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一会→十会 ―領主暗殺―

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一会→十会 ―領主暗殺―

リアクション

 バザールで談笑しながら歩いている間も、バァルのかけたグラス型HC・Pにはヘリワードや理沙、セルマ、オルフェリアなどから送られてくる情報や着実に『組織』の人間を捕縛した等の報告が入ってきていた。
 実質的な処理はヘイワードに任せ、視界を流れていくそれらに目を通しているうち、ハッとバァルが息を飲む。
「どうした、バァル」
 敏感にそれと気づいたダリルが足を止め、振り返る。全員が注目するなか、バァルは宙の一点を凝視した顔でつぶやいた。
「ヤウズを見つけた」
 それは、空を飛んで俯瞰映像を送信してくれていたリイムから送られてきた映像のうちの1枚だった。
 そのひと言で、一瞬で全員が戦闘モードになり、走り出したバァルを全員で懸命に追う。
「バァル! 少しスピードを落とせ! 先走るな!」
 バァルの身体能力は飛び抜けてすさまじい。高速攻撃を得意とする彼は、走る速度も並ではなかった。それと知るはバァルが走り出した直後叫ぶ。バァルは返事を返さなかったが、走る速度が格段に落ちた。
 やがてヘリワードによって同じ映像がバザールにいる全員に一斉配信された。複雑に入り組んだ細道へ飛び込み、くぐり抜けることを何度か繰り返し、ヤウズがいる道へとたどり着く。
 大勢の人間が一度に走り込んだのだ、人目を引かないはずがない。
「ヤウズ!」
 ヤウズは通行人を挟んで30メートルほど先にいて、背嚢のような袋を持っていた。声がバァルのものと気づいたのか定かではないが、名を呼ばれた事にぎくりと身を震わせ、振り返ったヤウズはそこにいる者たちの数にぎょっとなり、両手で袋を抱きかかえるとあたふた走り出す。
 すぐさまルカルカが超加速で追おうとしたが、それよりも一瞬早く、左右の側路からわらわらと10人程度の男女が現れて道いっぱいに広がり、先をふさいだ。いずれも体格のいい、いかにも傭兵か軍人崩れといった雰囲気をまとっており、何人かのそでまくりした肩口からはブルドッグ型の入れ墨が見える。
「まだヤツを引き渡すわけにいかない」
 先頭の男が口をゆがませて言う。
「取引が完了次第、いつでもそちらの好きにさせてやろう」
「バァル、ヤウズが逃げるわ」
 ユピリアが言う。
 直後。
「逃がさないから!!」
 そんな言葉が空から降ってきた。緑のツインテールをなびかせて美羽が急降下をかける。彼女が乗っているのはディオニウスブルームだ。先端から射出された光弾が、逃げるヤウズのふくらはぎを射抜かんと飛んだ。しかし男たちの現れた側路からミリオンの撃った弾が先に足元へ着弾し、光弾は体勢を崩したヤウズのふくらはぎをかすめただけに終わった。
 痛みにヤウズは「ひゃっ!」と声を上げ、そのまま横に倒れて地面を転がる。
 いったんは手のなかから飛び出しかけた袋を再度抱き込み、地面を空蹴りしながらも立ち上がったヤウズに、バーストダッシュで駆けつけたコハクが追いついた。
 手にしていた日輪の槍を直前でクルっと回転させて、石突で背面から右の横隔膜へ一撃を入れる。ヤウズは息ができないほどの痛みに襲われ、今度はうめくこともできずにその場にひざをついた。
「やったね、コハク!」
 地上近くまで下りてきて、ぴょんとディオニウスブルームから飛び降りた美羽が笑顔で駆け寄る。彼女の後ろからも続々と探索に加わった者たちがこの場に集まってきていた。
「You bastard!(貴様等!)」
 一連の出来事に、男たちは激昂した。かばった手前、泥をかけられたと思ったのだろう。
 背側にはさんであった銃を抜いた彼に続くように次々と周囲の仲間が銃やナイフを抜く。それを見て、宵一は即座に潜在解放を発動させるやバァルの正面へと移動した。
「下がってください!」
 神狩りの剣がすでに抜かれており、切っ先が男たちへ向けられている。バァルの胸を押して後ろへ下がらせた直後、ガキッと音がして神狩りの剣の刃が銃弾を弾いた。
「ヨルディア!」
「ええ。いつでも射れますわ」
 側面についたヨルディアがすべてを理解した笑みで答えた。彼女のとなりには賢狼がいて、牙を剥きいつでも飛びかかれるよう戦闘体勢をとっているが、ヨルディアの武器はそれではない。武器凶化によって攻撃力を増したテレポートアローだ。それを、一斉に向かってきた男たちが射程距離に入るやいなや放った。
 太ももを射抜かれ、足の甲を地面に縫いつけられた男たちが苦鳴の声を漏らす。しかし屈強の男たちは、その程度では闘志を失わなかった。ギリ、と奥歯を噛み締め、武器を持ち直し、再び向かって行こうとする彼らめがけリイムが突貫をかける。
「おまえたちの相手は僕でふ〜っ!!」
 プロボークを発動させて上からまっすぐ男たちの真ん中へ突っ込んだ。着地するやいなや、潜在解放された目の覚めるような動きでデスティニーソードを操り、アキレスや関節といった急所を狙うことで自身の何倍も大きい男たちを倒していく。
「……くそッ」
 リーダー格の男は、あっという間に数人の仲間が倒されたことで、圧倒的に自分の側が不利であることを悟った。訓練された男たちが相手に一撃も入れられなかったことからして、到底勝ち目があるとは思えない。
 意地を張り、このままここで戦い続けることに意味はないと理解した男は、残った仲間たちに視線で合図を送った。
「陣、あいつら何かやるつもりよ!」
 それに気づいたユピリアが言葉を発すると同時に、男たちは彼らに背中を向け、逃走に移った。しかもただの逃走ではない。
「うおおおおおおおおおっ!!」
 すでにヤウズの周囲に立ち、彼を確保しようとしていたミリオンや美羽、コハクたちの隙をついてほかの男たちが背後からタックルをかけた瞬間、ヤウズの手から袋をひったくった。
「あーーーっ!!」
「ユピリア!」
「ええ!」
 あうんの呼吸でユピリアが陣にゴッドスピードをかけた。
「それを持って行かせてたまるかよ!!」
 一気に距離を詰めた陣は近距離でサンダークラップを男の体にたたき込む。瞬時に意識を失った男の手から袋がこぼれ落ち、口紐の緩んだなかからグレムダス贋視鏡が転がり出た。
 陣はグレムダス贋視鏡がどんな外見をしているかまでは知らなかったが、おそらくこれで間違いないだろう、とそれを拾い上げると、駆け寄ってくるバァルたちに向かってひょいと持ち上げてみせた。
「取り戻したぜ」
 笑みすら浮かべた陣の言葉に、契約者達はほっと胸を撫で下ろす。
 ステージの状況は分からないが、グレムダス贋視鏡が此方の手に戻れば事件はほぼ解決したと言って差し支えないだろう。
「ヤウズも捕まえたし――」
 ユピリアが後ろを振り向いた瞬間だった。彼女の青い瞳を黒く巨大な影が塗りつぶしていた。
 3メートルはあろうかという狼が、契約者の攻撃に倒れていた組織の男の首を食いちぎり骨を折る。死体を屠るような吐き気を催すシーンに契約者達がぎょっとしていると、彼等が動き出すより前にすでに死体となった筈の組織の男がズルズルと足を引き摺り、ヤウズの前に立ちふさがった。
「ひ、あああっ、し、死にたく無い!!」
 おぞましさに腰砕けになってしまったヤウズだったが、その耳に若い男の声が飛び込んできた。
「行けよ。そして相手に自分の存在を焼き付けたいのなら、自分を無視された事に憤りを感じるのなら、組織になど頼らず強くなれ。
 他人が無視できなくなるくらい強くね。そして自分の手で倒せ。それが嫌なら、這い蹲って奴に命乞いでもすればいい」
「命乞い……」
 男の言葉を、ヤウズは繰り返す。ガツンと頭を殴られたようだった。
(僕は今何を言った?
 死にたく無い――? 働き家を捨て、地位を捨て、全てを捨てこの命すら投げ出してきたじゃないか)
 この東カナンで専制君主たる領主を殺害する計画を練れば、それだけでこの先に待っているのは死のみだと知っていて尚、ヤウズはこの計画に踏み切ったのだ。
 卑しい盗みを働き汚い手を使おうと、バァルに勝ちたいと、ただそれだけを望んできたというのに。
「死んだって構わない――。僕は、ヤツに勝ちたい!!」
 美羽の攻撃を受けた際取り落としていた小刀を土埃ごと掴んで、ヤウズはステージが行われている会場へ向かい真っ直ぐに駆け出した。
「待ちなさい!!」
 ルカルカが手を伸ばすのと同時に、死者を操っていたもの――ヤウズに言葉をかけた男がその場に姿を現す。
 術の能力を高める呪符を指先に挟み玄秀は、契約者達に負のイメージを植え付ける。
 それでも動けるものは僅かに居たが、玄秀の前、猫の鳴き声と共に素早く壁となったティアンが長剣を振るうのに、死者が立ちふさがるのに、契約者たちは既に手負いであったヤウズを取り逃がしてしまった。
「通してもらう!」
 どん! と足ごと宵一の剣に踏み込まれ、ティアンの剣先が弾け飛ぶ。多勢に無勢であり状況は何処から見ても不利だが、目的は達した。
「シュウ!」
 と叫び呼ぶと、ティアンは彼と共に路地裏へと姿を消して行った。しかし彼等よりも今は、ヤウズを追いかけるのが優先だと、契約者たちは邪魔者が消えた道を駆け抜ける。
「――ヤウズは、私に気づかなかったのか……」
 その事実に、ヤウズが見ているのは最早本物の自分では無いと叩き付けられた気がして、バァルは物思いに沈んでいた。だが今、足を止める訳にはいかない。
 『死んだって構わない』。それ程の覚悟があるのならば、バァルがヤウズにしてやれる事は一つだけだ。
「この手で止めてみせる」
 その為に替玉を使って迄此処へやってきたのだ。拳を握りしめ、バァルは契約者たちとヤウズの後を追って行った。
 物陰からその様子を見、玄秀はバザールの出口へ向かい踵を返す。
「僕は、あんな惨めな男にはならない……。
 今はまだ力が足りない。でも、いつか、必ず、呪術士として頂点に立って見せる……!」