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一会→十会 ―領主暗殺―

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一会→十会 ―領主暗殺―

リアクション

「たしかにそれは必要アイテムだけど、目立つわね」
 グラス型HC・Pを装着したバァルを見上げてルカルカが感想を口にした。こういった機器をつけたカナン人はいない。
「そうか?」
 自分を客観視できない状態のバァルは、ならばと口元を隠していたショールをほどき、半分に折ると頭からかぶった。耳と首、そして肩を覆い、ショールの両端を交差させて肩向こうへ払い込む。
「これでどうだ?」
 ショールを引っ張って、さらに目深にすることで影をつくり、ショールのなかを見えにくくしたのだが。
 直後。
「『君の名は』か!」
 という言葉とともに、シパーーーーンと後頭部が軽い何かではたかれた。
 振り返ると、高柳 陣(たかやなぎ・じん)が緑のスリッパを手に立っている。そしてその横からティエン・シア(てぃえん・しあ)が、もう待ちきれないという様子で
「バァルお兄ちゃーんっ!」
 と抱きついてきたのを、いつものように身をかがめて受け止める。
「ティエン。
 陣、来てくれたのか」
「そりゃ来るに決まってるだろ」
「はーいバァル。お久しぶり。今日は私もいるわよー」
 後ろからひょこっとユピリア・クォーレ(ゆぴりあ・くぉーれ)が頭を出して笑った。
「ユピリア。本当にひさしぶりだ」
 バァルがまぶしそうに目を細め、心から歓迎するように笑顔になる。
「しかし何だ? その格好。頭の先から足先まで真っ黒な上に頭から黒いショールかぶってるなんざ、おまえが不審者そのものじゃねーか」
「そうなのか?」
 やはり自分で自分が見えないバァルはいまいちよく分かっていないという顔で訊き返した。なにしろバァルにとってこれは普段着なのだ。そしてそれをとがめられたことは過去一度も――いや、そういえばセテカが何度か苦笑していたことはあったが――なかった。
「目立つな」
 陣、即答。
「浮いてるわね」
 うなずくユピリア。
「すぐに見つけられるからいいんだよ!」
 擁護するのはティエンだけである。
 1対3だ。ルカルカとダリルを見たら、こちらも何とも言えない顔で苦笑していて異議を唱える風ではなかったので、おそらく陣の意見に賛成なのだろう。
 しかもとどめを刺すように、そこに
「おい、そこにいるきみ。きみだ、きみ」
 という声がして、肩をぽんと叩かれた。
「すまないが、少し話を――って、領主どのか!?」
 それは全身黒づくめのでかい男が立っている、と不審がった宵一による職質だった。
 これが決定打となり、バァルは観念したように両肩を落とす。バァルが理解したのを見て、陣が言った。
「ユピリア、不本意ながらおまえの出番だ」
「オッケー♪ 」
 つうかあの夫婦よろしく、陣が具体的に何かを言う前にユピリアがバァルの腕をとって引っ張る。バァルはわけが分からないといった顔で抵抗するように足に力を込めた。
「ユピリア?」
 不審げに彼女を見下ろすが、ユピリアは聞いちゃいない。彼女はもう片方の腕にしがみついているティエンを見ていた。
「ティエン、あなたも手伝って」
「え? 僕? 何するの?」
「バァルに似合いそうな服やアクセサリーを一式そろえるのよ。例えば黒には金が合うけど、金糸じゃやっぱり悪目立ちするから駄目よね」
 ユピリアに言われて、ティエンはバァルを見上げて考える。
「んーと。目が青灰色だから、やっぱり青かなあ。緑も似合いそうだけど」
「じゃあその両方でそろえて、比較検討してみましょう」
「……おまえたち、何を言っている……」
 いや、うすうす見当はついているが。という顔をしているバァルを見上げて、ユピリアは欠片も悪気のない――ように見える――笑顔でにっこり笑った。
「今日は隠密行動なんでしょ? それらしい格好に着替えましょうね〜♪ 」



 数十分後。
 「覆ってるから不審者なんだよ! まずそれを取れよ! おまえが気にするほど目立たないから!」という陣の助言に従い最後まではずすのをためらっていたショールをはずし、襟足を紐で縛って着替えを完了したバァルを中央に、集合したコントラクター一同はバザールをひやかし歩いていた。バァルとしてはロータリーかどこか、店の外席でもかまえてほかの探索者たちからの連絡を待つつもりだったのだが、そうすることをユピリアが強く主張したのだ。
「その格好なら、完璧カナン人には見えないから!」
 ユピリアはウィンクし、自分がトータルコーディネートしたバァルの今の服装を見る。もともとの黒シャツはそのままに、その上に茶色いジャケットを着せた。中折れのソフトハットをかぶることで特徴的な目元を隠せばグラス型HC・Pともあいまって、しゃれた外国人観光客として十分通用するだろう。
 グッと立てた親指を突き出す。
「だから、観光客らしくお店をひやかしましょ!」
「それって単におまえがしたいだけだろ」
 陣のツッコミにユピリアはフッと前髪を払って笑う。
「おバカさんね、陣。ただでさえ長身で目つきがいまいちな男2人(どころかみんなそろいもそろって175〜190とでかいんだけど!)、並んでバザールでじーっと立ってたら、マジで不審者よ。それこそ犯罪者予備軍よ。(ついでにイケメンぞろいなんだから)噂なんてあっという間に広まるわよ。それこそ注目の的でバレバレよ」
 本当にそんな理由か? と、まだ不信の目を向けてくる陣にだけ聞こえる声で、ユピリアはさらに強弁した。
「女の子のイケメンレーダーを甘く見ちゃ駄目よ! 1か所にとどまり続けたら、それこそいざというとき身動きできなくなるわよ!」
 その言葉に振り返り、そこに立つ男たちの姿を見て、ようやく陣も納得したのだった。
 が。
 それからさらに数分が経過して、あの理由がどうにもうさんくさく思えてならない。
「きゃあ! あれ! あれ見てティエン! すっごくいいと思わない!?」
 今またユピリアがアクセサリーを扱う店の店頭に並べられたペンダントを見て声を上げる。
「あーこっちも。目移りしちゃう。ちょっとティエン、こっち来て、これあててみて!」
「えっ、僕?」
「どっちがいいかしらー迷うわー」
「えっと、僕はこういうのより、カナンの歴史書とか、物語の本が欲しいかなぁ……」
 さすがにティエンは本来の目的を見失っておらず、ちらちらと陣の方を見て、遠慮がちに返事を返している。
「何言ってるの。こういう旅先へ来て買うのはね、アクセサリーや織物といった、その場所でしか買えない物を選ぶものなのよ。本だったらどこでも手に入るでしょ? 取り寄せだってできるし」
「そっか」
「だからいっぱいお土産買いましょうね、ティエン。
 あ、陣。せっかくの旅行なんだからケチケチしたことは言わず、お財布の紐はしっかり緩め――」
「るわけないだろ!」
 スパコーーーン。またもや緑のスリッパがクリーンヒットしたいい音が響く。どうやら今日は緑のスリッパ大活躍の日のようである。
「まったくユピリアのやつ……。
 ああそうだ、バァル」
「なんだ?」
「訊きたいことがあったんだ。このヤウズって男とおまえ、どんな因縁があるんだ?」
「あ、それ! ルカも聞きたい!」
 前を歩いていたルカルカが聞きつけて振り返った。
「バァルはどんな学生時代を送ったの?」
「特には何も。学舎とは学びの場だ。勉学をし、知識を身に着ける場であることは、シャンバラもカナンもたいして違いはないだろう」
 バァルの返答にダリルが異議を返す。
「そうでもない。学校に通った事がない俺には新鮮な話だ」
「教導は学校じゃなくて、職場だもんね」
「製造されたときから基本知識は脳にあったしな」
 ダリルとルカルカの会話に「ほう?」とバァルが興味深い声を発する。
「職場だったのか。わたしは陣たちのように学生だと思っていたのだが。
 ではきみは、士官学校は出ていないのか?」
 バァルが思い出していたのは、先日アレクと自己紹介がてらに交わした他愛も無い会話だった。階級が昇任した際指名され陸軍指揮幕僚大学へ通う事になり、月の半分はあちらで過ごすというアレクの話に、元来勉学を好む学者気質のバァルが食いつき地球の軍学校について幾つか質問をしたのだ。
「あの米陸軍の少佐は、地球でもカナンと同じく士官学校等を出て軍人になるのが普通だと言っていたが……。それに、たしかきみは薬師だというようなことを耳にした覚えがあるが、薬師……ああ、シャンバラの場合は医師か。医師免許はどうやってとったんだ? シャンバラは医療の専門校を出ていなくても免許を発行するのか?」
 バァルは純粋にカナンとシャンバラの違いに興味を惹かれて質問したのだが、ダリルはすぐさま答えを返せずにいた。そして何かを口にしようとしたのだが、その前に「バァル、ちょっと来てー」とユピリアがバァルを呼ぶ声がして、バァルの関心はそちらへ移ってしまったのだった。
「どうした」
「このイヤリング、どっちがティエンに似合うか選んで」
 そしてバァルがそれをプレゼントする、というやりとりのあと、あらためて陣に、記憶にあるヤウズとのやりとりを語り始める。
「といっても、ほとんどが経済学や歴史学といった講義内容に対する討論だったが」
 当時のことを思い出しつつ、つれづれに語るそれらの内容に、高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)は最後尾を歩きながら耳をそばだてていた。
 もっとも、今の彼の姿を見て、彼が玄秀であると気づく者はまずいないだろう。
 彼は東カナンで少々暴れすぎていた。先日はハリールに剣を突きつけたところを多数の契約者に見られているし、バァルとはザナドゥとの戦いでロノウェ軍を指揮していた際に直接顔を合わせている。だから用心に用心を重ねて偽名で、さらに桃幻水を用いて外見性別も女性に変えた。彼らに合流したときはさすがに少し緊張したが、彼に疑念を持ったらしい者は1人として見受けられず、今はいないと確信して歩いている。
(……まあ、バレたところでたいしたことはないが)
 自分とティアンだけでもヤウズを捜し出せる自信はあった。ただ多少効率が落ちて、少々手間取るかもしれない、という程度のものだ。
(にしても、話を聞くにつけ、やはりこのヤウズという男、つまらない小男でしかないな。どうしてティアはこんな男の話を持ってきたんだ? グレムダス贋視鏡とやらの秘宝は、特に僕の役に立つような品とも思えないが)
 内心では首を傾げつつも、表面上左右に並ぶ店に目をやって聞いていないふうを装いながらバァルの話に聞き入る。そんな彼の姿を、彼のパートナーティアン・メイ(てぃあん・めい)は狐のお面の下に難しい顔を隠して見つめていた。後ろをついて歩いているのも、彼の背後を守るということもあるが、彼を観察することができるポジションでもあるからだ。
 ティアンもまた、玄秀同様東カナンでは顔が割れている可能性が高いため、面をかぶって顔を隠し、さらに額の部分にクリスタルのようなものがついた猫を肩に乗せて、以前の彼女とは違った雰囲気を出している。
 通常そのような様相で道を歩けば反対に人目を引きそうなものだった。実際彼らが合流場所に現れたとき、ルカルカは不審そうな顔をして、彼女のお面を凝視した。だが今日は『MG∞』の開催でアガデ全体が軽い興奮状態にあり、異国風の服装をした者たちがそこかしこを闊歩している上、会場付近では民芸品の露天で祭りの仮面なども盛んに売られていたため、特に誰も気にする者はおらず、ルカルカも玄秀から言葉巧みに説明されて――ヤウズ捜索のため、積極的に従者を放ったこともあり――今は納得していた。
 今回彼らの目的はバァル殺害でも秘宝の横取りでもないためディテクトエビルや殺気看破などの探知系スキルには一切引っかからないでいることもノーマークとなった理由の1つだろう。
 玄秀はいまだティアンの意図を読みきれないようでいるが、ティアンははっきりしていた。これもまた、玄秀のためだ。
 紆余曲折を経て、ようやく本来の自分を取り戻したから解るのだが、玄秀という人物は、能力は高いのにある時点から精神が成長していなかった。むしろその潜在能力が高いことが災いし、そちらに精神が引っ張られすぎて影響され、バランスを崩してしまっている状態だ。
 頭のなかは行き場のない怒りと焦燥にとらわれ、心には他人への強い不信感が深く根付き、ほかに入る余地がないほど彼のなかですっかり固定化してしまっていた。その強固な鎧に阻まれて、だれも彼の内に入れない。裏を返せばそれは、彼はほかの一切から影響されることがないということ。つまりは成長がないということだ。
 木石ではないのだから、人と交わって生きている以上何も感じないわけではないだろう。しかしそれらは彼の築いた厚い壁を抜けて着床することができず、すべてただ流れ去って行くのみ。
 一切が萌芽することのない、時の止まった場所。それはある意味無音で、静謐で、心安らかな場所でもあるのだろう。何ひとつとして変化がないのだから。しかし空虚だ。
「シュウ……このままではいけないのよ…。あなたはもっと、器量の大きい存在になれるはず。私は……そう信じている」
 狐のお面の奥、だれにも聞こえない声で、ティアンはひっそりとつぶやいた。