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自然観察研究会



「……これでっ、よし、と」

月村 正臣は目の前の花を採取しながら小さく息をつく。
ここはパラミタ内の自然保護区の1つだ。今回で何度目かの開催となる「自然観察研究会」が開かれ、多くの参加者が辺りを調査していた。


「…で、結局自然調査ってなにするんだ? 動植物は調べるんだよな? 地質もか? あー! 前回の調査結果とかの資料があれば楽なのによ」
「落ち着け少年。 いつも通り庭で草をいじるのとあまり変わりはない。 まず採取依頼のでている植物を集めるんだ」
「じゃあ採取依頼がきている植物ってどれだよ?」
「それはこれを……」

遠部 明志(えんぶ・ひろし)がパートナーの蓮 蓮(はす・れん)に愚痴をこぼす。 今回が初めての参加であった遠部は少し混乱しているようだ。
そこに、創世学園の医学部教諭である九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)が声をかける。
近くには九条のパートナー斑目 カンナ(まだらめ・かんな)の姿もあった。

「どうかしました?」
「ああ、先生か。 採取依頼のきてる植物ってどれか、教えてくれ」
「ん? それなら配布してある資料の6ページに……」
「資料!? そんなの持ってないぞ?」
「失礼だけどあんたの隣にいる方が持ってるそれ、ロゼが言ってる資料ですよ」
「え…? なんだ蓮、資料持ってるんじゃないかよ〜!」
「さっきからこれを渡そうとしていたんだが… 植物に夢中で、教員の説明や私の話を聞いていなかった君に問題がある」
「なっ!? そ、それはだな…」
「あははは…と、取り敢えず、また何かあったら私や他の先生に声をかけてね。 行こう、カンナ」

九条はそういうと明志達の元から離れ、別の参加者に声をかけていく。彼女は今回の研究会の引率として各学校から派遣された1人であった。
正臣はそんな光景を見つつ、周囲を眺める。

地球ではお馴染みの銀杏やチューリップ、はたまたここでしか見られないような不思議な植物まで、この土地には様々な緑が栄えていた。
土には多くの栄養分が含まれており、温暖な気候が季節を問わず維持されているせいか色とりどりの花々が咲き乱れているのが見てとれる。

「本当に、ここはいつ来ても綺麗な場所だな〜……」

心地よい風を感じながら正臣はそう口にする。
普段から都市や戦場にいる人々にとって、ここはそんな喧騒とはかけ離れた幻想的空間であった。

「…さて、一旦様子を見に行くか」

正臣は、パートナーのジョバンナ・アルベルトが休んでいるはずのコテージへと向かった。





――――――――――――――――――――――――――――――




目撃者を求めて




正臣は自分の部屋に戻る。

「おーいアンナ、調子はどうだい?……アンナ?」

しかし、眠っていたはずのアンナの姿はなくなっていた。

「トイレか何かかな?」

正臣は自分の採取した植物を、回収用の袋に詰め込みつつアンナが戻るのを待つ。

「…………少し探してみるか」

そう言うと、正臣はコテージ内を捜索する。 だが、今の時間ほとんどの生徒は調査活動に出ているため、コテージの中には人気がなくなっていた。
ジョバンナがいればすぐに分かるはずなのだが、彼がいくら探しても彼女の姿はどこにもない。 正臣はまだ探していない外に出ることにした。
するとコテージの近くで調査を行っている人を見つけ、声をかけてみる。

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、コテージから人が出てきたのを見てないかな?」
「あーもう! 人が切ろうとしてあげてるんだからうまく切れなさいよ!」
「…あの、聞いてる?」
「なによ!?」


正臣に声をかけられ振り向いたのはセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)
茶色のロングコートにメタリックブルーのトライアングルビキニという服装。彼女の姿はあまりに不自然かつ刺激的だ。

「って!? 君は一体なんて格好を!?」
「ああ、これ? あたしはいつもこの格好だから」
「そ、そんな! 海にいるわけでもないのに……!」
「あたしが何を着ててもあたしの自由でしょ? それより、何か用?」

顔を赤く染め、気恥ずかしさ全開で慌てる正臣を不思議に思いながら、セレンが問いかける。

「あ、ああ! そう! このコテージから誰か出てきたのを見てないか聞きたくて!」
「う〜ん、あたしはずっとこの辺で作業してたけど、特に誰も見かけてないわね〜」
「そっか… 分かった、どうもありがとう!」
「ちょっと! あんた誰か探してるの?」
「うん、パートナーの子がいなくなっちゃって」
「そうなの…… ならあたしも一緒に探してあげようか?」
「ありがとう、でもきっとこの辺りをうろついてるだけだと思うから」
「一応これでもセレンはシャンバラ教導団の少尉だから、そういうのは得意分野なのよ?」
「へぇ……え?」

正臣が驚きつつ振り向いた先には、セレンの相棒、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が中身の詰まった回収袋を持っていた。

「私はセレアナ、そっちはセレン。 あなたは?」
「あっ、オレは月村正臣……って、こっちはレオタードか!?」
「本当はビキニを着てるはずだったんだけどねぇ〜、セレアナがどうしてもって言うから」
「…これでもかなり妥協してるんだけど。 それはおいておくとして、私達ならそういった捜索は慣れているわ」
「そうそう、さっさと見つけちゃいましょ」
「わ、分かったよ…」



どうやら彼女たちは、正臣達同様息抜きにこの会に参加したらしい。
どちらかというと山に当たるこの場所であるが、彼女達だけは海真っ盛りである。
セレアナの話によれば、採取中に森をうろつく姿を目撃したという。 その姿が向かったという方へ正臣達も急ぐ。 
するとそこには別の一団が調査作業を行っていた。

「こんな花もあるんだね! すごく綺麗…」
「歌菜にプレゼントしてやりたいところだけどな」
「ううん。 せっかく綺麗に咲いてるんだし、調査に必要な分だけ取って帰ろう? この景色が見れただけで私は今すっごく嬉しいから!」
「相変わらず優しいな、歌菜は」

遠野 歌菜(とおの・かな)月崎 羽純(つきざき・はすみ)が仲睦まじく調査を行う。
そんな様子を見ながらエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)はマスターである御神楽 陽太(みかぐら・ようた)
その妻の御神楽環菜(みかぐら・かんな)を思い出していた。

「今頃陽太は、鉄道とにらめっこでもしてるのかしらね…… あら?」

そんなエリシアの足元に突然木の実が転がってきた。

「わわわ! す、すみませんですっ」

榛原 勇(はいばら・ゆう)が謝りながら近寄ってきた。 パートナーのフエン・ワトア(ふえん・わとあ)もその後を追ってくる。

「いいえ、謝ることではありませんわ」
「あ、ありがとうございます」
「ユウ、これも立派な採取調査対象である。 あまり落とすなどして質を損ねるようなことをしてはいけないものなのだよ」
「気をつけてたんだけど…もっと気をつけます」
「すまない! 君達ちょっといいかな? 聞きたいことがあるんだけど…」


・・・・・・・・・・・・・・


「私達は見てないです…… でも! 私と羽純くんも協力して、一緒に探しますよ! 手分けして探せば、きっと見つかりますっ」
「困ったときはお互い様ですわ。 月村正臣、わたくしも手をお貸ししましょう」
「ジョバンナさん、どこに行ってしまったんでしょう……。 心配なので、ぼくも一緒に探しますっ」
「どんどん人が増えてくのはいいけど、取り敢えずこのままじゃ埒があかないわ。 正臣、早く次を探しましょ」
「おまえ、正臣と言ったか? 私の耳には、お前と同じような悩みの声が聞こえているのだが、どうするかね?」
「それはどこからですか!?」
「ふっ、ついて来たまえ」

ネズミの獣人であるフエンの耳を頼りに声のする方へ向かう。

「あれは…イーリャ先生?」
「イーリャ先生ですねっ。 誰か怒鳴られているみたいですけど…」

そこには正臣と勇が通う天御柱学院の教員、イーリャ・アカーシ(いーりゃ・あかーし)とパートナージヴァ・アカーシ(じう゛ぁ・あかーし)の姿があった。
彼女は千返 かつみ(ちがえ・かつみ)エドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)に何かを言っていた。
それを九条がなだめるようにしている。

「どいてくれ! 俺はナオを探しに行かなきゃならないんだ!」
「待ちなさい、いなくなったといっても、この保護区は広いわ。 どこかではぐれただけじゃないの?」
「違う! かすかだけど俺には聞こえるんだ……。 ナオが呼んでる」
「私も最初はそう思って、彼と一緒に辺りを探したんだけど…… 見当たらないんです」
「そう…。 ジヴァ、あなたはどう思う?」
「どうもこうもあったもんじゃないわよ! さっきから何かこう…頭の中でチリチリする感覚。 気持ち悪いわ…!」
「先生! その人たちの連れもいなくなったんですか!?」
「あら、正臣君? …も、ってことは…… そっちでも誰かいなくなったの?」
「あの… そうなんですよ」
「いなくなったのは千返 ナオ(ちがえ・なお)、今探しているんだ。ナオは好奇心旺盛だが、迷子になるまで気づかないほど浮つきはしないよ」

そう言ったエドゥアルトの目は、それが嘘でないことを確かに証明していた。

「何か騒がしいようだが、どうかしたのか?」
「周りの先生方も不審そうにこっちを見てますけど〜?」
「なんだ、こんなにぞろぞろ?」

そこに風森 巽(かぜもり・たつみ)清泉 北都(いずみ・ほくと)白銀 昶(しろがね・あきら)のコンビが声をかける。
かつみとイーリャの口論や正臣が多くの人を引き連れ集まっていることを不自然に思い、遠くの方から先生方や他の生徒が様子を盗み見ていた。

ジョバンナは本来参加メンバーではなかったため、正臣は話すことに気が引けていたが、観念してイーリャにも事情を説明する。



・・・・・・・・・・・・・・



「そうか、お前のパートナーもいなくなったのか…… やっぱりナオと同じように?」
「イーリャ先生、私達教員もいるなかでこれは普通のことではないと思います」
「…ジョバンナが声を聴いていたというのが気になるわね… とにかく、事情は分かったわ。 今回は見逃してあげる」
「よし、そうと決まったのなら! 見ない振りして、アレコレ気を揉むのも後悔するのもしたくないんでね。 我も手を貸そ「待ってください!」

巽が意思表示すると同時に北都も声をあげる。

「確かに人がいなくなったというのは問題だけどねぇ…… こんな人数が一気にいなくなってしまってはあまりに不自然だよ」
「北都の言う通りだな。 オレ達は元々調査をしに来てるはずだろ? 調査もしてないと、ここは見逃してもらっても他の先生に捕まると思うぜ?」
「でも、ジョバンナさんとナオさんが…… 私は探しに行きたい! かつみさん達だって探してるのに見つからないなんておかしいもの!」
「わたくしも遠野歌菜の意見に賛成ですわ」
「……ならこうしましょう。 九条さん、あなたはこの子たちを引率して”魔物を退治しに”向かって下さい。
 HCを持ってる人も多いようだし、あなた達同士は手分けしても連絡が取れるでしょ?」
「分かりました」

辺りの様子を見ながらイーリャが口早に話を続ける。

「清泉君と白銀君は調査をお願い。 私も協力するから、みんなの分も調査を済ましてしまいましょ?」
「分かりました。 では皆さん、調査は任せておいて下さいねぇ」
「見つかることを信じてるぜ。 早く戻って来いよ?」
「分かりました、ありがとうございます! アンナ……絶対見つけてみせる……!」
「気をつけて。 あなたがジョバンナから授かった『精神感応』は同じ力を持った者同士で共振することがあるわ。
 うまく力を働かせながら、皆で協力して進みなさい。 定時連絡は途切れさせないように」

そして出発しようとする正臣にジヴァが声をかける。

「正臣、探しに行く前に言っておくわよ。 あたしは強化人間である自分を誇りに思っている。 いい?憐れむ、気遣うというのは
 侮辱の一形態にもなるの。 ジョバンナをパートナーとして選んだのなら、対等な一人の人間として接してあげなさい。それが彼女の為よ」
「…分かった」

「ちょっとくらい良いじゃん! アレンのケチッ〜〜〜〜!!」
「おいのるん!? なんて大声あげるんだ!」
「えとえとえと…!? わたくしはどうすれば…!?」


突然の叫び声。大声の正体は時見 のるん(ときみ・のるん)
彼女はアレン・オルブライト(あれん・おるぶらいと)にひたすら我が侭を言っていたのだがアレンが聞き入れてくれないため
ついには大声を出してしまったらしい。 そんな様子をアレンと同じくのるんのパートナーである橙 小花(ちぇん・しゃおふぁ)がオロオロしながら
2人の顔を見つめていた。あまりの大声に、木に止まる鳥は一斉に飛び立ち、一行を見ていた視線はのるん達に釘付けとなった。

「ほら、今のうちよ!」

セレンの掛け声を合図に、一行は捜索へと向かっていった…。



「面倒事は嫌いなんだけどねぇ…。 さて、まずは僕らの調査対象の薬草種を採取してしまおうかなぁ」
「そんなこと言っときながら……ふっ、了解。 さっさと集めちまおう。 じゃあな先生」

北都達が調査に戻るのを見ながらイーリャはジヴァを見やる。

「…わかってるわよ。 正臣たちからの定時連絡ならきちんとやるわ。 ……ったく! あぁもう、なんで似合わないこと言わせてんのよあのバカ!」
「悪いわね。 それにしても、遠くであの子たちが騒いでくれて助かったわ」
「でも、かつみや正臣が言ってた通り、何かが私達に話しかけてるのは確かよ。 この頭の中に響いてくる声みたいな……」
「この保護区について少し調べる必要がありそうね…」

そうしてタブレットを広げながら、イーリャは様子を窺っていた先生達への言い訳をしに向かうのであった。 
「どうやら魔物退治に人手が足りないようなんですよ」