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 現在から数年後。

「……エドゥ、聞きたい事が」
 千返 かつみ(ちがえ・かつみ)は用事があってエドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)の所に行くも近付けなかった。
「……エドゥ」
 エドゥアルトが辛そうに泣きながら何かを言っていた。傍にいる千返 ナオ(ちがえ・なお)も泣きそうな顔でエドゥアルトの話を聞いているようであった。いつもと違うエドゥアルトの様子にかつみは動揺し、静かにこの場を後にした。
「……あんなところ始めて見た。一体、何が……」
 かつみの動揺は抜けない。何を言っているのかは分からなかったが様子を見るだけで悲しい事以外有り得ない。かつみはここ最近の出来事を振り返った。出来事と言えば、エドゥアルトとナオを庇って大怪我をした事ぐらい。その時の怪我も今はすっかり治っているので違うだろうとかつみはさらに考えを巡らすが、何も思い当たらなかった。

 その時、背後から二つの足音が耳に入り、振り返るかつみ。
「エドゥ!?」
 エドゥアルトがナオの手を引いて立ち去ろうとしていた。
 かつみが呼びかけたにも関わらず、エドゥアルトは顔を向けないが、ナオだけは振り向いた。
「……ナオ?」
 迷いのある表情のナオに理由を問いかけるかつみ。
「あの、かつみさん……」
「……ナオ」
 何かを言おうとするナオをエドゥアルトが言葉を挟み、止めてしまう。
「はい」
 ナオはエドゥアルトにうなずき、かつみに背を向けた。
 二人はかつみの元を去ってしまう。
 原因はかつみの大怪我だった。庇われた二人は本当は一緒に闘いたかったのだ。自分達を安全圏に保護し自己犠牲で護ろうとするかつみの傍にいたらかつみだけが傷付いてしまうだけだから一度距離を置こうと考えたのだ。
「待ってくれ、どうして……どこにも……行くなよ」
 理由が思い当たらないかつみは必死に追いかけ、手を伸ばし懸命に二人を引き止めようとするも届かなかった。

■■■

「かつみさん、大丈夫でしょうか。“エドゥ達がいる今の状況で悪い未来が想像出来ないからどんなものなのか体験してみる”って言ってましたけど」
 ナオは心配の顔でベッドで眠るかつみを見守っていた。
「……暗い未来でもそれほど不安なものを見るとは限らないみたいだから大丈夫だと思うよ」
 逞しい他の被験者達の話を耳にしていたのでエドゥアルトはそれほど心配してはいなかった。

 そんな時だった。
「かつみ!」
「かつみさん!」
 エドゥアルトとナオは同時に声を上げた。
 かつみが朦朧とした様子で目を覚まし、ベッドから起き上がろうとしたからだ。あまりの未来に無理矢理目を覚ましたのだ。
「そのまま立ち上がるのは危ないよ」
「そうですよ。まだ効果が残ってるみたいですから。もう少し横になった方がいいです」
 エドゥアルトとナオはかつみを引き止め、何とか横になるように言うが、頑として動かない。
「……早く追いかけないと……行ってしまう」
 薬が抜けていないかつみはまだ体験している未来にいると思い、去るエドゥアルト達を追いかけようとする。
「行ってしまう? かつみ、何を見たんだい?」
 不安を感じたエドゥアルトはかつみに問いかける。
 するとかつみは朦朧としたままだが、体験した事を話した。
 話し終えたかつみは二人によってベッドに戻されるが目を閉じない。
「……大丈夫。ちゃんとそばにいるから」
「そうですよ」
 エドゥアルトとナオはかつみの不安を和らげるために必死に言葉をかける。かつみが暗い未来を体験したくないのだと二人共分かっていた。何とか二人の言葉に安心したかつみは再び暗い未来へ。
「かつみさん。大丈夫ですから」
 ナオは再びベッドに横になったかつみの手を握って背中をとんとんとした。
「かつみさん、俺が眠っていて知らないと思っているかも知れませんけど、俺、ちゃーんと知ってるんですよ。毎晩こうして悪い夢を追い払おうとしてくれたこと」
 ナオはかつみとの契約直後、精神不安でよく悪夢を見ていた。その時受けたかつみの親切を思い出していた。
「……なぜ、かつみはあんな未来を見たんだ。離れようなんて考えたこともないのに……」
 エドゥアルトは妙な不安を感じていた。体験した未来が現実になるとは限らないと言われていても。



 現在から数年後。

「やっぱりこっちに残るんだな」
 シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は確認するかのようにリーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)に言った。実は地球とパラミタが平和に別れる事が可能となり、期日までにどちらに残留するのか決定しなければならなくなったのだ。
「えぇ、シリウスは地球ですわね」
 リーブラはうなずいた。シリウス達も期日間近まで話し合ったのだ。
「あぁ、本当ならオレも残りたい。友達や大事な人も結構いるし残ると決めた地球人も何人もいる。けど、昨日まで散々お前とこれからどうするか話していて分かったんだ。オレの戻るべきは場所は地球だって。どんなにこっちが居心地が良くてもここはオレの本来いるべき場所じゃないんだって」
 シリウスは別れの辛さを含みつつ故郷を脳裏に浮かべていた。
「……そうですか。昨日も言ったようにシリウスがそう決めたのならわたくしは何も言うつもりはありませんわ。ただ、寂しくなります」
 リーブラは止めず、寂しさだけを伝えた。明日が二つの世界が繋がっている最後の日。
「オレもだよ。でも世界が別れても二人で過ごした時間は消えない。どんなに離れてもオレ達は一つだから。笑顔で別れようぜ」
 寂しいのはシリウスも同じ。だからこそ笑顔を浮かべるのだ。
「そうですわね。でもわたくし、明日は見送りに行けませんわ」
 リーブラは現在、予定進路通りシャンバラ王宮に士官し再編された十二星華の二代目天秤座として引退した旧十二星華に変わって精力的に活躍している。その原動力はティセラを自由にしたいという思いだ。明日の別れの時も仕事が入っている。
「……この後も行かなければいけませんし。だからシリウスの顔を見られるのはこれが最後です。不思議ですわね、シリウスと暮らしたのはそう長い年月でもないのに……ずっと姉妹で、家族で……伴侶だった気がしますわ」
 リーブラはじっとシリウスの顔を見ていた。これから先何があっても忘れないために。
 シリウスは静かに耳を傾けていた。
「良ければ、これを持っていて下さいな」
 リーブラは身に付けていたヘッドドレスのリボンをシリウスに差し出した。
「あぁ、大切にする。こっちにいるみんなの事は任せるぜ、相棒」
 シリウスは笑顔でリボンを受け取った。
「はい。シリウスもどうかお元気で……」
 リーブラも笑顔で応えた。
 これがリーブラと顔を合わせた最後の日だった。

 地球への入管最終日。
「……パラミタもこれが見納めだな。そう言えば、昨日も今日もあいつに会わなかったな」
 シリウスは最後にとパラミタの風景を目に焼き付けていたのだが、別れの挨拶をしていないサビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)の事を思い出した。
 その時、
「それってボクの事?」
 隣から聞き覚えのある声と共にひょっこりと姿を見せた。
「おわっ!? サビク。お前……」
 シリウスは噂をした人物の突然の登場に驚いた。
「驚かせてごめんよ。ボクもこっちに行く事になったんだ」
 サビクは陽気な笑顔を浮かべながら言った。
「こっちに行く事になったって」
 また驚くシリウス。話し合いの時もサビクだけは何も言わなかったりいなかったのだ。
「何か女王の処刑人の時に犯した過去の罪でシャンバラから追放刑になってさ。まぁ、今は平和になって十二星華にも王国にも殺し屋は必要無いからね。と言う事で改めてよろしく」
 サビクは肩をすくめながら陽気に自身の事情を話した。
「……もしかして」
 シリウスはサビクが口にした事は嘘で自分や他の地球残留者のお守りのために志願したのではと考えていた。実際にシリウスの勘は当たっていた。
「ほら、早く地球に行こう」
 サビクは突っ立ったままのシリウスを置いて歩き出した。
「あぁ、これからもよろしく頼むぜ、相棒」
 シリウスは急いでサビクの後を追った。
 シリウスとサビクは無事地球に到着出来た。

■■■

「……あっちはいつもと同じか。というかアーデルハイトのやつ、小言がうるさいからってオレに薬を掛けやがって。だから魔女ってヤツは……」
 覚醒後、シリウスは仕置きを受けている双子を確認した後、アーデルハイトについて文句を垂れた。双子に対して説教だけでなく嫌がらせのような仕置きをした事を聞いて文句を言いに行ったら薬を吹き掛けられたのだ。そもそも魔女に良い感情を持っていなかったというのもあるのだが。
「……大丈夫ですか。良かったらデータ収集のために記入をお願いします」
 アーデルハイト達の手伝いをするザカコがやって来てアンケートを渡した。
「あぁ、ところでオレに吹き掛けた薬はどっちだったんだ?」
 シリウスは用紙に記入しながら薬の種類を訊ねた。確認する暇無く掛けられたのだ。
「紫色ですね。そちらのデータが少ないらしくて、何か不具合でもありましたか?」
 ザカコは被験者リストを確認しながら答えた。データが少ないのは当然だろう。誰だって見るなら明るい方がいい。
「いや、オレが体験したのは別れと新しい出発の明暗が同居した未来だった」
 不具合を訊ねるザカコにシリウスは微妙な表情で自分が体験した未来について話した。
「そうですか。そういう人が他にも何人かいましたよ。状況は暗いのに自身はそう感じず逞しく生きているというのが。暗いかどうかは被験者個人によるところが大きいのかもしれません」
 ザカコは逞しい他の被験者を思い出しながら答えた。
 それからシリウスから用紙を回収し、ザカコは仕事に戻った。

 一人になったシリウスは
「……実際あんな事が起きたらオレはどうするんだろうな。体験した未来のようにするのか」
 体験した未来と現実の先について考え込んでいた。