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腐り落ちる肉の宴

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腐り落ちる肉の宴
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■ 死者達の宴 【1】 ■



 ――空京。とある公園。



 それは、本当に突然の事だった。
「はい、たこ焼きをどうぞ。お熱いのでお気をつけてくださいねー」
 元気な声でお客さんにたこ焼きを代金と引き換えに手渡した次百 姫星(つぐもも・きらら)は、のそっと屋台の前に現れた人影に、にっこりと笑って、
「おいくつですかー――って、え?」
笑って、顔を凍りつかせた。
 お客さんだと思った人影は、人の形をした腐る肉の塊だった。
 いわゆる、ゾンビという奴だ。
「って、ぎゃー!」
 そのゾンビが焼け焦げるのも厭わず鉄板を乗り越えて姫星に襲いかかってきた。
 しかも、一体だけではなく同時に三体も。ゾンビに伸し掛かられて借り物の屋台が嫌な音を立てる。
「って、ギャー! 屋台がぁ! 私のバイト代がぁ!」
 四体目が先の三体に覆いかぶさるように乗った為に、屋台が重量オーバーで崩れた。たこ焼き屋のアルバイトとして屋台を借りていた姫星は反射的に絶叫する。
 バイト代どころか貯蓄を切り崩さないといけないかもしれない!
「た、助けてくれぇぇっ!」
 屋台がバリケードとなってゾンビの攻撃から逃れた姫星は、自分の横を先ほどたこ焼きを買ってくれたお客さんがゾンビに連れて行かれるのを見た。
 突然の死者の復活。
 連れ去られる人。
 どうやら今は、頭を抱えて羽が生えてしまったお金の心配をする時では無いようだ。
 満ち溢れて纏い付くほどにも濃い腐敗臭に星姫は不快感を覚えて表情を引き締める。
「とにかく、この事態をなんとかしないと!」
 ゾンビが向かう先はどうやら公園の中心部。
 象徴たる噴水がある場所。



 暦はもうすぐハロウィン。荒野の孤児院へのハロウィンパーティーの買い出しに通りかかっただけだったのだが。
 耳に届く阿鼻叫喚に黒崎 天音(くろさき・あまね)ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)と二人顔を見合わせた。
「何かこういう騒ぎを起こしそうなネクロマンサーに心当たりがあるけれど、今は探している暇は無さそうかな? おや、あれは……」
 蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う人とそれを追いかける死者の群れとの間にちらりと見えた姿。それに気づいて天音は目を瞬く。
 つま先の向きを変えて死者達の横を抜くように駆けながら近寄った天音は、木の影で子供を抱え息を潜めている青年の顔を覗き込む。見えたのは血の気を失って青く見えるほどの白い顔だった。
「大丈夫、は……クロフォード?」
 どちらの名前で呼ぼうか一瞬躊躇った天音に対し、呼ばれても悪魔は反応しなかった。抱かれているフェオルが首を伸ばして天音を見上げる。
 助けを求められた気がして天音は仕方ないかなと吐息した。
「子供が不安になるよ」
 軽く頬を叩かれて、ハッと破名が息を吸った。二度ほど瞬きを繰り返して、緩慢に顔を上げて天音を視界に入れた。
「あま、ね?」
「しっかりして。何があったの?」
「よく、わからない……」
 まだどこかぼんやりしている破名の話を一通り聞いて天音はブルーズを見遣る。向けられた視線の意味を汲み取ってブルーズが公園の一箇所を指さした。
「あっちの方角から魔法の気を感じる」
「そっちにはシェリーが居る」
「そっちにはって他に誰か居るのかい?」
「院の子供達を……全員連れてきた。シェリーだけが捕まってる。他の子はまだ無事だが、それも時間の問題だろう」
 言って、立ち上がろうとした男目指し、疾走からのバーストダッシュで加速してきた小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は、そのままの勢いで三人の死角になっている方向から天音に向かってブロードソードを振り上げたスケルトンに飛び蹴りを食らわせた。
 美羽の強烈な蹴りを受けてスケルトンは沈黙する。
「間一髪ー!」
「こんにちは。大丈夫ですか?」
「まー、大丈夫っていう状況じゃないけどねッ」
 美羽に追いついたベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が丁寧に挨拶にお辞儀して、綺麗に一体目を仕留めた美羽は両手を腰に添えて、むーと唇を引き結んだ。
「子供達を……シェリーを……」
「みんないるの?」
 呟いた破名に美羽はすぐに反応した。美羽の問いかけに破名は頷いた。
「あの、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ」
「そうには見えないけどね」
 顔色の戻らない破名とベアトリーチェのやり取りを聞いて天音は苦笑した。
「子供達を探すなら手伝うよ!」
 先の経験から破名がまた子供達のことで動き出すのを予想して、美羽は協力を申し出た。言われて破名は腕に抱くフェオルを見下ろす。保護者の顔色が悪すぎて幼子の涙はとうの昔に止まっていた。乾いた涙の跡を残す頬をやんわりと撫でる。
「頼めるだろうか?」
 まっすぐと向けられた紫の目に美羽は任せてと胸を叩く。
 比較的あっさりと信頼を任されて軽く驚くベアトリーチェに破名は「子供達に怖い思いはあまりさせたくないし、俺一人では手に負えない。契約者が一緒と思うと心強い」と伝える。
 フェオルを抱き直すと小石を拾い地面に公園の略図を描いた。
「ここと、ここ。それとこの場所に二人……」
 略図に描き込む破名に様子を眺めていた天音は緑色の瞳を僅かに細めた。必死に地図を頭に叩きこんでいるらしい二人の少女は気づいているのかいないのか、はぐれた子供の居場所を正確に教えることのできる破名に天音は疑問を抱くが、あえて口は開かなかった。
「よし。わかったよ」
「一番遠い場所から攻略しましょう。クロフォードさんはここに残っててください。きっとその方が良いと思います」
 突然のことで武装という武装はしてないが美羽には自慢の足があるしベアトリーチェも一騎当千のスキルがある。少女二人だからと言って死者の群れを突っ切り子供達の保護に向かうのに不安はない。
 天音とブルーズも互いに頷きあった。
「僕らはブルーズが気になっている方角でもある噴水に行ってみるよ。丁度中心部みたいだし怪しいよね」
 こちらも買い物の予定だった為、装備が薄い天音は手に持つリターニングダガーの握り具合を確かめながら告げた。
 行動を起こし、二手に展開し死者の群れに消えていった四人を見送る破名に向かってルカルカ・ルー(るかるか・るー)が大きく手を振った。
「ダリルこっち。クロフォードさんと子供!」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)と二人、ゴットスピードと超加速をお互いに掛けあってゾンビの間を走り駆けつけたルカルカは真っ青なままの破名に「安心して」と告げた。
「ダリルにお願いして近くの機関に携帯で連絡してあるの」
 すぐに事態は収まるからと添えて、ルカルカは憤慨に両腕を組んだ。
「何かしら、どこかのイッちゃったテロリストか何かがバカやらかしたのかしら」
「そう、だな……何にしろとんだ迷惑だ」
「にしても凄い匂いね」
 熟しすぎて滴る程にも濃い腐敗臭。
 嗅覚が麻痺してしまうと逆に甘く感じてしまう程の死臭。
「ここも安全じゃないし、移動しよう!」
 大人しく破名の白衣を掴むフェオルに不安を与えないようにルカルカは笑顔になった。フェオルが首を傾げる。
「いどうするの?」
「そうよ。安全な場所に行こうね」
「やだ」
「え?」
「おねえちゃんと、おにいちゃんを、ふぇおるはここでまってる!」
 はっきりとした主張にルカルカは瞳だけで破名を見た。破名は破名で公園の中心部に視線を向けている。
「クロフォードさん?」
「捕まっている子供がいる。子供を連れてくると約束してくれた者がいる。俺はここで待たねばならない」
「だからって!」
「そうだな。なんの対抗手段も無い男が幼子と二人待っていても仕方ないのだろうが、待たねば」
「でも……」
「ルカ」
 静かに成り行きを眺めていたダリルが囁くような声で止めた。
「此処を安全地帯にしよう」
 破名の様子がおかしいことにあえて気づかない振りをしていた彼女はダリルの目配せに口を噤んだ。
 本来なら公園の外にでもすぐに移動させるのが最善なのだろう。移動したくないという我儘も通すわけにはいかない。が、一目で破名が常とは違う態度であることにダリルは強引な手段に訴えることを避けた。先日の果実狩りの時ですら意思表示がはっきりとしていたのに、今はどこか上の空で心許ない。
「ねぇ、クロフォードさん。捕まっている子って誰? ルカがその子助けに行くよ!」
 この場所を安全地帯として確保できたらすぐにでもとルカルカは両の指先で自分の鎖骨を触るように己を誇示した。
「すまない」
 我儘を通してもらい、捕まった子供の心配までされて自然と破名は目を閉じた。
 目を閉じた破名の両頬をフェオルは自分の両手で挟む。
「くろふぉーど、だいじょうぶ?」
「フェオル。怖かったら目を閉じていいんだぞ」
「くろふぉーどはこわいの?」
「……少し、な。だからフェオルも目を閉じろ」
 混乱が抜け切れない思考のまま、恐れていると答えて目を開けた破名は、幼子にいつもの笑みを見せ目を閉じるように促した。それを見ていたルカルカとダリルは自分達のやるべき事をと動き始める。