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2023春のSSシナリオ

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 通りすがりに思い立って行動してみた休日

――とある休日の日、佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)佐野 悠里(さの・ゆうり)の親子はプロレス団体、プロレスリングHCへと足を運んでいた。
 何故足を運んだかについて、特に明確な用事は無い。休日に街を歩いていて、ふとルーシェリアが付近に道場があったことを思い出すと、悠里が「行ってみたい」と言ったからである。

「あれかな、お母さん?」
「はい、そうみたいですぅ」
 悠里が建物を指さすと、ルーシェリアが頷く。
 その建物はプロレスリングHCの道場である。
「……静かですねぇ」
 ルーシェリアが呟く。普通ならば道場からは練習の声が聞こえてくるというのだが、その様な声も物音も一切聞き取れない。
「うん、そうだね……留守なのかなぁ?」
 悠里が辺りを見回すが、誰かいるような気配は無い。
「でも戸は開いてるね。それにこれ」
 悠里の言う通り、道場の出入り口は開いていた。扉には『見学歓迎。御自由にお入りください』というプレートがかかっていた。
「入っていいって事なんですかねぇ……まあ、戸は開いているんですから、誰かいるかもしれませんよぉ」
「うん、入ってみようよお母さん」
「そうですねぇ……せっかくここまで来たんだし、入ってみましょう」
 そう決まると、2人は入り口をくぐる。するとすぐにリングが目立つ道場の風景が広がっていた。
「すいませーん……って、誰もいないね」
 悠里の言う通り、道場はがらんとしており誰もいないようであった。
「そうですねぇ……あれ?」
「どうしたの?」
「リングの上、誰かいるみたいですぅ」
 ルーシェリアがリングを指さす。よく見ると、リングの上で誰かいるようである。
 2人が近寄ると、リングの上で誰かが横になっているのが見えた。リングサイドまで来ると、それが誰かはっきりと分かった。
「……は〜……」
 リング中央で、ジャージ姿の天野翼が大の字になって恍惚とした表情で寝転んでいた。ルーシェリア達が見ている事には気づいていないようで、時折ゴロゴロと寝返りを打ったり背筋を伸ばしたりとしている。
「……あ〜……昼間からゴロゴロするの超さいこー……」
 蕩けそうな表情でダメ発言をかましていた。
「……あのー」
 何時まで経っても気づかなそうなので、ルーシェリアが声をかける。
「うひゃあッ!?」
 すると翼は驚いたように跳ね起きた。
「だ、誰!? ってお客さん!? 気づかなかったごめんなさいいらっしゃいませ!」
 飛び起きたポーズで固まったまま、顔を真っ赤にして翼が言う。その姿に、ルーシェリアも悠里も苦笑するしかなかった。

「すいません、今日オフで丁度皆出払っちゃってて」
 翼がルーシェリアにグラスに入れた麦茶をどうぞ、と勧める。
「いいんですぅ。私達も突然来ちゃったわけなんですからぁ」
 ルーシェリアは勧められた麦茶を一口口に含んだ。
「それは構わないんですけど……戸閉めてたはずなんだけどなぁ……」
 腕を組み翼が考える仕草を見せるが、思い出せないのかすぐに諦めたように解いた。
「所で今日は何か用でも?」
「いえ、私達も今日お休みだったんで街に出てきていたんですぅ。丁度近くに来たとき、ここを思い出したら悠里ちゃん、娘が行きたいと言ったんですぅ」
 そう言ってルーシェリアが悠里を見る。その視線を翼も追った。
 悠里はリングサイドからリングを見上げていた。リングをじっくりと見てみたい、というのだ。
 何かを噛みしめる様な表情で悠里はじっとリングを見ていた。
「結構大きいでしょ、リングって」
 後ろから翼が話しかける。
「はい、かなり。これに上がって試合したんだなぁ……私……」
 しみじみと、悠里が呟いた。悠里は以前、とあるイベントで子供プロレスを行った際にレスラーとしてリングに上がったことがある。その事を想い出しているのだろう。
「ああ、あの時……皆初めて上がったとは思えなかったなぁ」
「いやいや、結構緊張しましたよ。投げられて受け身も失敗しちゃったし」
「そう言えばそうだったね……ねえ、時間ある?」
 翼に聞かれて、悠里は少し戸惑いながらルーシェリアを見る。ルーシェリアは微笑んで、ゆっくり頷いた。
「大丈夫ですけど……」
「ならさ」
 翼はリングサイドに飛び乗って、悠里に言った。
「もう一回リング上がって、レスラーやってみる?」

「お疲れー」
 リングを降りた悠里に、翼がスポーツドリンクを渡す。それを礼を言って受け取ると、悠里はゆっくりと飲みだした。
「はぁ……暑い……」
 悠里が手で汗を拭って腰掛ける。
 練習着を借りた悠里は、リング上で翼とスパーリングを行った。といっても、基本的には受け身の練習である。
「運動神経とか基本はある程度出来てるみたいだから、投げられた時の受け身をやってみよっか」という翼の提案を受けたのである。
 基本的な受け身から始まり、マットを利用してのジャーマン、外してのジャーマンを受けるまでやり、実際に軽いスパーリングで実践。
「お疲れ様ですぅ」
 ルーシェリアが悠里とタオルを渡す。
「はぁ……翼さん凄いなぁ……汗、ほとんどかいてない」
 汗を拭きながら悠里が翼を見る。悠里の言う通り、翼はうっすら額に汗が浮かんでいる程度であった。
「一応プロですから。それよりそっちの方が凄いよ。普通に練習についてこれてたしね……立てる?」
 腰掛けた悠里に翼が手を貸すと、その手を掴んで立ち上がり呼吸を整える。
「うん、大丈夫。何処も痛くないし」
 そう言って悠里は自分の身体を見回す。
「随分と受け身もうまくなってましたよぉ、悠里ちゃん」
 ルーシェリアに言われ、少し恥ずかしそうに悠里が笑う。
「う、うん。次リングに上がったら、前よりいい試合できるかな?」
「できますよぉ」
「うん、できると思うよ」
 ルーシェリアと翼に言われ、悠里は今度は嬉しそうに笑った。

「なら、あちきが今試してみましょうかねぇ?」

 リング上の声に目をやると、いつの間にかコスチュームに身を包んだレティッツ・キャッツことレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)が立っていた。
「い、いつの間に……」
 驚いたように呟く悠里に、レティシアが高笑いで応える。
「あちきは神出鬼没のレティさんですよぉ? できないことはあんまないんですねぇ」
「一言挨拶位すべきだと思うの……すいませんお邪魔してます」
 ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)が疲れたように頭を下げると「いえいえ」と翼も頭を下げる。
「それよりも、どうしますかねぇ? あちきと一試合やりませんかねぇ?」
 笑みを浮かべながらレティシアが悠里を見る。
「うん、やるよ」
 悠里がゆっくりと頷いた。
「大丈夫? 別に無理しなくても……」
 翼が心配そうに聞くが、悠里は首を横に振った。
「大丈夫。それに、引くわけにはいかないんですよ。あの人に、前回泣かされましたし」
 そう言って悠里はレティシアを見据える。以前出場したイベントで、悠里は突如現れたレティシアにジャーマンで投げられて泣かされたのであった。
「お、リベンジですねぇ? あちきはかまいませんよぉ? 返り討ちにしてくれますからねぇ」
 そう言ってレティシアは挑発するように手招きする。
「レティ……大人気ないわよ……」
 呆れた様にミスティが呟く。
「獅子はウサギを刈るのにも全力なんですからねぇ。挑まれたとあって手を抜いちゃ罰が当たるってもんですよぉ」
 そう言ってレティシアは笑う。
「挑まれたって、絡んだのはこっちじゃないの……」
「まぁ細かい事はいいんですよぉ。セコンド、頼みますよぉ?」
「はぁ……仕方ないわね」
 疲れた表情を浮かべながら、ミスティはレティシアサイドのコーナーの傍に着く。
「やる気満々ですねぇ。悠里ちゃんはお母さんが応援しますぅ」
 そう言ってルーシェリアが悠里サイドのコーナー傍に着いた。いつの間にか何処からか持ってきたリングコスチュームを身に纏っている辺り、こっちもやる気満々である。
 止めても無駄、と思ったのか、翼は苦笑してゴングを取り出した。
「怪我だけは気を付けてくださいね。それでは――」
 そして、ゴングが鳴らされた。

――この時行われた試合の内容は、ここで伏せておく。結果がどうなったか、聞くのも野暮という物だろう。

――ただ一つ、わかっている事。それは、試合後に翼が手料理を振る舞おうとしたところ、帰ってきた他のレスラー達が止めてくれたおかげ大参事は免れた、という事である。