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機晶姫と夜明けの双想曲 第1話~暗躍の連続通り魔事件~

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機晶姫と夜明けの双想曲 第1話~暗躍の連続通り魔事件~

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■捜査開始! 〜連続通り魔事件、その概要〜
「――そういうことなので、候補生の何名かは連続通り魔事件の概要見直しを担当してもらいました。残りの担当候補生たちの皆さんには聞き込みなどの捜査に当たってもらいます」
 空京警察、特殊9課。今日から人員を強化し、空京、そしてシャンバラ中を震え上がらせている“連続通り魔事件”の解決に臨もうとしているのは、特殊9課のリーダーを務めているエレーネ・クーペリア(えれーね・くーぺりあ)と、特殊9課配属を目指す候補生たちである。現在はちょうど捜査会議の最中であり、各候補生の担当が割り振られているところであった。
「異常が今後の捜査方針となります。あと、どうやらこの事件に関しての噂が方々で流れており、それによって情報が錯綜としている状態です。事件解決へ独自に動いている人たちもいることも判明しましたので、協力できるところでは協力を。ただし、この捜査は街の人々の不安を無駄に煽らないよう守秘義務が課せられていますので、そう言った情報は漏洩しないようお願いします」
 候補生、と言えば聞こえはいいが要はアルバイトのようなものだ。特に今回の捜査においては守秘義務が命じられているためか、エレーネはあえて釘を刺しておく。
「……上のほうからも“我々のメンツにかけて、先に事件解決をせよ”と口を酸っぱくして言われました。私たちとしても、街の人々の平穏を取り戻すべく尽力を尽くしていきましょう」
 中間管理職の悲しみ、というべきなのだろうか。そういったものを微塵にも見せず、エレーネは事務的に会議における説明を終了させた。
「――何もなければこれで会議を終了、すぐに捜査に移ってもらいますが何か質問等は?」
 エレーネのその問いに対し、一人手を挙げた人物がいた。……佐々布 牡丹(さそう・ぼたん)である。
「あの、参考人であるクルスさんには今まで通りの生活を送らせることはできないでしょうか?」
「……その理由は?」
 牡丹からの提案、それは重要参考人であるクルスの“場合による身柄確保”をしない方針にしたい、というものだった。当然それに対し、エレーネは疑問を抱く。
「犯人の目的がクルスさんに無実を着せるものだとしたら、私たちがクルスさんの身柄を確保をした時点で犯行が行われなく可能性が出てきてしまいます。ここはあえてクルスさんには接触せずに捜査を進め、現行犯の形で逮捕するのがいいと思います」
 牡丹の理由を聞き、ふむと一考するエレーネ。しかしすぐに返答をしていく。
「その理由の場合だと“犯人はクルスではない”、という前提が必要となります。しかし現段階ではクルスが犯人ではない証拠も挙がっていないですし、どちらかといえばその理由には感情論がこもっているようにも思えます。……警察に身を置く身としては、全てを疑うべきではないで――」
「待った、だったら俺からも一つ意見を。――クルスはあくまでも“重要参考人”ではあるが“容疑者”じゃあないだろ。人間が容易に整形できる時代なんだ、機晶姫の顔パーツくらいいくらでも弄れる。それに第一、鉄仮面野郎の相棒が覆面無しとか、顔を見られても構わない……むしろ、見せていこうとしていたかもしれない証拠だろうな。そう考えると、世間を騒がせたばかりの奴が取るとは到底思えないし、佐々布の言うとおり別の誰かがクルスに無実を着せようとしているんじゃないか?」
 エレーネの返答をやや遮る形で、新風 燕馬(にいかぜ・えんま)が牡丹の進言を援護する。目撃者によって顔を撮られているものの、確かにクルスはまだ容疑者というわけではない。……特に顔パーツを弄るという考えには、エレーネが思考するには十分だったようだ。
「せめて、クルスさんの任意同行は本当の最後の手段として残しておいてもいいと思います」
「……そう、ですね。犯人の一人は機晶姫であるのは確実ですし、それに準じた細工をしていないとも限らない。――ひとまず、クルスへの事情聴取は一時保留とします。各自、自己の責任を持って捜査に当たるようにしてください」
 燕馬の示した機晶姫トリックの可能性、そして牡丹からの熱意に押されたのか……エレーネはクルスへの聴取は一時保留とすることになった。この決定が下された以外、捜査会議は何事もなく終了し、特殊9課候補生たちは連続通り魔事件の解決に乗り出したのであった。


 ――空京警察、資料室。様々な事件の情報などが保管されているこの場所では、数名の特殊9課候補生たち選抜による“資料班”によって、事件の概要、そして資料から得れそうな新情報をまとめ上げられているところだった。
「資料って思ったより多いんだな……」
「捜査1課が捜査していた時の分もあるから、結構量はあるはず。さて、分析分析っと……」
 燕馬の『根回し』によって集められた資料の山に思わず唖然とする猪川 勇平(いがわ・ゆうへい)。ミリアリア、そしてクルスとは知らない仲ではないので、無実を証明するために候補生に志願したばかりの契約者である。
「ミリアリアのためにも、一刻も早く解決せねばな! さて、どこから手を付けようか」
 そしてそのパートナー、魔導書 『複韻魔書』(まどうしょ・ふくいんましょ)は燃えていた。ミリアリアの役に立てるならば、と一層気合が入っているようだ。
「配属早々にこんな難事件に立ち会えたんだし、絶対解決させるわよ!」
「気合入れるのはいいけど、やることは丁寧にお願いね。セレンはただでさえ“いい加減・大雑把・気分屋”なんだから」
 教導団少尉に昇進し、その研修の一環として配属されたばかりのセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)も気合を入れている。ただ、パートナーのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は色々と不安要素が残っているようだが。
「実際に捜査するにあたって、今一度状況を整理してみましょう。そこから見えるものもあるはずです」
「だな……原点に立ち返って、通り魔事件の概要をおさらいするか」
 牡丹からの提案に了承する資料班の面々。すぐにそれに関した資料をピックアップし、概要をまとめていくこととなった。

 ……この通り魔事件は十数件ほど発生しており、その内の1/4は空京で発生、残りはヒラニプラ方面で発生している。
 全ての現場においての共通点は、人気の少ない裏通りで行われていること。ただ、人通りの多い場所に面している裏通りやら、本当に人気のない裏通りなど、現場状況はまちまちといったところ。
 そして被害者の襲われた状況なのだが、空京とヒラニプラ方面両方でほぼ無作為、という状況でほぼ一致。目撃写真が取られたのも空京で複数人を襲った時のようだ。
「……ったく、でたらめな強さだな。実力が上な奴を襲ってたかもしれないのに、よくやるな」
 燕馬がそうぼやくものの、勇平と複韻魔書はそれに対して苦笑いを浮かべる。……デイブレイカー事件の時にも、そんなでたらめな強さを持った甲冑鎧の騎士がいたわけで……。
「負傷時の詳細は――これか。深い切創がほとんど、一撃で致死寸前まで追い込まれてるのか……」
 『医学』の知識をフルに使い、燕馬は犯行に使われた凶器を推測していく。現場写真における出血量の多さなども加味していった結果、犯人は“重さのある長柄の武器”でやられたのだろうと予測を付けた。
「事件の発覚とかはどんな感じだったの?」
「それがなぁ、さっきも言ったと思うが人通りに面した裏通りやら人気のない裏通りやら、色んなところで事件を起こしてるから発覚の遅れもそれなりにあるんだ。ただ、どれも死亡までには至ってないから、“明確な殺意”はないと思うんだが……」
 セレアナからの問いかけに、燕馬はやや難しそうに答える。発覚に時間がかかっても、被害者が死亡していない。その事実から見るに犯人は被害者に対して殺意はない、とも読み取れる。しかし、致死寸前まで追い込んでいる事実から察するに、殺意はあってないようなもの……とも受け取れる。

「確か、機工士が襲われた時は誘拐されて、それ以外は重傷の怪我を負わされた……。となると、犯人の狙いは機工士……?」
 資料を見ながら、牡丹がそう呟く。どうやら、他のメンバーもそこに注目がいっているようだ。
「あ、それは俺も思ってた。おそらく何か機械の修理とか製作とかさせようとしてるんじゃないか?」
 勇平もその方向で資料を眺めていたらしく、手元の資料は空京やヒラニプラ周辺の工場関係におけるここ最近の部品納入ルート表があった。しかし、どうやらそちら方面には異常と呼べるものはないようだ……。
「犯人は誘拐した技術者たちに『ぼくのかんがえたさいきょうのへいき』でも作らせようとしてるのかしらね?」
 セレンフィリティもまた、機工士たちのことに注目し、資料を漁っていく。大雑把に掴んだそれは誘拐された機工士たちがどのような専門分野で働いていたのかをまとめたリストだった。
「……なにこれ。てんでバラバラなんだけど」
 思わず目が点になってしまったセレンフィリティ。というのも無理はなく、誘拐された4人の機工士たちは全員揃いも揃って専門分野がバラバラだったのだ。
「機晶工学、イコン工学、電子関連に……エネルギー工学、と。こんなにバラバラだと一見何の意味もなさそうだけど……」
 『機晶技術』『先端テクノロジー』『博識』を駆使して、バラバラに見える機工士たちの専門分野に隠された一貫性を見出そうとする。後ろから同じ資料をセレアナと複韻魔書が覗き見していた。
「何をさせようとしていたかが問題か。正直なところ、こういった知識はそなたたちのほうに分があるからな」
「イコンを作らせようとしていたのかしら? それとも新しい機晶姫の製作……?」
「今の技術じゃ機晶姫の製作は無理でしょ。でもセレンの考えは間違ってないと思う。イコン……もしくは機晶技術を使った何かを作らせようとしてるのか修理しようとしてる辺りが妥当な推理ね」
 セレンの大雑把な考えを諭すようにして、セレアナが正しい方向へ推理を展開させていく。と、そこへ牡丹も会話に入ってきた。
「機工士以外では共通点は見られませんね……となると、犯人は本当に無作為に被害者を襲撃して、狙いの人材だけを誘拐していた……?」
 ほぼそう考えるの妥当だろう。見解の一致が見られたところで、地図とにらめっこをしていた燕馬が顔を上げる。
「現場は本当に散らばってるけど、それでも空京やヒラニプラに集中してるのが気になるな。この近辺に根城があるんじゃないか?」
 地図に入れられた×印はどうやら事件現場の位置のようだ。確かに見れば空京とヒラニプラに印が多く、ツァンダやヴァイシャリーには一つか二つ程度である。
「襲われた時間はほぼ深夜の時間帯。順番は――あまりにもバラバラすぎて参考になりませんね。もう少し、なにかあればいいんですけど……」
 牡丹も地図を見ながら、そこに隠された次の犯行予定現場を見透かそうとするが、規則立った順番性がないためかそれも難航している。せいぜい、ここ最近の犯行現場がヒラニプラ中心であることくらいだろうか。
「この順番から察するに、犯人はヒラニプラで機工士を探し出すのが手っ取り早い、とでも思ったのだろうな。場所はバラバラだが、ヒラニプラでの犯行がここ最近多いようだが」
 複韻魔書もその点に気付いたようだ。つまり、そこを中心に捜査していけば犯人を捕まえられるかもしれない……。
「だったら、そっち中心に捜査してもらうよう他の候補生たちに連絡しておくか。――って、佐々布どこ行くんだ!?」
「捜査です! おとり捜査なら、私が適役でしょうし!」
 やる気に満ち溢れた声を出し、牡丹は資料室から慌てて出ていった。捜査は各自、自己責任のもとで……というエレーネの言葉通り、ある程度の自由な捜査は約束されているからこそできる行動だろう。
 おそらく、他の候補生もおとり捜査に出るはず。それならば、こちらはこちらでできうる限りのバックアップを取ろう――そう考えた資料班は、他の資料などにも目を通し始めていくのであった……。