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争乱の葦原島(後編)

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争乱の葦原島(後編)
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リアクション

   十七

「大義のためです、許してください」
【カモフラージュ】と【迷彩塗装】を解いた戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)は、平太の声を耳にして呟いた。
 死んではいないだろう、と彼は思っていた。
 漁火を説得し、或いは騙して妖怪の山へ連れて行くのは不可能だ。拘束するにしても、戦闘能力を奪わなければならない。<漁火の欠片>があれば、重傷を負わせても死ぬことはあるまい。
 以上の考えから、小次郎は漁火の頭部及び背中一面を狙い、全弾撃ち尽くすまで引き金を引いた。
 予定では倒れた漁火を連れて妖怪の山まで向かうはずだったが、唯斗や由紀也たちがいれば任せても問題はないだろう。
 戦部 小次郎は人知れずその場を離れたのだった。


 漁火発見の連絡を受け、フレンディス・ティラとベルク・ウェルナート、忍野 ポチの助がやってきたとき、北門 平太は彼女の体を抱き締め、半狂乱だった。
<漁火の欠片>は彼女の肉体を回復するため全力で働いているらしかったが、漁火は一向に目を覚まさない。
「しっかりするのです、鈍くさ!!」
 ポチの助は平太の横っ面を引っ叩いた。
「今やるべきことは、一つでしょう!? それが出来ないなら、武蔵さんと替わりなさい!」
 それから、
「とっとと乗るのです!」
と、二人を無理矢理引っ張り上げた。ピグの助は二人乗りだが、今の平太ではまた落ちかねない。ポチの助は平太と漁火の体をきつく縛り、その端を自分で咥えた。何があっても落とすまいと決意する。
 念のため、フレンディス・ティラが移動忍術・縮地の術で付き添い、途中で小型飛空艇に乗ったレキ・フォートアウフが合流し、四人と一匹は妖怪の山へ向かった。
 山では祥子・リーブラ、柊 恭也、エース・ラグランツらが道を確保しており、妖怪に襲われることなく頂上に辿り着いた。登山の最中も、平太は泣き通しだった。
 しかしオルカムイの姿を見たとたん、ようやく、約束を思い出したらしい。漁火を抱きかかえたまま、オルカムイの前に駆け出した。が、いかんせん機晶姫である彼女の体は見た目以上に重いため、うまく走れず、つんのめってしまった。
 平太は、手を離さなかった。顔面から地面に突っ込み、鼻血を出しながらオルカムイを見上げ、
「連れてきました! ベルを助けてください!」
と叫んだ。
 オルカムイは透き通った手の平を、漁火の額にかざした。
「ふむ……。生きてはおる……。だが、意識は相当深く沈んでおるようだ……どうやら、フィンブルヴェトと同調しておったな……」
「どういうことだ?」
と、丹羽 匡壱は尋ねた。右手はそっと、刀の柄に添えられている。
「フィンブルヴェトは操ることの難しい装置だ……。漁火は意識を同調することで、動かしておったのだろう……。だがそれが途切れ、フィンブルヴェトが壊れた。漁火の意識は戻り方が分からぬのだ……どこへ戻ればよいのか……」
「漁火の代わりにベルナデットの意識を戻せばいいんじゃないのか? あんたなら、出来るだろう?」
「それでは約束が違う……」
 オルカムイは平太を見つめた。
「改めて問おう、少年よ……。どのような形であれ、この少女と生きていくことを誓うか……?」
 平太は迷わず頷いた。
「それが、お前の知る娘と違う少女となると分かっていてもか……?」
「おい、それはどういう――?」
 匡壱は眉を寄せた。
「オ、オルカムイさんはこの前、僕にだけ言いました。オルカムイさんは漁火を助けたい、僕はベルを助けたい。両方を助ける方法は、一つだって。……二人を、融合させるって」
「何だって!?」
 その場にいた全員が唖然となった。
「お前、それでいいのか北門!?」
「鈍くさっ、そんなことを納得したのですか!?」
「他に、方法がないですから」
 平太は俯き、唇を噛んだ。
「他にあるなら、選びます。でももう、時間がないです。そうなんでしょう?」
 オルカムイは頷いた。
「長く意識が戻らねば――つまり魂が戻らねば、肉体は死ぬ」
「肉体を氷漬けにしておくとか、あるんじゃないかな?」
と、レキ。しかし平太はかぶりを振った。
「傍にいるのに話せないなら、それなら、オルカムイさんの提案でも同じことです」
「意識を融合させると、どうなるのですか?」
 フレンディスが尋ねた。
「全く別人の人格が出来上がる。記憶は消えるかもしれん……。残るかもしれん……。それはわしにも分からぬ……。だが漁火でも、ベルナデットというお前たちの知る少女とも違う者になることは間違いない……」
「大丈夫です」
と、平太は答えた。「ベルの魂がなくなるわけじゃないですから。そうでしょ? 僕は――ベルがいてくれるなら、それで、いいです」
 誰も、もう何も言わなかった。つい先程まで泣いていた少年は、もうどこにもいなかった。
 平太は思っていた。

 ――きっとうまくいく。最初からやり直せばいい。ベルとなら、きっと出来る。だって、ベルなんだから。

 それは根拠のない、しかし揺らぐことのない、自信であり、支えであった。
 オルカムイは、再び漁火=ベルナデットの額に手をかざした。その手が淡い光を発し始めた――。