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リアクション
ミナス草
「キング〜〜っ!ひさしぶりぃ〜〜ッ」
そう言って勢いをつけてゴブリンキングへと後ろから抱きつくのは芦原 郁乃(あはら・いくの)だ。森の中、前村長からアゾートのことを頼まれた郁乃はこうしてゴブリンキング達がすむ集落へと着ていた。
「……本当に大丈夫なのかな?」
郁乃の様子に案内されたアゾートは不安そうな声を上げる。
「……まぁ、大丈夫じゃないですか。主はいつもあんな感じですし」
アゾートの疑問に答えるのは郁乃のパートナーである蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)だ。
(どんな相手にも自然に懐に飛び込めるのが、実は主の一番の必殺技かもしれませんね……)
後ろから抱きつかれ嘆息するゴブリンキングや何事かと首を傾げているゴブリンたちを見てマビノギオンはそう思う。
一つも警戒しない様子の郁乃にゴブリン達はなんだあの子かと言った感じで散っていくし、ゴブリンキングも郁乃を振りほどかず仕方ないといった様子だ。
「ね、ね。キング、お願いがあるんだけど大丈夫かな?」
そう言って郁乃はまずミナス草の調査をさせてくれないかとお願いする。
「……ダメ、かな?」
郁乃のお願いに人の言葉の分かるゴブリンキングは難しい顔をする。そうして数分考えた様子の後ため息を吐き大丈夫だというように頷いた。
「ありがとうキング!」
そう言ってまた抱きつく郁乃。
「……大丈夫だったでしょう?」
「力押しというかなんというか……思ったより簡単だったね」
アゾートはそう言う。
「そうでもありませんよ」
ここに来たのが郁乃以外だったら。ミナス草を調査ではなく分けてくれという話だったら。きっと断られていただろうとマビノギオンは思う。前村長を除けばゴブリンキングとここまで交友を深めているのは郁乃をおいて他ないし、ゴブリン達がどれほどミナス草を大事にしているのかマビノギオンは知っている。
「それで、ここからが私のお願いなんだけどさ。ここに私の居をかまえて動植物の調査がしたいんだ」
それが郁乃が今回ここにきたもう一つの理由。ゴブリンたちの集落にお世話になりたいという話。
「いいの? ありがとう」
今度はさして悩む様子を見せずため息一つで頷くゴブリンキング。
「それじゃ、居を移す時にいっぱいおみやげ持ってくるから楽しみにしててね」
そう言う郁乃の笑顔を見てマビノギオンは思う。
(……あたらしくできる居がその原型をとどめますように)
マビノギオンは本気で願う。
「えーっと……なんですか? この状況」
歌の師匠を探していたミナホ。その前にいきなり展開した光景にミナホは呆然とそう言う。
「ミナホちゃん。今日は許可を貰いに来たの」
そう言うのはレオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)だ。許可を貰わずに行動したらダメと奇跡的に学習したレオーナはこうしてミナホの前に来て言う。正座して。
「いつも通り、とっぴな考えですが、ひとまず聞いてはもらえないでしょうか」
そうレオーナに続けるのはレオーナのクレア・ラントレット(くれあ・らんとれっと)だ。とっぴだがそう悪い話ではないと言う。正座して。
「?」
よく分からない様子でレオーナのもう一人のパートナーティナ・プルート(てぃな・ぷるーと)がいた。正座して。
「…………なんでいきなり正座しているんですか?」
レオーナ一人ならともかくまともなクレアやティナまでどうしてとミナホ。
「何だか分からないけど、ミナホちゃんを見たら正座しないといけない気がするの」
奇跡的に学習をしたレオーナはついでに変な条件反射も身についたらしい。
「わたくしはあまりにも自然なレオーナ様の正座に釣られてしまって……」
「? この村の慣習ではなかったのか?」
「…………やっぱり、原因はレオーナさんなんですね」
はぁとため息をつくミナホ。
「それで、許可を貰いたいことというのはなんですか?」
「うん。ゴブリンちゃんやコボルトちゃんたちを三日後のプレライブに呼べないかな?」
「彼らを……ですか?」
悩む様子のミナホにレオーナは更に説明していく。
「…………すみませんが、今は難しいです。村の人だけならなんとかなったかもしれませんが、今は村の逗留客がいます。彼らに害はないと言っても簡単には信用してもらえないと思います」
「ふむ……確かに私も最初は身構えていたな」
そうティナは言う。今でこそなれたが亜人種とはいえ一般的にモンスターとして認識されているゴブリンやコボルト相手にいきなり警戒を解くのは難しかった。
「レオーナやクレアの紹介があってすぐに慣れることが出来たが、口で説明するだけじゃ難しいだろう」
村に来て比較的浅いティナの意見はこの中で一番客観に近かった。
「えーっ……」
残念そうな声を上げるレオーナ。クレアもまた声こそあげないが残念そうな顔をする。
(人間とゴブリンやコボルトが種を超えて仲良く出来るならば、ミナホ様とアテナ様の気まずい状態も解決するのではないかと思っていたのですが)
レオーナの今回の意見にはそういった考えもあった。
「村だけの問題ではなく彼らも森を守るという使命があるから、森から離れるというのは難しいと思います」
「それじゃ……どうしようもないの?」
「はい。『今』はどうしようもないです」
レオーナの残念そうな声にもミナホははっきりという。
「……すみません」
すまなそうに言うミナホにレオーナは空元気でいいよと言って去る。クレアもミナホにお辞儀をしてそれに続く。ティナも軽く頭を下げてレオーナたちを心配そうにして続く。
「……ミュージック・フェスティバルまでには必ず」
レオーナと、そして自分の願いを叶えようとミナホは決意した。
「うぅ……和輝行っちゃった」
スフィア・ホーク(すふぃあ・ほーく)をぬいぐるみのように抱きしめてそう言うのはアニス・パラス(あにす・ぱらす)だ。パートナーである佐野 和輝(さの・かずき)が粛正の魔女の元へと行ってしまったために寂しそうな顔をしている。
「今日は配下になると伝えに行くだけですからすぐに帰ってくるはずですよ」
魔女の条件は別に自分のもとでずっと働けという話ではない。魔女が望む時にこちら側で働けという話だった。
「それでも……和輝ってば『皆』にアニスのこと頼んですぐ行っちゃうんだもん」
アニスが『皆』と呼ぶのはこの地の地霊たちだ。人見知りであるアニスはそういった存在のほうが相性がよく、良くしてもらっていた。その繋がりから和輝はアニスのことを頼んでいた。
「それに、やっぱり魔女のもとに行くのは納得いかないよ」
仕方がないことだとは分かっている。しかし……。
「アニスはすごく嫌われていましたものね」
「そう、なんであんなに嫌われないといけないの?」
魔女に殺すとまで言われたアニスは自分が何をしたのだろうかと思う。
むぅとむくれるアニス。その様子を見てスフィアは思う。
(……和輝も難しいことを頼みますね)
魔女の元へ向かう直前、和輝が言ったことを思い出す。
『最悪の場合。お前はアニスを連れて村を出ろ。コレは命令だ』
最悪、つまり和輝がなんらかの原因で戻れなくなった時。その場合アニスの安全を第一に動けと。
(……そんな事態にならないようにするのが私の役目ですね)
自分を抱きしめ寂しそうにしているアニスのためにも、そんな事態にはしないと。スフィアは自分の持つ情報と和輝に譲渡された権限を駆使して、さらなる情報の収集と解析を始めるのだった。
「……やはり、行きますか」
村の出口。そこに訪れた和輝に前村長はそう声をかける。
「それが効率がいいですから」
この村を取り巻く状況。その中であの魔女からもたらされる情報は必ず役に立つと。和輝は魔女の元へ行く決意をした。
「あの魔女はどんな条件を出していたんでしたか」
「村を大きくすること。そして村を襲う時には手を貸すこと」
そこまで言って和輝は考える。
「……どうして、村を滅ぼそうとする魔女が村を大きくしろなんて言うんでしょうか?」
その答えを前村長が知っているんではないかと和輝は聞く。
「簡単にいえば村が大きくなるほどあの魔女が震える力は最終的には増えるんです。ただ……」
「ただ?」
「……いえ、この先は魔女のもとで聞いてください」
「……あなたの秘密主義も筋金入りですね」
「それではその代わりに一つだけ忠告を。あれを人だとは思わないことです」
「それは、どういう意味でですか?」
力的な意味か、人格的な意味か。どちらととも取れる言葉だ。そしてその先にある意味もいくらでも解釈が分かれる。
「色んな意味で……ですよ」
「全く、あなたは本当に変わらない」
やれやれと和輝は苦笑する。
「最後に餞別としてもう一つ情報を。あの魔女に現在契約者を操る力はありません。せいぜい眠っている契約者を自らの魔力で暴走させるくらいしか出来ないでしょう。そもそも契約者を操れるほどの力があればただの人間を強化したほうがよっぽど戦力として大きい」
粛正の魔女の力と契約者との関係を考えればそうなると前村長は言う。
「……やはり、あなたは狸だ。人の心配事をいつの間に知ったのか」
「はっはっは……単純に自分があなたの立場だとして一番恐れることを考えただけですよ」
笑って言う前村長。
「……では、行ってきます。出来ればアニスのことを気にかけてください」
『皆』がフォローできない部分を和輝は頼む。
「ええ。できうる限りは」
その前村長の言葉を受け、和輝は魔女と約束した場所へと向かう。
「……見つけた」
森の奥。そこでうっすらと光るミナス草を前にアゾートはしゃがんで調べ始める。
「……この先はコボルト領域のようですね」
場所を確認してマビノギオンはそういう。
「……まるで、ゴブリンとコボルトでこのミナス草を守ってるみたい」
マビノギオンの言葉に郁乃はそう感想を持つ。
「結局、そのミナス草はなんなんですか? 普通のものとは違うことは分かりますが」
「このミナス草が、この森や村にあるミナス草。その全ての効果を与えているものだよ」
ミナスの涙調合時、力の流れに違和感を感じていたアゾートは、この光るミナス草を前に確信した様子でそう言う。
「効果を与える?……それじゃ、ミナス草は……」
郁乃のわかった様子にアゾートは頷く。
「ミナス草、この薬草は誰かが人為的に作ったものだよ」
「ミナス草が誰かによって作られたものってのは分かったけど、アゾートはどうして調べてたの?」
ふとした疑問。賢者の石を作ることを目指すアゾートにはミナス草は興味の対象外だと思う。
「この薬草のあり方は賢者の石に似ている。それが証明になると思ったんだ」
「証明?」
「この薬草は誰かの魔術によってできてる。それなら錬金術で賢者の石を作れないはずはないってね」
「……魔術と錬金術じゃ大分勝手が違う気がしますが」
「そうかい? でも、ものを作るという点で錬金術が魔術に劣るはずがないよ」
自分の突き進む道に絶対の自信を持ってアゾートはそう断言した
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