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震える森:E.V.H.

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【三 追跡者たち】

 広大なベルゲンシュタットジャングルの全部が全部、戦場と化している訳ではない。
 遥か遠くから響いてくる銃声や爆音を背に受けながらアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)ヨン・ナイフィード(よん・ないふぃーど)、そしてぬりかべ お父さん(ぬりかべ・おとうさん)の四名は、スタークス少佐の依頼を受けてという形で、謎の巨大物体の捜索に着手していた。
 アキラがスタークス少佐に事前確認した限りでは、目的はあくまでも視認可能かどうかという点だけであり、詳細な報告や、或いは可能ならば捕獲せよという踏み込んだところまでの指示は出ていなかった。
「っつーことはだよ、俺が捕まえて飼ってみても良いってことですよねぇ、少佐殿」
 スタークス少佐と無線で連絡を取り合った際、アキラは非常に大胆な台詞を放ってみせた。
 いや、大胆だと思っていたのは本人だけかも知れない。
 少なくともアリスとヨンは、アキラが飼育云々をいい出した瞬間、物凄く迷惑そうな顔を見せていたところを見ると、アキラの発想はあまり好感をもって受け止められていないようである。
 ただひとり、お父さんだけはいつものように、ただただ
「ぬ〜〜〜り〜〜〜か〜〜〜べ〜〜〜」
 と唸っているだけで、良いも悪いも一切口にしていない。
 尤もアキラという人物は、周囲から少し反対されたぐらいで引っ込むような性格では、断じてなかったのであるが。
「それにしても、これだけ色々ばら撒いて散開しているのに、ちっとも引っかかる気配がありませんね」
 かれこれ二時間以上、深い樹々を押し分けて歩き続けている。
 ヨンの声の中で、あからさまな程に疲労の色が濃くなって滲んでいるのも、無理からぬ話であった。
 彼女がばら撒いて、と表現したように、アキラ達はUMAやイレイザー・スポーンR、或いはミャンルー等を使役して散開させ、少しでも広い範囲をカバーして捜索しようと心がけていた。
 四人の目的は戦闘ではなく、あくまでも捜索である。
 であれば、戦力が散開してばらけようがどうしようが、この際気にする必要はないというのが、アキラの発想だった。
 確かにそれはそれで間違っていないのだが、余りにも無防備過ぎるともいえた。
 しかし、今のところはこれといった脅威とも遭遇していないのだから、アキラの方針は別段、修正される必要性はなかった。
 ではヨンが疲れた様子を見せているのは、ただ単に長時間の探索移動によるものだけであろうか。
 答えは、否である。
 というのも、彼女はアキラがドキュメンタリー番組風に独自の解説を加えたり、或いはオーバーリアクションを見せながら探索している様子を、根気よくデジタルビデオカメラに収めているのである。
 更にいえば、アキラが
「飼えそうなら、飼っても良いんじゃね?」
 的な発想で巨大物体を追跡しているのも、ヨンの精神的疲労の一端を担っているといって良い。
 要するに、アキラは矢張りどこまでいってもアキラ、ヨンを色んな意味で疲れさせる元凶に他ならなかったのである。
「地図ばっかり書いてるのも、段々飽きてきたわネー」
 お父さんの硬質な頭の上にちょこんと座っているだけのアリスが、贅沢な不平をぶちまけ始めた。
 一番楽をしているのだから文句をいうな――とは、お父さんは決していわない。
 ただただ優しい表情で、
「ぬ〜〜〜り〜〜〜か〜〜〜べ〜〜〜」
 と唸るのみ。
 要するに、アリスのふてぶてしい不平にイラっときているのはヨンただひとり、という話なのだが。
 その時、アリスが手にしている銃型HC弐式・NのLCD画面に、他の捜索者からの異常発見を知らせる通信が飛び込んできた。
 どうやら、別方面の探索者が何かを見つけたらしい。
「なんてこった、先に餌付けをされてしまうのか! アキラさん達一行の運命や如何に!」
 全く運命も何もあった訳ではないのだが、取り敢えずひとりで自分にナレーションをつけるアキラ。
 ヨンは、更にイラっときている。
 ちなみに、通信を送ってきたのは清泉 北都(いずみ・ほくと)であった。

 その北都はというと、パートナーのクナイ・アヤシ(くない・あやし)の他、水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)といった面々と共に、ベルゲンシュタットジャングル内の別地点を捜索していた。
「こんな奥深い森の中に、これだけぽっかり大きな穴が開いてても気付かれない筈はないよね……つまり、この穴はつい最近、それも半日以内に出来たもの、と考える方が自然かな」
 北都は、周辺の樹々もろとも巻き添えにする形で大地に大きく穿たれた、直径30メートル程の巨大な穴を漫然と眺めていた。
 傍らではクナイが、穴の形状や角度、目算で測った深さ等をメモに取っている。
「矢張り、ヘッドマッシャーと何らかの関係がある、と考えるべきでしょうか」
 ゆかりが腕を組んだまま、難しい表情で低く唸った。
 しかし、ただ単に巨大な穴が見つかった、という程度では、それが直ちにヘッドマッシャーと直結するという話にはならない。
 ゆかりが言葉を濁しているのも、要するに決定打が不足しているからであった。
「でも、仮にヘッドマッシャーが絡んでいるとしたら、パニッシュ・コープスも当然関係してるよね。でも、ここには連中の姿はちっとも見えないし……何だか、今までとは毛色が違うようにも思えるね」
 マリエッタの感想にも、耳を傾けるべき説得力が秘められている。
 北都は小さく頷き、次いでクナイが差し出してきたメモの内容に目を走らせる。
「三角測量法で簡単に調べたところだと、深さはざっと50メートル程……そこから、地面と水平方向に折れて地中のトンネルと化しているようだね」
「汚染は、今のところ反応ありませんが……ただ、この穴の壁面付近に、粘性の液体が一部、付着していますね……」
 クナイの指摘に、北都はおや、と小首を傾げた。
 HCの分析機能にかけてみると、その液体には強い毒性が含まれている事実が即座に判明した。
「この穴を掘り抜いた存在は猛毒の持ち主、という訳ですか」
 ゆかりが喉をごくりと鳴らせて、小さく唸った。
 地中を移動する巨大物体、しかもその存在は有毒種の何者かである、というのである。この時点で、その謎の存在の危険度が一気に跳ね上がったといって良い。
「でも、仮にこいつが電磁波計測の通り、本当にイレイザーだったとして……毒持ちのイレイザーって、あんまりしっくりこないよね。何というか、物凄く原始的な攻撃手段って感じがするっていうか」
 北都は腕を組んだまま、再度深く巨大な穴の底をじっと覗き込んだ。
 もしかしたら、他に何か決定的な物証が残されているのでは、という淡い期待を抱いたりもしたが、今のところ、それらしい手がかりは視界の中に入ってこない。
「ここであれこれいってても仕方がないから……いっそ、この中に入ってみない?」
 いきなりマリエッタが、凄まじく大胆な提案を口にしてきた。
 流石にゆかりも驚きの念を禁じ得なかったが、意外にも、北都はマリエッタの意見に乗り気な姿勢を見せたものだから、今度はクナイがゆかりと一緒になって慌てた。
「幾ら何でも、それは余りに危険過ぎるのでは……少なくとも、この人数では何かあった時、対処が出来ないと思います」
 クナイのこの意見は、正論であろう。
 正論ではあったが、しかしこの場に於いては必ずしも正しい結論であるとはいい切れない。
 と、そこへ――。
「そういうことなら、この私の出番だな」
 何故か全身煤だらけの巨体が、四人の背後で斜光を浴びつつ、仁王立ちになっている。
 その肩口では、小さな人影が顔を引きつらせて佇んでいた。
 同じく謎の物体の行方を追っていた、コア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)ラブ・リトル(らぶ・りとる)のふたりであった。

「随分と、黒いね……何かあったのかい?」
「いや、まぁ、話せば長くなる……という訳でもないのだが」
 北都の指摘に対し、コア・ハーティオンはばつの悪そうな笑みを浮かべて頭を掻いた。
 端的にいえば、この両名はパニッシュ・コープスの一部隊と接触し、戦闘を余儀なくされたのである。
「連中の近くで捜索していたのですか?」
 ゆかりが信じられない、といわんばかりの勢いで問いただすと、コア・ハーティオンは、というよりもラブ・リトルの方が意味深な仏頂面をぶら下げた。
 確かにパニッシュ・コープスと一戦交えたのはコア・ハーティオンであったが、その切っ掛けを作ったのはラブ・リトルの方だったのだ。
 この両名は、捜索の基本方針を『樹上からの観察』という手段を最初から考えていたらしいのだが、実際に樹上から捜索してみたのは、ラブ・リトルの方だった。
 ところが何度目かの樹上捜索時、運悪くパニッシュ・コープスの一部隊に発見されてしまい、銃撃を浴びせかけられる始末に陥ったのだという。
 結局、この部隊に対してはコア・ハーティオンが懸命の戦いを仕掛けて退けることには成功したのだが、流石にもうそれ以上は危険過ぎるということで、樹上からの捜索は一旦取りやめになっていたらしい。
 ところが、北都達が巨大な穴を発見したというので、地下捜索ならば何とかなると踏み、こうして足を急がせて駆けつけてきたのだという。
「パニッシュ・コープスに見つかったのは不運だったんだろうけど……それまでの捜索では、何か動く物とかは見つかったのかい?」
「うぅん、なぁんにも」
 北都の問いかけに、ラブ・リトルは随分あっけらかんとした調子でかぶりを振った。
 対する北都も然程の期待を抱いてなかったのか、あぁそうなの、と簡単な相槌を打っただけで、それ以上は何もいわなかった。
「それよりも、この巨大な穴だ。これから降下してみようという案は、まだ生きているのかね?」
 自分の活躍の場が得られた、といわんばかりに、コア・ハーティオンが妙に意気込んで訊いた。
 これには北都もゆかりも、ただ苦笑するしかない。
 しかし、笑ってばかりもいられない。この穴を掘った何者かは、恐ろしく巨大な上に、猛毒の持ち主であるとも推測されるのだ。
 迂闊に近づけるような相手でないことは、自明の理であった。
「やっぱり、ひとりで行くってのはちょっと危険過ぎるんじゃないかなぁ」
 マリエッタが思案顔で北都やゆかりの心情を代弁した、その時。
「お〜い、それなら俺達も行くでよ〜」
 不意に別方向から、アキラの間延びした声が飛んできた。
 一同がその方角に視線を向けると、アキラを筆頭に幾つもの影が、樹々の向こうからぞろぞろと集団を成して姿を現してきた。
「やぁ、どうも……で、いきなり本題なんだけど、穴に入るっていうのは、本気なのかい?」
「本気も本気、本気と書いてマジと呼ぶ、ってなぐらい本気だよ」
 意味不明な理論で北都に応じながら、アキラは何故か自信満々に胸をそっくり返らせた。
(また、始まった……)
 ヨンは本日何度目かの、頭痛を感じた。
 アキラの根拠のない自信は、今に始まったことではない。そして突拍子もない願望を打ち出すことも、日常茶飯事である。
 恐らく今回も、巨大物体と直接触れて飼いならすチャンスだ、と考えているに違いない。
 事実、アキラはにやりと笑って告げた。
「コアさん居るなら、捕まえるのもきっと簡単だと思うんだ。簡単だと思うんだ。大事なことだから、二回いいました」
「つ、捕まえるつもりなのか?」
 これにはコア・ハーティオンも呆れるというより、少し慌ててしまった。
 しかし、単独での下降という事態は、何とか免れることが出来そうである。
 結局、コア・ハーティオン、アキラ、お父さん、アリス、そしてゆかりの五名が降下に挑戦する、という運びとなった。
 コア・ハーティオンとアキラ一行は自らの志願だが、ゆかりの場合はもうひとり降下メンバーを増やそうという話の中で、ジャンケンに負けてしまった為に仕方なく、というのが実際のところであった。
「まぁそう案ずるな。何かあれば、私がしっかり守ってみせる」
「……その真っ黒ないでたちで自信満々にいわれても、説得力がないのですけど」
 しかしコア・ハーティオンは、聞いていない。
 都合の悪い台詞は自動的に聞き流す機能を搭載している――という訳でもないのだが、とりあえず、ゆかりの言葉は普通に聞き流していた。