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終章 残ったもの

「たぶん、この辺のどこかにあるはずなんだよねぇ……」
 佐々木弥十郎は、装置の傍にしゃがみこんで、そこら中を隈なく探していた。
 装置はすでに止まっていた。“月の蜜”の力だったのか、あるいは偶然にも機晶石のエネルギーがタイミングよく止まったのか、真相はわからないが、それでも、止まったことは確かで、それまで瘴気に満ちていた部屋はむしろ清浄な香りすら漂っていた。
 六黒たちは、装置がストップしたことを見ると、意外にもあっさりと立ち去っていった。無闇に敵対するようなつもりはないのだろう。利用価値のあるものがなくなったならば、素直に引き下がるぐらいの分別は弁えていたようだった。
 そして、弥十郎と八雲は、装置の近くにあると予想される、あるものを探していた。
「あ、これじゃないか。なんか、吸収してるっぽいし」
 八雲が弥十郎を呼んだ。そこにあったのは、かろうじて残っていた“月の蜜”の蕾だった。
「やっぱり。実験材料にしてたんなら、ストックの一つや二つはあると思ったんだよね」
 弥十郎は得心したように言った。
「引っこ抜くか?」
 八雲が聞くと、
「はぁ、これだから素人はだめだねぇ」
 と、呆れたように首を振った。少しばかり、八雲がカチンと来たのは言うまでもない。
「“月の蜜”は恐らく、月の魔力を蜜に溜め込むことで、クモデツミク草自体が成長しているものと考えられる。ということは、月の魔力が取り込める一番最適な場所が良いってことだよ」
「というと?」
「だから、この場所から移動させないほうが良いってこと。研究員たちも一応、頭を働かせてたのか、ちょうど月の光を浴びやすい場所に置いてるみたいだし」
 そう言って、弥十郎は植物保護用のカプセルを蕾に被せた。
「……うん。これなら外敵からも守られるし、月の光も取り込めるね」
 満足そうに、うなずく。そして、レインへと振り返った。
「どうかな?」
「うん、ありがとう。これなら、今後も育てていけそうだ」
 レインはほっと安堵の息をついてから言った。
 優しい目が、まだ花開く前の“月の蜜”を見つめていた。リィナはそれを見て、レインが妹だけのためではなく、薬草を研究しているのだと思った。冒険の前に、レインからノートを見せてもらった。『レインブック』と名付けられたそれには、数多くの薬草について、自分で学んだ知識が書き込まれていた。
 いつかそれが、役に立つ日が来るのだろうか。リィナはそれを予感することしか出来なかった。
「さあ、帰ろう。イルムの森の人たちにも、装置が止まったことを伝えないといけないしね」
 弥十郎が言った。レインたちはうなずいて、揃って遺跡を出ることにした。

 イルムの森の人々は、人間を少しは見直してくれるつもりになったようだ。
 ひとえに、それはローザマリアたちのお陰でもあった。森に居残った彼女たちの姿と、遺跡の装置を止めてくれたダリルたちの「こういう人間もいる。出来れば、少しずつで良いから、手を取り合って生きていけないか」という言葉によって、森の住人たちは、自分たちの考えを改めるようになったのだ。
 無論、それには長い時間が必要だった。すぐに仲良くなる、というわけにはいかない。これまでの歴史と、意地と、不慣れな感情が、そうさせるのだ。それは仕方のないことだった。それでも、少しでも距離が縮まったことを、歌菜は喜んでいた。
 森の住人たちは、ささやかな宴会を開いてくれた。装置を止めてくれた彼らに対する、ねぎらいの気持ちだった。
 結局、薬草は手に入らなかったが、陽太はそれでも良いと最後には思えた。当初こそ、妻のために珍しい花を手に入れるつもりでいたが、きっとその正体や事情を知ったら、妻も森で育てることが一番良いと言ってくれるだろう。
「レインさんも、諦めないでね。妹さんのこと」
 陽太は、レインのことを鑑みた上で、激励した。
「ええ……」
 レインは淡くうなずいた。
 陽太は自分たち夫婦が鉄道事業に関わっていることを話した。それが完遂するのはいつのことになるかわからないが、陽太たちもまた自分の目標を諦めるつもりがなかった。勝手な願いかもしれないが、レインにもまた、そうであって欲しいと思う。
「その時は、また呼んでよ。妹さんも見てみたいしねぇ」
 託が頭の後ろに手をやって、のんびりと言った。ぜひとも、そうなってほしい。レインもそう思うところだった。
 ローズは、今回のことで少しだけ植物について感心を持ったようだ。
「レインさん。今度“月の蜜”の様子を見に行くときは、また私も連れていってくださいね」
 医師の卵として、単純な興味として、一緒に“月の蜜”の成長を見てみたいと思った。
「もちろん」
 レインは快くうなずいた。
「そのときは、ワタシも行きますよ。出来ればもっと数を増やしたいですねぇ」
「それは俺に任せてくれ。生態系を、もっと詳しく調べておこう」
 弥十郎とエースが同調して言う。
「帰ったら、俺たちもこの土の状態を調べて、レポートをそっちに渡そう。育てる環境を知ることも、大事だろう?」
 司が、“禁じられた森”から取ってきた土のサンプルを手にして言った。試験管の中に入っている土は真っ黒だが、状態を調べれば、少しは土壌改良の余地があるかもしれない。なにか意外なことが見つかるかも、という研究家としてのかすかな期待もしていた。
「司、せっかく木の樹皮も取ってきたんだから、それも忘れちゃダメですよ」
 サクラコが忠告するように言う。
「おっと、そうだったな……」
 司はそう言って、レインに樹皮のサンプルもあることを伝えた。そちらも、いずれは調査結果を教えてくれるそうだ。
 それから彼らは、薬草や医療についての専門的な談義を始めた。さすがに専門的過ぎて、周りの仲間たちはついていけない。それでもレインたちは、やはり同じ話題を話せる仲間といることで、ひどく楽しそうなのだった。
 そして、村の外れにある井戸の前に、リィナ・コールマンがいた。
 その手には、“月の蜜”から取れた黄色い蜜がある。ほんの、わずかな量だけ。床に落ちて残されていたのを、スポイトで吸い取ってきたのだ。これだけでは、ほとんど効果というものはないと言って良い。しかし、リィナはそれを、井戸の中にそっとこぼし入れた。
「リィナさん?」
 メティスが、それを見て訝しげな表情で近づいてきた。
 リィナの行動の意図がよくわからないという顔だった。
「どうして、そんなことするんですか? 勿体ないですよ」
 メティスがそう言うと、リィナはしかし、
「薬が大事なんじゃない。助けることが大事なんだ」
 と、ほほ笑みながら言った。
 時間はかかるかもしれない。装置は止まっただけだし、“禁じられた森”も、まだまだ植物の生気は戻っていない。だが、いつかはきっと、元の森に戻ることだろう。大地を取りもどすことだろう。そのきっかけになればと、思っていた。
「――私は魔女だから、いつかまた、取りに来るさ」
 “月の蜜”を欲していた魔女は、そう言って穏やかに笑った。
 井戸の水の中に落ちた黄色い雫が、きらきらと、かすかに輝いていた。

担当マスターより

▼担当マスター

夜光ヤナギ

▼マスターコメント

 シナリオにご参加くださった皆さま、お疲れ様でした。夜光ヤナギです。
 若き薬草研究家の冒険、いかがだったでしょうか?

 当初は予定されていなかった過去なども追加されました。
 これも、皆さんのアクションのおかげです。書かせていただいた本人もすこし驚いています。

 これからも、まだまだレインの冒険は続きそうです。
 今回のことは彼にとってとても良い経験だったと思います。
 色々とご親切にもしていただきましたし、気づかされたこともあったと思います。
 仲間になっていただいた皆さんには、感謝が絶えません。

 それでは、またお会いできるときを楽しみにしております。
 ご参加ありがとうございました。