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リアクション
【5】
屋上へ向かう途中、合流していった者達が居た。
「雅羅、合流出来て良かったわ」
ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)はそう言いながら目の前に居るビキニアーマー戦士の雅羅を上から下までそっと見て、微笑みを崩さずに慈悲深くスルーした。
グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)とエシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)もローザマリアに続いて無表情を貫いている。
「私、未だ――あの娘に何もしてあげられていない。
Friendとして、未だ、何も」
「これからそれをしに行くのよ、皆一緒にね」雅羅に言われて、ローザマリアは強く頷いた。
こちらも妙な格好の連中を慈悲の心を以てスルーしていた志位 大地(しい・だいち)だったが、流石に旧知の仲の者達にまで突っ込まない訳にはいかない。
「なんですかそれ、面白いとでも思ってるんですか? 皆さん良い歳して恥ずかしいと思わないんですか? 東條さん貴方生徒会長ですよね。学校の生徒代表がそれですか――聞きたいんですがそろそろ落ち着こうと思った事は? 椎名さん貴方のご職業は家令なんじゃないんですか自分の誇りを自ら汚すんですかそれとも同職の女性を見ていつかあれを着てみたいなと悶々としていたんですか? ああそれは失礼しました。 瀬島さんは……はあ……蒼空学園の誰 か さ ん に そ っ く り で す ね。これでいいですか?
全くこんな状況だっていうのにそんな馬鹿げた、いや化け物みたいな巫女だのロリータ服だのメイド服だの、佐々木兄弟のそのロングスカートは清楚を目指したつもりですかうざったい……ああ、縁さんは……別に――」
と言いつつ視線を外した上で最終的に「はっ」と笑った大地の無慈悲なツッコミに、全員が震えて泣いた。
合流しながらも一人歩き続けているリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)にとって、一月前心底我慢ならない事があった。
「(演者ではない、いわば演出に当たる様な男
――あのゲーリングとかいう奴が舞台にしゃしゃり出てきてくれたこと。
ジゼル君をさらっただけでもあれなのに万死に値するレベルだというのに、聞けば今回も恥知らずに舞台に上がっているみたいね)」
蒼空歌劇団の一人として、ディーヴァの道を進むものとして、これまで幾度となく歌姫として事件に飛び込み、時にイコンすらをもたじろがせてきた身。
「(そう簡単にジゼル君に遅れをとってはいられないわ)」
彼女の近くに隠れ潜んでいるパートナーはもっと別の方向に怒り心頭の状態だった。
シーサイド ムーン(しーさいど・むーん)はギフトだ。
兵器という前提で生み出されたギフトにとって物扱い、それも自由の一切を奪い取った上――という状況を聞けば、それは『死刑宣告』……いやそれ以上の苦痛というものだとシーサイドムーンは考えて居たのだ。
知り合いとすら言える関係ではないけれど、ジゼルに対するゲーリングの言動はシーサイドムーンの怒りを爆発させるに十分だった。
もう殺る気満々。
という様子で何時もは潜んでいるリカインの頭から離れ、迷彩塗装で時がくるまで潜伏する気だった。
銃が人を殺すのでない。人が殺すのだ。
とは良く聞く言葉だが、ギフトが自ら殺意を持って行動した時、結果はどうなるのだろうか
「朝焼けの騎、じゃない。妖精さんですよー」
訳の分からない自己紹介をしながら疾走する蔵部 食人(くらべ・はみと)と彼に装着されて全身ビニールゴミと海藻という悲惨な姿になった魔装侵攻 シャインヴェイダー(まそうしんこう・しゃいんう゛ぇいだー)を見ながら、雅羅は息を吐いた。
「あんたは何やってんのよ」
突っ込まれて振り返った雅羅の引き締まるところは引き締まり、盛り上がるところは盛り上がる素晴らしい肉体美を守るのは、赤と茶色のビキニアーマーで、初心を通り越した何かの食人からするともう目に猛毒の如しだった。
はずなのだが――
「俺がいつまでも免疫がないままだと思うなよ?」
格好よく言い放ちその場から蔵部食人はクールに去った。
珍しい事もあるものだ。
と、雅羅は頷いて落ちた視線にやっぱりな、ともう一度頷いた。
床に赤い点々がついていたのだ。
「いやあ、睡蓮に連絡する為に走って良かったわ」
耀助の惨状を見ながら紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は義妹である紫月 睡蓮(しづき・すいれん)の目を毒気に当てられない様に隠す。
「いやもー、本当にさー
あの時は目の前で拐われて結構ショックだったりするわけで、おかげでちと本気で頑張っちゃいますよ?」
「そうだな。
そうなんだけど……その為に頑張ったから人を毒みたいに扱うのやめて……」
耀助はいい加減涙目だった。
「アレクさん。
前の時、君のその――……利用してしまって……ごめん……」
真摯に直立で頭を下げた高峰 雫澄(たかみね・なすみ)を腕組みで見下ろして、アレクは舌打ちした。
「――お前本当に腹立つ奴だなタカミネ。グレネードやるから抱いて飛び散れよ。後悔する位なら初めからやるんじゃねぇこの糞馬鹿」
「でも、僕のした事は……汚かった」
「はァ? やり合うのに汚いも糞もあるのかよ。
お前は戦場で殺した敵兵の家族にいちいち頭下げて歩くのか? 飯の度に羊さん豚さんおこめさんに頭下げんのか?」
「――アレクさんは?」
「んなモン教会行って全部纏めて『神様俺は本当に馬鹿でごめんなさい』でいいんだよ。
日本人お得意のお参り行脚は一生暇なジーサンになってからにしろ」ハイ終わりと去って行くアレクに何も言えない雫澄の肩を、永井 託(ながい・たく)が叩く。
「一本取られたって顔だねぇ?」
魂の片割れとも言えるこの男の皮肉めいた笑顔に、雫澄はがくりと肩を落とした。
行った先でまた呼び止められて、アレクは近頃知り合いだらけになったものだと息を吐く。
「アレクさん、久しぶり」
五百蔵 東雲(いよろい・しののめ)は、予感通りの結果に複雑な胸中を隠した。
一月前、無理を通しても結局何にもならなかったと学んだから、こうして車椅子に乗っている。けれどもパートナー達が居るとまた頼ってしまうから、一人ここへやってきていた。
「(悪いとは思ったけど……帰ったら、怒られよう)」
沈んだ表情でいると頭を上から抑えられるように叩かれて、東雲は苦笑する。
「『生きてた』か。偉いじゃないか東雲。今日は妙な無茶して無いみたいだしな」
相手は相変わらずの無表情だが、これでもきちんと感情が動いているのだと東雲にはもう分かっているのだ。
「アレクさん(何だか色々とふっ切り過ぎな気もするけど)元気そうで何より。良ければイナンナの加護を――」
「いらん。まあでもありがとう。正直怠いし眠いし目眩するし眠いしイライラして落ちつか無い何も考えられ無いやっぱ眠いし変なもん見えるし眠いし……と、割と元気だからそんなものいらん」
「……そっか。これからは、無茶しちゃ駄目だよ。アレクさんに何かあったら、ジゼルさんにも影響するんだから。
二人で元気でいてくれなきゃ」
「お前もな。
死んで影響を及ぼすのは契約者とパートナー同士だけじゃ無いって事を無い頭でも解っとけよ」
真を突かれて心臓を跳ねさせた東雲の顔をアレクが値踏みするように見下ろしている。状況を打破してくれたのは小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)だった。
ただ何時も明るいはずの彼女の軽快なリズムを刻む高い声が、低く、暗い。
楽しいときも、そうでない時もはっきりと感情を出す彼女からそれらが失せている。
「ジゼルがくるって、本当に……? ジゼル、大丈夫なのかな」
触れれば切れてしまうような氷の刃のように、普段とは全く違う凍てついたその態度に影響を受けたのか、それとも彼自身も怒りが限界を越えたのか、美羽の恋人のコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)もまた押し黙ったままだ。
「大丈夫かどうか知らんが『ここに居る』って本人が毎日元気に歌ってる」事も無げに言うアレクに、美羽は食って掛かる勢いで言う。
「歌って……ジゼルの声が聞こてえるの!? 携帯も無いのに」
「さぁ。契約したから聞こえるのか、石の欠片を持ってるから聞こえるのか、それともまた俺が狂ったのか、どれだろうな?」
面倒なのか軽薄に言われ捨てられて、美羽は肩を震わせた。
「……ジゼルを兵器にした奴……ゲーリング、『ぶちのめして』でも取り返すよ……」
「穏やかじゃねぇな。あっちもか?」
アレクが視線を移したのはフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)だった。
主人を心配そうに見上げる忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)の気も知らずに、唯々冷静なだけの暗殺者の瞳でベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)へ言う。
「マスター、ジゼルさん見つかったのですね。
勿論参りますよ。
彼女が攫われ兵器となってしまったのは、また目の前に居ながら救えなかった私にも責任が御座います故」
フレンディスは忍者で、即ち暗殺者だ。普段友人と考えて居ても、任務対象や敵になれば敵と自身の中で別人の認識になるので躊躇なく動いてしまう。
あの時もそうだった。あの時は後悔した。それでも――
「(必要とあらば再度この手で)」
既に手遅れならもう一度自身の手で、と、フレンディスは今覚悟を決めようとしている。
「止めても無駄なのは解ってるが無理はするんじゃねぇぞ?
しかし最上階へ行けねぇと話しにならねー訳だが。
何とか行かねぇとな」
ベルクに視線を向けられて振り返ったアレクに、フレンディスは少々毒気が抜けた顔でぺこりと頭を下げた。
「えぇと……
ア……アレクサンドバックさん?」
サンドバック気分だった。
「ジゼルさんが貴方と契約したのでしたら今の私は貴方と戦う理由がありませぬ。
いいえ、少なくともジゼルさんをお救いする迄はは勝手ながら守らせて頂きます」
「フレイ、アレクサンダルの名、覚えてやれ……?」
「え? ……ああ! 申し訳ございません!
大事な名を間違えてしまう等一生の不覚!」
「別にどーでもいい。AlekでもAlexでもSashaでもサンドバッグでも好きに呼べば。
それよりフレンディス・ティラ。
俺こそ貴女に謝らなければ」
進み続けていた足をぴたりと止めたアレクは、今度はきちんと身体ごと振り返って、フレンディスの手を取った。
「貴女が居てくれたお陰で俺は大切なものを殺さずに済んだ。
取り返しのつかない過ちを止めてくれた。
感謝します。ジゼルの事を『最後迄』考えてくれている事も。
けれどこの間刀を受けて分かった。貴女は今、手を汚すべきじゃない。
俺はジゼルと契約した。だからその時がきて、必要だというのなら、俺は自分の事も、彼女の事も自分でどうにか出来る。責任を取れる。
フレンディス、どうか俺を信じて、全て終わる時迄は動かないで欲しい」
「今カッコいいとか思った奴、あいつ今、コートの下ミニスカートだからな」
何処かに向けて説明突っ込みをしているベルクの後ろから、鬼道 真姫(きどう・まき)が顔を出した。
「アレクの兄さんよ、ケツを拭うなら自分でってその考えは立派だが、あんた何でも一人で抱え込み過ぎだ。
たまにゃ素直に周りの奴等を頼ってみな。
……と、その前にその服どうにかした方が良さそうだけどさ。
女装するならあたしとしてはおススメがあるんだ。あれなら普通に似合うはずさ。そこの仮装グループの誰か持ってないかい?」
踵を返した真姫の隣に立っていた姫星が、アレクの両手をぎゅっと握った。
「一緒にジゼルさんを助けに行きましょう!
最悪の事態になんてさせません。絶対に助けるんです!
ですからアレクさん。絶対に最後まで諦めてはいけませんよ!」
「離してくれチビ。お前と話してると首痛い」
手も真摯な言葉も簡単に振りほどいてしまうと、逃げた先にも何かが待っていて心底うんざりする。
「どうして今『最後』まで考えてんだかしらないが、まずは生き残る事を考えろ。で、今度こそ皆で帰ろう。あんたの首をとるのはその後だアレク」
真面目な顔に薄ら笑いを浮かべたカガチの顔に腹を立てたのかどうかは定かではないが、アレクは舌打ちしてカガチの足を蹴った。
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