リアクション
【十四 死人に口なし】
異相郷改線にて別空間へと放り出されたカフェ・ディオニウスの面々は、熾烈な戦いを強いられていた。
元々、カフェでのんびり過ごそうという面子が大半であった為、ろくな装備もない状態である。
そんな中で、津波のように押し寄せるスポーンコペポーダの群れと激突し、更には巨人型戦闘体型を取ったメガディエーター相手に、決死の防衛戦を展開しているのである。
「こんな話、全然聞いてなかったんですけどぉ〜」
実力的には申し分はないが、とにかく心の準備が出来ていなかった詩穂は、時折ぶつぶつと不平を垂らしながら敵を退けている。
その一方で、ウェイトレスとして普通に働いていた和子や舞香に至っては、とにかく防戦一方ながら何とか攻撃を凌ぐだけで精一杯であった。
どの顔も、疲労の色が濃い。
このまま延々と戦い続けていては、いずれ総倒れになってしまうだろう。
そうなる前に何か打開策を講じなければならないのだが、果たして、局面を一変させるような策があるのだろうか。
そんな中、誠一がふと、ある方策を思いついた。
源次郎の完成体としての肉体に何となく興味を持っていたからこそ出てきた知恵、とでもいうべきか。
「……成る程、そらええな」
誠一から耳打ちされて、源次郎はにやりと口元を歪めた。次いで誠一は、ジェリコの隣へと奔り寄り、同じ内容を告げる。
ジェリコは一瞬、緊張した面持ちを見せはしたものの、誠一の策に応じる意思を見せた。
作戦は、即座に実行された。
* * *
メガディエーターと、スポーンコペポーダの攻撃が、ぴたりと止まった。
そして、コントラクター達の視線が、ある一点に凝縮されている。
源次郎の足元に、胸を貫かれて絶命しているジェリコの姿があった。
「見ての通りや。ジェリコは、死んだ。お前らに渡すぐらいなら、殺した方がましって訳や」
すると、どうであろう。
源次郎の宣告を受けるや否や、メガディエーターは無数の寄生虫を一斉に体内へと引き上げ、巨大ホオジロザメ形態に変形すると、まるで何事もなかったかのように、悠然と異世界の大空へと飛び去って行ってしまったのである。
助かった――誰もが同じような安堵の息を漏らす中で、ジェニーだけは強い調子で、源次郎に詰め寄った。
「どうして……どうして、こんなことを! これでは、まるで本末転倒ではありませんか!?」
「いやぁ、わしも最初からこないしとったら、何もこんなややこしいことせんで済んだんやなって、ちょっと反省しとるところや」
ジェニーと源次郎の会話は、見事な程に噛み合っていない。
片やジェリコ殺害を責めているのに対し、もう片方は最初から殺しておけば良かったと笑うのである。
更に源次郎は、疲労困憊のコントラクター達をぐるりと見渡し、頭を掻いて更に笑った。
「しょうもない茶番に付き合わせてしもて、えらいすんまへんでした。こっからはわしの空間圧縮で帰ってもらうよって、後はお好きなようにな」
源次郎がそう宣告するや、まずジェニーとデーモンガスの姿が掻き消え、次いで他のコントラクター達も次々と、荒野の中から姿を消してゆく。
いずれも、源次郎の空間圧縮によって元の世界へと飛ばされていったのだ。
残ったのは、綾瀬と誠一、ジェライザ・ローズ、そして彩羽といった面々である。
「ねぇ……本当に、殺しちゃったの?」
彩羽が喉をごくりと鳴らして、静かに訊いた。
源次郎は意味ありげに、にやりと笑う。
「さっき、教えたやろ? こいつは人間型やったら何でも化けられるって」
「……ということは、まさか!」
ジェライザ・ローズが、源次郎の意図するところを理解した。
傍らから綾瀬が、興味深そうに顔を覗き込んでくる。
「でも、アヤトラ・ロックンロールの皆様は、源次郎様がジェリコ様を本当に殺害したと、思い込んでいらっしゃいますわ」
「いやいや、それでええねん。下手に事実を知られたら、またちょろちょろと、うろつきよる。んなことされたら、あいつらにばれるやんか」
発案者の誠一も、源次郎の徹底した秘匿主義には感心する一方、こうして一部の者にだけ真相を明かすということは、何か裏があるのでは、とも勘繰った。
そのことを告げると、源次郎は太い腕を組んで、うぅんと唸る。
「いや、実はもうちょいジェリコをこのままにしとこうと思うんやけどな。ただ、わしもすぐ地球に降りるつもりやから、解除信号を送ってやれる奴がおらんようになるんや。そこで自分らに解除信号教えておくから、適当な頃合いを見計らって、解除したって欲しいんや」
だが、それはイレイザードリオーダーが完全にジェリコを諦めてからにして欲しい、と念を押す源次郎。
この発案には、誰も異論を挟まなかった。
* * *
数日後、ヒラニプラの某所。
天音は教導団近くの定食屋で、昼食を取っていた。
そこへ、白竜が何食わぬ顔で店内に入ってきて、これまた何食わぬ顔で天音と相席になる。
「色々、大変だったようですね」
「ん、まぁね……一応、美晴さんとの顔繋ぎは了解して貰ったよ。今度の日曜ぐらいにでも、一度会っておいて貰えるかな」
「了解しました」
それから程無くして、白竜が注文したカツカレーがテーブルに運ばれてくる。
白竜はさくさくの衣が美味いカツを頬張りながら、ふと何かを思い出したように、天音に顔を向けた。
「その後、イレイザードリオーダーはどうですか?」
「当分、居座る可能性ありだね。下手をすれば、地球に降下することも十分考えられるよ」
また厄介な連中が帰ってきたものだな、と白竜は内心で溜め息を漏らした。
いや、帰ってきたというよりは新たに出現した、と表現する方が正しいかも知れなかった。
『震える森:E.V.H.』 了
当シナリオ担当の革酎です。
結果はご覧の通りですが、サブタイトルの意味を見抜いていたのは、騎沙良詩穂さんだけでした。
この場で答え合わせをしますと、E.V.H.とは、
イレイザーvsヘッドマッシャー
の略でございました。
あともう一点いわせて頂きますと、若林でもなく岩崎でもなく若松でもなく、若崎です。
そこんとこ、宜しくっ。
それでは皆様、ごきげんよう。