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蠱毒計画~プロジェクト・アローン~

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蠱毒計画~プロジェクト・アローン~

リアクション

  地下施設


 空京たいむちゃんを先頭にして、地下施設には契約者が集まった。
「ひどい……」
 たいむちゃんの瞳が曇る。施設内では、蟲と融合した子供たちがうごめいていた。
 改造の効果なのだろう。子供たちはいくぶん巨大化しており、それぞれが全長2メートル近くあった。


 いち早く暴れだしたのは、蛇に改造されたジブリールだ。
「マスター。私、この事件の首謀者が許せませぬ」
 ジブリールと対峙したフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)が、沈痛な表情で告げる。
「気持ちは解るが……。フレイ、今はあの子を止めることだけに集中するんだ」
 ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)の返答に、フレンディスはうなずく。
「承知しております」
 彼女は刀を抜いた。上体を起こして威嚇するジブリールへ、接近戦を挑む。
「あなたをお救いしたい。……あなたが抱える闇の暗さを、私も知っておりますから」
 殺しを生業とする者として、彼女は心に共鳴を感じていた。

 生い立ちの似ているジブリールに、なにか通じ合うものを感じ取ったのは、フレンディスだけではない。
「なんだか姉妹みたいね、私達」
 シュリー・ミラム・ラシュディ(しゅりー・みらむらしゅでぃ)が親しみをこめて呟いた。
「それとも弟かしら? どっちにしろ、あなたは放っておけない」
 彼女は装備品『落とし穴キット』で、落とし穴を作り終える。【トラッパー】を発動し、誘い込む機会をうかがいながら、彼女は何を思ったか。
 自身の身体に塩を塗りはじめた。

 フレンディスの攻撃は、熾烈だった。
 素早さを活かした刀の連撃。毒牙で反撃されたら、少し距離をとり鉤爪で食らいつく。
 彼女が本当に救いたいのは、ジブリールの心だった。手加減や迷いは油断を生み、結果的に彼女をより傷つけてしまうだろう。もし手遅れなら自身の手で始末する――。そんな覚悟すら抱いていた。
 フレンディスを突き動かしているのは、慈愛に満ちた殺意である。
(でも……。この姿は、ジブリールさん自身が望んだものかもしれません)
 刀を振り下ろしながら、彼女は推測する。殺し屋として理想を追求するあまり、ジブリールは自ら人の姿を捨てたのではないか。
「……どんな理由があろうと、ガキと蟲を合体させるなんざ趣味悪いぜ」
【行動予測】したベルクが言う。彼は後方で支援しながら、ジブリールの捕縛を狙っている。
「おい。仕掛けるなら今のうちだぜ」
 ベルクが、シェリーに告げた。
「オーケイ」
 極斬甲【ティアマト】で毒牙を受け流し、シェリーは仕掛けた罠へと誘い込む。
【隠形の術】で忍びつつ、ジブリールの身体にローションを塗った。
「此処からは、クシュティの時間よ」
 クシュティ――それはインド式のオイルレスリングだ。
 オイルで動きの鈍くなったジブリールに、真後ろから裸絞め。巻き付いて反撃するジブリールに、上体を反らしてジャーマンスープレックス。
 ジブリールが描く放物線。その先には……落とし穴。
「うまくいったようね」
 シェリーが額の汗を拭う。彼女の身体に煌めく塩は、オイルによる滑りを防いでいたのだ。

「まだ終わっていません!」
 フレンディスが身構える。
「キィィィィィ! ケァァァァァ!」
 人の声とは思えない唸りを上げて、ジブリールが穴から這い出そうとした。すかさずフレンディスは『鉤爪・光牙』を射出。
 瞬速のワイヤークローがジブリールを撃つ。
 光の牙が、毒の牙を粉砕した。
「そろそろ眠ってもらおうか」
 回り込んだベルクが【ヒプノシス】をかける。
 弱った体に催眠術をかけられたジブリールは、口元から緑色の毒液を垂らし、激しく身を横たえて昏睡した。



 戦場の音を聞いて、アリー・アル=アトラシュの脳裏にかすかな記憶が蘇った。
 砲声のなかで転がる首のない死体。無表情で銃を撃つ兵士。目の前で殺された血だらけの妹。
 それは内戦が激化する、祖国の記憶だった。
(僕ガ……戦争ヲ終ワラセル……兵器ニナッテ)
 そして、彼の人間としての意識は途切れる。残ったのは蜘蛛の肉体と、理由なき殺意だけだった。
「ふざけるな! 何の罪もない子供が、腐った連中の犠牲になるなんて……許してたまるか!」
 狩生 乱世(かりゅう・らんぜ)が叫ぶ。
「おい、アリー! テメェにはもう、聞こえちゃいねぇかもしれないがな……。祖国を救いたいって想いは踏みにじられるだけだ。テメェの犠牲は、EJ社の腐った野郎に利用されるだけなんだよ!」
「たしかに奴らは腐敗している。これは、度し難い行為だ」
 グレアム・ギャラガー(ぐれあむ・ぎゃらがー)が静かに吐き捨てた。
「奴らにふさわしい社会的制裁のためにも。貴重な生き証人でもある、子供たちの救済は急務だ」
【隠れ身】で姿を隠した彼は、淡々と好機を伺っていた。
 乱世は、身を挺してアリーの気を惹く。八本の脚から繰り出される粘性の糸を、【受太刀】で防いでいった。
 彼女に気を取られている隙に、グレアムがアリーへ銃撃を見舞う。
「ギョエェェェェェェェ!」
 痛みに悶えながらも、アリーは糸を吐き続ける。
 乱世は雁字搦めとなった。グレアムは【真空波】でパートナーに絡みついた糸の切断を試みるが、埒があかない。
 身動きが取れない乱世の肉体を、毒が蝕んでいく。
「……もう耐えられねぇ」
 彼女は、身体を震わせる。
 毒や痛みによるものではない。底知れぬ怒りによって、だ。
「自分の身を捧げて! 兵器になって! そんな悲しい顔をして……。一人で背負い込んでんじゃねぇよ! テメェらガキどもの居場所を守んのは、あたいら大人の役目だ!」
 乱世が裂帛の気合と共に【鬼神力】を発動。角が生え、筋肉が隆起する。
 糸の切断はもう必要ない――。そう判断したグレアムは、すぐにアリーの狙撃へ切り替えた。
 乱世は絡みついた糸を引きちぎると、フルパワーでアリーに飛びかかっていく。
「痛い思いをさせてすまねえが……我慢してくれよ」
 彼女の得物『不殺刀』が、アリーの脳天に振り下ろされた。

 脚を折りたたむようにして、アリーはその場に崩れ落ちる。
 八個の単眼からは殺意が消え、穏やかな瞳に変わった。体はゆるやかに起伏し、可愛らしい寝息が聞こえてくる。
 どうやら深い眠りについたようだ。
「ヒプノシスは、必要ないようだな」
 グレアムが警戒を解く。アリーが完全に眠っていることを確認してから、彼は地上を仰ぎ見て呟いた。
「……さて。血清探しは、順調に進んでいるだろうか」