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リアクション
十三
オーソンは人口の少ない村にいる、とシリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は踏んでいた。
フィンブルヴェトの影響自体は、人口に関わりなく均等だ。暴動を煽ることが目的なら、大きな町に行くだろう。だが、漁火や契約者に邪魔されることなくエネルギーを吸い取るなら、むしろ人の少ない土地の方がやりやすい。
「オレなら、そう考える」
故にシリウスとサビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)は、平太たちがカメラを設置した以外の地区を探すことにした。
シリウスは「ペガサスの衣」を使い空から、サビクはどこからか手に入れた馬で走り回った。
ようやくオーソンを見つけたときには、日が暮れかけていた。
(何か用か、コントラクターよ……)
その村でも人々は死の寸前にいた。望まぬうちに暴徒と化すのと、こうして生命力を奪われるのとどちらがいいだろうかとシリウスは埒もないことを考えた。
「お前を止めに来た」
(ほう……では、人々が暴動を起こし、アモン・ケマテラが復活しても構わないと言うのか?)
オーソンは、ミシャグジをアモン・ケマテラと呼ぶ。
「詭弁を言うもんじゃないよ。キミの目的が他にあることは重々承知だ」
(利害が一致すれば、それで構わないだろう?)
「大事の前の小事か? そんなことで誤魔化さ――」
突然、オーソンの背後から現れたシャムシエル・サビク(しゃむしえる・さびく)が、クレイモアを振り下ろした。
オーソンの白いローブが舞い上がる。まるで強風に棚引くカーテンのように揺れ、クレイモアの力を飲み込んだ。
「シャムシエル!!」
「どいてろ!!」
シャムシエルの剣は、彼女の怒りそのままに強く、無茶苦茶な軌道を描いていた。
「それじゃダメだ! そのままじゃ、この前の二の舞だ! 一人で戦っちゃダメだ!」
「うるさい! お前らは黙ってろ!!」
シャムシエルはシリウスの言葉に耳を貸さない。このままでは、負ける――。
シリウスは拳を握り締め、喉が張り裂けんばかりに声を張り上げた。
「シャムシエルに味方する連中、いるんだろうが! 今だけは手を貸してやる……アイツを生きて、更生させるためにな! だからお前らも想いを、力を貸せ!!」
(どれ……)
頭に直接響く声であるにも関わらず、オーソンのそれは、皮膚にねっとりと絡みつくような生暖かさを持っていた。
「うわあああああ!」
シャムシエルは絶叫した。両目を大きく見開き、こめかみには欠陥が浮き、脈打っている。痛みと恐怖の余り、クレイモアをとにかく振り回した。
「シャムシエル!!」
それまで動けずにいたサビクが、オーソンに斬りかかった。オーソンはひらりと躱したが、避けた先に「さざれ石の短刀」が飛んで来た。
(ム……!)
辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)とイブ・シンフォニール(いぶ・しんふぉにーる)が、シャムシエルの体を抱えている。
「敵の敵は味方……か?」
「ま、そうだな」
「よかろう」
(五人がかりか?)
「いいや!」
サビクが「女王騎士の銃」の引き金を引いた。弾はオーソンのローブに穴を開けたが、それだけだ。
「ちょこまかと!!」
サビクは更に狙いを定める。だが彼女は、オーソンを仕留めるつもりはなかった。
サビクは迷っていた。以前の自分ならば、シャムシエルの殺害を何より優先させただろう。だが今は、別の何かが躊躇わせていた。それが何であるか、サビクは分からなかった。考えたくもなかった。だからシリウスの、一先ず「シャムシエルを助けてオーソンを倒す」案に乗ることにした。
「分からない……分からないけど――今だ! さっさと行け!!」
サビクの怒鳴り声と同時に、シリウスの【潜在解放】が発動した。イブに抱えられていたシャムシエルが、カッと目を大きく見開いた。
オーソンは、五人から素早く距離を取る。
「逃がさん」
刹那の袖口から【毒虫の群れ】が無数に飛び立ち、オーソンへと襲い掛かった。オーソンは冷静にそれらを避けていく――が、その虫たちが左右に飛び散り視界が晴れた瞬間、
(――!!)
シャムシエルのクレイモアがオーソンの胴を薙いでいた。
にたあり、とオーソンが嗤った――ような気がした。目玉がコロリと動き――その場に、ローブが落ちた。
「――クソ!! また逃がしたか!!」
シャムシエルはクレイモアを突き立て、地団駄を踏んだ。いや、とイブはローブを拾い上げて言った。土がローブから零れ落ちる。
「元から、偽物だったのではないでしょうか」
「何だと?」
シャムシエルはイブを睨みつけた。イブは土塊を手に取り、指先で擦った。
「湿った土ですね。……そういえば、オーソンはミシャグジの洞窟を作ったと聞いています」
「あー、確かオルカムイとかって奴と一緒に作ったんだろ?」
生憎、詳しいことを知る者がいなかった。
「ミシャグジの洞窟は、土塊で出来た人形が守っていたと聞きます。これもその一種なのかもしれません」
シャムシエルはクレイモアを鞘に納めると、四人に一瞥すらしなかった。
「シャムシエル!!」
シリウスが追おうとするが、刹那がそれを遮った。
だがシャムシエルはその声に一度だけ足を止め、こう言った。
「契約者は大嫌いだ」
シャムシエルは、村の外へと姿を消した。刹那もイブも、いなくなった。
「――何で追わなかった?」
「追えば戦いになるだろ」
「戦えばいい。今なら、オーソンと戦った後のシャムシエルになら――」
「【潜在解放】したシャムシエルに勝てると思うか? そうじゃなくても、今のお前じゃ無理だ」
サビクは唇を噛んだ。それはサビク自身が実感していた。シャムシエルは強くなっている。
「言ったろ……アイツを更生させてやるって。オーソンを倒せなかったのは悔しいが、あいつが生きている以上、シャムシエルはまた現れる……チャンスはあるさ」
サビクは答えなかった。オーソンの遺した土塊を爪先で弄り、思い切り蹴飛ばした。
しかし、とシリウスは考えた。オーソンがなぜ、エネルギーを集めていたのか。その理由はとうとう分からなかったな、と。
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