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 いにしえよりドラゴンが住まう神秘の魔境「アトラスの傷痕」は、シャンバラ地方の中部に広がる荒野の直中に位置する。
 そのふもとへ拠点を築いた未来人のスペランカー(洞窟探検者)であるドジック・カイゼルハンド(どじっく・かいぜるはんど)は、連なる山の斜面を見上げて目をすがめた。
 眩い陽光の中に、黒い影が優雅に旋回している。
 発掘を成し遂げるにあたって、彼らを刺激してはならない。
 額から流れ落ちた雫が無骨な頬を伝い、あごから滴り落ちた。
 乾いた地面へ黒い染みとなって広がった汗は、あっという間に干上がってしまう。ただその面影を残すばかりだ。
 がっしりとした体格は175センチ。85キロ。墨色の後ろ髪を細い三つ編みに束ね、それを黄色い安全ヘルメットの中へ隠している。
 その表面には未来語で「穴があったら掘り進めたい」と黒のインクで書き殴られていた。
 それが彼のモットーなのであろう。
 両目を覆う真っ赤な安全ゴーグルには(読み:ハッド)HUDと呼ばれる機能が備わっていた。それは彼の近くの状況を分析した結果を目の前に表示して、確認することができるものである。
「始めるとするか」
 彼がテントから持ちだしたのは、その昔「ラジカセ」と呼ばれた代物で、可搬性に優れた音響機器だ。
 実際のところは各学園との交信に用いる通信装置であり、低音志向の楽曲を垂れ流す機能は後付けである。
 今回の発掘に加勢するメンバーは、この装置が発する信号を頼りにやってくる。
 ラジカセ風通信装置から流れる低音志向のリズムに乗せて、とある人物の日常を的確に呟き続ける歌詞――ラップのようなもの――を聞きながら、ドジックは採掘に使用する得物を手に取った。
 超硬度プレクトラムと呼ばれる巨大な爪楊枝を模した金属棒だ。
 先細りになった金属棒から発する震動によって地面を掘削し、埋没した物体にダメージを与えることなく発掘することができるものである。
 彼が得物を振り下ろすと、大地に激しいビートが刻まれた。
 勢いよく土埃が舞い上がるものの、乾いた風がそれをかっさらっていく。
 その姿はなかなかにして、その、……いわゆる地味なものではある。




▼△▼△▼△▼


 ドジックの下へ集ったのは、完全武装する26人の生徒たちだった。
 安全ゴーグルを首から下げた彼は、メガホンを口に当てて一同へ指示を飛ばす。
「各自展開して、好きなようにやってくれ。もし怪しいブツが出てきたら、すぐに報告するんだ。過去に不発自爆装置を叩いた野郎が、病院の陰まですっ飛んでいった事もある。心して臨んでくれ」
「あの、ひとつ質問したいんだが」
「ん、何だ」
「この下には、何が眠っているんだ? 何の目的で発掘することになったのかを、教えて欲しいんだが」
「知りたいよな」
「もちろん」
 質問をぶつけたのは、スレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)だった。
「ふむ。今、俺たちが立っているここいら一帯は、背後にそびえるアトラスの傷痕を崩して埋め立てられた状態にある」
「荒野のど真ん中だっていうのに、わざわざ山を崩して埋め立てるなんて、普通じゃないぞ」
「そういうことだ。まずはとかっかりというか、掘る理由から引き当てることだな。当然、俺だって何が出るかは分からねえわけよ」
「純粋に発掘するわけか。了解した、カイゼルハンド。それじゃ、誰かよお、一緒に掘っていこうぜ」
「いいねえ、わたしも協力しよう。久々のフィールドワークなんだけど、ひとつよろしく頼むよ。どうせやるなら、意欲的な人たちと組みたいからね」
「僕も一緒に手伝うよっ、よろしくね」
 スレヴィの下へ集ったのは、九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)(愛称:ロゼ)と、松本 恵(まつもと・めぐむ)だった。
「ドジック・カイゼルハンドよ、我ら秘密結社オリュンポスも調査に協力しよう。安心して事に励むがいい」
 そう高らかに宣言したドクター・ハデス(どくたー・はです)が指をスナップすると、どこからともなく現われた配下がズラリと背後に立ち並んだ。
「人手が多いに越したことはない。もちろん歓迎だ」
「クククッ。ならば遠慮なくやらせてもらおう。では掛かれっ」
 ハデスが片腕を地と水平に振り抜くと、配下の者たちは一斉に現場へと散っていった。
「白衣のリア充……いったい何を企んでいるでありますか」
「さて、どこかでお目にかかったことがありましたかな、葛城 吹雪よ。ではまた会おう、フハハハハハハハハッ」
「ぐぬぬっ、これは負けていられないでありますっ。そこのガタイのいい現場作業員、自分たちに協力するであります」
 葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)が名指ざしたガタイのいい現場作業員とは、まぎれもなくドジックのことである。
「初対面の依頼人だっていうのに、ガタイのいい現場作業員なんて呼び方は失礼ですよ」
「自分たちは同じ釜の飯を食う仲間となるのだから、問題ないであります」
「せめて炊き出された昼食を済ませてから言って欲しかったですね」
 ため息をついたのはコルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)。吹雪のパートナーである。
「そんじゃ俺は、適当にあたりの警戒にでもあたるかなあ。がーんばれよー」
 オッドアイが人目を引く柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は、アトラスの傷痕へと足を向けた。
「クリムちゃん、アンネちゃん、一緒に行こうっ」
 神月 摩耶(こうづき・まや)らはクリームヒルト・オッフェンバッハ(くりーむひると・おっふぇんばっは)たちを誘って、どこから掘り下げようかと相談をはじめる。
「ひゃっほー、いよいよ時代が巡ってきたあー。今回のところは余すところなく、ぜんぶオレに任せてくれっ!」
「張り切ってるな、ドリル。必要なことは遠慮しないで、何でも言ってくれ」
「ああっ、フルタイム掘りタイムで掘削してやるぜー」
 サム・アップして白い歯を見せるのがドリル・ホール(どりる・ほーる)、そして彼のパートナーであるカル・カルカー(かる・かるかー)だ。
「それじゃあ、はじめるとしよう。お互いに協力し合って、安全第一で頼むっ!」
 ドジックの張り上げた号令の下に、みんなは散開して採掘に取りかかるのだった。