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【冥府の糸】記憶都市の脱出劇

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【冥府の糸】記憶都市の脱出劇

リアクション

 広場にて、霧雨 泰宏(きりさめ・やすひろ)の放った魔槍スカーレットディアブロが大地を穿ち周囲のものを吹き飛ばす。衝撃を受けた想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)はまともに受け身もとれず、後方へと吹き飛ばされた。
「そんなにボロボロになって、諦めたらどうだい?」
 泰宏は地面に刺さった魔槍スカーレットディアブロを抜きながら問いかける。すると、夢悠は口に入った砂を吐き捨てながら睨みつけてきた。
「そんな親の仇を見るような目を向けられても困るよ。無駄なことなんだよ」
「無駄じゃない!」
 気迫を込めて叫ぶ夢悠。その様子に泰宏は深く溜息を吐いた。
「あのな。ここは過去に起きたことを再現してるだけなんだ。助けたってもう死んでるよ。あの黒い獣に食われてんだよ」
 泰宏が広場の中心を指さす。そこでは《黒き獣》が生徒たちと交戦しながら、訪れた住民を取り込もうとしていた。
「だから、助けようなんて無駄な労力なんだ。俺だって救えるなら多くの命を救いたいさ。でも、ここで頑張ってもそれはできない。だけど、奴の生態を陽子ちゃんが解明してくれれば、同じような事が起きた時に対処ができる。こんな惨事を起こさず、多くの人を救えるんだ」
 ここは都市の記憶を再現した魔法陣の中である。泰宏の言っていることは事実で、何か歴史を変える出来事を起しても抜け出す手段でしかなく、現実は変わらない。住民が沈みゆく都市と同じように、死を迎えたことは変えられない。
 話を聞き終えた夢悠は暫し俯いていたが、ふいに絞り出すように言葉を口にする。
「……助けて欲しいって、聞こえたんだ」
「幻聴じゃないのか。何をしゃべってるかもわからない。自分から広場に向かっていた奴がそんなこと言うなんて到底思えないぞ」
「それでも、オレには確かに聞こえたんだ。だから、見て見ぬふりなんて出来ない。放ってなんかおけない」
 夢悠の目からは強い決意を感じる。意志を貫く男の目だ。
「やれやれ……どうなっても知らないぞ」
「覚悟を決めたならもう手加減はいらないよね?」
「っ!?」
 見上げれば緋柱 透乃(ひばしら・とうの)が太陽を背に飛び上がっている。拳に烈火の闘志を宿し、夢悠を粉砕すべく振りかざす。
 身を守りながら飛び退いた夢悠を、砕け散った地面の間を縫うように蛇に姿を変えた闘志が襲い掛かる。【咆哮】で打ち消せなかった蛇は夢悠を直撃した。
「お、まだ動けるみたいだね♪」
 額から血を滲ませ積荷から身体を起こす夢悠を見て、透乃は楽しそうに肩を回す。
 すると、背後で泰宏が恨めしそうな声をだしてきた。
「透乃ちゃん……私まで巻き込まないで」
「え!? ちゃんと相手だけ狙ったよ!?」
「闘志は、ね。瓦礫が飛んできたよ」
 振り返ると泰宏が夢悠と同じように額から血を流していた。
「あ、ごめん。今度はもっと威力あげれて細かく砕けばいい?」
「そういう問題なの?」
 泰宏は苦い表情をしていた。
「それじゃあ、予定通り住民を人質にして……」
「透乃ちゃん!」
 これまで観察を続けていた緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)が突如声を張り上げる。視線の先にはこれまでと違う姿を晒す《黒き獣》があった。
 生徒たちの攻撃で疲弊した《黒き獣》は全身を覆っていた黒い衣を剥がし、中から赤い炎を纏った怪鳥の姿を現した。まるで衣から逃れようとするかのように暴れる怪鳥は濁り切った空に悲鳴を上げる。
『……助……ケテ……』
 直接脳に響いてくる声。怪鳥の叫びだと気づくには時間がかからなかった。
「ぐにゃぐにゃ変化するから軟体系かと思ってたけど、意外とまともだね」
「まともかどうかはともかく、囚われているように見えます」
 聞こえてきた感想をさらっと流しながら、陽子は怪鳥の姿が中国の神話に出てくる鳳凰に似ていると感じていた。
「上を見ろ!」
 生徒の誰かが叫ぶ。そこには、今までにないくらい巨大な亀裂が生まれていた。
 亀裂から流れ出るドス黒い魔力が徐々に収束していき、亀裂内に瞳が生まれた。個々で違う色の瞳をした眼球はひしめき合いながら次々と増殖していく。その数は数十を超え、優に百に達する。
 ふいに無数の眼球が一斉に動きを止めた。息を飲み見守る中、眼球は震え出し墨汁のように黒い涙を大量に流し始める。
『……コロ……シ、テ……』
 徐々に涙の量は増え、まるで巨大な滝となった。滝は怪鳥を包み込み、広場へと広がっていく。すると、その涙の一部が黒い手となった。
「みんな避けろ! 距離をとれ!」
 数えきれぬほどの黒い手が一斉に生徒たちへ、住民へ、影へと襲い掛かる。広場の柱が貫かれ、民家の壁は溶かされた。
 素早い対応で致命傷を回避した生徒たち。
 瞬間、広場が大地を揺らすほどの悲鳴に包まれる。
「影が――!?」
広場に集まっていた影が全て浸食されたのだ。新たに生まれた空虚な目が生徒たちに向けられる。
「やはりあの手と獣は近い存在のようですね……むしろ獣そのものがだとも言えますか」
 涙の滝から現れた《黒き獣》は再び衣を纏い、さらに大きく危険な存在になっていた。もう怪鳥の声は聞こえない。
 陽子の肌に直接伝わってくる膨大な魔力。黒い滝を浴びたことで高まったのだと確信する。
「詳しく知るにはあの亀裂を調べるのがいいんでしょうけど……」
 光輝属性の魔法をぶつけると、いくつかの眼球が破裂する。
 だが、すぐに亀裂から補充されてしまった。
「手は強力な溶解性で触れない。触れたとしても、持ち帰れないのなら意味がありません、か……」
 陽子は残念そうに溜息を吐いた。犯人なら亀裂の発生条件を知っているかもしれないが、今から見つけて聞き出すのは難しい。
「仕方ありません。透乃ちゃん、決着をつけましょう」
「もういいの?」
「長居しすぎて閉じ込められたくはありませんから」
「了解。じゃあ、行きますか。芽美ちゃん!」
 名前を呼ばれた月美 芽美(つきみ・めいみ)は群がる影を蹴り飛ばしてから近づいてきた。
「なに? もう決めるの?」
「うん。もう満足したって」
「満足とは違いますけどね」
 女性たちが言い合っている間にも泰宏は槍を《黒き獣》に向けて構えていた。
「三人とも準備はいいかい? こっちは、いつでもいけるんだけど?」
「あ、ごめんごめん。それじゃあよろしくね、やっちゃん」
「了解!」
 泰宏が【スカージ】が放つと三人は一斉に駆け出した。
 その様子を見つめながら、富永 佐那(とみなが・さな)はドッと深いため息をついた。
「今日は厳しすぎます……」
 芽美と影との戦闘を行っていた佐那は、全身汗だくの傷だらけになっていた。
 すると、近づいてきたエレナ・リューリク(えれな・りゅーりく)が治癒魔法をかけてくれる。
「あと少しですわ。頑張ってくださいませ」
 《黒き獣》に目を向けると衣が定着してないようで、透乃たちの猛撃を食らうたび時折怪鳥の姿が目についた。
「これはまず全力の攻撃を叩きこんで鎧を剥がさないといけませんかね……援護をお願いします」
「承知ですわ」
 広場の中央を目指す佐那。それを阻止しようと影を立ち塞がった。
「通らせてもらいます!」
 佐那は両手の中に風を凝縮させた。風は渦をまきながらボールになる。
 それを勢いよくキーウィアヴァターラ・シューズで蹴りつけると、風の塊は正面から影をボーリングのピンのように吹き飛ばした。
 《黒き獣》の血のように赤い眼が佐那を捕える。
「相手の視界を抑えますわ!」
 エレナのホワイトアウトにより《黒き獣》の周囲が吹雪に包まれる。
 狙いが定まらず撃ちだされる羽の形をした凶器が次々と空を切り裂いた。
 攻撃を回避した佐那は壁をぐるりと駆け抜け、敵の背後へと回り込んだ。
 そして、背後から凝縮した風をぶつけ、黒い衣を一部吹き飛ばす。
「一気に撃ちぬきます!」
 佐那は指でコインを上空に弾くと追うように自身も飛び上がる。
 身体が電流を帯び、徐々に利き足へ集まっていく。佐那一回転しながら標的に狙いをつけ――
「雷・顆・閃!」
 オーバーヘッドキックでコインを蹴りだした。
 高圧電流を帯びたコインは超高速の弾丸となって衣が剥がれた部分を直撃する。《黒き獣》の胸に空いた空洞から赤い血が爛れてきた。さらに聖獣:麒麟が天井から落とした雷が《黒き獣》の退路を塞ぐ。
「このまま一気に叩きこみます!」
 その様子を空中から見ていたミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)達も最後の攻撃を決めにいこうとしていた。
「みんな【魔力解放】で一気に決めるわよ」
「わかりました」
「行きましょう!」
 機晶合体している一瀬 瑞樹(いちのせ・みずき)七瀬 紅葉(ななせ・くれは)から返事がかえってくる。
 三人は意識を集中させ、体内の魔力のリミッターを解除する。
「「「魔力解放!!」」」
 解き放たれた魔力は使用者の姿にさえ変化をもたらした。
 身長が伸び顔つきや体も少し大人っぽくなった少女は、肩ほどだった髪を腰まで伸ばし、衣装や武装にも違いが生まれた。可愛らしい魔法少女衣装には軽装備のような装いが追加され、武装は以前よりも大きくなり派手なデザインが施された。
「問題なしですね」
 先ほどまでと違い、口をへの字にした少女から瑞樹の声が聞こえる。
 瑞樹は解放後も安定している身体に安堵していた。
「すごい……力を感じます」
「これより敵の殲滅を実行するわ」
 機晶合体マギカジュエル、第二携帯となった少女は民家の屋上に降り立つ。
「魔力による強制結合を開始します」
 そして、背中についていたバリアブルウィング・タイプAを取り外すと、下部に連結させた魔導砲【フィクスト・スター】と魔導砲【ソーラー・ストーム】をセットする。
「弾丸には魔剣ゴッドスレイヴするわ。替えは効かないから一撃で決めるわよ」
 VWC(バリアブルウィングキャノン)魔道砲に魔剣がセットされる。
 砲と身体を複数のチューブが繋ぐ。
 翼が太陽光を、吸気口から大量の空気を取り込む。魔力が集まっていることを示すようになびく髪が光を帯びる。
「ブースターの出力をもっと上げて」
「いまやってます! 魔力の調整もあるんです。分解しないようにするのが大変なんです!」
「そっちは私がやりますから、紅葉君はブースターをしっかりお願いします」
 大型のブースターが豪と今にも爆発しそうなくらいの音を立てている。収束したエネルギーが剣に込められていく。
「ミリアさんに照準を譲渡します」
「了解」
 少女の瞳孔が動き、ターゲットに狙いを定めた。
 その時、稲妻に捕らえられた《黒き獣》が天に咆哮をあげ、降り注いだ黒い涙に包まれる。
「くっ――見えない」
「で、でも止められませんよ!?」
「やるしかありません」
 トリガーに指をかけた状態で少女は出力を最大ギリギリまで上げていく。
 佐那のサポートをしていたエレナが少女の存在に気づく。
「佐那さん、あの涙をどうにかしましょう!」
「ん? ……そういうことですか。了解しました。人生の先輩としてカッコいい所の一つも見せてあげますかね」
 グローブを絞め直すと、特殊力場【небесный】を発生させて再び上空へと飛び上がった。先ほどより高い広場全体を見渡せる場所から《黒き獣》を見下ろす。
 動きを封じている雷の剣は崩壊寸前。流れ落ちる激流に生徒達の攻撃は防がれてしまう。
「攻撃が通らない……それなら通るまで叩きこむまでです!」
 佐那が雄叫びをあげと、周囲に風のボールをいくつも出現させ、連続で打ち込んだ。
 ボールは次の流れが来る前に次々と激突していく。そこへ――
「これが最後です」
 振り上げた両手の上に作った巨大な風の塊をサッカーボールほどに圧縮する。それを頭上に放り投げ、さらにコインも弾く。
「一撃必殺! 弾丸シュート!!」
 コインを挟んで蹴りだした風は電流を纏いながら《黒き獣》を直撃する。
 激突した風は弾けると同時に爆風を巻き起こして黒い涙を全て吹き飛ばした。
「あとは頼みました!」
「「「はい!」」」
 ミリア、瑞樹、紅葉は一斉に答える。
「出力安定」
「決めましょう!」
「VWC魔道砲――「「テイク・オフ!!」」」
 瞬間、轟音と地響きを撒き散らしながらVWC魔道砲そのものが射出される。
 高速回転しながら突入したVWC魔道砲は衣が剥がれた怪鳥に激突すると空中へと押し出していく。連続で魔力弾を叩きつけ皮膚が砕かれ、覗かせた肉に零距離から魔剣が貫いた。
 天に苦痛の悲鳴を響かせながら怪鳥は絶命し、光になっていく。
「これで一段落ですね」
 戻ってきた魔道砲を個々のパーツに分解し装備し直しながら胸を撫で下ろす。
 だが、そんな間もなく事件は起きた。亀裂から次々と流れ出した黒い液体が、街を染め上げ始めたのだ。生徒達が慌てて亀裂に攻撃をしかけるが効果がなく、どうしようもない。
「フフフ。ここが今日のステージですか」
 そんな中、広場に現れたのは東 朱鷺(あずま・とき)だった。
「きゅーきょくの八卦術師「AZUMAトッキー」の誕生Death!!」
 魔法少女衣装で登場した朱鷺は、可愛らしい効果音が聞こえてくらいの笑顔と決めポーズをとる。
「フフフフフフフフフフフ! この状態になった朱鷺は……無敵全開!! 究極八卦!! 大・爆・発!!」
 中心に向かう朱鷺の周りには【トリップ・ザ・ワールド】で特殊フォールドが形成されているため液体が入り込めない。
 大声を歌いつつ(?)、ポーズをとる朱鷺。すると、朱鷺の声を拒絶するかのように亀裂が細くなっていく。
「歌が嫌いなんでしょうか」
 呆然とする佐那。
 ふいに立ちくらみが起きたように目の前が歪む現状が生徒全員を襲った。