くらい〜

「翔くん翔くん！　あのカスタムイコンかっこよくない？」
「そうだな。ん、その隣のカスタムイコンのパーツ。かなり珍しいな」
「うそ？　どれどれ？」
「あれだ。あのイーグリットを元にしている……」
「うー見えない！　あっちのほうだよね？　ちょっと見てくる！」
「ちょっと待った。一人で行動するとロクなことにならな」

パーティーメンバーがいません。

「……まさかここでもこうなるとは」

〜そして時は動き出したりする〜

「こ、このままじゃパンフにあった『みんなのいえ』に迷子としてお世話になっちゃうよー！」
　慌てふためく理知。何より、せっかくの翔とのデートなのに肝心の翔が側にいないことがより彼女の心をざわつかせる。
「早く合流しなきゃ！　まだ食べ歩きだって満足にしていないのに！」
「すまない」
「このスタンプだって全然埋まってないし、やることはいっぱいあるんだから」
「少しいいだろうか？」
「あ、はい！」
　振り返った理知の前にいたのは樹彦だ。
「妹を探しているんだが、茶髪を両側で縛っている人を見かけなかっただろうか？」
「えーっと、見てないかな？　他に何か特徴はある？」
　自分がほぼ迷子状態にも関わらず迷子相談に乗り出す理知。
「そうだな。顔が整っていて瞳の色は赤、肌の色は黄色系、外見年齢は15歳ほどでやたらと胸が大きく、お世辞下手なやつだ。あと、身長が153で体重が……」
「それってあなたの後ろにいる人じゃない？」
「ん？　ああ、姫月。探し」
「見ず知らずの人に何を言ってるのよこのバカ兄貴！」
　見事なまでの拳骨が樹彦の脳天を直撃。そのままズルズルと引きずられていってしまった。
「……ああいうのも、いいなぁ」
「いいなぁ、じゃない」
「あたっ！　って、翔くん！」
　チョップされて振り返れば後ろには翔がいた。
「どうして私の場所が？　もしかして、もしかしなくても愛の力！？」
「大きな声がするほうにきたら、たまたまお前が巻き込まれていただけだ」
「……なーんだ、ちょっと残念」
「ならこれから取り替えそう。ほら」
　そう言って手を差し出す翔。その顔と態度は理知が恋した翔そのものであり、当然それを受けた理知は、
「うん！　今日はいっぱい楽しもうね！　それじゃ屋台群へレッツゴー！」
　と、満面の笑みで力いっぱい手を握り返したのは言うまでもない。

「どうやらあちらの方にはお知り合いが手を差し伸べたようですね」
「だな。よきかなよきかなっと」
「そういえば御体の方は平気ですか？　私から誘っておいて、今さらですが」
「だめだったら断ってるさ。この通り、ピンピンしてるよ。この後には宴会にも顔ださにゃならんしな」
「大事なければなによりです。が、お酒はほどほどにしてくださいね？」
　ゆっくりと、かみ締めるようにイコンを見ている九条　ジェライザ・ローズ（くじょう・じぇらいざろーず）と長曽禰　広明（ながそね・ひろあき）。
　広明の仕事柄このイコン展示式にと九条が誘った形である。
「しかしすげぇな。カスタムイコンとは名ばかりに、ほぼほぼ新型のものもいる」
「詳しいことはわかりませんが、このようなものを造れる人は本当に尊敬に値しますね」
「負けてられないな」
「ふふっ、そうですね。……あら、今度こそ本当の迷子でしょうか？」
　九条の視線の先には本物の迷子がいた。
　どうやらイコンに興奮して駆け回っている間に親とはぐれてしまったようだ。
「そうみたいだな。おい、坊主！　イコンもいいが母ちゃん父ちゃんも忘れんなよ？」
「うわ、びっくりした。おっさんだれ？」
「おっさんじゃなくておやっさんですよ」
「おやっさんでもねぇ！　ったく、九条まで」
「冗談ですよ」
「おっさんおやっさん？」
「珍妙なアダ名をつけるな！」
　三人で絶妙な息の合いようを見せる。
　展示場を後にして、三人で手を繋ぎながら『みんなのいえ』へと向う。
「坊主はあのロボットが好きなのか？」
「うん！　おっきくて、かったくて、つよそうだから！」
「あら、もしかしたらこの子は長曽禰さんの将来のお弟子さん候補かもしれませんね」
「おっさん、あのロボットつくれるの？」
「おっさんじゃねぇが、まあできんこともないな」
「すっげー！　今度つくって見せてよ！」
「あーそうだな。そんじゃ今後は母ちゃん父ちゃんを困らせないようにしろ。そうしたらつくってやるよ」
「ほんと！？　わーい！」
　指きりをする二人を優しく微笑んで見守る九条。
　その後、『みんなのいえ』で迷子を捜していた親御さんに子供を返した。
「少し外を見て回りましょうか」
「ああ。宴会までだが」
「構いませんよ」
　言葉は少ない。けれど、それだけで十二分に意思疎通できる。
　展示式場から一変、賑やかな場所へと二人は歩いていった。