リアクション
☆ ☆ ☆ 再びカリフォルニア州、ロサンゼルス──。 ここから少し北に行ったところのサンフェルナンド・バレーの東部にあるバーバンク。 世界的に有名なリゾート施設である夢の国本社の受付けで、一大事件が起こっていた。 受付けの前にたたずむのは、粗末な衣に身を包み茨の冠をかぶった、思慮深そうな眼差しの男性。 なぜかわからないが神々しいオーラが放たれ、受付の女性は気圧されるように見入ることしかできなかった。 「──私だ。恐れることはない」 穏やかな声は、天上から降り注ぐ恵みのようだ。 「あなたはもしや……」 この男性に良く似た姿は、カトリック系の教会ならたいていどこでもお目にかかれるだろう。 ジーザス・クライスト(じーざす・くらいすと)──という。 「人の子よ。私はまだ汝らを愛している」 「いや、いやいやいや。そんなわけないでしょう。あなたがまさかのご降臨……いやいやいや」 ふだんは丁寧な接客を心がける彼女も、これには取り乱してしまった。 しばらくジーザスの顔をじっと見つめていると、彼はまだ証が足りないと思ったのか、おもむろに籠を差し出した。 そこには五つのパンと二匹の魚が盛られている。新鮮な魚は籠の上でビチビチ跳ねていた。 「魚はナマ……? あれ、どこから出したの? ちょ、ちょっと待っててくださいっ」 彼女は内線を通して誰かと話し始めた。 ジーザスと南 鮪(みなみ・まぐろ)は、ここから怒涛の日々を送ることになる。 もしかしたら、もっとも長く研修旅行をしていたかもしれない。 鮪とジーザスはあの後、映画企画関係者と面会した。 キマクの令嬢との約束を果たすため、鮪が本来会いたいのは映画企画関係者ではなかったが、まずは話を聞いてもらおうと、彼に熱心に話し出す。 「土地はある。これが証拠だ」 と、放送記録に残したキマク令嬢の許可を提示する。 「広大な土地だぜぇ。ランドどころか世界リゾート級も夢じゃねぇ。な、だから、このことをもっと上の連中と話し合いたいんだ」 「上と言うと?」 「ここの本社の社長クラスや州知事、できれば大統領」 挙げられたそうそうたるメンバーに、聞いていた男は思わず吹き出した。 冗談だと思ったのだ。 「冗談を言ってるわけじゃねぇ。実際、この国の不法移民問題や失業問題は解決してねぇんだろ? この夢の国建設のために雇って連れてくのは悪い話じゃねぇだろ? 子供には学校もあるぜ」 「ははは。まるで夢みたいな話だな」 「だから、これから現実にするんだって」 「まあまあ。これはそう簡単にすむ話でもないからな……。ところでキミ、映画は好きか?」 ここで頷いてしまった鮪は、ジーザス共々映画出演することになってしまった。 この男の紹介でB級映画の監督のもとに送られ、C級ゾンビ映画に出演した。鮪が神を連れてきて、最後に哀れなゾンビ達は土に還る。 この映画にはD級エキストラが大勢出ていた。 彼らの大半が日雇いエキストラだ。 「ああ、夢の国リゾートの人材が……」 と、眺めていると、一人の男が話しかけてきた。 「あんたか、パラミタから来た手品師ってのは」 「手品師じゃねぇ」 「パラミタにでっかいリゾート施設を作りたいって持ちかけたんだってな」 鮪達のことは、どこからか噂となって広まっていたのだ。 男はグッと鮪に接近して小声で言った。 「俺ならそこらへんのノウハウを知ってるぜ」 よくよく話してみてわかったのは、彼が中国からの不法移民ということだった。 「な、やろうぜ。こいつら全員連れてってさ、そんでみんなで大儲けだ!」 意訳すると、パチモンランド作ろうぜ、である。 しかも、この男はすでに仲間を集めていて、いつでも出発できるようにしていた。 集めた仲間にはさまざまな職業の者がおり、不足はなさそうに見える。 男は大仰な仕草で鮪の前に膝を着いた。 「彷徨える我らに救いの手を──!」 こうして、鮪はパチモンランド計画に巻き込まれていった。 鮪が夢の国本社にいた頃、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は日本で言うホコ天を軽やかに歩いていた。 肩にはアコースティックギターを収めたケースを担いでいる。 高い建物がないため、空は青く開放的。 南国独特の幹の長い木が道の両脇を飾る通りは、見ているだけですがすがしい。 許可を得た車輛以外は入ってこれないので、詩穂は広い通りの真ん中を悠々と進む。 オープンカェや雑貨屋やブティックが立ち並ぶ異国の通りを歩いていると──。 「何だか、いい曲ができそう!」 なんて思っていると、前のほうから有名な映画の歌が聞こえてきた。 詩穂もパラ実軽音部の部員だ。音楽には親しんでいる。 その演奏者のギターの音がレベルの高いものであることを、すぐに感じることができた。 足早に音の主のところへ向かう。 素敵な音と声の主は二人いた。二十代くらいだろうか。 彼らの周りにはそこそこ人が集まっており、曲に合わせて一緒に歌ったり踊ったりしている。 詩穂の口元にも自然と笑みが浮かび、体がリズムを追う。 やがて一曲が終わると、詩穂は担いでいたギターケースを下ろし、アコースティックギターと、別の鞄から銀のハーモニカを取り出した。 それに気づいた二人のミュージシャンが、楽しげな視線を向けてくる。 詩穂の見た目は十五歳くらいだ。さらにアメリカの彼らから見るともっと幼く見えただろう。 二人の目は、子供を見守るあたたかいものだった。 その雰囲気に気づいた詩穂は小さく笑いながら、二種類の楽器の音を確かめた。 そして始まる、驚きの歌。 二人の目は文字通り驚きで丸くなっている。 そして、目配せを交わすと、詩穂の歌に合わせて弦を弾きだした。 ふと見ると、人々が足を止めて詩穂達に注目している。 詩穂は曲に『熱狂』を乗せて響かせた。 銀のハーモニカでどこかノスタルジックなメロディで締めくくると、たくさんの歓声と拍手が沸き起こった。 詩穂と二人組はお互いを讃えあい、握手を交わす。 「とっても素敵でした!」 「俺達もだよ。君、まだ小さいのにうまいね! 驚いたよ」 「ふふふっ、何歳に見えますか?」 「う〜ん、十三……?」 「あははっ」 実年齢を教えると、二人は大げさなほどに驚いてみせた。 「やっぱり日本人は幼く見えるのかな。詩穂のこと、天使みたいにカワイイ詩穂ちゃんって呼んでくれると嬉しいな」 「はははっ、いいよ。ところで、天使みたいにカワイイ詩穂ちゃんは、いつ頃までここに滞在する予定? よかったら、また一緒にやろう」 そこで詩穂はパラミタ行きについて話をした。 「ああ、パラミタ! その種もみ学院でこれから作る音楽部に加わってほしいと」 「うん。いろいろ教えてくれると嬉しいんだけど」 「パラミタにも音楽はあるのか?」 「詳しくは知らないけど、その土地独自のものはあるんじゃないかなぁ。だって、音楽ってそういうものでしょ?」 「よし、それなら決まりだ。俺達は未知の音楽に会いにいく!」 「こっちでもう少しやることあるから、それが終わったら連絡するよ」 詩穂は二人と連絡先を交換しあった。 ☆ ☆ ☆ 遠野 歌菜(とおの・かな)は、チョウコからのメールにホッと安堵の息をついた。 「よかった。あの後どうなったのかなって気になってたけど、キャロラインとずっと一緒で適当なとこで一晩過ごしたみたい。またこっちに来るって」 「ひとまず安心だな。どうする? 俺達は俺達で始めるか?」 月崎 羽純(つきざき・はすみ)に聞かれ、歌菜は少し考えた後に元気よく頷いた。 二人は、詩穂が二人のミュージシャンと出会ったところからさらに通りを進んだところに場所を決めた。 「今日はここが私のステージ。羽純くん、よろしくね!」 「ああ。──歌菜、いつも通りだ。歌は人種も国境も関係ない。一人でも多くの人に届くよう、真心をこめて音を響かせよう」 「うん!」 準備を進める二人に興味を持った何人かが、少し離れたところから様子を見守っている。 音合わせが済むと、二人は視線でスタートの合図を交わした。 歌菜は大きく息を吸って、ここにいるすべての人に届くように声をあげた。 「新天地を目指す旅人達へ!」 ♪行ってみよう 新天地 見たこともない景色 会ったことのない人 踏み出す一歩は ドキドキ? ワクワク? やってみなきゃわからない♪ 羽純のエレキギター『月下美人』の巧みな伴奏と、歌菜の澄んだ歌声に誘われて人々が足を止める。 頃合いを見測り、歌菜はアルティメットフォームを唱えた。 やさしい光が歌菜を包み、光のシルエットとなる。 人々の口から驚きの言葉があがった。 やがて光が落ち着いていくと、そこには魔法少女アイドル マジカル☆カナがいた。 カナは綺麗で純粋な微笑みを見せ、人々を導くように空を指した。 ♪おいでよ 翼はここにある♪ ワッと歓声があがった。 歌菜はペコリとお辞儀をしてから話し始めた。 「私達はパラミタで音楽活動をしています。今日は、パラミタから歌をお届けにきました。次の曲にいく前に、聞いてほしいことがあります」 歌菜は種もみ学院のことを話し、学院生絶賛募集中だと言って締めくくった。 すると、人だかりの中から手が上がった。 歌菜と同じくらいの見た目の年の女の子だ。 「行くのはいいけど、家とかどーすんの? 餓死なんか洒落になんないんだけど?」 「心配することはない」 答えたのは羽純だった。 「オアシスには家の用意があるとのことだ。家族で来るのもかまわない。でも、そうだな……まずは体験するだけでも歓迎されるだろう」 たぶん、と最後に小さく付け加えると、女の子はクスクス笑った。 「家があるならいいや。話してみるよ。あたしもミュージシャン目指してんだ! パラミタに行ったら一緒にステージ立ちたいね」 「担当はどこ? 何なら今ここで一緒にやらない?」 すかさず歌菜が誘うと、女の子はびっくりした後、嬉しそうに笑った。 「待ってて! 楽器持ってくるから! ちょっと時間かかるけど、どこにも行かないでね!」 女の子は早口にそう言うと、すごい速さで走り去っていった。 彼女に触発されたのか、話だけでも聞いてみたいという人が多くなり、二人はしばらく質問攻めにあった。 ようやく質問の嵐が去っても、女の子との約束があるから移動できない。 「ここの人からお勧めスイーツの店を聞いたんだが、おあずけだな。まあ、明日でもいいか」 羽純の呟きに、歌菜が素早く反応する。 「どこ? どんなお店?」 「フローズン・ヨーグルトのおいしい店だそうだ」 「わぁ! いいねっ。でも羽純くん、いつの間に聞いたの?」 「歌菜がホットドッグに夢中になってる時に」 「夢中って……食いしん坊みたいな言い方〜」 「事実だろう? 俺が話しかけても上の空で……」 「そ、そんなことなかったはず……だよ」 反論したものの、いまいち自信の持てない様子の歌菜に、羽純はクスッと笑って彼女の頭をやさしく撫でた。 女の子が戻ってくるまで、二人は他愛ないおしゃべりをして過ごしたのだった。 昨日のプロレスの余韻と一緒に、キャロラインとチョウコは陽が傾いてきた大通りを歩いていた。 生前とはすっかり変わった街並みに、トーマスも観光気分だ。 そこで三人は、待ち合わせをしていたシリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)と合流した。 「無事に会えたなっ。よかったよかった」 と言ってチョウコの肩を叩くシリウス。 チョウコはやや複雑な表情だ。 直接その様子を見たわけではないが、前回の体験入学の惨劇のことは耳にしていた。 シリウスもピンときたのか、苦笑して頭をかいた。 「まあ、百合園の立場としては仕方ねぇだろ? でも、開校できたことはお祝いするよ。だから今日は、少しくらい手を貸そうと思ってな。のってみるか?」 「……何かやるのか?」 シリウスはニッと笑って竪琴形態の妖精鳴弦ライラプスを見せた。 「いつの間にか教師なんかやってるけど、オレも昔はこっちで食っててな。国じゃそれなりに名声はあったんだぜ」 「そうなの……? アンタには悪いが、ちょっと意外だな」 「アハッ、よく言われる。──でだ、オレがこいつで支えるから、歌ってみろよ」 「あたしが!?」 「おまえの他に誰がいる? チョウコ、アーティストの会話は言葉じゃない、音楽だろ? 共感できる仲間を探すなら、まずは自分をさらけ出してみろよ」 「や、アンタの言うことはわかるけど、あたし、歌なんて知らないよ!?」 「だいじょーぶ、オレがついてる! さ、やるぞ!」 有無を言わさずシリウスはチョウコを導いた。 そして、通りを振り返り大きく手を振る。 「みんなも準備はいいかー?」 ワァッとあがった歓声に、いつの間にこんなに人が集まってきたのかと、チョウコは目を丸くした。 照れくさそうにシリウスが笑う。 「ネットでちょっと呼びかけてみたんだ。けっこう覚えててくれたみたいだ」 しかし、こんな人前で歌ったことなどないチョウコは、緊張で魂が飛び出しそうになっていた。 シリウスがバシッとその背を叩く。 「しけたツラしてんなよ! ──みんな、久しぶり! 急な知らせになのに集まってくれてありがとな!」 シリウスがファンに呼びかけた。 本来、活動拠点としていた場所じゃないだけに、通りを埋め尽くすほどの人というわけではなかったが、それでも彼女の歌が好きだった人達は近くまで来たなら、と足を伸ばしてくれた。 「今日はオレはこいつのために演奏する! 聞いてやってくれ!」 グイッと腕を引かれたチョウコは、ここまで来たらもうやるしかない、と腹をくくった。 マイクを握り、挑むように人々を見渡す。まるで大きな喧嘩をやる時のような緊張感だ。 「あたしはパラミタから来たチョウコだ! そこのシャンバラ大荒野に自身の歌を響かせたい奴は、種もみ学院に来い! 荒野は音楽に飢えている! あんたらの音で、乾いた荒野を潤してくれ!」 勢いに任せて言った後、チョウコはシリウスを見やって小声で聞いた。 「……なあ、みんなポカンとしてるけど、あたしの言葉通じてんのかな?」 「ああ、そういやどうなんだろうな? ま、そこは歌で伝えろ。オレも手伝うから」 「そっか。じゃあやってみる」 覚悟を決めたチョウコが再び人々に向き直ると、シリウスは竪琴を奏でた。 先に弾かれたメロディに合わせてチョウコが即興の歌詞を載せる。 お世辞にもうまいとは言えない歌だったが、チョウコの真剣な思いは伝わったのか野次は飛んでこない。 と、そこにエレキギターとピアノアコーディオンを持った二人が混ざってきた。 羽純と、楽器を取りに帰った女の子、それからチョウコの隣には歌菜が並んだ。 「やっと合流できた。この子も混ぜてあげてね」 新たな楽器の音色が加わり、曲に厚みが増す。 外れがちだったチョウコの音程も、歌菜が一緒になったことで安定した。 シリウスも声を重ね、さらにトランスシンパシーと熱狂を乗せた効果でファンを盛り上げた。 ちょっとしたステージになり、さらに見物人も増えた時、昨日出会った二人のミュージシャンと歩いていた詩穂が通りかかった。 見知った顔を見つけた詩穂も、二人を連れて歌に参加する。 歌いながら踊っていると、見物人もいつの間にか思い思いに体を動かし楽しんでいた。 そんな様子に、すっかり肩の力が抜けたチョウコもシリウスの手を取り、跳ねるようなステップを踏む。 そこにはキャロラインとトーマスもいる。 「やっぱ音楽っていいよなっ」 そうだろう、とシリウスも笑って頷いた。 |
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