イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

江戸迷宮は畳の下で☆

リアクション公開中!

江戸迷宮は畳の下で☆

リアクション



【急襲☆悪襲城・2】


 アレクが『次』と言ったのは堀を挟んだ通りに居た契約者たちのことだ。
「この生き物は……一体……」
「今の所襲って来る気配は無いが、悪襲様に報告すべきなのか?」
「それにしても、何だか妙に身体がだるいな」
「主もか? 儂も上手い事動かんのだ」
「それはアンタがじーさんだからだろ」
 兵士たちが驚愕の目で見上げているのは巨大で強力な力を持つ竜のような生き物、そして電気を帯びたこれまた巨大な鳥。
 城の付近に突如現れたこの奇怪な生き物達に、城外へ飛び出してきた兵士たちは成す術無くおろおろと立ち尽くすばかりだ。契約者には見慣れた召還獣も、そのものが存在しない和の国の人間にとってはお伽噺の幻獣のように映ってしまう。
 二匹の生き物を召還し、兵士達が気づかないうちにしびれ粉を撒いたのはグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)だった。

 グラキエスは暑さに極端に弱い。だから今の夏という季節は彼にとって『敵』と言っても良いくらいにだ。
 此処和の国の気温はそれ程高い訳でも無い。暑いと言っても精々ジャケットを着込んでいるアレクや真、更に昔の重く暑苦しい洋装のエースたちがそれで平然としている程度である。だがグラキエスにとって冷房も無いこの世界に留まる事は一大事なのだ。
「暑い……。
 ……体が重い…………」
 思い通りに働いてくれない頭で脱出を考える彼の傍には、かつてグラキエスが連れて来た浅葱色の瞳と宵闇の色をした鱗を持つ水雷龍が控えている。さながら氷の剣のような角を持つこの生き物は、見た目通り氷の属性が有る。
 そんなひんやりと冷たいこの『スティリア』を、グラキエスはアイスノンのように扱って何とか暑さを凌いでいた。
「ああ可哀想に、辛いだろう? 私が抱いていてあげよう」
 ――暑いのに抱き込む。
 ベルテハイト・ブルートシュタイン(べるてはいと・ぶるーとしゅたいん)のブラコン超理論に、他の者達は一瞬頭がパァンと千々に割れ掛かったが、よく見てみるとベルテハイトは冷気の翼を纏っている。
「弟思いの素敵なお兄様ですねー」
 出発前のベルトハイトに向かって、どこぞの誰かに向けるのと同じ様な言葉をほやほや愛らしい空気を纏って豊美ちゃんは言っていた。
 ――それでも他の者は納得いっていなかったが――。

 そうして周囲の困惑と苦笑を誘いながら、機を見たグラキエスは今ヘロヘロの身体をベルテハイトに支えられながら自らの職務を果たそうと必死に――暑さと――戦っている。
 そんな健気な弟の姿を見るベルテハイトの瞳は熱い怒りに燃えていた。
(グラキエスは暑さに弱いんだ。
こんな場所にいきなり連れて来るとは何て事をしてくれた)
 誰ぞ分からぬ謎の意志に心で反抗しながら、ベルテハイトは抱き込んだグラキエスの髪を撫で続ける。
「こんな事態はすぐ解決する、安心しておいで」
「主よ、あまり無理をなさらずに。
 スティリアの傍にて御体をお休め下さい」
 アウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)は大きな背を曲げながらグラキエスの顔を覗き込むと、すっくと立ってこう叫んだ。
「主をこのような場所に引きずり込んだ輩がいる。許さん!
 行くぞガディ!
 我等は主の鎧にして槍、立ち塞がる者は全て薙ぎ払う!」
「待て、まだ次の人達が居る……」
 はやるアウレウスの腕を引いて、グラキエスは首を横に振る。彼の言う通り、その近くにはもう一組のグループが彼等に続く為に控えていた。

「さあ、
 シンフォニア・メイデンのゲリラコンサートスタートよ――」
 綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)が小さく呟いて歌い出したのは、人に特定の感情を与える類いの特殊な歌だ。耳にしただけでドキッとしてしまいそうな音に乗るのは、さゆみがその場で即興で編み出している適当な歌詞である。
 曰く、『このままでは何(いず)れこの和の国は亡びてしまうだろう、悪襲は沈む舟なのだ』や『悪襲は領民から巻き上げた金で贅沢三昧しているのに、その金を臣下には殆ど与えていない』という深刻な内容から、
『悪襲は寝る時に決まった布団を抱いていないと眠れない』とか『悪襲の宝物庫には少女たちが飯事で使う玩具や、いやらしい春画が山のようにある』という下らないものを思いつくままに言いたい放題だった。
 グラキエスの還びだした召還獣に誘い出された兵士たちの士気は、さゆみの歌を耳に入れてからみるみるうちに下がっていく。
「好色な野郎だと思っちゃァいたが……まさかそれ程とは思わなんだ――なあ?」
「俺達、なんでそんな奴の手下になってるんだろうな」
「阿呆臭ぇ、沈む舟にしがみ付いて何になるってんだ!?」
 そんな風に悪襲への文句や悪態を言い合って、最終的に彼等が出した結論は「嗚呼もうやってられねぇや!」という、つまり職場放棄の台詞だった。
(ふふ、作戦通りね)
 歌の合間にさゆみの唇は小さく歪む。
 すると彼女は歌を変え、今度は聞くものの気分が高揚するようないかにも陽気なメロディーを歌い出した。
『今日は村で祭りだよ』
「そうだ、なのに俺達はこんなところでつまらねぇ仕事を押し付けられて……」
『参加すればその気持ちも晴れるでしょう』
「おう! その通りだ!」
『こんな場所は放棄してしまいなさい。
 民の手伝いをして、夜の祭りを楽しもう!』
 止めの言葉にその場の兵士達は皆懐にさした刀を放り投げて村へ向かって走っていってしまった。
「まあ! お見事でしたわね」
 さゆみの傍からひょっこり顔を出して、アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)がそう声をかける。
 しかし不思議なことにさゆみの顔は晴れない。
 一体どうしたのだろうとさゆみの顔を覗き込んだアデリーヌは、「ひい」と息を呑んでしまった。
「アディ……悪襲ってなんだか……聞き覚えのある音よね」
「え、ええ……そう言われればそうかしらね?」
「悪襲……あしゅー……あしゅ……あっ――しゅ……

 アッシュ……」
 えも言われぬ表情の下には、凄まじい呪いの感情が秘められている。
 さゆみはアッシュを恨んでいた。それはアッシュに――本人には意志が無いようだが――ありとあらゆる辛酸を舐められたからで有る。
 そういえばグラキエスの召還中に『女の子を攫って悦に入る悪の領主等まさにアッシュそのもの』と、さゆみがぼやいていたのを思い出した。
 アッシュ・グロック自身はそのような人間では無いが、彼が散撒く灰がそのような形となって具現化しているのもまた事実なら、さゆみの言う事も一理あるのかも知れない。
 ――しかし『ならばフルボッコにするのに何の遠慮も要らない』という考えは如何なものなのだろうか。
 アッシュ イコール うざいまたはキモい
 さゆみの中で確実なものになっている式の解は、かなり強引に導き出されようとしている。
「……アッシュは、シメる……ひぇひぇひぇひぇ……」
 怪しい引き笑いを続ける痛ましい恋人の姿に、アデリーヌは溢れる涙をハンカチで抑えるのだった。
「さゆみをこんな風にしてしまったアッシュ……いえ、悪襲……
 許せませんわ……
 二人の感情は少々、否、大分逆恨みを含んでいたのだった。



「おいバカ」
「バカじゃねえよ、俺にはベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)という立派な名前があるんだよ!」
「アレクさん、こいつには馬鹿という言葉すら勿体ないです。
 『エロ吸血鬼』。それだけで充分なのですよ」
 アレクの膝の上で腹を撫でられながら、豆芝犬忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)は毒を吐いた。
「じゃあエロ我慢吸血鬼」
「我慢してね……ねぇよ」
 苦しい言い訳にアレクとポチの助の嘲笑が飛んで来る。
 こうして居る間にグラキエスの破壊行動が始まってしまうのではと、ベルクの胃はキリキリと痛んで仕方ない。
「采配はした。念も押した。後は向こう次第だ」
 首を振るアレクの頭に有るのはグラキエス達の事では無い。
 妙な引き笑いをして敵地へ赴いた彼女の事だ。
(If anything,I worry about half of Pop icon. 
 どっちかっつーとあのアイドルの片割れが心配)。
「流石の俺も胃薬は持ってない。もう少し穏やかな気分で待ったらどうだ。
 攻城戦は時間が掛かるぞ? ……多分ね」
 胃薬は無いと言いながら、ポチの助と遊ぶ為の『ほねっぽん』を持っているのは何故だろう。溜め息なのか何なのか最早分からなくなった恒例のそれを吐いていると、『痛い感じの』愛刀を手入れしていたレティシア・トワイニング(れてぃしあ・とわいにんぐ)が顔を出してきた。
「我を巻き込んだ件については後でベルクを斬って捨てるとしてだ」
「おいまてレティシア、別に俺の責任じゃねぇだろ!?」ベルクのツッコミをレティシアは華麗にスルーした。
「――ふむ。お主がアレクサンダルとやらか。
 なるほど……フレンディスが言う通り面白い男だな」
「ポケットが四次元なところがか?」これもベルクだ。
「我としては相見えたい所だが、今は解決すべき問題がある以上、我慢しようぞ。
 代わりにこの戦にて存分にお主の腕を見せて貰おうぞ?」
(悪襲とやらめモミジ達との癒しの一時を邪魔した報いは受けて貰うぞ……!)
 謎の逆恨みのようなものに燃えるレティシアの瞳を大して興味も無さ気に一瞥するアレクに、ポチの助が下から言う。
「この世界はネットが繋がらなさそうで不便ですね……
 しかしアレクさんご心配なく!
 どんな状況下でもこのハイテク忍犬の僕にお任せあれですよ?
 アレクさんの事も、グラキエスさんの事もこの僕がお守りしてみせます!」
 こういった頼もしい台詞を言う上にそれに見合った実力も持っているこの豆柴犬だが、いざ戦いが始まれば『飼い主その弐』と認識するアレクの頭の上に乗ってしまうのは必至で、それが戦力になるかは不明だ。
「そうかそうか。モフの助が居れば安心だな」
 適当な返しにすら満足して子犬のようにぴょんぴょん跳ね出したポチの助に目を細めながら、アレクは何かを出迎える様に上を向いて立ち上がる。
 頭上の葉が揺れたかと思うと、そこからフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)が落ちてきた。
 このくの一は壁抜けの術を駆使していち早く潜航していたのだ。
「やる気満々ってヤツだな。
 …………あーすまない、『殺る気』のほうだったか?」
「はい!」
 強く頷くフレンディスにアレクはニヤニヤしているが、ベルクはキリキリしていた。
「城内の兵士の半数は先の作戦で居なくなったようです。
 残りの兵も別の場所で自然発生したトラブルに巻き込まれ、今城内の兵はかなり分散しています。
 悪襲は豊美さんや義仲さんに気を取られております故、この状況に気づくまでもう少々の時を要するかと……」
「そろそろ頃合いか――」
 伸びをしているアレクに、フレンディスは頷いている。
「私はともかく皆様お困りのご様子ですし、悪いお方を成敗するだけで戻れるのでしたら急ぎたい所ですね」
「本当にこれで戻れんのかよ?」
 訝しがる壮太に、真と縹は同時に首を振った。
「確信は無いが、そう願うばかりだな。
 よし、落そうぜ。悪襲城」
「待て! どうするつもりだ!?」
 城の側から見えるような場所まで歩いて行こうとするアレクに、ベルクは慌てて肩を掴むがアレクは事も無げに向こう側の茂みの契約者達に向かって『こいこい』と手招きしながら言った。 
「正面から扉をノックするんだよ。
 『一緒に遊ぼう』ってな。
 それが礼儀だろ?」