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種もみ学院~環太平洋漫遊記

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種もみ学院~環太平洋漫遊記

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種々の想いを抱いて


「着いた……懐かしいな」
 フェリーを降りたレオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)は、海風にあおられる髪をおさえて懐かしそうに目を細めた。
「ここがレオーナ様の故郷ですの?」
 一緒に来たクレア・ラントレット(くれあ・らんとれっと)が物珍しそうにあたりを見回しながら言った。
 そこで何故かレオーナの得気な返事。
「あたしは過去は振り返らないの。どこが故郷かなんて小さな問題。地球が懐かしい、それだけだよ」
「そういうものですの……?」
「そういうものだよ。そんなことより、クレアはコアラに会いたいんでしょ? ここはコアラの本場! さっそく抱っこしに行こう!」
「そうでしたわ! あの可愛らしいコアラとふかふかしたいのです! できれば連れて帰りたいですわねぇ」
 二人ははしゃぎながら港を後にした。

 たどり着いた動物園。
 そこで二人は愕然とした。
「コアラがいない……!? カンガルーやワラビーはいますのに」
「コアラ、お休み中なのかな。もう少ししたらまた来てみようよ」
「そうですわね。残念ですけれど」
「ところでさ、ここって結構日本語を話す人が多いんだね。オーストラリアって英語ばっかりだと思ってたよ」
「日本からの観光客が多いから、スタッフも勉強しているのかもしれませんわ」
「そっか。……あ、かわいい女の子達発見!」
 遠くのほうにいた制服の女の子達を目ざとく見つけたレオーナは、あっという間に彼女達の元へ駆けて行った。
 学校帰りらしい女の子達は、突然声をかけてきたレオーナにきょとんとした目を向ける。
 レオーナは走って乱れた髪を直すと、一番好みの外見の女の子の前に進み出て、そっとゴボウを差し出した。
「あたしとあなたの愛の種もみを、パラミタで発芽させてみない?」
 女の子達の顔が呆気にとられたものに変わる。
 と、一瞬後には爆笑になった。
「愛とコボウと種もみの関係がわかんなーい! ねえねえ、もしかしてパラミタから来たの? お昼は食べた? まだなら一緒に食べようよ」
「いいの? あたし、本気で混ざっちゃうよ?」
「あははっ、いいよいいよ」
 クレアが追いついた頃には話がまとまっていたため、彼女は置いていかれないように急いでついていったのだった。
 女の子達が連れていってくれたのは、パン屋さんだった。
 ここで買って、公園で食べるという。
 レオーナとクレアはひそひそと言葉を交わす。
「……ここも日本語だね。店員も日本人に見えるよ」
「日本も海外進出がもっと積極的になったんですわね……あら?」
 ふと、クレアはおもしろい形のパンを見つけた。
 ネームプレートには『ぼうしパン』と書いてある。
「オーストラリアには、パンでできた帽子があるんですね。さすが、オーストラリアは違いますね。農業と畜産の大国ですもの。これくらいは当然なのですね」
 興味津々にクレアがぼうしパンを見つめながら感心していると、女の子の一人がとても気まずそうに言った。
「えっと……ここ、高知なんだけど」
「コウチ? レオーナ様、わたくし達アデレードに行くつもりがコウチというところに来てしまったようですわ」
「だからコアラがいなかったんだね。ねえ、アデレードまでの行き方、教えてくれるかな?」
 どこまでも勘違いする二人に、女の子達は途方に暮れたのだった。
 それから、ようやく誤解がとけた頃、レオーナはコアラは捕まえられなかったけれど、女の子達のメルアドをゲットした。

☆ ☆ ☆


 宮城県を訪れた風馬 弾(ふうま・だん)は、人通りの多い大きな通りで種もみ学院のパンフレットを配っていた。
 この学院が研修旅行で地球に行くという話を聞き、行ってみたいところがあったので同行することにしたのだが、ただついていくのも申し訳ないと思い、こうして協力もすることにしたのだ。
 興味を持つのは、やはり若者が多かった。
 特に弾と年齢が近い学生は、種もみ学院やパラミタについていろいろ質問してきた。
 弾は、知っているかぎりのことを話して聞かせた。
 丁寧な説明が功を奏したのか、何人かとメルアドを交換した。
 それが一段落した頃、ノエル・ニムラヴス(のえる・にむらゔす)が弾に尋ねた。
「弾さんの出身は日本の西のほうと聞きましたけど、どうしてここへ? 故郷には行かなくていいんですか?」
「うん、いいんだ。今帰るとすごく懐かしくなっちゃって、パラミタに戻るのがつらくなるかもしれないから」
「そうでしたか」
 弾の素直な返事に、ノエルはそっと微笑んだ。
「でも、ここを選んだのにはちゃんと理由があるのでしょう?」
「うん……ここはね、十年くらい前にとても大きな災害があったところなんだ。僕がまだ小さかった頃だよ。でも、僕はそれが悲しくて大変なことだっていうのはわかったんだ」
 昔に見た映像を思い出したのか、目を伏せた弾をノエルは見守っている。
 急かすことのないやさしい沈黙の後、弾は再び口を開いた。
「たくさんの人が亡くなって、家も仕事も家族もめちゃくちゃにされたんだ」
「そんなことが……」
「テレビで見たあの恐ろしい映像のところが、どんなふうになったのか見てみたくなったんだ」
 そう言った弾の表情は、ほんの少し切なさが混じっているが明るいものだった。
 それは、彼が想像していたよりもずっと、街が明るかったから。
「美しい自然と人々と都市が一体化した、素晴らしいところだと思わない?」
 ノエルは、改めて周りを見回した。
 笑い合い、おしゃべりをしながら行き交う人々、営業中の店、散歩する親子、風にそよぐ街路樹と遠くに見える山々。
 反対側には海がある。
 平和で穏やかな時間。
 パラミタに、いくつこのような街があるだろうか。
「そうですね。私には、十年前にあったことなど想像もできません。それだけ、ここの人々は辛抱強く一歩ずつ歩んできたのですね。そう思うと、建物一つにしても、強い思いを感じます。何だか、種もみ学院の皆さんに似ていますね」
 ノエルは、今頃アメリカや中国にいるだろう人達を思った。
「あの荒野に新しい学校を築き、育てていく強さというものは、この土地の歩みに似ているような気がします。もちろん私も、パラミタの新たな世界を切り開いていく強さ、危機と闘う強さ、大切なものを守っていく強さを、ここから学び、力に変えていきたいと思っています」
 弾はノエルの言葉に嬉しそうに頷いた。
「ノエルがそんなふうに思ってくれてよかった。──ねえ、海を見に行こうよ。今日はきっと綺麗だよ」
「ええ。いろいろなものを見ていきましょう」
 大切な家族のぬくもりを確かめ合うように手を繋ぎ、二人はゆっくりと海の方へ歩いていった。

☆ ☆ ☆


 宮城県で弾やノエルのように穏やかに過ごしている人もいれば、大阪府でキリリと戦う人もいる。
 前回の百合園体験入学や面接などで、種もみ学院は合併のことはもう考えないという方向になったが、桜月 舞香(さくらづき・まいか)は安心していなかった。
「いつ気が変わるかわからない」
 パラミタに進学希望の女の子達を種もみ学院に奪われていったら、また合併話が再燃しかねないという危機感があった。
 そこで舞香は桜月 綾乃(さくらづき・あやの)と共に大阪府に来ていた。
 舞花が所属する百合園女学院は東京に本校がある。
「大阪はまだ知名度が低いと思うの。種もみ学院より先にパラミタの百合園に勧誘するわよ!」
「まいちゃん、張り切ってるね。私もお手伝いするね」
 頼もしい綾乃の言葉に力を得て、舞花が向かった先は教育委員会の事務局があるところ。
 ……が、一生徒がいきなり行って面談するのはちょっと難しかった。
 しかし、舞香は今度は学校を訪ねることにした。
 最初に行ったのは女子中学校。
 今度は応接室に通してくれた。
 舞花と対面したのは、五十代くらいの穏やかな雰囲気の女性教諭だった。
「パラミタの百合園女学院の方なんですってね」
「はい。桜月舞香と申します。突然の訪問にも関わらず、お時間を割いてくださりありがとうございます」
 舞花はお辞儀をすると、さっそく本題に入った。
「──という感じが、各地の学校の今の様子です。こちらの中学校に契約者の生徒さんがいらっしゃいましたら、百合園への進学をお勧めします。もちろん、契約者でなくても、最近は小型結界装置もだいぶ安くなりましたから、それを身につけて進学を検討してくださってもかまいません」
「そう。ふふふ、熱心ね。あなたは百合園がお好きなのね」
「はいっ」
「そんなふうに生徒に愛される学校は幸せね。この学校の生徒の中にもそういう子が一人でもいれば、私達も報われるのだけれど」
 教諭はお茶を一口飲むと、上品に微笑んで言った。
「お話しはわかりました。生徒の進路の選択肢にパラミタの百合園を入れておきましょう」
「ありがとうございます」
 学校を出た舞香は、外で待っていた綾乃にこのことを報告した。
「よかったね、まいちゃん」
「うん。でも、まだ終わりじゃないわ。歩いてる生徒にも百合園をアピールするわよ」
「それなら、大通りに行こうよ。きっと学生さんもいっぱいいるよ」
「そんなこと言って、本当は何か食べたいんじゃないの?」
 見透かすように舞香に言われ、綾乃は少し赤くなる。
「ふふっ、まいちゃんは何でもお見通しね。でも、まいちゃんもちょっとは喉渇いてない?」
「そうね。もうすぐお昼だし。混む前に食べちゃいましょうか」
「やった! あのね、大阪ではお好み焼き定食って言って、お好み焼きがご飯のおかずになるんだって!」
 舞花の一言を待っていたかのように喜ぶ綾乃。
 かわいいその笑顔に、舞香の頬も緩む。
「帰りはどこか観光しない? やっぱり、あのアメリカ映画のテーマパークかな?」
「綾乃、あんまりはしゃいでると転ぶわよ」
「まいちゃんがいるから平気!」
 綾乃の希望のお好み焼き定食を楽しんだ後も、舞香は百合園への勧誘を続けた。綾乃も一緒に。
 途中のナンパは舞香の華麗な蹴りで追い払って。
 もちろん、キマクの治安の悪さを伝えることも忘れない。
 パンフレットを配った効果もあってか、その場で百合園について聞かれることもあった。
 この中に来年度の百合園新入生がいるか、今から楽しみだった。

☆ ☆ ☆


 日本の中部地方、廃藩置県の時にほぼ旧美濃国と旧飛騨国から構成された県といえば──。

「ここはドコなんだ? そしてお前は何をしている?」
 シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)は、何故かちぎのたくらみで子供の姿となっている牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)を胡乱な目で見やった。
 アルコリアはくりっとしたかわいい目をしておどけてみせる。
「シーマちゃんたら、ここは岐阜よ。私はほら、イコンを生身で倒せる契約者とか、イコンを所持しない国から見たら一人で国を征圧……」
 口調まで変わっているアルコリアの話を、シーマはほとんど聞いていなかった。
 アルコリアはかまわずしゃべる。
「……ということで、あまり大っぴらに地球に来たと言ってはいけないのよ」
「そうか。それでボクにどうしろと?」
「学生服を選んでほしいの。あのお店で」
 と、アルコリアが指さしたのはお土産屋っぽい店。
「何でボクが……」
「いいからいいから。シーマちゃんに頼みたくて連れてきたんだから」
 首を傾げるシーマの背を、店へと押すアルコリア。
 仕方がない、とシーマはわけがわからないまま制服選びをすることにした。
「正直、日本語の会話はできても読みとかはあまり自信がないので、フォローをたの……どこに行った……?」
 シーマが振り向いた時、そこには誰もいなかった。
 ため息をついたシーマは、それでも店を出ることはせず、頼まれたことをこなそうと店内を見渡した。
 個人経営のこじんまりとした店だ。店員はレジにいる中年女性一人だけ。
 一通り見渡して、シーマは一つ頷く。
 悪い店ではない。雰囲気もなかなか良い。
 ふと、シーマは木刀が売られているのを見つけた。
 その傍には、かなり迫力のある仮面が壁にかけられている。
 シーマは気になってそのコーナーへ歩み寄った。

 アルコリアはというと、店の外からこっそりシーマの様子を覗っていた。
「シーマちゃん、般若の面やペナント見てるよ……まさかあれを制服にしようなんて考えてないよね……? 買いそうで怖いなあ」
 シーマのセンスはかなりぶっ飛んでいる。
 以前、好きにさせた時のこと──。
 プレートアーマーの上にキャミソールを着て、麦わら帽子で出かけようとした……。
 アルコリアは、遠い目をして過去を振り返った。
 と、シーマがレジの女性と何か話している。
 アルコリアはこそこそと店内に入り、商品の陰に隠れて会話を盗み聞きした。
「これは文字だろう? 何て書いてあるんだ?」
 シーマが漢字がプリントされたTシャツを店員に見せている。
 彼女は愛想の良い笑みで答えた。
「あら、外国の人?」
「いや、パラミタだ」
「まあ、そんな遠いところから! これはねぇ、あたしが今でも追いかけている憧れで……そう、星かしら。輝く者……そういった凄い意味の言葉よ」
 キラキラと目を輝かせて言う店員の言ったことに、シーマはなるほどと感心して頷いた。
 ──これなら、制服にふさわしいだろう。
 シーマはこれに決めた。
 アルコリアは何とも言えない表情でそっと店を出た。
 ──漢字って時点でもうダメだ……。
 しばらく待っているとシーマが出てきてアルコリアを呼んだ。
「制服を1000枚注文した。在庫がないから、できしだい送ってくれるそうだ。宛先を書いてくれないか?」
「い、いいけど……何を選んだの? 『夢』? 『光』? まさか『愛』とか?」
「これだ」
 ピラッと広げたTシャツのど真ん中には……。
 アルコリアは今すぐ魔黒翼で飛び去りたくなった。
「待て。書いてから行け」
「シーマちゃん、あなたって人は……」
 アルコリアは差出人は書かずに、それを種もみ学院の教室へ送るように書いた。
 後日、カンゾーとチョウコの元に、差出人不明のTシャツが詰まったダンボール箱が届けられる。
 『芸能人』と大きくプリントされたTシャツが。
 二人共漢字は読めないので、読める人に指摘されるまで気づかない。
 もちろん、舎弟達も。

☆ ☆ ☆


 行き先もわからずバスに揺られていた酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)は、ついにじれた声をあげた。
「ねえ、どこに向かってるの?」
「鳥取砂丘」
 窓側の座席に座る酒杜 陽一(さかもり・よういち)が、振り向きもせずに答える。
 美由子は目を丸くした。
「鳥取砂丘!? 何しに行くの? ラクダ?」
「そこで待ち合わせしたんだ。種もみ学院の生徒候補と」
 新日章会名誉メンバーの陽一は、その伝手を頼ってパラミタに興味のある若者を紹介してもらえることになった。
 その面会場所に鳥取砂丘を選んだのだ。
「そもそもどうして鳥取なの?」
「この県は、公的依存度がトップクラスだ。なのに公共事業費は削られ、人件費が大幅に減り、人材が育たず地元の建設業界は廃れていってるとか」
「つまり、何なの?」
 難しい話は、美由子にはよくわからない。
 陽一はようやく美由子のほうを向いて、平たく言った。
「つまり、腕を振るう場のない若者を、学院に呼ぼうってこと」
「そういうことか」
 美由子は納得して頷いた。

 待ち合わせ場所には、先方がすでに集まっていた。
 だいたいの話は新日章会から伝わっていたようで、陽一は質問に答える程度だった。
 やはり彼らの懸念は働き口にあった。
「キマク商店街というのがあってな。小さな仕事はそこにある。大きな仕事もあるから、その辺は安心してくれ。家も用意するしな」
「大きな仕事ってのは?」
 若者の一人が聞いた。
「種もみ学院では、荒野の緑化事業にも力を入れようとしてるんだ。今はまだ小さな畑だったり、苗木を植えるのも学校の周りだけだったりと規模は狭いが、あなた達の技術力が加わればもっと効率よくできるだろう」
「なるほど。何にもないところから始めるのか。やりがいがありそうだ」
 若さ故か、自分の腕が試せる未知の世界には興味津々のようだ。
「だが、日本では考えられないような危険がついてくるが……それでも来てくれるか?」
「もともとつもりだ。パートナーが見つかるといいなぁ」
 若者は夢を追うように空を見上げた。
 その頃美由子は、退屈だったのでラクダに乗って高い視点からの眺めを楽しんでいた。
 が、ふと思い立つ。
「そういえば、あの答えは……あっ、でも連絡先がわからないよっ」
 美由子は頭を抱えたが、それは一瞬で、すぐに携帯を取り出すと新日章会へ繋げた。
 二年前、陽一と石原校長はキマクの発展について言葉を交わしたことがある。
 当時の石原校長は政権側と敵対していた上に、その身も危機にさらされていたため、陽一の要望にすぐに応えることはできなかった。
 だが、できない、とは言わなかったのだ。
 その後、このことで話し合う機会は持てずにいたが、もしかしたら新日章会に何か残しているかもしれない──。
「……え? そうなの? それで、これからどうなるの? ……ふぅん」
 話が終わり、携帯を閉じた美由子はちょこんと首を傾げる。
「パラコシ(パラミタトウモロコシ)、売れてきてるんだ……。バイオエタノールに変換する技術も研究が進んでるって……何だ、劇的な変化はないけど、進んでたんだ。早くお兄ちゃんにも教えてあげようっと」
 でも、その前にラクダを満喫〜、と美由子は鼻歌交じりに観光を楽しんだのだった。