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リアクション
 第三章
 機晶都市ヒラニプラ。市街地。
 金元 ななな(かねもと・ななな)は街角に立ち、せわしなく辺りを見回していた。
「うぉぉおおっ。ウィルコはどこだ! ここにはいないのかーっ!? 出てこいやー!!」
 雑踏は、なななの大声を無視するか、くすくすと笑いながら通り過ぎていく。
 叫んで現れるようなら探したりはしないよ。
 と、他の契約者たちが思う中、ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)だけが目をキラキラと輝かせた。
「さすがだよ、なななちゃん。やる気まんまんだね!」
「あたぼうだよ。人の命がかかっているんだから!」
「よっ、宇宙刑事!」
「なんといっても、M76星雲からやってきたからね!」
 胸を張るなななに、ノーンは手をパチパチと叩く。
 二人のそんなやり取りを見た御神楽 舞花(みかぐら・まいか)は、呆れたようにため息を吐いた。
(こんな能天気で大丈夫なのでしょうか……)
 舞花は騒ぐ二人についていき、ヒラニプラの雑踏に混じる。ビルの壁面には街頭画面があった。
 夕方の報道番組が流れ、六件の連続殺人事件に関して、女性のキャスターが話している。
 舞花はウィルコの逮捕、という仕事内容を思い返した。
 相手は幾つもの戦場を潜り抜けてきた強者だ。返り討ちに遭う可能性は少なからずあり、しかも複数な予感がする。
(ななな様の危険を未来予知で察して、ノーン様と同行したのはいいですが……)
 これで本当に大丈夫なのだろうか。
 舞花がそう危惧し、画面から目を離すと人影が目に入った。
 短く息を吐き、最後の覚悟を決める。
「……見つけました」
 金髪の髪に遮光眼鏡。漆黒のロングコートに、軟金属製のブーツ。
 六件の連続殺人事件の犯人『略奪者』こと、ウィルコ・フィロの姿だった。
 舞花に続けて、他の契約者も一斉にウィルコを見る。動きが止まり、彼と向かい合うかたちとなった。
 人々が、左右を興味もなく通り過ぎていく。
「やっと見つけたわよっ。ここで会ったが百年目ぇぇ!」
 なななはウィルコに突進しようとするが、舞花が手で静止した。
 舞花は内心の動揺を隠しながらも問いかける。
「そんな簡単に私たちの前に出てもいいのですか? 仮にもあなたは殺人犯として追われているというのに」
「いいさ」
 ウィルコは重い口を開き、静かな声で答えた。
「どうせ、俺のことなどすぐに忘れるんだから」
 遮光眼鏡の奥から、鋭い眼光が舞花を刺した。
 その視線には、静かな殺気とゆるぎない決意が含まれているように思えた。
「最初に警告しておくぞ。
 今ならまだ見逃してやる。それでも、お前らは俺に立ち向かうか?」
 答える代わりに、カチャリと撃鉄を起こす音が響いた。
 ウィルコが視線を移す。
 月摘 怜奈(るとう・れな)が灼骨のカーマインの銃口を向けていた。
「これが答えよ、ウィルコ・フィロ。
 あなたをヒラニプラでの連続殺人事件の容疑者として逮捕します」
「そうか」
 ウィルコは愉快そうに唇を歪め、くるりと踵を返した。
「やってみろ。出来るもんならな」
「待て……!」
 怜奈は足を狙い、引き金を引いた。
 炎と雷が混じる銃弾は空気を切り裂くが、ウィルコの足に到達する前に真っ二つに割れた。
 バキン、という音が遅れて響く。
 いつの間にかウィルコの手には短剣が掴まれていて、刃の軌跡は早すぎて目で追えなかった。
 ウィルコが顔だけで振りかえる。
「力の差は歴然だ。それでも、まだ立ち向かうつもりか?」
「悪いけれど、これ以上誰かを殺させるわけにはいかないのよ……!」
「……そうか。残念だよ」
 ウィルコは前に向き直り、短剣を斜め上に投擲した。
 街頭画面に刃が突き刺さる。
 そして、事前に仕掛けていたらしき罠が作動し、画面が爆発して砕け落ちた。
 悲鳴、絶叫、怒号。
 突然の出来事により大通りにパニックが蔓延し、人々は我先にと逃げ始めた。その間にウィルコは雑踏へと紛れ込む。
「出来る限り抗え。でねーと、略奪者に命まで奪われるぞ」
 背中越しの静かな声が、契約者たちに忠告した。
 一般人が邪魔でウィルコを上手く狙えない。その隙に、ウィルコは人波に消えていく。
 怜奈は銃口をホルスターに納め、彼の鋭い殺気を探し始めた。
「ああ、ウィルコに逃げられちゃう! 追うよ、みんな!」
 なななが命令を出すと、それと共に一人の幼い女の子が彼女の前にやって来た。
「……ん、どうしたのお嬢ちゃん。もしかして、お母さんとはぐれちゃった?
 でも、お姉ちゃんたち今ちょっと急いでるから……おーい、そこの警察さーん!」
 事態を収拾しようとしている警察を大声で呼ぶなななを、幼い少女はつぶらな瞳で見上げていた。
 怜奈は気づく。
 その幼い少女が、尋常ではない殺気をなななに向けていることに。
「金元少尉、伏せて!」
「え……?」
 怜奈はなななを抱きしめる。
 幼い少女の細い肩の輪郭が歪んだ。
 皮が引き裂ける残酷な音。
 体が爆散するように、少女には不釣合いな触手が肩から無数に飛び出て、怜奈を襲った。
 肩口を抉られ、怜奈の顔が苦痛で歪む。
「怜奈……っ!」
「私は大丈夫。はやく、逃げて!」
 敵だと分かった瞬間、怜奈の体が反応していた。
 血が滴る肩を押さえつつ、灼骨のカーマインをクイックドロウ。
 少女の体から血が噴き上がり舗装された道路に飛散。
 怜奈がそのまま連射すると、少女はあちこちに風穴を空けて道路に撃ち倒れた。
 倒れたまま少女が口を開く。
「やれやれ、ターゲットには被害無しですか」
 外見からは考えられない、男性特有の低い声。
 と、少女の頭から股にかけての皮が引き裂かれ、中から異形の化け物――エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)が姿を現した。
「せっかく、今まで姿を隠していたんですがねぇ」
「この化け物が……っ!」
 怜奈は空になった弾層をゼロコンマ秒で交換。
 立ち上がったエッツェルに銃口を向けて引き金を引く。
 直後に、怜奈の拳銃が花火の如く銃口炎(マズルファイア)をまき散らした。
「そんなもの、私には効きやしませんよ」
 銃弾の嵐に晒されながら、エッツェルは両肩から生える触手を纏め上げた。
 そして、巨大な捕食用触腕になった両手を向かい合わせ、手中に二つの魔法を無理やり発生させる。
 轟、と音を立てて魔法と魔法がぶつかり合い、融合して一つの巨大な魔法と成っていく。それは、彼が取り込んだクルーエル・ウルティメイタム(くるーえる・うるてぃめいたむ)の力だ。
 イナンナの加護でその魔法の危険度を知った舞花は大声を張り上げる。
「ノーン様、皆様、こちらにっ!」
 合成した魔法が肥大化し切り、エッツェルは嘲笑を含んだ声で言った。
「秘術ヘレティックサンクチュアリです。喰らいなさい」
 両手の中で、合成した魔法がはじけた。
 異端者の聖域という意味を持つその秘術は、瞬く間に周辺区域に広がっていく。それの風圧で、商店の店先の品々が吹き飛び、街路の紙くずが吹き荒れ、人々が押しのけられた。
 突風にあおられ秘術を受けた人々が異常をきたし、苦しみ始めた。
 精神を掻き乱され混乱する者、体が石化して動けなくなる者、侵食されて息を引き取る者……さらなる悲鳴が大通りを包み、阿鼻叫喚の光景となった。
「さて、どうなりましたかね? 契約者の皆さんは」
 自分の前の邪魔な人間を腕で払い、契約者たちに視線を這わせた。
 ドーム状の氷の盾。
 その中に契約者たちは収納されており、彼の秘術を受けなくてすんだようだ。
 氷はノーンの魔法によるものであり、舞花の呼びかけと同時に瞬時に生み出したものであった。
「ほう……あれでもまだ生き残りますか」
 二人の機転によって生き延びた契約者たちを見て、エッツェルは嬉しげな声でそう言った。
 
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