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リアクション
第五章
機晶都市ヒラニプラ。市街地。
路地裏で身を潜めるウィルコは、エッツェルが作り上げた惨状を見渡し、苛立たしげに舌打ちした。
「ちっ……やりすぎだ。あの馬鹿」
ウィルコの罠はパニックを蔓延させたが、結果として死人も負傷人も出さないように配慮してある。
彼はターゲット以外を殺す気はないからだ。
見れば見るほど凄惨な状況に、ウィルコはこれをやったエッツェルに対する憎しみと嫌悪が湧きあがった。
(もし、あの魔法をもう一度やろうとしたら……殺してでも、あのクソ野郎を止めてやる)
ウィルコは心中で決意し、逃げ纏う人々の雑踏に戻ろうとした。
しかし、エッツェルに意識が向いていたからだろうか。
自分のすぐ傍に、瀬山 裕輝(せやま・ひろき)が近づいていることに気がつかなかった。
「えらい注意が散漫やのう」
不意に背後から聞こえた声に、ウィルコは慌てて振り返る。
「さっすが。反応が早いなぁ、略奪者のウィルコ」
「……その二つ名は特殊部隊のときに捨てた。今は、ただの殺人犯だ」
ニヤニヤと笑う裕輝に対して怒りが湧いたが、ウィルコは落ち着くために息を吐いた。
次に、ウィルコは周囲を確認する。
裕輝の後方に大型の二丁拳銃を持ったセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)とセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の二人組。
(……敵は三人、問題ないな)
右手で短剣を取り出し、順手で持って刃先を向ける。
裕輝は言った。
「ほな、戦闘開始と行こか……ッ」
裕輝は全力で間合いを詰め、地面を踏みしめた。
裂帛の気合と共に放った回し蹴りは、角度タイミングすべて悪くない一撃。
しかし、ウィルコは首の動きだけでそれをかわす。
続けて裕輝は、素早く足を踏み替え、顎を狙ったハイキックを放った。
流れるような武技の連撃必殺。避ける暇など与えない。
「甘いな」
だが、ウィルコは何も持たない手で、迫る脚をなんなく掴んだ。
それは、油断さえしなければ何の脅威もでない、と言う風に。
ウィルコは手を離す。
同時に、裕輝の腹部へ衝撃。横っ腹にめり込んだ短剣の柄によって、横に打ち倒される。
「裕輝、伏せて!」
叫んだのはセレンフィリティだった。
拳銃の引き金を同時に引く。化け物の反動に両腕が跳ね上がり、大口径の銃弾を発射。
ウィルコは半円に腕を振るう。バギィンと鐘楼をかち割ったような音が響き、二つの銃弾が同時に切断された。
「嘘……あれを真っ二つにすんの!?」
衝撃の事実に、セレンフィリティが声を上げる。
ウィルコは先に銃を持つ敵を倒そうと、地面を強く蹴った。
信じられない速度で間合いを詰めて、短剣を振り上げる。バターが切れるように、片方の銃の銃身が斜めにズレ落ちた。
「セレン、どいて!」
セレアナが二つの拳銃を振り上げ、思い切り振り下ろす。
しかし、重い銃身が届く前に、ウィルコは彼女の懐に潜り込んだ。
短剣で手首を薄く切るのと共に、腹に勢いを乗せた肘打ちを加える。あまりの衝撃に吹き飛び、斬られたほうの手首には力が入らず、片方の拳銃が手を離れる。
ウィルコが拳銃をキャッチするのと、拳銃が分解されるのはほとんど同時だった。
電光石火。
あまりの早業を目の当たりにし、セレンフィリティの目が驚愕で見開かれた。
「銃が減った。あとは一人ずつ潰していくだけだ」
ウィルコは短く息を吐いた。
刹那、セレンフィリティとセレアナの二人は目で合図。挟み撃ちするように同時に引き金を引く。
「……挟撃かよ。よほど信頼してねぇと出来ないよな」
呟き、まるでその行為を読んでいたように後ろに飛び退いた。
銃弾が地面に着弾。舗装されたコンクリの道路が砕けた。
ウィルコは二人を見比べ、短剣を逆手に持ち替える。
「先に片方を潰すか」
ゾッとするほど冷たい響きを持つ言葉に、二人の皮膚が粟立つ。
ウィルコが飛んで視覚から消えたと思うと、セレアナの三メートルほど前に出現した。
「まずはお前からだ」
数メートルの距離をゼロにするデタラメな踏み込み。
反射的に銃口を向け発砲するが、すぐさま短剣に切り伏せられ甲高い鋼の悲鳴が鳴り響く。
セレアナは銃撃の手を止めず、自分に近づけないように務める。だが、弾丸が一発たりともヒットしないまま、ウィルコはゆっくりと距離を詰めていく。
「今、助けに行くわ!」
銃声の最中、セレンフィリティの声が耳に届いた。
瞬間、ウィルコの口元がわずかに歪んだことを、セレアナは見逃さなかった。
もしかして。
セレアナは限界まで思考を回転させ、一つの結論に行き着いた。
もしかして、ウィルコは自分ではなく、先にセレンフィリティを潰そうとしていたら。助けに来ているセレンフィリティは自分にいきなり攻撃の手が向くなど思いもしないだろうし、その隙を突けばウィルコならおそらく簡単に始末をつけられるだろう。
「……くっ」
セレアナは焦燥に駆られ、胴体ではなく頭部に照準して銃撃する。
ウィルコはその機を見計らっていたように首の動きだけで弾丸を回避し、懐に潜りこんできた。おびき寄せられたことに気づき、ゾワリと背筋に嫌なものが這い上がる。
「考えは当たりだ。けど、お前がそうするのも保険のうちだった」
細長い五指に顔面を掴まれ、コンクリの道路に叩きつけられた。
「こっちも切羽詰まってるんでな……見せしめになってもらうぞ」
無茶苦茶に暴れるが、暴力的な力に引きずられ建物の壁に恐ろしい力で投げつけられる。
為す術もない慣性力、同時に背筋に鈍い衝撃。肺から空気を搾り出され視界が暗転、意識が飛びかけた。
セレアナは激痛に顔をゆがめながら片目を開けるが、その目には何も映らなかった。視界が黒く染まり、何も見えない。
「視覚を奪わせてもらった。もう戦えないだろ、寝てろ」
ウィルコはもう勝負はついたという様に、くるりと踵を返した。
「セレアナァッ!!」
セレンフィリティがセレアナのもとに駆け寄る。
ウィルコは短剣を順手に持ち替え、無防備な彼女に投擲しようとしたが。
「おいおい、オレは無視かいな。そーですか」
いつの間にか背後に肉迫した気配に、ウィルコは戸惑いつつも振り返った。
人中に放たれた突きが鼻先を掠める。
鼻の頭にじんと走る痛みを感じつつ、空いている手で裏拳を放つ。
裕輝は腕でブロックし、至近距離でにらみ合いながら、言い放った。
「惜しかったか。まぁええわ」
――――――――――
「セレアナ、大丈夫!? 大丈夫なら返事をして!」
「……耳元でそんな大声を出さなくても聞こえているわよ」
がくがく揺さぶられるセレアナは苦笑いを浮かべ、言った。
生きていることが確認できたセレンフィリティは、安心からか涙腺が熱を帯びる。
「馬鹿っ、ほんとに馬鹿!
いつも慎重なセレアナらしくないじゃない! なんであたしが助けに行くまで待ってなかったのよ!」
ぱたぱた、と頭上から。セレアナの頬に透明な雫が落ちた。
それは、春の雨のように温かい。
セレアナは彼女の涙を止めようと、ふっと笑顔を作った。
「飛び込んでみなければ、判らないことだってあるのよ」
「……どういう、こと?」
「同じ土台で戦っても苦戦するのに、切り札が分からないんじゃ始末が負えないでしょ?」
セレアナの言う切り札とは、ウィルコの『奪う能力』のことだ。
奪われてから実感できる。この能力はとても厄介だ。
だから、セレアナはその発動条件を推測し、セレンフィリティに語りだした。
「ウィルコの奪う能力は、おそらくだけど……顔に触れることで発動する可能性が高いわ」
セレンフィリティは「馬鹿……」ともう一度呟くと、左腕で涙を拭った。
セレアナの拳銃を拾い上げ、ゆっくりと立ち上がり、振り返る。視線の先では裕輝が押されていた。
「銃、借りるわよ。……あんたの仇をとってくるわ」
セレンフィリティは決意をこめ、地を蹴った。
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