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リアクション
一
「ゐさりびさん?」
夜加洲(やかす)地方、瀬戸ノ尾(せとのお)という町にいたオルフェリア・アリス(おるふぇりあ・ありす)は、ゲイル・フォード(げいる・ふぉーど)から届いた指示を聞いて首を傾げた。
「オルフェはその人のお顔を見たこともないですが……」
「写真なら届いていますよ」
と、ミリオン・アインカノック(みりおん・あいんかのっく)は携帯電話を取り出して見せた。画像はやや荒いが、漁火(いさりび)――正確にはベルナデット・オッド(べるなでっと・おっど)――が写っている。
「写真と違って、目の色は紫だそうですし、服装はセーラー服ではないようですが」
「んと……どこかで見たことがありませんでしたか?」
「オルフェリア様もそう思われますか?」
つい先頃、オルフェリアたちは怪しげな一行と行き会った。内一名が指名手配犯だったと知ったのは、そのすぐ後だ。
「ただ、捕えた女性はこんな顔ではありませんでした」
「そうでしたか?」
「顔を変えているのかもしれない」
ジル・ド・レイ(じる・どれい)が言った。
「そういえば、<漁火の欠片>という不思議な石を持っているそうです。それがあれば、自在に姿を変えられるとか」
「ふむ……では、どちらが本来の顔か、だな」
「ゐさりびさんは、暴動さんですか?」
暴動の首謀者さん、略して暴動さん、であるらしい。ミリオンは微笑んだ。
「ええ。首謀者の名前は漁火です。ですが、捕まっている女性が漁火であるかどうかは……」
もしそうなら、話は簡単だ。捕えられている場所へ行って確かめればいい。そうでないなら、探して歩くことになるだろう。まだ、暴動の種が燻るこの土地を。この島を沈めようとしている人物を求めて。
「えっと、ゐさりびさんがどんな方か知りませんが、世の中に理由なく悪い事する人は居ないのですよ♪」
オルフェリアがあっけらかんと言った。「だから、みんなでゐさりびさんを探して、どうしてそうしたいのか聞いてみるですよ♪」
ミリオンは目を丸くした。オルフェリアが言うと、どんなことでも簡単に聞こえてしまうから不思議だ。
「……そうだな」
フッとジルも笑みを浮かべた。
「案ずるよりは産むがやすし。だが、最低限の安全は確保するとしよう」
「もちろんです。オルフェリア様に傷一つ付けるわけにはいきませんから」
三人は、いったん青藍(せいらん)のゲイルの元へ戻ることにした。
「それにしても……セルマ、どこ行ったですかねえ……」
オルフェリアは、まるでセルマ・アリス(せるま・ありす)がこの瀬戸ノ尾にいると確信しているかのように、周囲を見回したのだった。
夜加洲地方の中でも、住民の自治区として有名な音乃井(おとのい)。
「漁火め……何てことをしおるのじゃ」
ミア・マハ(みあ・まは)は、ギリ、と歯噛みした。
彼女とレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)は、先日の暴動で子供たちを保護しようとしたのだが、その当人たちから石を投げつけられた。精神面で未熟な子供らは、フィンブルヴェトの影響を受けやすいのかもしれなかった。
「見つけたら一発食らわしてやらねば気が済まぬわ!!」
麻篭 由紀也(あさかご・ゆきや)がその身を顧みず漁火に取りつけた発信機により、彼女が夜加洲地方にいることは間違いなかった。
しかしながら、それは音乃井ではなかった。心残りはあったが、レキとミアは、まだ正気を保っている人間を保護し、青藍へ戻った。
「残念ながら、手掛かりはなかったんだよ」
レキは嘆息して、ゲイルに報告した。
彼女はベルナデットの写真を、捕えた人間に見せた。殺気立っているとはいえ、意思を失くしたわけではないから、会話は出来る。果たしてその中に、漁火を見たという人物がいた。しかし、
「見たのは、暴動より前のことみたい」
「もしかしたら、影響のあるであろう地域を下見していたのかもしれんの」
誰といたとか何をしていたとか、そういった話はしてくれなかった。「誰が敵に塩を送るかよ!」と答えたのは、岡っ引きである。
「引き続き、オーソンの探索もお願い出来ますかな」
「わらわとしては漁火を見つけたいが、了解じゃ」
「……ところで、平太さんは?」
レキはきょろきょろと辺りを見回した。北門 平太(ほくもん・へいた)はゲイルの傍にいると思い込んでいたのだ。
「平太殿には、情報収集を頼みました。他の者と出ています」
「出遅れたか」
ミアは軽く、己の額を叩いた。出来れば一緒に行動するつもりだったのだ。
外へ出たレキは、携帯電話を取り出した。――ちなみに城下町から妖怪の山までは、目立たないようにアンテナが立てられており、通話圏内である。
しばらくして、平太が出た。もしもし? と怪訝そうな声である。どうやらレキの番号は、登録していなかったらしい。
「あ、平太さん? ボク、レキ・フォートアウフなんだよ」
――ああ、とホッとしたような声が返ってきた。
「今、どこ? まだ青藍?」
「追えば間に合うかの」
しかしレキは、ミアを見てかぶりを振った。ゲイルからはオーソンを探してくれと言われている。
「あのね、ちょっと思ったんだけど、漁火をベルナデットさんに戻す方法――そう、どうにか出来ないかと思ったんだよ。それでね、やっぱりベルナデットんさんの意識を浮上させるのがいいんじゃないかと思ったんだよ」
うんうん、とレキは何度か頷き、こう言った。拳を力いっぱい握り締めて。
「だから平太さん、漁火にキスするんだよ!!」
返事はなかった。
ただ、絶句だけが電波に乗って、レキの耳に届いた。
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